蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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 少し短いですがキリがいいので。


真夜中の特訓

 

 イエレミアスとの久々の会話を楽しんだモモンガは衛兵と共に自室へと続く廊下を歩いていた。

大きな月が星あかりを霞ませる夜は静かで、遠くで夜鳥の声がする。

声につられて部屋へ続く廊下の大きなガラス張りの窓から中庭を見る。中庭に植えられた背の低い木の上に光二つの目を見つけ、意外と近くに声の主がいる事に驚く。ふと、その木の下の暗闇に人影が一人。足を止めてその影を見ると、モモンガの弟子であるアルシェであった。日付も変わった深夜、子供の夜ふかしにしては遅すぎる。

 

「ナインズ様、どうかされましたか?」

「いや、中庭に夜鳥がいるのが珍しくてな」

「左様ですか? 私には見えませんが。 先ほどから鳴き声はしますがね」

 

 中庭に目を凝らす衛兵がアルシェに気づくとまずい。彼女は他国の人間で、そんな彼女が夜に一人で行動していたなんて噂がたっては立場が危うくなってしまう。再び歩き出すと衛兵も夜鳥を探すのを諦めてついてきてくれる。

 部屋につき、就寝の挨拶をされた後、こっそりと部屋を抜け出す。流石にあのアルシェを見過ごすことはできない。不可視化の魔法を使った後<飛行>を使うとバルコニーに出るための窓をそっと開ける。夜の冷気をローブ越しに感じる。これではアルシェは冷え切っているに違いない。ふわりと浮きあがり、中庭を目指した。

 

 

 王都にあるレエブン侯爵邸は大まかにコの字の形をしている。正面玄関から直接繋がっているのが応接間やダンスホールのある公的な役割の設備がある棟であり、その右手に私的な書斎や寝室などの主人一家が使う棟、逆の左手側には客間と、使用人が使う棟になっており、それぞれの棟に囲まれるように中庭がある。その左側の一角に木が植えられている。

 モモンガは不可視化の魔法を解きながら足音を立てて近づく。木に背中をつけて、狭い星空をぼんやりと見上げていたアルシェはその音に肩を跳ねさせ、驚いて振り返る。

ほっぺを伝う光の粒に気づかないふりをしながら、アルシェに声をかける。

 

「昼間は暖かくなったが、流石に夜は冷えるだろう? これを着なさい」

「先生! なんでこんな時間に!?」

「アルシェこそこんな時間に感心しないな。風邪をひいてしまうぞ」

 

 渡すのはアランが用意してくれていた室内用の膝掛けだ。普段は窓際に置いている安楽椅子にかけてあるものだ。毛糸で細かく編まれたそれは風が吹く屋外ではあまり意味がないだろうが、幸い今は無風だ。膝掛けは大人用のため結構大きく、アルシェのような小さな子供はすっぽりとおさまってしまう。それを頭から被せて、顔を隠す。「女性の涙は見ないように」というイエレミアス直伝の紳士仕草だ。

 はみ出たアルシェの手に手紙が握られているのに気づく。

 隙間からこちらの視線を感じたのだろう、アルシェは一度鼻をすすって明るい声で内容を教えてくれる。

 

「わたしお姉様になった。 双子の妹だって書いてある」

 

 顔はわからないが、その声色から喜んでいることがわかる。きっと、頬と鼻を真っ赤にしながら笑っているんだろう。

 

「そうか。 おめでとうアルシェ」

「うん。ありがとう先生」

 

 少しの沈黙。何かを期待しているように顔を上げるアルシェに、少し両手を広げて屈んであげる。アルシェはそっと近づいて抱きついてきた。実戦訓練以降、アルシェはよくこうした接触を求めてくる。きっと人恋しいのだろう。保護者として懐かれるのはくすぐったく、モモンガもまんざらではない。いつ何時抱きつかれてもいいように、最近では偽装用コルセットなどはつけっぱなしだ。外すのは本当に予定がない夜の自室ぐらいだ。最初は動きも制限されるし落ち着かなかったが、今では慣れたものだ。

 

「先生相変わらず体が細い。ちゃんとご飯食べないと」

「ははは。レイナースにも同じことを言われる。二人はわたしの姉と妹みたいだな」

「先生にもきょうだいがいるの?」

「私は一人っ子というやつなのだが、私の友人に姉がいてね。友人と一緒に怒られた時に自分にも姉弟がいたらこんな感じなのかと思ったものだ」

 

 ペロロンチーノさんの悪ノリに付き合うたび、ぶくぶく茶釜さんに怒られたことを思い出す。家族に対する気やすさではなかったが、家族のいない自分には本物の姉に叱られているようで反省すると共に少しくすぐったさがあった。

 

「先生も怒られたりしたんだ? そのお姉様怖い人?」

「いいや、彼女も私の自慢の友人だよ。さて、アルシェ、寝れないようだったらせっかくだし魔法の訓練でもしてみるか?」

「えっ!」

「本当は部屋に帰って寝るように言うつもりだったんだが、まあ、夜中の特訓も楽しいものだ」

 

 ユグドラシル時代、ほとんどのメンバーがログアウトした後、こっそりと武人建御雷さんたちがたっち・みーさんに勝つために色々な話し合いやPVPの練習をしていたことを思い出す。たまにしか参加できなかったが、あの時間は本当に楽しかった。

 あの頃と違って夜の時間を持て余す体だ。いつもは読み書きの勉強やマナーの復習をしているのだが、たまには弟子と息抜きもいいかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ<飛行>が使えるようになりたい」

「<飛行>か。この間の実戦訓練から随分と熱心に勉強しているな」

「だって使いたくって。 だめ?」

「いや勿論問題ない。ではもっと広い場所に行こうか」

 

 中庭だと見回りの衛兵に見咎められるかもしれない。

<転移>を使って中庭の奥に移動する。奥の方はそのまま森林と繋がっており、見回りの兵もここまでは来ない。<転移>に興奮するアルシェを宥めつつ、<飛行>を使えるようにと特訓をする。

 何度か手本を見せてアルシェも真似をする。しかしうまくいかない。

 次は<飛行>がかかっている感覚というものを掴ませるために<飛行>の効果のあるマジックアイテムを使わせる。最初は慣れずにヨタヨタと不安定に浮かぶだけのアルシェだったが、数分もしたらコツを掴んだのかゆっくりとした速度で平行して移動ができるようになった。これならいけるかともう一度試すが、ふわりとも浮かない。

 頭を捻りつつ、モモンガはインベントリを漁る。すると奥ふかくに<飛行>の巻物を見つけて引っ張りだす。使うと消えてしまうのでそっと開いて、中身をアルシェに見せる。最初の課題で巻物の解読をさせたからだろう。乏しい月明かりと星あかりでああでもないこうでもないと頭を捻って解読を試みる。

 うっすらと空が明るみだした早朝、アルシェが何十度目かの<飛行>の呪文を唱える。

 

「わっ!」

 

 アルシェの体が薄い光に包まれてふわりと浮く。急な事に彼女は体勢を崩すが、本当だったら尻餅をつくところを仰向けの体勢のまま宙に浮いている。

 

「あ!」

「アルシェ!」

「先生!! できた!」

 

 よろよろと不慣れな勢いで抱きついてくる小柄な体を受け止め、喜びを分かち合う。

 

(教え子の成長を見るのってこんなに嬉しいことなんですね、やまいこさん!)

 

 友人の一人にそう心の中で叫んで、沸き立つ喜びのままにアルシェと共に飛び跳ねる。

何度も何度も感情の抑制がかかるが、その度に嬉しさが湧き上がる。弟子をとるなんて大変だ、自分にはできないと思っていたし今でもそう思っているが、もっと早くちゃんと向き合えば良かった。

 結局、朝の挨拶に部屋にきたアランに不在を知られ、<伝言>の巻物で叱られるまでアルシェと共に喜びを分かち合っていた。

 

 

 

 その日の朝食の席。時間が経っても嬉しさが隠しきれないアルシェとそれにつられて心が浮ついているモモンガはエリアスから上機嫌の理由を聞かれる。

 

「今はまだ少しだけ内緒ですよ」

 

 せっかくの弟子の成長なのだから、もっとしっかり訓練した後でお披露目をしよう。そうアルシェと話し合って決めている。お披露目の時にはエリアスに協力を頼む事になるだろうが、それまでは秘密にするのだ。

 

「君が私に隠し事とは珍しいな。アルシェ嬢なら教えてくれるかな?」

「あ! だめですよエリアスさん。アルシェも言う必要はないぞ」

「すみませんレエブン侯爵閣下。先生との秘密なんです。もうちょっとしたらちゃんと話しますから」

 

 エリアスはアルシェの言葉に片眉を上げて肩をすくめると別の話題に移ってくれた。

それにホッと胸を撫で下ろして、アルシェと微笑み合う。まあ、モモンガの顔は骸骨の上に仮面で見えないのだが。

 朝食の時間が終わりに差し掛かった頃、エリアスがそういえば、と話を切り出す。

 

「昼のガーデンパーティが終わったらシェスティンが話したいことがあるそうだから叔父上とナインズは私の執務室にきてくれ。急な呼び出しですまないな」

「急な呼び出しと言いつつ、ちゃんとこちらの予定が空いている時にしてくれるのがエリアスの優しさだよね。私は大丈夫だよ」

「私も大丈夫です。でもシェスティンさんから話があるなんて珍しいですね」

 

 自然と皆の視線を集めたシェスティンは普段の澄ました顔を少し赤らめながら頬に手を当てる。

 

「そんなに見ないでくださいませ。恥ずかしいわ。 ではパーティの打ち合わせがありますので、お先に失礼しますわね」

 

 そう言って優雅に立ち上がると侍女と共に部屋を出ていく。

 

「どんな話か楽しみだね」

 

 能天気なイエレミアスの言葉に完全に同意はできないが、シェスティンの話は興味がある。

 でもその前に昼のガーデンパーティだ。モモンガも出ることになっているので、事前準備はしっかりしているが、それでも不安が優ってしまう。

 

「その前にガーデンパーティをしっかり乗り越えなきゃです」

「ナインズ君なら大丈夫だよ」

 

 そう無邪気に言ってくれる友人の笑顔に、少し救われたモモンガだった。

 

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