キリの良いところまで書いてから投稿しようと思ってたら二年以上かかってしまいました……。
映画楽しかったですね。
決勝戦で盛り上がる会場に背を向けて、俺はこのままバックれる事にした。というか今日は本当に時間が無い。3位決定戦があると言う話だが、正直内容自体は大したことが無い。
帝国の闘技場は解説役のアランがいたし、観客を盛り上げるために様々な工夫がされていたがこの御前試合では当然そんなものはない。
そんな退屈な試合を最後まで見るよりは、今夜の夜会の対策をしたい。
(エリアスさんも最後までいれば確実にいろんな所から勧誘が来るだろうって言ってたし。そんな面倒なのいちいち相手に出来ないよ……)
そそくさと人の居ない方向へと足を向けた俺の前に立ち塞がる人間が現れた。平民ではありえない小綺麗な格好。身分のある者の従者だろうとあたりをつける。
案の定、高貴な方の従者であると自らを自称し、モモンをスカウトしにきたと言い出す。
(対応がはやいなぁ……)
装飾過多な言葉の数々にうんざりしつつ聞き流していたが、相手は終わりなく言葉が続く。営業相手にもこうして一方的に話をするやつがいたなぁと思い出し深いため息を飲み込む。
待てど暮らせど一向に話が終わらない。どころか結構離れているはずなのに御前試合の歓声が聞こえて来た。
このままだと早めに立ち去る予定が狂ってしまい、今夜までの立て込んだ予定を考えると少々強引だが実力行使に出るしかないかと一歩踏み出す。
しかし相手もこちらが立ち去ろうとする動きを察して、言葉をきり慌てて道を塞ぐように動く。
「お待ちください。 まだ話は終わっておりません」
「俺にはない。 通してもらうぞ」
男の体を押しのけ進もうとしたところで、通路の先から見慣れた人物が現れた。
「初めましてモモン様。レエブン侯爵家の使いのアランと申します。もしよろしければ我が主人とこの後お話をお願い出来ませんでしょうか?」
「悪いが俺は他人に仕える気はない。そこを退かないなら押し通るぞ」
慇懃に礼をするアランに努めて冷たく言い放つ。この姿では面識がないのだから当然いつものように親しげに話しかけることはできない。
にべもなく言葉を放ち足を進める。すれ違う瞬間、少し上げられた彼が軽くウィンクをしたのをみてモモンガはこれが助け舟である事を理解した。
ほんの僅かに頷き、アランの肩を押して歩みを進める。
「なっ! どこに行く! 私の話はまだ──」
「どのような礼を欠いた態度をすれば冒険者に侮られる事になるというのですか? 礼を欠く貴方の主人もまた礼儀を軽視する御仁と考えて良いのでしょうか。 彼ほどの実力者にあそこまで不興を買うとは!」
背後でアランが最初に話しかけてきた男を非難する声が聞こえる。
少し時間が遅くなってしまったので他にも妨害があるかと思ったが、運よく他の連中は動きだしていないようだ。なんとか物陰を見つけることができ、そこから自室まで<転移>の魔法を発動した。
見慣れた客室の壁紙をみて今度こそ深いため息をつく。
なんとか無事に帰ってくることができたのだと多少行儀は悪いがソファーにどさりと腰掛け、魔法を解きいつもの姿に戻る。
「ふぅ。何とかなった……」
一息ついたところで、見計らったかのように扉が叩かれる。
普段取り次ぐアランは王城だ。扉を自分で開けると、そこには扉を叩くメイドと書類を持った従者、そしてイエレミアスがいた。
「やあ、アランは役に立ったかい?」
イエレミアスに席を勧めた後に自分も座ると、開口一番そんなことを聞かれた。
「え! あれってイエレミアスさんの指示なんですか? すごく助かりました! ありがとうございます」
「ははは、まさか! 今日エリアス達が出かける時にアランを連れて行くって言い出してさ。そこで打ち合わせをちょっと聞いただけだよ」
「エリアスさんかぁ。すごく助かりましたよ、ほんと」
「我が甥ながら先の事まで考えた根回しが凄いよねぇ」
僕には出来ない芸当だよ、私もそう思います、と二人でしばらく感心したあと、俺は机上の鈴を鳴らしメイドを呼ぶと2人分の紅茶を頼む。
最初の頃は飲めもしないのにお茶を入れてもらうことに罪悪感があったのだが、イエレミアスが自分を部屋に招くたびに入れてくれる香りのいいお茶の匂いについつい頼んでしまうようになった。
エリアスに見咎められないかとビクビクしていた時期もあったが、「お茶の香りを嗅いでいるナインズは雰囲気が柔らかくなる。 リラックスできるなら何よりだ」、と言われて以降気にせずに頼むようになった。
「じゃあ、今夜の夜会について少し話し合おうか」
「そうですね、その為に戻ってきたんですから」
持ってきてもらった資料を広げ、メイドが用意したお茶を置き部屋から下がると、カップを持って匂いを嗅ぐ。今日は頭のスッキリする匂いのものを頼んだ。
スッとする香りを楽しんだ後、今夜の夜会の為の話し合いを始めた。
「まず、今回の夜会の主催だけど……」
「王国西南に領土のあるリットン伯爵ですよね。貴族派閥の旗頭の一人と聞いてます」
「うんうん、その通りだよ」
持ってきた書類の一つをペラリとイエレミアスは机に置く。
机の上にはメイドが持ってきたばかりの湯気の立つ紅茶。そして一面に手書きで字の書かれた書類だ。
そこにはリットン伯爵について、家族情報や今までの功績、領地についてなどいろいろな情報が載せられていた。
「なんか見た感じ、パッとしない気がするんですけど」
「まぁ、そうだよね。領地の規模も他の六大貴族より一段劣るっていうのが内外からの客観的な評価じゃないかな? それでも名を連ねているのは──」
書類の紙を一枚めくったものには王国の大雑把な地図が描かれていた。領地ごとの名産品や栽培している作物のおおよその分布、主要な街道など、図と絵が添えられていてわかりやすい。
「ここ、この街道の先に聖王国って人間の国があって、王国とは山脈で区切られていてあまり被害がないけど、亜人たちが沢山いる土地が聖王国のすぐ隣にあるんだ」
「なるほど、外国と亜人への備えとして見た場合の要所ってことですね」
「うん。ナインズ君は飲み込みが早いなぁ」
「でも、今回招待してきたのはこの伯爵じゃないんですよね?」
「名義としては伯爵との連名になってるけど違うね。主催者である彼女の嫁ぎ先の領地は……ここ。この山の麓にある中規模の子爵領だね」
「確か……イエレミアスさんの初恋の人でしたよね?」
今夜参加する夜会は“訳あり”だ。
招待主の名前を見て難色を示したエリアスをイエレミアスが押し切る形で参加が決定したものなのだ。
その時のエリアス達の会話から、イエレミアスの色恋相手だった女性が絡んでいることがわかった。
正直リア充め、という恨めしい気持ちがない訳ではないが、何十年も前の話である上に片思いであったらしいので気にしないことにした。
「あー…。 うん……。 そう、なるのかな。 政治的に色々なことがあってね、お互いの婚約を破談にした上での疎遠だったんだけど。彼女の新しい相手については父上が手を回してくれたらしい。 少しはましな所に嫁げて、今は領主の義母のはずだよ」
「うわぁ……ふんわりとした説明から漂うドロドロとした面倒臭さ……」
「ははは。父上は国王派閥だったんだけど、その件で貴族派閥との繋がりもできてね。そのまま派閥を引き継いだ兄上も中立派。エリアスも中立派だと思われていただろうけど、今回のこれで貴族派寄りって思われてしまうね」
「それってまずいことなんですか?」
「そんなの私がわかるわけないだろう? エリアスがなんだかんだ言って許可してくれたんだから大丈夫だよ」
「わぁ……」
リアルでの政治なんてわからなかったけど、それでもわかる! けして、けしてこれは胸を張って言う事ではない! にもかかわらず自信満々に胸を張るイエレミアスに、エリアスの苦労の一端を見た。
エリアスに心労をかけないように頑張ろう。けして人の事は言えないが、だからこそ、努力をしようと心に誓った。
「えーと。それで、具体的に何に気をつければいいんでしたっけ?」
「あ、そうだったね! えーと……」
イエレミアスは手に持っていた別の書類を差し出した。
「大目標は、リットン伯爵達貴族派閥の夜会にエリアスが参加できるようにすること。これさえできれば今回の私たちの働きとしては十二分に成功でいいって」
「いやいやいやいや!! ハードですって無理ですって! 自信ない!!」
「心配しなくても、社交の予定を取り付けるだけなら得意分野だから任せて」
「イエレミアスさんカッコイー! 頼りにしてます!」
「というか、後はもうぶっちゃけ禁止事項だけで、本当に今回はナインズ君に貴族の社交の経験を積ませつつ貴族派閥とのパイプを作るだけだね」
「禁止事項守るの大変なんじゃあ…」
「そうでもないよ。私には兎も角、ナインズ君へは社交デビューしたての子供用のものばかりだもの。わー、懐かしいなぁ、父上に何回も言われた言葉だ」
注意事項が書き連ねられた紙を横から覗き見ると。
自分の話だけでなく話し相手にも話題を振る。
相手の話はまずなるほど、やそうですね、などの肯定から。
話す話題の無い相手には身につけているものを褒めるところから始める。
などなど。
ゆっくりと時間をかけて読んだ紙にはどれもこれもモモンガにはビジネス雑誌で見たことのある文言が書き連ねられていた。
「うんうん。見た限り普段通りのナインズ君なら問題ないものだし、気楽に気楽に」
「はい、……頑張ります」
笑顔で大丈夫だと言われても無い胃がシクシクと痛む気がする。
気を落ち着けるように紅茶の香りを嗅いでも、すっかり冷め切ったそれからはほとんど香りがしなかった。
「ってことで、モモンのやつは気がついたら居なくなってたんだよ」
時刻は夕方。御前試合の熱もすっかり冷め、貴族用の天幕も跡形もなく片付けられた広場でガガーランはこの試合の責任者である貴族に尋問にも近い質問をされていた。
全員に聞いて回っているらしいが、気分はよくない。それでも身振り手振りを入れてガガーランは熱心に質問に答える。その答えに、御前試合の責任者はゆっくりと息を吐いた。
と言うのも、決勝戦が終わり、ほぼ消化試合だろう3位決定戦の段になって準決勝の敗者の片方──モモン──がいなくなったのだ。
姿を見たという者も、控え室から出ていくところまでで終わっており、試合の会場である訓練場の見張りは見ていないと言う。忽然と姿を消したのが冒険者ということもあり、王族をはじめとするは念の為に警備の人数を増やしている。
「3位は不戦勝で決定したとはいえ、彼がどこに行ったのかがわからないのは困りますね」
「立ち居振る舞いを見ても完全な破落戸なわけじゃあなさそうだったがなぁ」
「だからといって見過ごせることではありませんから」
ま、それはそうだな。と同意を示すガガーランは肩をすくめて何かあったら冒険者組合に来てくれと言って立ち去った。
「よぉ」
スッキリしないまま、暗くなっていく王城を後にする。自分には似つかわしくない華やかな白亜の城は、すっかり夕陽の赤に染まっている。先導していた兵士について王城の門を潜り抜け、人心地ついたガガーランに声がかけられる。
壁にもたれながら腕を組んでいるのは控え室でも言葉を交わしたことがある男──ブレインだった。
「この後話がしたいんだが……」
「俺と2人で熱い夜を過ごしたいってことか?」
「んな訳ねーだろ!」
ガシガシと頭を掻きながら近づくブレインの背後にはもう一人男がいた。
その男を見たガガーランは目を見開く。
「あんたと俺と……こいつ。3人でモモンについて話がしたいんだ」
ブレインに隠れるように立っていたのは今回の優勝者。
ガゼフ・ストロノーフその人だった。
「んで、話ってなんだよ」
場所は冒険者が利用する宿に併設された酒場。その中でも少し込み入った話をする時に使われる個室だ。
最高級ではないが、駆け出しにはとても手が出ない高級宿。そこに併設されているだけあって大柄な人間が座っても軋む音が殆ど出ない椅子にふんぞりかえり、ガガーランは2人を見る。
片方は届いた酒をちびちびと飲みながら料理をつまみ、もう一人は腕を組んだままじっとしている。
頼んだ料理がすべて届き扉が閉まってやっと、今回の発起人──ガゼフ──が口を開く。
「すまん。集まってもらったのは他でもない──」
「はー!! もう料理も酒も全部きてんだからまずは乾杯だろう! ほれ、乾杯!」
美味しそうな料理を目の前にして堅苦しい話を始めようとする男に酒を持たせ、ちびちびと飲んでいた男のコップに自分のコップをぶつける。勢いをつけすぎて少しこぼれてしまったがご愛嬌だ。
「なっ! 俺は今から大事な話をだな!」
「んなことよりまずは酒と食い物だろうが! 聞いたぜ、騎士にならないかって言われたらしいな。上に立つ立場のものとして打ち上げくらいはまず盛り上げさせろや」
「ブフッ! 言われてらぁな、ガゼフ・ストロノーフ!」
「な! 乾杯前に酒と料理をつついていたやつが何を言ってる!」
それぞれがそれぞれに言いたいことを言い、とりあえずと手元の酒を飲みくだすと、テーブルの中央に置かれた大きなピッチからおかわりを注ぐ。
「いやぁ! まさか世の中に俺より強いやつがこんなに居たとはねぇ」
「それは俺が言いたいぜ」
「そうだな。 世の中は広かった。 それがわかっただけで満足するべきなんだろうな……」
突然暗くなる空気に肉に齧り付いていたガガーランも手を止める。
「モモンの圧倒的な強さならこの国を変えられるはずだ。 俺なんかよりも確実に」
ガゼフの目に宿る強い光。嫉妬でも憧れでもないそれは、言葉にするなら“希望”と呼ばれるものだろう。
「それは無理だろ。 冒険者は国のいざこざには付き合わないってルールがあるんだ」
「へー。 それは面倒だな。 自由なのが冒険者だって俺の田舎じゃあ言われてたけど」
「んな訳ないだろ。 冒険者は冒険者で色々縛られてるんだ。 だから請負人なんてのが出てくるのさ」
「ガガーランも冒険者だったよな? やめてどっかの貴族に雇われるのか?」
「ないない。 独り身だった時ならあったかもしれないけどなぁ。 今はチーム組んで“青の薔薇”やってんだ」
「酔狂なやつがいるもんだな」
「ああん? どーいう意味だコラ」
ヘラヘラと笑う青髪を小突きガゼフの様子を見る。
その目は未だにここではないどこか遠くを見ていた。
「アングラウスはどこかに仕えるのか?」
「俺? 仕官するって性分じゃないからなぁ……。 声はかけられたけど、とりあえず一人で強くなれるところまでやってみようかと思ってるな」
「そうか……」
苦い思いを飲みくだすように酒をあおり、ガゼフは深いため息をつく。
「あいつは、モモンはよぉ。俺が思うに根本が根無草なんだよ」
ちびりとブレインは酒を舐めながら語り出す。
「試合中もこの国のこと馬鹿にしてたし。 どっから流れてきたのか知らねぇが、あんなやつにこの国の、俺ら平民の未来を託すなんて無理も無理だろ」
「──それも、そうだな……。 ああ、俺は少し目が曇っていたのかもしれん」
「まあ、あの強さをみせられたらなぁ! ついそう思っちまっても仕方ねぇって話よ」
「ふは! 違いない!」
「ほら飲み直すぞ! 気を取り直して、乾ぱ──」
ブレインの声は大きな音を立てて開け放たれた個室のドアによって遮られた。
突然の騒音に3人の目が釘付けにされる。
「ここにおったか!!!」
現れたのは老人だった。
鮮やかな浅葱色の道場着に二振りの刀を佩いている。細く、骨の浮き出ている手足はしかし、鍛えられた鋼のような頑強さを見るものに抱かせる。
酔って働きの鈍い頭が、警鐘を鳴らす。
この老人は強者であると。
「あんた一体誰だぁ? こっちは気分よく飲んでるってのに」
「御前試合の上位者が揃いも揃って弛んどる!!! お主らまとめて鍛え直してやろう!」
流れるような動きでブレインを仕留め、ガゼフの首根っこを掴み引き寄せる。
力を失ったブレインが床に倒れる音を聞きながら、ガガーランは思い出した。
チームメイトであるリグリットから聞いた最初のアダマンタイト級冒険者のリーダー。
「あんた、まさか。 ローファン?」
「正解じゃよ別嬪さん」
ぐるりと目を回して昏倒したガガーランはそれから三日ほどガゼフとブレインと一緒にローファンに鍛えられることになる。
チームメイトと連絡が取れなくなったリグリットが独自のツテをたどり解放されるまで、それはそれは地獄のような特訓の嵐だった。 「裏切り者ぉ!!」という声を背に受けながら、ガガーランは一足先に地獄から抜け出すことができたのだった。