蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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散々な夜会

 

 

「うっ……辛い」

「大丈夫かい? ナインズ君」

「ううぅ」

「これは駄目だなぁ。精神的に完全に参っちゃってるや」

 

夜会の会場からの戻りの馬車。

そこの中では体を丸めているモモンガと、その背中をさするイエレミアスがいた。

 

「帝国じゃあこんなんじゃなかったのにぃ」

「うんうん。やっぱり自国の貴族は遠慮がないからね。辛かったね」

「もっとちゃんとできるはずだったんですぅ」

「まあまあ。目標は達成したんだから万事気にしない、気にしない」

「イエレミアスさんが優しぃ……オェ」

 

事前準備をきちんとし、情報を頭に叩き込んで参加した本日の夜会は予想以上の人に囲まれたモモンガが精神的にダウンして終わった。

フォロー役のイエレミアスすら手がまわりきらないほどの人垣。そこからされる質問とおべっかと貴族的会話の波状攻撃はモモンガの精神を削りに削り、人心地つく暇もなくリットン伯爵への挨拶となった。

リットン伯への会話はほぼイエレミアスがやってくれたとはいえ、緊張続きの精神はその時既に擦り切れる半歩手前。

 

「はあ。……イエレミアスさんこそ、本当に大丈夫ですか?」

「──はは」

 

しかし、夜会での騒動は、リットン伯爵への挨拶の後に待っていた。

 

「覚悟はしていたことだけど、しばらく引きずってしまうかもしれない、かな」

 

リットン伯爵への挨拶が終わった後、近づいてきたのは過去のイエレミアスを知る人々だった。彼らは社交界から実質的に追放されていたイエレミアスが再び戻ってきたことを非難し、そこで赤裸々に過去を暴露してきた。

 

歳の離れた友人が多くを語らなかった過去が、まるで演劇の演目のように暴かれていく光景に、モモンガは最初口をポカンとあけていた。が、徐々に怒りが湧いて来た。

それはモモンガ自身がイエレミアス自身から打ち明けられるべきものであり、まったく知りもしない輩から暴露されるべきものではないのだから。

自分に対する様々な出来事は精神安定化のできないジクジクとした不快さだったのに対し、イエレミアスやエリアスに対する皮肉には激昂とまではいかないが、いくらか限界を突破してしまった。

ダメだとわかっていても、そういった輩に対して最後の方はだいぶぞんざいな態度をとっていた自覚がある。

 

「でも大丈夫だよ、放ったらかしてた過去が追いついてきただけさ! 自分がやったことだから、自分でなんとかしなきゃ」

 

強がっている友人の姿に胸が苦しくなる。

 

(俺じゃあ力になってあげられないのかな)

 

この国の常識も、貴族の常識もわからない。今の自分は自分のことで精一杯な若造だ。それがわかっていても、友達を助けたい。

だから、頼りにされないのは悲しい。

 

「…………」

「あ。もう屋敷に着いたみたいだね。今日はゆっくりとおやすみ」

 

静かに止まった馬車はレエブン侯爵家のタウンハウスの玄関に横付けにされていた。御者が扉を開くと、家令と侍従であるアランが出迎えてくれていた。

 

「じゃあナインズ君、おやすみ」

「はい。イエレミアスさんもおやすみなさい」

 

家令に先導されて先に屋敷に入っていくイエレミアスの背中は心なしか丸まっており、足取りもトボトボとした元気のないものだった。

 

 

 

 

 

 

時計の針が深夜をまわった後の帰宅。モモンガはのそのそとした足取りでレエブン侯爵家の客室に戻ると夜会での衣装を脱ぐ。

アランはすっかり慣れたもので、服の下に現れた白い骨の体にも、仮面を外した後の髑髏の顔にも動揺はない。

部屋着用のゆったりとした柔らかな麻の服に着替えてソファーに座る。足を広げたその姿に、普段を知るアランは苦笑する。

 

「随分とお疲れのようですね。 態度に出るなんて珍しい」

「ははは。アランには見抜かれてしまったか」

「遅い時間ではありますが、気分転換に庭を散歩されますか? 普段着用の服も用意しております。 月夜の庭も静かで良いですよ」

「それは魅力的だな。 だが、やめておこう。 こんな夜中に歩き回っては警備の兵を驚かせてしまう。 それに明日――もう今日か、今日はアルシェの成果を見ることになっていたからな。 私は時間がなくてきちんと見れていないが、先に目を通してもらっていただろう? アランの目から見てアルシェはどうだ?」

 

ソファーから立ち上がりモモンガは部屋に備え付けられている執務机に向かうと、鍵のついた引き出しから紙の束を取り出す。

表題にはアルシェの名前が書かれている。中身は以前渡した<巻物>の解読結果だ。読み書きを必死に勉強している途中であるモモンガではとても読む事ができない内容になっているが、そういう時のためでもある侍従のアランだ。

先に目を通してもらい、おおまかな内容を把握してもらっている。

内容を聞いたところ、記載されている図形との類似点から<雷槍>と似た効果のある攻撃魔法であると考えられる、と比較されながら書かれているらしい。

 

「帝国魔法学院でも優秀な成績を修めていることに納得する内容だと思います。 まだまだ内容としては薄いですが、これから様々な文献を当たっていけば十分解読に成功すると思います」

「そうか。ふむ……それは頼もしいな。 しかし、文献か。 レエブン家にある魔法関係の本はあらかた調べ尽くしたと言っていたし、やはり一度帝国に帰した方がいいのかもしれんな。 まだ幼いアルシェを両親も心配していることだろう」

「それは……あまりよくないのでは? 一年もしないうちに帝国に戻っては師匠であるナインズ様に見限られたと思われてしまいます」

「ふむ。こちらは全くそういうつもりはないが、周りはそうとは思わないんだろうな……」

 

面倒臭さに深いため息が出るのを飲み込み、窓の外に目を向ける。

幼いアルシェが家族と離れてでもナインズの下で魔法を学びたいと国を越えてやってきたことはエリアスからも、イエレミアスからも、アランからも、何より本人からも聞いている。そんな思いを裏切ることなんてとてもできない。

しかし、だ。

アルシェの細い肩を思い出す。

 

モモンガは小卒だ。 リアルでの庶民としては高学歴な方である。 両親が無理をして通わせてくれたのだと自分が働くようになって骨身に染みて理解できたくらいには愛されていた自覚がある。

だから、アルシェが特別に働くには早すぎるとは思わない。

家族との手紙のやり取りはあるようだし、愛されているのだろう。

 

だからといって本人が平気であるはずがないのだ。

 

たまに聞こえる啜り泣く声。

家族の名を呼ぶ寝言。

そのどれもがアルシェの本心――家族に会いたい――を表しているはずなのだ。

 

微かな月光に照らされた外はナインズの目には昼間と変わらないくらい明るく見えた。

 

「難儀なことだ」

 

一人で考えても答えは出ない。

今後アルシェをどうするのかを考えるのはやめ、解読結果の感想をどう伝えるのかを悩む。

 

(いや、冷静に考えて読めもしない文字で提出させたのは間違いだったよ、うん! 今日は忙しくてその場で内容について話をしなくてよかったし、その後アランが代わりに内容把握できたから何とかなったけど、これやばかったんじゃないか)

 

アランも魔術を齧っているとは言え今は侍従であり門外漢だ。

今後はボロを出さない為にアルシェの研究報告を見てもらうアランにも魔術の勉強をさせた方がいいのかもしれない。いや、そうしなければまずい!

 

「アラン、遅くまですまなかったな。 もう休んでいいぞ」

「はい。 それでは失礼いたします」

 

何はともあれとりあえず今日は疲れた。

アランが退室したのを確認したモモンガはベッドへ飛び込み、質のいいシーツに顔を埋もれさせる。

 

「うう。 疲れた。 寝れないのが辛い」

 

それでも横になってゴロゴロしていると少しずつ頭のモヤモヤが晴れていく。

 

「えーと。 明日は……」

 

横になってしばらくしていると、やっと前向きな気分になった。朝からの予定を指折り数えていくうちに夜は更けていった。

 

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