蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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死の支配者は異邦人4

 

 

 門番小屋に通され、エリアスとロックマイアーの二人と別れた男は、ぼーっと冷めていくティーカップを見つめていた。

先程までは熱を持っていたそれがゆっくりと冷めていくのはとてもリアルで、こうしているとここが別のゲームの世界だと忘れてしまいそうになる。

 

「いや、どんだけリアルでもゲームのはずだよな?」

 

 電脳法で禁じられている五感は確かにある。

 しかし、男は現実ではありえない事も体験している。

それがもっとも顕著だったのが最初のNPCを操作ミスで殺してしまった時だ。

あの時、自分のスキルである〈絶望のオーラ〉がアクティブになっていた所為で十数人の死者がでた。しかし、自分の所為で死んだ者たちを見た男の心はかけらも動かなかった。まるで、できのいいCGを見るかのような気持ちになったのだ。もしこれが現実だったらここまで冷静ではいられなかっただろう。

 

(やっぱり五感があってリアルになった分だけ罪悪感が湧かないように抑制されてるんだろうなぁ。勝手に感情が抑えられるなんて、ここの運営もロクでもない……。はあ、それにしても──)

 

 このゲームは時間の流れがとにかく遅い。

ユグドラシルは昼と夜の時間分けがされており、リアルの時間でいう一時間で入れ替わっていた。

それがこのゲームではどうだろうか。

 この街にくるのにも馬に乗って地道に移動しなければならない。最初直ぐに街が見えてくるだろうと思っていた男の考えは外れ、三時間を優に超える時間を過ごした。その間昼夜が変わることもなく、街道をただ馬を走らせるだけだった。

 電脳空間で体感時間をのばす実験に成功しただなんてニュースは無かったはずだから、現実世界でも同等の時間が流れているのだろう。このゲームの方針と言われれば納得するしか無いが、時間指定のクエストなどがあったら面倒だと男は思った。

 男は仕方がない、と自分に言い聞かせて二人が出て行った扉の方へ目を向けた。

知らない土地に迷い込んで、最初に助けたのは貴族でした。

ゲームだと確実にクエストの発生だが、会話をした限りNPCには感じなかった。筋金入りのロールプレイヤーにして、かつての自分と同じくこのゲームが初めてやるゲームなのだろう。ユグドラシルの事すら知らない二人に時の流れを感じて寂しく思う。

 

(それにしても、そろそろ出勤時間なんだけど大丈夫なのだろうか)

 

 本体である人体に異常が出た場合速やかに体に意識が戻るセーフネットがあるはずだが、強制ログアウトができないこのゲームでもそれが可能なのかは疑問だ。もし、本当にセーフネットが働かなかったら、自分は生きているうちに発見されるのだろうか?

 うすら寒い想像に背骨が寒くなる。

 

(というか遅いなぁ。それとも覗き見して良いイベントなのか? ……いや、それは流石に駄目だろ)

 

 退屈が頭をもたげてきた男はジッと扉を見る。

 木の板をつなぎ合わせて蝶番をしただけの扉。ユグドラシルでもたまに見かけた中世の欧州風の作りだ。建築に詳しいわけでは無いが、ナザリック地下大墳墓──男の所属したギルドの拠点──を作る中で内装にこだわったメンバーの一人が熱く語っていたのを思い出した。

 いま彼はデザイナーとして現実世界でこういった物を作っているのだろうか?

 

(…………やっぱり退屈だし少しだけ出て行こうかな?)

 

 立ち上がろうとしたところで、まるで心を見透かした様に扉が開かれた。

 入ってきたのは知り合いになった二人──エリアスとロックマイアー。そしてもう一人見知らぬ中年男性だ。

恰幅の良い体型と整えられた髭。後れ毛無く分けられた髪は金髪で左右に分けられている。緑色の目がはめ込まれた顔は整っていた。

一体誰なのだろうかと見ていると、男は頭を下げた。

 

「はじめましてモモンガ殿。私はこの街の執政官を任されておりますドナテウロ・ハイット・デイル・ロッティと申します。この度は次期領主であるレエブン様をお助け頂きありがとうございました」

 

 丁寧な礼をされて、いえいえこちらこそ、と、リアルでの仕事の癖でぺこりと頭を下げる。

 

「実はモモンガ殿に相談したいことがございまして、こうして参りました」

「相談したい事ですか?」

「はい。実は現在水面下で問題が起こっておりまして、凄腕の魔法詠唱者であるモモンガ殿に暴徒の鎮圧をお願いしたいのです」

「暴徒ですか?」

「ドナテウロ、ここからは私が説明しよう」

 

 ドナテウロとモモンガの話にエリアスが割り込む。

 

「現在このレエブン領の領主は私の父だったのですが、父には弟がいまして。父は私に家督を譲る事になっていました。ですが、それを不快に思った叔父が反旗を翻したようなのです」

「え、それって大事じゃあないですか!」

「そうでもありません。まだ内々に処理できるレベルですので。しかし出来るだけ迅速にこの件を片付けたいのです。そこでモモンガ殿に協力を請えないかと思いお願いに」

 

 エリアスの蛇のような目に見つめられて男は硬直する。

 あれだけ否定したのにエリアスがやはりイベントNPCなのではという思いが湧いてくる。その余りのタイミングの良さと内容に、ひょっとしたらエリアスの中の人は運営なのでは? テスターとして自分を利用しているのでは? という突拍子もない考えが頭を過ぎる。

 数拍間を置いた後で、男は確かめるようにエリアスを見つめ返した。

 

「それは予想されなかった事態なんですか?」

 

 エリアスの眉間に皺がよる。

 表情のモーションが丁寧で、本当に生きた人間が顔を顰めているようだった。表情モーションのAIプログラムを作るのは大変だと、かつての仲間の一人は言っていた。表情の些細なニュアンスの違いが発言や場の空気などと合わずに苦戦するのだそうだ。

 ユグドラシルでは表情や感情はエモーションアイコンを操作して表現していたが、ひょっとしたらこのゲームは脳波を読み取って自然に顔にでるのかもしれない。まるで現実の世界のように。

 

「予想できなかったと言えば嘘になります。しかし、もうすぐ私が領主になる予定だったので。子供の私が継げば、叔父は諦めるだろうと楽観視してました。父も身内には情深い方だったので」

「そうですか……」

 

 これが身内への情なのだろうか。

幼い時に両親を亡くしている男にはどうもその感情が理解できなかった。

 

「それに小さい頃は多少は可愛がってもらっていましたから。今からでもどうにか出来ないかと思っているのです」

「ああ。そうだったんですね……どうにか出来ないかって思う気持ちはわかる気がします」

 

 男はエリアスになんとなく共感できる部分があった。

 それは他でもない、自分が所属していたギルドの仲間達とのことだ。

仮初めの世界でのひと時の交流だったが、男はそれを忘れられなかった。サービスが終わると公式にアナウンスされるまで、ただただ一人ギルドの維持費を稼ぎながら、仲間達がふらりと戻ってきてくれないかと思っていたのだ。

 そう、転職して新しい職場に慣れたら、子供が大きくなって落ち着いたら、リアルのゴタゴタが片付いたら、────そうしたら戻ってきて、またあの楽しい日々がまたできるんじゃないかと希望を持っていた。どうにかなるんじゃないかと思っていたのだ。

 それがエリアスの場合は叔父──おそらくロールプレイ上の比喩だろう──だっただけだ。自分が領主になったら叔父の態度も変わると思っていたエリアスと、時間が経てば仲間が戻ってくると信じていた自分。そこにどんな差があるだろうか。

 だから、男は非難できない。

してしまったら、ゲームが終わるというアナウンスがされるまでただ待ち続けた自分を、もっとはやくに行動を起こさなかった自分を否定する事になる気がしたからだ。

 

「手伝いますよ」

 

 言葉は自然と出てきた。

自分の力でエリアスとその叔父を助けることが出来たら、どうにかすることができたら前に進める気がした。

 このゲームからログアウトしたら、またメンバー全員にメールを送ろう。このゲームを一緒にやらないかと誘おう。

 昨日みたいに集まるのは数人だけで、全員は無理かもしれないけれど、昨日みたいに四十人いる仲間の何人かはきっと誘いに乗ってくれるはずだ。

そしたら前のように。いや、それ以上に楽しむのだ。エリアスのようにまだ取り返しはつくはずなのだから。

 

「困っている人を助けるのは当たり前、ですから」

 

 かつて自分を救ってくれた憧れの友人の台詞を照れ臭い気持ちで言う。

 

「感謝します、モモンガ殿」

 

 エリアスの口元が緩む。その顔に、男は自分が言った言葉が間違いじゃないんだと嬉しくなった。

 

「いいんですよ。早速ですが、作戦とかあります? 相手の情報とかも欲しいですし、やるからには完全勝利を目指しましょう!────あれ?」

 

 

 積もっていくようにワクワクとした気持ちが重なり、久々に楽しい気持ちになる。

忘れかけていた仲間と一緒に何かをするという楽しさを思い出した。

しかし、それが高まってつい笑い声をあげそうになった瞬間、まるで水をかけられたかのように楽しい気持ちはなくなってしまった。

 

 

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