蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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その白い手は 1

 

 

 

 モモンガがそれを見つけたのはいくつかの偶然が重なった為だった。

 

 まず一つ目。

今日最初の予定であった王城への用事が長引いたこと。

 王の名代としてきた第一王子であるバルブロは最初から非友好的であり、モモンガの挙動一つ一つに難癖をつけ、実演にはいちいち立会人としてきていた冒険者の確認が入り、太陽が真上に来るまでには終わるはずの安全確認は午後のお茶の時間まで長引いた。

 やれ「実際にここで召喚してみせろ」だの「危険な見た目のモンスター」だの「付き添いが帝国のものなんて叛意があるに違いない」だの「王族に対する敬意が見られない」だの。

そこまではまあ想像していた事だったのだが、事前に渡していた資料を見ればいいことまで問いただされて流石に機嫌が悪くなる。お前の側仕えが持っている紙の束を書き上げるために一体どれだけエリアスが心を砕き、アランが頑張ったと思っているのか!

 しかし王子はこちらの機嫌などお構いなしで、実演がやっと終わった後「そのまま一緒にお茶でも」、と誘ってきた。

当然だがそんな風に誘われてもモモンガは気が進まなかった。そもそもこれだけ難癖をつけた相手をどういう気持ちでお茶に誘っているのか。

 これが逆の立場──モモンガの方が立場が上であるバルブロの方をお茶に誘う──だったら接待をするということでわかるのだが。

自分ではうまく断れる気がしないためちらりとレイナースに目配せする。彼女は承知していると軽く頷いた後に角が立たないように断ってくれた。

 

 予想外に時間がかかったことでこの後の予定が押してしまったことに第一王子に対して募る不快感。この国の王様はイエレミアスの古い友人だという話だったが、少しだけ持っていた親近感なんてものはすでになくなっていた。

不快感を振り払うように足早に王城を去ると、馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 二番目に冒険者組合での出来事だ。

冒険者組合は王都の中でも比較的王城に近く馬車での移動もスムーズだった。大幅に遅れていた予定で押したがこれならば大丈夫。なんとか夜会前のエリアスに今日の用事が終わったことを報告できると思っていた。

 

 しかし用事を済ませてまさに組合の扉を出て行こうとした時にレイナースに声をかける者がいた。

冒険者チーム“蒼の薔薇”のリーダーであるラキュースを名のる少女は、可憐な顔に困ったという表情を浮かべて「ガガーランを探している」という。なんでも昨日、御前試合の後から行方が知れず、宿に戻っていないという。

「最初は御前試合の打ち上げで飲みに行っていると思っていたのですが……」

酒場までの足取りは追えたが、その後は老人に介抱されたままどこかに行ってしまったのだそうだ。

 御前試合での決勝トーナメント出場者が行方不明になるとは穏やかじゃない。声をかけられたレイナースも真剣に話を聞いた。

「もし見かけたら冒険者組合に来るように言ってくださると助かります。 それにレイナースさんはガガーランと同じく決勝トーナメントに出場されていたので気を付けてほしいと思って」

注意喚起も含めた声かけに礼を言うと、少女は優雅に挨拶をして去って行った。

 腕が立つガガーランが誘拐されたとは考えにくい。

 

(きっとどこかでうぶな男性が宿に連れ込まれてるだけだと思うんだけどなぁ)

 

 モモンガはガガーランの力強い手の感触を思い出す。余計な揉め事に巻き込まれていないといいけれどと思いつつ、意外と話し込んでしまっていたようだ。冒険者組合を出る頃には日は沈みかけ、教会への用事は明日にまわそうかと言う話になった。

 しかし明日も明日で予定が多い。というか今日よりも大変だ。明日はレエブン侯爵のタウンハウスで親戚との昼食会の後、大規模な夜会をするらしい。その為イエレミアスは今日から準備にかかり切りだし、親戚との昼食会には当然モモンガも出席する。

 とてもその合間を縫って教会に行く時間はない。

 頭を抱えていると、御者がおずおずと話を切り出した。なんでも少し治安が悪い道を行くことになるが、陽が沈む前に教会に着く道があるという。

それに一も二もなく飛びつく。道が悪くいつもよりもガタガタと揺れる馬車に乗りなんとか教会での用事を済ませることができた。

 

 

 

 その帰り道。とっぷりと日も暮れ、貧民街の狭く暗い道は街灯もない。馬車は帰り道なこともあり事故がないようにゆっくりと進む。

 夜目がきくモモンガが歩いた方がまだ早く進むのではないかという速度だが、エリアスのメンツもあるため大人しくしていた。流石に今乗っている馬車に家紋はないが、王国でも帝国でも貴族は基本的に急がない。ゆっくりと余裕があるように振る舞うものらしい。

 事実、女性陣から帰宅が遅れることに不満の声が上がるんじゃないかと思っていたがその様子はなく、疲れた顔を浮かべているだけだった。

 

「二人にはとんだ外出になってしまったな」

「い、いえ! そんな事ないです師匠」

「そうですわナインズ様。 初めての経験ばかりで楽しいくらいですわよ」

 

 疲れが見える中でも和やかに会話する車内だったが、御者が大きな声をあげて馬車が急停止した。

何事かとアランが確認すると建物の側にまとめられていたゴミらしき麻袋が動いて道に倒れてきたらしい。

 貧民街に近い道は狭く、麻袋をどかさなければ通れない。

御者が麻袋を移動させようと掴んだ瞬間、次は情けない悲鳴が上がった。

アルシェとレイナースを馬車に残し、モモンガも外に出ると、腰を抜かした御者と袋から飛び出た人間の手が目に入った。

 

人間の、手だ。

白く、痩せ細った、人間の、手。

くたりと力なく垂れるそれは、モモンガの、いや、鈴木悟の心を鷲掴みにする。

 

苦しくないはずなのに息が上がり、ないはずの心臓がどくどくと脈打つ感覚。

よっぽど大きな衝撃だったのか、精神が沈静化されるが、チカチカと瞬く視界に、確かにそれは存在する。

 

「なんだぁ、てめーら」

 

 予想外のことに停止する思考。働かない頭を叩き起こした声は、大男がだした低く響く銅鑼のようながなり声。

 近くの建物から出てきたらしいその大男は人相の悪い顔でこちらを一人一人見た後、モモンガ達の視線を追う。たどった先に麻袋とそこから飛び出している手を見つけると、顔つきをさらに険しくしてモモンガ達を脅してきた。

 

「いいか、あんたらは何も見なかった。 衛兵に言ったって無駄なんだからさっさとお家に帰りな」

 

 そういうと、その麻袋を軽々と担いで馬車も入れない狭い裏道へと歩いていく。

全てが慣れた様子だった。命令する様も、まるでそう言えば全て自分の思い通りになることに疑問を持っていない。

 

「なんだあれは……」

 

 思わず口をついた言葉。従者であるアランは不快そうに顰めた顔でモモンガを馬車に入るように促す。

 いつもこういう時はフォローしてくれるはずのアランを窺うが説明する気はないようだ。目を合わせずにまっすぐと前を向く様子からいって、とてもじゃないがなんだったのか教えてもらえそうにない。

 

(エリアスさんだったら知ってるかな……)

 

 頭の中では未だにあの光景がぐるぐると回っていた。

 

 あの手の持ち主は、あの麻袋の中の人間はどうなるのだろう。勘違いでなければ、麻袋が担がれた瞬間に確かに動いたはずだ。と言うことはまだ生きているはずだ。

 

しかし──。

 

 どちらにせよ明るい未来が待っていないことだけは確かだ。

 この国について無知であるモモンガでも、それだけはわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガにそれを目撃させるためにはいくつかの偶然を演出しなければならなかった。

 

 

 一つ目。

レエブン領での新事業であるアンデッドによる開墾。その王族の立会人を第二王子であるザナックではなく第一王子であるバルブロになるように根回しをすること。といってもそれはすこぶる簡単なことだった。

 強い戦士が持て囃される王国とはいえ、複数のアンデッドを操る魔法詠唱者は珍しい。その興味を引いた状態で、後ろ盾であるボウロロープ侯爵の間者を通して情報を流した。

相手は温厚な人物で貴族の常識に疎い。うまく威圧すれば自分の思うままに動かすことなんて簡単だ。

そんな誤解を与えるようなことをポロリとこぼせば、第二王子のザナックではなく自分が担当すると言い出した。

 第二王子の方は後継問題で揉めないように第一王子には遠慮があるようで、少しだけ渋った後その役目を譲った。

 

(「モモンガは結婚式の時にザナックと懇意にしているから、彼が相手であれば心強い」などとこちらがわざと漏らしたそんな言葉に簡単に踊らされるとは。現王が譲位するのを躊躇う気持ちがよくわかると言うものだ)

 

 弟の方が王として相応しい、頭の出来がいい。

少なくとも国王の名代として結婚式に参列した姿と、今回の兄を立てる姿を見ればどちらがより優秀な“王”になりうるかなど火をみるより明らかである。

しかしその事実をバルブロは認めることができない。兄が弟に劣ることがあるなどあってはならない。そんな愚か者を動かすのは驚くほど簡単だった。

 モモンガ達の護衛──と言うより見張りと言ったほうが正しいだろう──から王城を出たのがこちらが出席していた昼食会が終わった後だったと知らせがきた時には愉快で笑いそうになっていた。

 きっと親睦を深めようと茶会に誘うためにわざと時間をかけたのだろう。それにあの王子のことだ、談笑などで時間を稼ぐのではなく、いちいち神経を逆撫ですることを言ったに違いない。

 

 モモンガはさぞ今の王族の愚かさを目にしたことだろう。

 

 

 

 二つ目。

王国の闇に巣食う屑どもの情報を手に入れ。

 

 三つ目。

それをモモンガに自然な形で目撃させること。

 

「おや、レエブン侯爵」

「これは先日ぶりですね子爵」

 

 とある伯爵が主催する夜会でねっとりとした声に呼び止められる。

 その声に酷薄に見えると言われる顔に笑顔を貼り付け、大樽のような腹をした男に一礼する。身分差がある相手ではあるが、今回の策の重要な役割を担った相手だ。夜会の主催者との関係的にも多少の無礼は見逃した方がいい場面でもある。

 個人的には決して交流を持ちたくない相手だが、今は友好的な態度をとっていて損はない。

 

「やや! これは私のようなものに大袈裟ですよ侯爵! 人の目もありますのでそのへんで」

「いえ。 まだ父の後を継いで一年もたっておりませんので……若輩者の私にとってあなたは十分以上に敬意を払うべき相手です」

 

 歯の浮くような台詞を言いながら行き交うウェイターから飲み物を受け取ると相手のもつグラスに軽く当てる。小さく澄んだ音が会場に響く。

 会場にいる人間とあまりにも合わない音に、自然と笑みが深くなった。

 

「おお、なかなかに上等な酒ですな」

「そうですね。 相変わらず伯爵は趣味がいいお方だ」

「まったくです! ここにいる人間は皆、伯爵に救われたと言っても過言ではないですからな」

 

 腹を揺すりながら下品に笑う男は公にできない趣味を持つ。

と言うよりこの会場にいるほとんど全員がそういった趣味の持ち主だ。

 そして、そういった趣味をもつものを趣味を楽しめる場所に顔繋ぎするのがこの夜会の目的なのだ。

 少し見回せば悪趣味な貴族の中に華奢な線の細い男がすぐ見つかる。甲高い声と特徴的な口調は目立つ。

その男こそこのパーティの仕掛け人の一人、八本指の奴隷販売部門の幹部だ。

 

 こちらの視線に相手が気づく前に子爵に向き直る。

 

「今夜も“宴”に行かれるのですか?」

「ははは。 実はもう楽しんできた後なのです。 今日の相手はとてもいい悲鳴をあげましてな──」

 

 情報通りこの嗜虐趣味の男は今日すでにことに及んだ後のようだ。自慢げに話す内容は聞いているだけで耳が腐る。

重要なところ以外はできるだけ聞き流す事を心がけているが、限度がある。

 しかし、モモンガを動かすためには、恥ずかしげもなく自らの加虐性を語るこの男が必要なのだ。

 

 適当に相槌を打ちながら、エリアスは貼り付けた笑顔で不快な夜会を乗り切った。

 

 

 

 趣味の悪い連中が集まる夜会を後にして、エリアスは流石に精神的に疲れ切って行儀悪く馬車のクッションにもたれかかる。

 わかっていたが、この王都に巣食う闇はどうやら王女の黄金の輝きでも照らせないらしい。

むしろその輝きが強ければ強いほど、影を濃くしていっているようだ。

 馬車の窓から外を見る。夜も更けた王都は昼間の賑わいがなくなり、裏社会の人間が大手を振って歩く時間帯だ。

帝国の街とは違い大通りだというのに街灯が少なく、目に入るのは通り沿いの部屋の灯りだけだ。

 

 モモンガは王国の暗部を見ただろうか。

 そのための準備はしっかりと整えておいたが、今回の策は手間をかけている割にいささか迂遠で不確実なものだ。しかし、この迂遠さ、不確実さが今回重要なのだ。

 

(確実性のあるものは相手にも悟られやすい。用心深い彼ならなおのことだ。 しかし、──)

 

 今回が上手く行かなくても次の手を打てばいい。

幻覚作用のある薬が八本指の手で王国に出回っているみたいだからその現場にモモンガを誘導してもいいし、他にも沢山の瑕疵がこの王国にはある。

 その一つ一つを見て、彼はどう思うのだろうか?

元人間というのが本当ならば、酷い目にあっている無辜の人間に同情的になるだろうか?

 そして、友人である自分に、協力を求めてくるだろうか?

世界を変えたい、と。

 

 モモンガは自発的な欲が少ない。 知り合ってもうじき一年になるが、彼がわがままに振る舞ったのは御前試合に参加したいと言い出した一回きりだった。

 その彼が自分から人間を救いたい、世界を変えたいと少しでも思ってくれたら──。

 

 相手がアンデッドなのにおかしいのはわかっている。

 しかし個人で見る彼は温厚で柔和で、世間一般で言われるアンデッドとはかけ離れている人間味あふれる人物だ。

 きっと今の王国の姿に心を痛めてくれるだろう。

 

 もう先の先までの策は立ててあるのだから、後は蒔いた種が芽吹くのを待ちつつ、モモンガの心の準備が整うのを待てばいい。

 

 思考から戻ったエリアスは、ゆっくりと疲れて重くなった目を閉じる。

 

 まぶたに隠された視界は王国を暗示するかのように真っ暗だった。

 

 

 

 

 

 結局、昨日の帰り道での出来事の整理がつかないままモモンガは朝を迎えた。

 昨夜のエリアスは日付を跨いでの帰宅だったため、相談はまだできていない。

早朝の薄暗い中で活動する人間の息づかいを感じて落ち着かなくなったモモンガは、結局ベッドから体を起こすことにした。

 

 いまだに脳裏にこびりついている麻袋からでた手が無いはずの脳内をかき乱している。

 

「全然スッキリしない……。 イエレミアスさん起きてるかなぁ」

 

 連日激務のエリアスを起こすのは流石に気が引けたモモンガは、とりあえず話に付き合ってくれそうなイエレミアスの所へ行こうとゆっくりと自室をでた。

 早朝であるし、レエブン家のタウンハウスであるしと言うことで簡単な幻覚魔法で色々と誤魔化した上でローブを羽織って廊下を歩く。

 歴史のある貴族家の、歴史のあるタウンハウスなだけあって、廊下にも沢山の絵画や美術品が飾られている。歩くだけで少し気晴らしになるのはいいことだ。そういえば、ギルド拠点のナザリックの第九階層にも廊下には沢山の美術品があった気がする。あれは誰が作ったんだっけ……。

 

 ぼんやりと考え事をしながら貴賓室から出てしばらく歩く。廊下の角を曲がってふた部屋目が確かイエレミアスの自室のはずだ。

 廊下を曲がって目線を上げると、丁度あくびをかみ殺す護衛官と目が合った。

護衛官が守る部屋が目的地で間違いないだろう。

 

「こ、これはナインズ殿! こんな早い時間にどうされました?」

「いや、早くに目が覚めてしまってな。 イエレミアスさんが起きていたら少し時間を潰せないかと思ったのだが」

「イエレミアス様は残念ながらまだ夜会から戻ってきてはおられません。 出直される事をお勧めいたします」

 

 ビシッと姿勢を正した護衛官は慇懃にそう答えた。

 夜会からの朝帰りは珍しい事ではないと聞くが、今日は親戚とはいえ昼間に社交があるはずだ。

 こういったことにはしっかりしている彼がまだ帰宅していないなんて、と不思議に思う。

 護衛官に出直すと伝えた後、自室に戻るとモモンガはイエレミアスに<伝言>をつなげる。

もう帰ってくる馬車の中なら答えてくれるだろうし、そうじゃなかったら、まあ、無視されるだけだ。

ふとした瞬間に思い出すあの手。

それを振り払うように<伝言>をつなぐ。

 

「もしもし、イエレミアスさんですか? こんな朝早くにすみません、ちょっとーーーー」

 

「モモンガ君?! ちょうどよかった! 助けてほしいんだ!!」

 

 そんな軽い気持ちでつなげた<伝言>は、悲痛な叫びで応えられた。

 

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