蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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残念ながら書き溜め分に追いついてしまった為に更新速度がかなり下がると思います。



その白い手は 2

 

 

 

 イエレミアスの叫び声を聞いたモモンガはすぐさま装備を神器級で揃えて<転移>の魔法を使うとエリアスの寝室へと飛んだ。

普段ならこんな乱暴な訪問はしないモモンガだが、この世界でできた友人の一大事だ。突然の侵入者に寝室の護衛官は慌てふためき武器をこっちに向ける。そんなことなど意に介さず、ベッドに近づくとエリアスを揺り起こす。

 

「エリアスさん! イエレミアスさんが大変なんです。 起きてください!」

 

 肩を優しく掴み強めにゆする。

 昨日遅く──というよりも今日早くだろう──帰ってきたエリアスは一度きつく眉間に皺を寄せた後、ゆっくり目を開けるとモモンガの姿を見て飛び起きる。

 

「何があった?!」

「それが、帰りが遅いイエレミアスさんを心配して<伝言>を使ったら、緊急事態だって言われたんです。 今は王都内にある<銀食器亭>という宿に隠れているって。 俺、今から急いで助けに行ってきます」

「<銀食器亭>? 下級貴族用の宿屋になぜ……?」

「理由はまだ聞いてないです。 ともかく! ひと足さきに俺は向かってます。 できるだけ早くイエレミアスさんを連れ帰ってくるので、詳しい話はこっちでしましょう」

 

 そう言うだけ言うと最初からここにいなかったかのようにモモンガの姿が消える。

 

 唖然とするエリアスの横で、妻はまだ静かに寝息を立てていた。

 

 

 

 

 <完全不可知化>をしたモモンガは<転移>で王都の大通りに出た後、巻物で<探知対策><偽りの情報><物体発見>を連続して使う。モモンガもプレイヤーなんて居ないとは思いつつも、体に染みついた一連の動きは止められない。

 対象はイエレミアスが持っている護身用のマジックアイテムに対してだ。すぐに反応があり、急いでその方向へと<飛行>で向かう。

 目当ての宿の目当ての部屋の窓に張り付くと、<伝言>を使い自分が来たことを伝える。

 

 内側から窓が開かれ、部屋の中に入ってから<完全不可知化>を解く。

 

 部屋の中にいるのはイエレミアスと見慣れぬ女性が二人。

 いきなり現れたモモンガに対して驚いた顔をした二人は似ており、親子なのだろうことが窺えた。

 

「ず、ずいぶん早かったね! でもとっても心強いよ!」

「緊急事態だと聞きましたから。 それで、一体何が起こったんですか?」

 

 昨夜のイエレミアスは単独でどこかの夜会に出ていたはずだ。

 その彼がこんな場所に女性二人を連れ込んで“緊急事態”だなんて一体何があったというのか。

 つい胡乱な目で見てしまうモモンガは、ふと女性の顔に既視感を覚える。

 

「それは……」

 

 いいよどむイエレミアスを制し、落ち着きを取り戻したらしい女性二人が深々と礼をとると声を上げた。

 

「こうしてお話するのは二回目ですが、わたくし達のためにご足労いただきありがとうございます。 元クラウディア子爵夫人のビクトアです。 こちらはわたくしの娘のリエーネリアですわ」

「リエーネリアと申します」

「あ。 ああ、先日は夜会にお招きいただきありがとうございました。 えーと、その、“元”というのは?」

 

 名前を聞いてモモンガは思い出した。 彼女はイエレミアスの初恋相手だ。

 あの夜会には子爵夫婦だけでの参加だったので、娘がいたのは初耳だし初対面だが、それよりも聞き捨てならない単語を拾う。

“元”子爵夫人とはどういうことだろうか。

 

「あの夜会の後、夫に離縁されましたので」

「えっ。 それは、プライベートな問題をずけずけと聞いてしまいすみません」

 

 貴族の夫婦でよく知るのがエリアスとシェスティンの二人だからよくわからないが、子爵夫婦の夫婦仲が悪そうには見えなかった。そんな人物が離縁──離婚したということに少し驚く。

 

「いえ、イエレミアス様が貴方様を頼ることの原因がわたくしの離縁ですから」

「…………。 と、いうと?」

 

 話が見えず、助けを求めるようにイエレミアスの方を向く。

 イエレミアスはモモンガと視線を合わさずに、昨日別れてからのことを話してくれた。

 

 

 

 

「────と、いうわけで、夜道で怪しい奴らに連れ去られそうになっていた二人を馬車に匿ってこの宿にきたんだよ」

 

 イエレミアスの話とビクトアの補足を繋ぎ合わせると、クラウディア子爵は魔物被害で傾いた自領を持ち直す為にどうやら娘の結納金目的での婚約者探しを行ったらしい。

しかし、そんなものすぐにいい結果が出るわけもない。

結局全て上手くいかず、それならば妻と娘を売る事で金銭の都合をつける為に非合法な裏組織へと二人の身柄を渡す事になったらしい。

 そして娘だけでも逃がそうと行動したところを運良く旧知のイエレミアスに救われたのだという。

 

「──つまり、イエレミアスさんは人身売買されそうになっていた夫人と娘さんを、その怪しい奴らから逃すために匿っているっていう事でいいんですね?」

「はい。その通りです」

 

 夜会用の煌びやかな衣装を身につけているイエレミアスは、身を縮こませて小さな声で答える。

朝日に光るその衣装が場違いなほど顔は苦悶に歪んでいる。

 

「その怪しい奴らの見当ってついてるんですか?」

「多分王国の裏社会を牛耳る八本指じゃないかって思うんだけど、まだ詳しくはわからないんだよね」

 

逸らされる視線からわからないなんて嘘だろうと察しがつく。

貴族の常識でぼんやりと記憶にある限り、八本指はかなり大きな犯罪組織だったはずだ。

 

「相手の戦力もわからない内から手を出したんですか、イエレミアスさん」

「面目ない。 あと先考えずにやってしまった僕の不手際です」

「匿ったのって、もちろんエリアスさんに相談なしですよね?」

「はい、その通りです」

 

 とうとうモモンガの冷たい視線に耐えられず、両手で顔を覆い隠してしまった年上の友人に、深い、深いため息をつきたくなる。

 

(普段はそんなことないのに、なんでこんな事にだけ思い切りがいいんだこの人)

 

「私はまだよく王国のことをわかってないですけど、確か八本指って要注意な犯罪組織って習いましたけど。それってかなり不味くないですか?」

「はい、かなり不味い状況、です……」

 

 どんどん声は小さくなるイエレミアスの姿は同情を誘う。が、ここで絆されてはいけない。

元ギルド長としてさまざまな問題を平定してきた自分の勘がそう言っている。甘やかしてはいけない。

 

「具体的にどのくらい不味いのか自分の言葉で説明できます?」

「もし相手が本当に八本指なら、王国の裏社会を仕切る組織に喧嘩売ったも同然で、いつこの宿に始末屋が来てもおかしくない状況で、エリアスにも確実に怒られる状況です。 けど!」

 

 

「────ナインズ君ならなんとかしてくれる、よね?」

「っ!!!!」

 

 いい年したおじさんに上目遣いでコテンと首を傾げられても全く可愛くない。 それどころか久々に感じる怒りの感情にすぐに精神が沈静化されるのを感じる。

 

 沈静化された事で一段落した感情は、怒りの次にイエレミアスに対する親愛を訴える。

 今までとてもお世話になってきたのだから、ここが恩を少しでも返すべきところじゃないのかとモモンガの心が言う。

もっとも、この状況ではたとえ相手が絶世の美女だとしても問題がてんこ盛りすぎてカッコつけるために簡単に「任せろ」なんて言えないが。

 今まで自分に降りかかっていなかっただけで、実はこの人、るし★ふぁーさん並みの問題児なんじゃあと頭によぎったモモンガは、深いため息をつく。エリアスはさぞ苦労しているのだろう、ともう一人の友人に同情をむけた。

 

「二人を連れ戻しにくる刺客を倒すことは簡単ですよ? でも、幅を利かせた裏組織なんですよね? その報復行為がどこまで波及するかわからない以上、エリアスさんの指示を仰ぐのが一番じゃないですか」

「それはそうなんだけどさ、エリアスってこういう事にはすっっっごく冷たいでしょ。彼女たちを差し出すのが一番だなんていうに決まってる! そんなの、そんなの……」

「わたくしは大丈夫です、引き渡されてどんな目に遭わされようと耐えましょう。 しかし娘は、娘だけはなんとか逃してあげてほしいのです」

 

 モモンガとイエレミアスの会話を静観していたビクトアが割って入る。その声は悲壮でも必死でもない。

ただただ強い意志のこもった声と眼差しがモモンガを捉えている。

自分がどうなろうと、娘だけは守ってみせるという、強い意志のこもった眼だ。

 

 ああ、なんて眩しいんだろう。

 

 そのまなざしにモモンガは光を見た。

 

 子を思う母の眼差しだ。

 

 鈴木悟の幼少期の記憶がふと浮かぶ。

自分の母も、こんな目をしていただろうか。

 

 学校で友達ができないと泣いて帰ってきた日も、テストでいい点が取れた日も。優しく見守ってくれていたことは覚えているのに。

 

 思い出せない。

思い出すのは仕事から帰って来た時の疲れ切った表情と、自分に向けられる優しい笑顔、そして、床に倒れた母の青白い────。

 

 

「あ」

 

 

 そうか、手だ。あの手は、あの時の手と似てたんだ。

 

 だから俺は、こんなにも胸がジクジク痛むんだ。

 ストンと昨日からあった胸の痛みの原因がわかってモモンガはゆっくりと息を吐く。

過去のトラウマを振り払うように。

 そして、ゆっくりと息を吸い、ビクトアに視線を合わせたままゆっくりと考えを巡らせる。

 

「…………。確実じゃないけれど、エリアスさんを説得する材料はあります。その、一国の裏社会を牛耳ってるっていうくらいだから、人身売買というのはかなりの規模なんですよね?」

「うん、八本指の奴隷販売部門があるんだけど、そこが関わってると思う。彼らは貴族の顧客も多いから。王国で奴隷は規制されて久しいんだけど、それだけに地下に潜って利権になってるんだ」

「その人たちを解放したら、その後、好きに使ってもいいんですかね?」

 

 突然の人非人な発言にイエレミアスは目を剥く。

 

「えっ。 国王陛下に報告して、それぞれ元の場所に帰すことが人道というものだよ?」

「ビクトアさん達はどうですか? 戻る場所があるなら私もそれが一番いいと思いますが」

「戻る場所なんてありませんわ」

 

「少なくとも、私と娘にはございません」

 

「ビッキー……」

 

 はっきりとそう言うビクトアにイエレミアスは悲しい顔を向ける。

自分との婚約がたち消えになったあと、彼女には随分と苦労をかけた自覚がある。それだけに、彼女の発言はイエレミアスの心に引っ掻き傷をつける。

 

「そうなんですね。 じゃあ名案があるんでエリアスさんに相談しましょう」

 

少しだけ間をおいて、モモンガは力強く頷く。その頼もしい姿に、イエレミアスの沈んでいた心が浮かび上がる。

 

「おお!! さすがはナインズ君!」

「でも、イエレミアスさんはエリアスさんにしっかり叱られてくださいね」

 

 じっとりとした目でサクッと釘を刺した後、宿代を机の上に多めに置き、メモを残してモモンガは<転移門>でレエブン侯爵家のタウンハウスに戻る。

 

 その後エリアスを訪ね、3時間に及ぶ相談をした後、モモンガは三日と経たずに八本指の一角である人身売買部門を潰した。

 

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