蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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今年一年ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。


ある王女の誤算2

 

「私は今回エリアスからある程度貴女の事情を聞いています。貴女の希望は護衛である少年と平凡に暮らすことだと聞いています。間違い無いですか?」

 

 そう問われてラナーは少し驚く。

てっきりレエブン侯はこういった事情を説明せずに送り出したのだと思ったのだ。なぜならばすでにそういった大きな枠組みでの話は終わっており、ナインズに対してはただただ社交の練習台を頼まれたからだ。

 てっきり自分という詳しくない人物からどうやって情報を引き出すかの練習が始まると思っていた。だから事情を知らない彼に対して健気な王女を演じ、同情を買ってクライムとの未来に協力してもらいたいと考えていた。それが根本から覆り、大きな目をぱちぱちと瞬かせる。

 

「驚きました。レエブン侯は随分と貴方を評価しているのですね」

 

 秀才のレエブン侯は無能が嫌いだ。それは社交の態度を見ていれば簡単に予想がつく。有能なものは評価し、無能なものは冷遇する。

特に情報の扱いに対しては人一倍気をつけており、無能が余計な情報を握ることをことの外嫌っている。その彼が情報を与えたのだから、レエブン侯の厳しい基準を合格したのだろう。

 

「貴女の提案だというラキュースさんとの舞踏会で骨身に沁みました。自分は事前準備をしっかりとしなければいけない人間なのだと。友人や情報通だという人達から貴女の情報を集めていると、彼の方から教えてくれました」

 

 ここにきてやっと、ラナーは目の前の人物の評価を下すことができた。

つまり彼は凡人なのだ。努力して、努力して、努力する凡人。その凡人が非凡な才能を発揮できたのが魔法の分野であっただけで、彼の本質は凡人なのだろう。

 身の程を知り、有用で、性格も穏やかな努力する凡人。レエブン侯にとってはこれ以上ない使いやすい人材なのだ。だから彼はこの男を厚遇する。

 もし自分が先に彼と会っていたら、自分も彼の力を使ってクライムの考える理想の王女として完璧に振る舞っていただろう。それこそ王国の立て直しを完遂するほどに。

 

「それで、貴方は私のことをどう思いました? 不気味に思われたでしょうか」

 

 ありえない仮定を一旦脇に置いて相手を見据える。

 声は聞こえていないだろうが、表情は離れているクライム達からもわかる。真剣な表情は崩さないように気をつけて話す。

 

「何も。ただ生きづらそうだとは思いました。でも今の現状に満足していて、大切なものが側にあって、そんな貴女を羨ましく思う気持ちがある、のかな」

「変わった方ですね。私の本性をお話しした方は大抵私を化け物のように思います。私としては普通の女の子のつもりなのに」

「化け物だなんて、ひどい人もいるのですね。そんなに変なことではないでしょう? 大切なひととずっと一緒に居たいというのは自然な気持ちなはずだ」

 

 何かを思い出しながら話している目の前の男は、きっとかつてあった大切なものを惜しんでいるのだろう。それがどんなモノなのかは分からないが、この凡人の心を強く惹きつけているようだった。

 

「ちょっと話がずれてしまいましたね。 ともかく、貴女の中でザナック王子は優先順位は低いはず。なのになぜ私に暗殺を阻止してくれと頼むのでしょう? 他国に向かう人間ですし、貴女の今後には限りなく無関係になりますよね」

「あら、当然ではないですか。半分とはいえ血を分けた兄弟ですもの。…………と、何も知らない貴方相手ならば言っていたかもしれませんね」

 

 両手を軽く合わせ、上目遣いをする。庇護欲をそそるポーズと表情は今までいく人もの人を魅了して“お願い”を聞いてもらってきた。しかし当然のように目の前の仮面の男には効かない。

 

「貴方が家族を心配する健気な私を応援してくれるのではないかと思って言いました。私の性質をバラしたレエブン侯に台無しにされちゃいましたけど」

「他にも理由が?」

「私の可愛いクライムが望む、優しいお姫様なら冷遇されるだろう兄を心配するものだと思って。現に最初に提案した時は感動に潤んだ目で見つめられたのですよ」

 

 あの感動に潤んだ目を思い出すと今でも自然と笑顔が浮かぶ。優しい心を持つ慈悲深い主人に対する気持ちと、想われる義理の兄に対する後めたい嫉妬。その相反する彼の顔を今でも明確に思い出せる。

 

「ああ、見栄を張りたくなったんですね。わかります。私もエリアス相手にカッコつけたくなる時がありますから」

「わかってくださるのですか? なんだか意外です」

 

 ラナーは自分の精神性は凡人には受け入れ難いものだと思っていた。特に彼のような善性が強い者には。しかし、この男の反応を見ると決してそうではないのかもしれない。

感情を理性で押し殺し利を取る相手ではなくても、ある程度同じ感性を持ったものとだったら分かり合えるのだろうか?

 昔の自分ならば心動かされる事だろう。自分と同じ感性の者を探して、きっと互いに慰めあっていたかもしれない。それも今となっては全てが遅い。自分はもう選んだのだから。

 

「でも、一番の理由はレエブン侯との密約ですね。ザナックお兄様には少なくとも王国の使節団が一旦王国に帰ってくるまでは生きていてもらわないと」

「現時点では第一王子とその後ろ盾が、簒奪後はエリアスが邪魔な第二王子を手にかけたと思われるから、というわけですね」

「ご理解いただけたのならよかったです」

「いえ、私の方こそつまらない説明をさせてしまいました」

「構いませんよ。慣れていますから」

 

 ニコリと笑顔を作って席を立つ。それで言外に話は終わったと示すと、クライムとラキュースのところに向かう。二人を引っ張り席に着かせると今度は無邪気な王女様の無邪気なお茶会の始まりだ。

断るクライムを席に着かせるために一悶着あったが、それも大したことはなく丸め込む。

 口直しのように再開したお茶の席で、ラナーはナインズとラキュースという情報源から情報を仕入れて今後の戦略を立て直す。今後くるだろう王国を呑む嵐の中でうまく立ち回る為に。確実にクライムと共に未来へと向かう為に。

 

 昼過ぎから始まったお茶会が終わったのは日差しに夕方の気配が溶け出した頃だった。

道案内代わりのクライムをつけて笑顔で二人を送り出すと、入れ違いに部屋にメイドが二人入ってくる。

 一人は今まで使っていたテーブル周りを片付け、もう一人はラナーの着替えを手伝う。茶会用のドレスから晩餐会用のドレスへ着替え終わると鏡台の前に座らされ、髪型を整えられた。質の悪いこのメイド達とももうすぐでお別れだと思うと少しきつめに髪を梳かされたり、お気に入りのティーセットを乱雑に扱われるのも許せる。

 

「少しだけ寂しいですね。あっ」

「あら、ラナー様はもう兄離れなさるご年齢ですよ」

「先ほどの言葉は聞かなかったことにいたしますから、これからは王太子になられたバルブロ様と懇意になさいませ。ご自身のためにも」

 

 偽りの笑顔でありがとうと返したあと、天井を見る。目線の先にあるのはクリーム色の壁紙と部屋を照らすシャンデリア。あと1時間もすれば明かりが灯されてその美しさを存分に発揮するだろう。

 

「ふふ。私の為に心を砕いていただいて嬉しく思います」

「当然のことですわ」

「今後も私たちを引き立てくださいませ、バルブロ様とのパイプ作りはお任せください」

 

 ああ、なんて愚かな奴らだ。

 この後自分たちがどんな目にあうかも知らない能天気で幸せな奴ら。昔はそれが羨ましくて非凡な自分を嘆いたりもしたが、今ならそんなことは決してしない。

 なぜならば、彼女達とは違い、自分にはこれから輝かしい人生が待っているのだから。

 

「感謝します」

 

 醜悪な顔を隠しもしなくなったメイド達と目を合わせないまま、虚空に目を向けたまま心からの言葉を紡ぐ。

 

「必ず言われたことはやり遂げます。必ず」

 

 

 

 

「ラナー殿下に果実水をいいかな?」

 

 レエブン侯は甲斐甲斐しく空になったグラスに飲み物を注ぐように後ろに控える給仕に言う。その姿は洗練されていて、そつがない。トポトポとグラスに注がれる微かに色づいた液体はシャンデリアの明かりに照らされてキラキラと輝いている。

 

「感謝します。レエブン侯」

「いえ、これから続く料理は味が濃いものですから」

「それならば余計に感謝しなければなりませんね」

 

 軽い雑談をしながらの晩餐会は普段なら不快感が募るだけのものだ。独り身の貴族の相手をさせられ、鼻の下を伸ばした男を相手に面白くもない話を笑顔で聞く。自分の素晴らしさを伝えることに夢中の男達は誰一人、ラナーが給仕からされる些細な嫌がらせには気づかない。

 注がれることのない空のグラスも、くすみの残る銀食器も、形の崩れた皿の上の料理も。

 それに比べればこの陰気な男は有能だと言える。食器のくすみにいち早く気づき取り替えさせ、形の崩れた料理は自分のものと取り替えさせる。飲み物に至っては何度も給仕を呼びつけている。まあ、今日の給仕は伯爵家出身だということでプライドだけは高いから何度注意してもなおらないだろうけれど。

 

「しかし、ここまで酷いとは」

「そうですか? 飲み物以外は一度の注意で直っていますし、いつもと比べれば随分とマシですよ? それに多少盛り付けが違っていても冷めていても味や栄養が変わるわけでもないですから」

「はぁ。本来なら不遇な姫だと義憤にかられるべき場面なのでしょうね」

 

 悩ましげに頭を振るレエブン侯は気を取りなおすように続きの料理に手をつける。

同じように口に運ぶと口の中で溢れる肉汁に顔が綻ぶ。

 

「私はレエブン侯に約束さえ守っていただければそれでいいですもの」

「それは違えません。貴方が私との約束を守ってくれるのならば」

「それこそ決して裏切りません」

 

 笑顔を絶やさず食事を終え、役目が終わると部屋に下がる。招待客である貴族達はこの後も深夜まで様々な事に興じながら根回しという名の社交を続けるのだろう。

 ラナーが部屋に戻ると、メイドが二人待ち構えていた。二人に餐会用のドレスを脱がせると引っ張られるように浴室へと連れられる。

 

「晩餐会はいかがでしたか?」

「今日はレエブン侯にエスコート頂いたと伺っております」

「バルブロ殿下のご意向はお伝えになりましたか?」

「レエブン侯爵はなんとお答えに?」

 

 浴室に入ったところで矢継ぎ早に質問がされる。唾を飛ばさんばかりのそれにゆったりと対応するために湯船に浸かり髪を垂らす。お湯が随分と温い。のぼせることはないだろうが長湯しては逆に体を冷やしてしまうだろう。いい加減に髪を洗われながら晩餐会の様子を端的に伝える。

 

「レエブン侯にはバルブロお兄様とボウロロープ侯のことは伝えました」

「それで、なんと言われましたか?」

「自分は王国の一臣下であると」

「それでは言質をとったことにはなりませんよ」

「ラナー様、もっとしっかりとお答えをもらいませんと」

 

 両耳元でわんわんとうるさい。少し眉根をよせ、「少し声を抑えてください」というと少し声を落としてくれた。ほんの少しだけだが。

 

「何度もお話題に出したところ、最後には約束を守ってくれるのならば、と言ってくれました。私にはバルブロお兄様たちとされた約束が何かわからなかったのですが、下手に返答するわけにはいきませんでしょう?」

「それはそうですけれど」

「お二方のご意向をお伝えいただけただけで今回は良しとするしかありませんね」

 

 話を聞き出せたならば後は用済みだとばかりに体を洗われて夜間着に着替えさせられて寝台に放り込まれる。日に日に酷くなる扱いに、自分では我慢強いと思っているラナーも流石に不満が爆発しそうだ。

 できるだけ早くレエブン侯が王位簒奪を成功させますように。

 幾度目かになる願いと共に目を閉じて後は睡魔が訪れるままに任せた。

 

 




仕事の繁忙期と別ジャンルにうつつ抜かしちゃったので少し更新開きますすみません。
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