蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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死の支配者は異邦人3

 

 

六大貴族の名に相応しく、レエブン領はエ・レエブルを中心としたいくつかの街と荘園で成り立っている。その全てを当主が管理することは難しく、管理・運営の手腕に長けた執政官により運営されている。その中の一人、この街を任せている執政官と対面し情報のやりとりをした後で、エリアスは大声で叔父を罵った。

信じられない事にあの無能は、現侯爵であるエリアスの父を殺し、自分が次期侯爵だと触れ回っているという。それに飽き足らず、執政官の話ではエ・レエブルの兵士は叔父に掌握されているという話だ。

 

「私という正当後継者がいながら次期侯爵だと!? 権力闘争すら出来ず、他の家の婿養子になる事も出来なかった分際で!! 次期侯爵を名乗るとは!! 父上を弑逆した上に厚顔にも程があるっ!!」

 

簡素な作りの机に怒りのままに拳を叩きつける。

場所は執政官が乗って来た馬車の中だ。重要な役職に就くものが乗るに相応しい立派な作り。中は優美さより堅実さを求めて防音がしっかりしており、簡単な事務仕事もできるように小さいながらも机が備え付けられている。その机に怒りをぶつけながら、エリアスは自分の迂闊さを呪った。

こんな事ならば去年の後継者の正式な通達前に叔父を殺しておけば良かった。無能な小心者だからと情けをかけた所為で面倒ごとが増えてしまった。後継者発表での叔父が浮かべた表情を見た瞬間暗殺の文字が浮かんだのだが、父が弟を殺すのは忍びないと止めたのだ。そんな父が先に殺されたのは自業自得と言えるだろう。なって欲しくはなかったが。

今回の不幸中の幸いは、有能な執政官のお陰で今回のお家騒動はまだ他の貴族には漏れていないことだろう。もし漏れたならば、いかに六大貴族と言えど地位の低下は免れない。

最悪の未来がちらつき、エリアスはギリギリと歯を鳴らす。一番厄介なのは冒険者をつかえない事だ。

当主でない現在のエリアスが使える戦力は少ない。その一つが懇意にしているロックマイアーの所属するオリハルコン冒険者チームだ。その他には統治の練習も兼ねて渡されていた領地の農民くらいで、正直戦力としては無いに等しい。

その中で現状一番頼りになるロックマイアー達冒険者には政治の問題に首を突っ込まないという不文律がある。

動かせる兵の一兵も居ないこの状況は詰んでいると言えるだろう。

エリアスは今、大きな野望に踏み出す一歩目で底なし沼に足を入れてしまったも同然だった。

 

「エリアス様。イエレミアス様は貴方の身柄の引き渡しも求めて来ております。勿論私はその様な事をするつもりはございませんが、他の街の執政官は確証が持てません。少なくない懸賞金も出ているとの事です。今後どうされるのか早めにお決めになられた方がよろしいかと思います」

 

真摯な態度にエリアスは努めて頭を冷やす。

この執政官はエリアスの肝いりだ。

六大貴族ともなると広大な土地をもち、それにつられた力の弱い貴族なども寄ってくる。そうして派閥が出来上がる。彼らとは晩餐会や夜会などを通して様々な情報交換を行なっている。そう言った寄ってくる貴族達の中には、単純に顔を覚えてもらい、いざという時の便宜を頼めるようにという打算混じりのものもあれば、後継になれない貴族の三男、四男が自分を売り込みにくる事もある。

この街の執政官も、そんな売り込みにやってきた他の貴族の三男坊だ。基本的に長男が後継者とされる王国にとって次男、三男は長男に何かあった時のスペアに過ぎない。余裕のある貴族であれば、念のために一応の教育を施される。そんな念のための教育で、彼は非常に優秀な才能を開花させた。

しかし、能力より生まれた順番を優先させた両親の選択で領地を継ぐことができず廃嫡されることになり、このまま平民と同じように自らの才能を腐らせて生きるのは嫌だと、あるパーティでエリアスに声をかけてきたのだ。

自分と似た野心に燃える優秀さに目をつけ、当主である父に進言し取り上げてもらった。自分に恩があるこの執政官はエリアスの事を本当に心配しているのだろう。

しかし、現実問題他の人物の手を借りようにも悩ましい問題がある。領兵も使えず、冒険者も雇えない。何人か他に当てはあるのだが、そのどれも大きな借りを相手に作る形になる。一番現実的なのは婚約者の実家だろうか。あそこならば身内になる事もあり最適だろう。しかし、────。

 

「レエブン殿。モモンガ殿に相談してみてはどうですか?」

 

今まで沈黙を守っていたロックマイアーが口を開く。

その目は真剣で、瞬き一つしていない。

 

「しかしいくら凄腕の魔法詠唱者とは言え、一都市の兵士相手では分が悪いのでは?」

「執政官殿、それは否定させていただきますよ。彼────モモンガさんの強さは帝国最高……いや、人類最高の魔法詠唱者である帝国のフールーダ・パラダインに匹敵するでしょう。かの翁殿は帝国全軍に匹敵するといいます。戦力としては十分でしょう」

「あのフールーダ翁にモモンガ殿が匹敵すると言うのか?」

「可能性は十分にあると思いますよ。なんたって魔法の一撃で難度50以上のモンスターを次々と倒したお方ですからね」

 

エリアスの脳裏につい数時間前の出来事が蘇る。

一度に数えるのも億劫になる〈魔法の矢〉を生み出し、それを一撃必殺の威力で打ち出していた。森の奥の方に住む高難度のモンスターですら一撃だった。ならば実戦に参加せず、有名無実化しつつある兵士など物の数ではないだろう。

 

「しかし、今は敵対していると言ってもレエブン領の兵士だ。手加減をしてもらわねばな」

「ま、そこはちゃんとやってくれるでしょう。見た目と違って理知的ですし」

 

確かに、と喉の奥で笑う。

モモンガを名乗る魔法詠唱者は、あの怪しい見た目からはかけ離れた友好的な人物だ。貴族に対する礼節と言った面は全くなっていないが、人並みの礼節は持っている。もっとも、浮世離れした姿はエリアスの知る高位の魔法詠唱者にはよくある事だ。実際に、何人か魔術師組合に知り合いがいるが、どの人物も一癖二癖ある変人だ。

 

「しかし、彼に借りを作るのは出来るだけしたくないのだがな」

 

寧ろ、できれば貸しを作っておきたいのだが、うまくいかない。

そう呟いてゆっくりと息を吐いた後で胸をはる。せめて態度だけでも貴族として相応しくしなければ。

部屋の外に立たせていた衛士にモモンガを呼ぶように伝えると、交渉条件をどうしようかと悩む。相手もただでは引き受けないだろう。しかし、相手の喜ぶものがわからない。

交渉術としては悪手ではあるが、相手に素直に聞くしかないだろう。モモンガがやってくるまでの短い時間、エリアスはああでもないこうでも無いと思い悩んだ。

 

 


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