燦々と太陽の光が降り注ぐ午前中。青々と繁ったバラ園の東屋でレエブン侯爵家に身を置く女性たちだけのお茶会が開かれていた。
本来ならドレスコードに合わせたデイドレスで着飾るべき彼女たちは親しい間柄を示すようにそれぞれの過ごしやすい服装をしている。
主催者である侯爵夫人であるシェスティンはゆったりとしたデザインのピクニック用ドレス。動きやすさを重視した領地の保養地で着るようのものだ。コルセットやパニエといったものを履かないためシルエットはスラリと凹凸の少ないものになっている。しかし凛と伸ばされた背筋と控えめのドレープから品の良さを感じる品だ。
そんな彼女を中心に少し大きめの丸テーブルを年齢順に女性たちが囲む様子は華やかさがある。
本来なら昼食会の予定で忙しくなる時間であるが、レエブン侯爵家は現在社交の相手をかなり絞っている。当主であるエリアスの命令で同じ六大貴族か王族、目覚ましい活躍をしている人物でなければまず招待状を受け取ってもらえない。それもこれも本格的に王家簒奪に動き出しているからであり、かなりの成果をこの短期間で挙げている。
そのため、この日も他家との社交の予定は無く、完全なる身内だけでのお茶会となっている。
もしこのお茶会の光景を門前払いされた人々が見たら羨ましがるだろう。なんといっても侯爵夫人のお茶会の参加者は皆可憐で麗しく、今後の女性の社交で重要な人物が揃っているからだ。
「まあ、それではイエレミアス様は本当にただお茶をして帰られるだけなのですか?」
今王都で話題のレエブン新侯爵の妻であるシェスティンは陰鬱な顔つきの美人と評されている。女性がレエブン侯爵にアプローチできる窓口の一つであり、もし夫人に気に入られたら問題なくレエブン侯爵の派閥に入れるからだ。普段は陰のある表情が似合う彼女も、初夏のバラ園では明るい笑顔が映える。初夏の黄色がかった日差しを反射して、身に纏っている薄紫色の落ち着いた色合いのドレスは彼女の上品さを際立たせている。
「ええ。その、てっきり愛人になるように持ちかけられると思っておりましたので、どうお断りしようかと考えていたのですが……」
かつては理想の淑女と王国で持て囃された元子爵夫人のビクトア。近年は夫である子爵の領地の運営が芳しくなかった上に今では離縁までされている。しかし、今は密かにレエブン侯爵家に娘と共に保護されている。着のみ着のままでレエブン邸にやってきた彼女であったが、着道楽のイエレミアスが彼女とその娘に何着も服を贈っている。首元と袖口に細かい刺繍の入ったデイドレスは焦茶色で彼女の知的な雰囲気をよく引き出している。
話題は彼女を保護したイエレミアスとの最近の関係についてで、毎晩のように客室を訪ねる彼がどんな様子なのかを少し困った様子で話してくれる。
「流行りのドレスについてや流行の色についての話題が多いですよね。ボウロロープ侯爵夫人が評議国から取り寄せたというネックレスの見事さについて1時間語られたこともあります。この間はお母様に自分が見立てた素晴らしいドレスをぜひ贈らせてもらいたいと説得されていました」
そしてその娘にして聡明な血を受け継いでいるリエーネリア。彼女は未婚の女性ということで若い女性らしい華やかな空色のドレスだ。胸元とスカート部分にはふんだんにレースがあしらわれており、今回のメンバーの中で最もお茶会らしい装いだろう。
彼女は母であるビクトアの話に付け加えたり、自分はどう思ったのかを少しおどけた様子で皆に伝えていた。
「それって面白い?」
若くして隣国の皇帝より遣わされた、レエブン侯爵家の筆頭魔法詠唱者の一番弟子、アルシェ。今年10歳になるという彼女は侯爵夫人のお下がりの服を何着か下げ渡されており、今回はそれを自分で手直しして着ている。定番の型のドレスで白い生地はよく手入れされていたのだろう、黄ばみもなく綺麗だ。シンプルな青い花のコサージュを胸元に飾りつけアクセントにしている。
魔法学園に通っている一般的な魔法詠唱者と同じように、アルシェもまた魔法の研究や研鑽に余念が無く、こうした女性同士の貴族の社交は不慣れである。それに伴い、年頃の娘が興味を持つだろうことにも鈍感で、今も純粋に自慢話を聞くのは楽しいことなのかと聞いていた。
「そうですわね。私はイエレミアス様に慣れておりますから大丈夫ですが、リエーネリアは随分とつまらない思いをしていましたわね」
「あの日のことは忘れてくださいませ!」
真っ赤な顔をして母親であるビクトアの手を握るリエーネリア。
赤い顔でビクトアを睨む姿は微笑ましく、笑い声に包まれる。
「この子ったらイエレミアス様の前で船を漕いでしまって」
「お母様!!」
「ふふふ。リエーネリアさんは随分と明るい方なのですね。羨ましいですわ」
優雅に微笑むのは元帝国貴族令嬢にして、先日御前試合で好成績を残した女騎士レイナース。この中では唯一の男装で、白いシャツに金の刺繍が入った黒いベストと揃いのトラウザーズにブーツだ。腰には剣を下げており、護衛も兼ねている。
他の参加者の話題に相槌を打ちながら、その目は油断なく周囲を見回していた。
「皆さん、あまりからかいすぎるのはよくないですわ」
おっとりと顔に微笑みを浮かべてシェスティンは首を傾げる。
彼女がテーブルにある小さな鐘を鳴らすと少し離れた場所にいたメイドたちが近寄ってくる。そして手元の皿に新しいケーキを取り分けて、それぞれに新しいお茶を汲む。アルシェはそのお茶の香りを嗅いで首を傾げた。
「あれ? 変わった香りのお茶。少し焦げたような、でもいい匂い」
「あら、本当ですわね」
アルシェとレイナースが首を傾げる横で、ビクトアとリエーネリアはシェスティンに祝いの言葉を贈る。
「おめでとうございます! シェスティン様!」
「私からも祝いの言葉を贈らせてくださいませ」
「お二人ともどうされたのですか?」
帝国出身の二人が顔を合わせてシェスティンを見やる。いたずらが成功した笑みを浮かべた彼女はお茶を一口飲み、ケーキを一口食べて皆にすすめる。
すすめられるままに手をつける参加者に改めてシェスティンは口を開く。
「まだ親族にしか言ってないのですけれど、皆様は親族も同然ですもの。先に報告しておこうと思いまして」
そこで一旦言葉を区切り、いまだにピンと来ていない帝国出身の二人に微笑む。
「私、子供を授かりました。同じ屋敷に住む女性として皆様には色々と頼る場面があるかと思いますのでよろしくお願いしますね」
「まあ! それは本当に喜ばしいことですわね。 シェスティン様おめでとうございます」
「おめでとうございます」
参加者の顔が皆一様に明るくなり、祝いの言葉を贈る。
その笑顔の裏に何か思惑が隠れていないかを慎重に観察しつつ、同じく笑顔で受け取るシェスティン。
「あ、だから……このお茶……」
「あら。アルシェはご存じでしたのね。 普通のお茶は子供にあまりよくないと言われておりますので本日のお茶はこちらにいたしましたの。普段とは少し違いますが、良い香りでしょう?」
アルシェの口をついた言葉に少し目を見開いてシェスティンは肯定するともう一口お茶を飲む。
紅茶と違った香りと少しばかり苦味のある優しい味。それに合うように繊細な甘さのケーキは干し葡萄が入っていて、食べる場所によって甘さにむらがある。その甘さのむらが楽しく、ついついフォークが進んでしまう味になっている。
「妊娠していた母もこれを飲んでいた」
「それは素晴らしいことですわね」
「あら? でもアルシェさんは一人っ子だと聞いておりましたが……」
暗くなりそうな皆の表情に、アルシェは慌てて否定する。
「つい最近手紙で元気な双子の妹が生まれたって書いてあった。家の中がとてもにぎやかになったって」
「まあ、それは……。 今は親元と離れて暮らしているのですもの。随分と寂しい思いをしているのではなくって?」
「少し寂しいけど、大丈夫。先生に一人前と認めてもらったら胸を張って会いに行く。 立派な姉として尊敬してもらえるように頑張るつもり」
固い決意の目で皆を見渡したアルシェは、興奮で頬を染めている。
「この間の実戦訓練もとても素晴らしかったと聞いておりますから、きっと近いうちに帰れますわ」
「エリアスからもそう聞いておりますわ。心配なさらないでください」
「アルシェ様は大変勤勉で努力家ですもの。 案外来年にはご実家に凱旋されているかもしれませんわ」
口々に褒められてアルシェの顔が別の感情で真っ赤になる。キリリと決意に溢れた顔を恥ずかしさで俯かせてもじもじと手を合わせる。
その様子に更に周りは微笑ましい空気で見守る。
「そういえば、この間のパーティの帰りにナインズ様から聞いたのですけれど──」
レイナースが少し空気を変えようと新しい話題を出す。
「戦闘訓練で第三位階魔法まで使えるようになったのなら、一旦、私とアルシェ様を帝国に帰すつもりだと」
「なぜですか?!」
「私も納得がいかずに問い質したのですが、きちんとした理由を聞く前に屋敷に着いてしまって。 その後も何度か理由を尋ねたのですが、まだ正式に決まった訳ではないのに言ってしまった。失言だったとかわされるばかりで……」
レイナースはちらりとシェスティンの方へ視線を送る。何か知っているのではないかというその目に苦笑を返しながら、その理由を口に出す。
「ふふ。エリアスが知ったらまたナインズ様は叱られてしまいますわね。 その理由ですけれど」
シェスティンはゆっくりと見回す。
近くにメイドなどの使用人がいないことを確かめてから口を開く。
「まずレイナース様。 皇帝陛下から貴族位の授爵が決まったそうです。授爵式の準備や条件の詳しい擦り合わせの為に一度帰国をしてもらいたいとの書簡が国王陛下を通じて届けられました」
話の内容に息を呑んだのはまだ社交なれしていない少女二人だ。当事者のレイナースは少し眉根を寄せただけで驚きは無いようだった。王国ではよほど特殊な事情がない限り女性が爵位を継ぐことはない。そういうこともあってシェスティンも最初にその話を聞いた時は驚いたものだ。
一方、レイナースの方は落ち着いたものだ。出国前にバハルス帝国皇帝とのやりとりがあったらしいので、すでに打診は受けていたのかもしれない。
「次にアルシェ様」
「はい」
「学のない私では帝国の制度がいまいち理解できていないのですけれど、魔法学園という国家機関の教育を受ける場所があるのですよね?」
「はい。先生のところに来るまで魔法学園で学んでいた。貴族も平民も、条件さえ満たせば入れるところ」
「皇帝陛下の考えは不思議ですわね。 平民に学をつける場を与えるなんて。その学園でのアルシェ様の今の扱いは確か、“きゅうがく”というのですか?」
「はい。留学のための休学。学校を辞めたわけじゃなくて、一旦別のところで指導を受けたり、家庭の事情で学園に一時的に通えなくなった時に使う制度」
王国にはない制度はシェスティンには理解が難しい。
貴族の教育なら家庭教師を雇うのが普通だし、平民に学をつけたからといって信用できないのだから国政や領政の中枢には置かない。にも拘らず帝国ではそんなに知恵をつけた平民を優遇するのか。
現にレエブン領では平民落ちするはずの貴族の三男を優秀な人物だからと登用したら裏切られた。貴族の子弟ですらそうなのだ。平民ならばどれだけ簡単に裏切ることだろうか。
そう思いつつも顔には出さずに困った微笑みを崩さないようにする。
「皇帝陛下は色々なことを考えてその制度を運用しておられるのですね。他国の者への師事にも運用が利く柔軟さは羨ましい限りですわ」
今日のお茶会の目的は二つ。
一つは自身の妊娠を知らせること。これはもし万が一があった場合、女主人の役割をビクトアやレイナースに振れるようにするためだ。レイナースは現在モモンガの相手として一番近いところにいる。ゆくゆくは独立した家を築いてもらうつもりだとも聞いているので、貴族令嬢である彼女に王国での貴族夫人としての振る舞いを教えていかなければならない。ビクトアも本人たちは否定しているが、人材的にも関係性的にもイエレミアスの相手にいいとエリアスは考えているようだ。そんな二人になら、自分が動けない間も侯爵夫人の仕事を代理でやってもらっても問題にはならないだろう。
もう一つは帝国出身の二人への今後の身の振り方の通達だ。近々二人が王国にいる目的であるモモンガが聖王国に向かう。その期間、聖王国に付いていくなんて論外であるし、だからといって王国には置いておけない。
ならば、適当な理由を作って帰国してもらう方が角が立たない。そう考えたシェスティンはエリアスに相談して、モモンガを説得し、方々に手を回し皇帝直々に二人の帰還を命令させることに成功した。
「ナインズ様はその休学に心を痛められているのです。きちんと学園を卒業してもらいたいと。第三位階の魔法を使えるのなら一人前と聞いておりますもの」
元冒険者から聞いた知識を使って考えた理由。そのモモンガを説得するのにも使った理由をアルシェにも言う。
「ですから第三位階の魔法を習得したなら一度学校に戻っていただいて、卒業後改めて王国に来てほしいそうです。貴女の今後にもそちらの方が選択肢が広がっていいだろう、と」
「先生がそんなにわたしのことを考えてくれてたなんて……」
うるうると瞳を歪めるアルシェを優しい笑みで見つめ、ゆっくりと再びあたりを見回す。
「皆さま、ここでの話は内密にしてくださいませ。少なくともエリアスから話があるまでは他言無用でお願いしますわね」
侯爵夫人らしい感情を読ませない笑みでそう締めくくると、あとはただの和やかな会話をするだけでお茶会を終わらせる。
ドレスの話題。お茶の産地のこと、ケーキのレシピについて。ビクトアとイエレミアスの昔話。社交界での話題の男性やいい刺繍糸が手に入ったこと。
主催者として招待客たちを満足させたシェスティンは自身のお茶会の成功を確信した。