区切りのいいところまでかけたので連載再開です。
聖王国編を終わらせたい所存です。
カルカ・べザーレスは本日、人生の大一番を迎えていた。
質は良いが派手さの抑えられたドレスを着込み、薄く白粉をはたき紅を刺した美しい顔は緊張でこわばっている。日に当たるとキラキラと輝く薄い色の金髪も、その頭に頂く白い冠も心なしかくすんで見える。
聖王国の統治者として数年。南部の貴族をはじめ、女王が即位する事への反発は大きかった。特に実兄であるカスポンドがいるため、前例のない女が王位を継ぐよりは年上であり男でもある兄が王位を継いだ方がいいとの意見が強かったのだ。それを親友であるケラルトやレメディオスらが否定し、何よりも兄であるカスポンド本人が強く後押ししたため王座についた。
茨の王座。絶えず亜人は押し寄せ民を襲い、その被害の大小がそのまま貧富の差になり対立を生む。そんな王座の責任に押しつぶされそうになりながらもなんとかやってきた。
去年の冬の終わりに、亜人の部族が北部の城壁を破るまでは。
「カルカ様、先ほど先ぶれの使者が来ました。 そろそろ謁見の間への移動をお願いいたします」
「わかりました」
たおやかに返事をすると、心を落ち着かせるために深呼吸をする。
今回の相手は隣国のリ・エスティーゼ王国の使節団だ。聖王女として出した救援を求める親書に返事があり、食料を中心とした物資と、あのフールーダ翁に匹敵するという魔法詠唱者が来てくれるという。
今回の亜人による被害が即位以来どころか建国以来の大事になってしまったのは、城壁を破られてからも侵攻が散発的に続いているためだ。そのため城壁の修復作業すら満足にできないまま、兵士たちは決死の思いで亜人と戦っている。
一部の亜人は穀倉地帯まで侵攻しており、このまま続けば食料の生産が追いつかず今度の冬を越せる国民はかなり少なくなるだろう。
「聖王女陛下のご来光です」
儀典官の声と共にゆっくりと謁見の間に入る。
北部城塞都市であるカリンシャに作られた離宮の中にある謁見の間はホバンスの王城と比べると簡素で実用的だ。広さは50人も入れないほどに狭く、柱にも壁にも装飾は少ない。唯一王座だけは国威を示すために金箔が貼られた豪奢なものになっている。だから、王座につき顔をあげるように言いながら見回した時驚いた。狭い謁見の間ですら持て余すほど、使者の数が少なかったためだ。
普通、使節団ともなると使節団長、副使節団長、騎士なども合わせて30名ほどになる。前に受け入れた法国の使節団も総勢で20名程度が並んでいた。
しかし目の前にいるのはたった5人で、うち騎士は2名しかいない。これでは有事が起きた時に貴人を守れないのではないか。
「豊かな緑の大地に映える白亜の城の主人、その慈悲深さを示す客人よ。我が国のお願いを聞いていただき嬉しく思います」
空寒いほど仰々しい言い回し。中身のないそれに合わせるように相手の使節団長だというリ・エスティーゼ王国の第二王子も滔々を言葉を返す。
伏せられた顔を上げるように命じ露わになった顔はカルカより少し年上で、小柄ながらも鋭い目つきは不思議と威厳のようなものを感じる、気がする。少なくとも事前に届いていた釣書に添えられた姿絵よりもすっきりとした姿形だ。
きっと聖王国に来るまでに大きな困難があったに違いない。
王子の横にいるのは副団長のレイモンドという男。半歩下がって二人を挟む位置に騎士が2名おり、そのさらに一歩半下がる位置に件の魔法詠唱者らしい男がいる。
「今宵は遠方からきた親愛なる客人たちへささやかな歓迎の夜会を開きます。それまでゆっくりと体を休ませられますよう」
旅での苦労話は夜会で、運んでもらった物資については後で報告を見るとして、少しの時間でも旅の疲れをとってほしい。言外にそう示して柔らかく微笑む。一同を再度その笑みのまま見渡した後、カルカは王座から立ち上がり謁見の間を後にした。
聖王国の夜会は近隣の国と少し違う。
周辺国のマナーを一通り学んだカルカは今回使節団が来るので王国との違いを復習したが、その事を強く感じた。
まず、夜会への参加は貴族だけではなく神官もいる。特に聖王主宰の夜会ではその大凡4分の1が神官だ。
そして守りを固めるのは近衛兵では無く聖騎士だ。聖騎士の比率は相手が要人ならばそれだけ人数が多く配置され、今回はこちらの支援要請を受けてくれたという事で30名程度が会場や要人の警護にあたっている。
何より違うのはその内容だろう。聖王国では食事の前にダンスがある。舞踏室で男女に分かれ、順番にペアを変えながら皆で踊った後に晩餐室での食事をするのだ。
一方、王国では踊る場合は舞踏会、食事でもてなすなら夜会と完全に分けられているらしい。長期間の社交シーズンが決まっており、多種族との争いが無いからこそできることだろう。聖王国でそんなことをしたら南部の貴族を中心に不満が吹き上がるだろう。聖王女は自らの直轄地を潤す為に貴族の滞在を長引かせようとしている、と。
そんな事をつらつらと考えながら踊っていると、義務のダンスは終盤に差し掛かる。
最初の相手は使節団長であるザナック王子で、その地位にふさわしい卒のない踊りだった。表面的な会話をしてお互いの人柄を知るのは今後の交渉に必要だからだ。ザナックの方からは旅での苦労話、カルカからは改めて今回救援要請をするに至った経緯と現在の被害状況を伝えたところで一曲目が終わる。
その後は緊張した様子の招待客を何人か間に挟んで踊り、今回のもう一人の賓客、ナインズ・オウン・ゴールに辿り着く。
謁見の間の時とは違いローブは燕尾服になっているが、仮面はそのままだ。聖王国での舞踏会は白などの明るい色を衣装に使うのが一般的だが、王国では黒や紺など暗い色が多いようで、ナインズも細身の紺だ。そして白い手袋をし、顔を銀色の仮面で隠している。謁見の最初にその仮面の下の顔を確認して以降つけっぱなしであるのは彼にかけられた呪いのせいらしい。
あまり長い時間他人に顔を見られていると発動するというそれは、死んだ後アンデッドに転生してしまうというものだそうだ。食事もできず、素顔で他人と接する事もできない彼が少しずつアンデッドに近づいていくというのは大変痛ましく、にもかかわらず本人は随分と落ち着いていて朗らかな印象を受ける。今もぎこちないながらもちゃんリードしてくれている姿に踊り以外で胸が高鳴る。
じっと顔を見つめていたせいだろう。視線がわかりにくいながらも確かにこちらを見返されたのがわかる。
「慣れずにすみません。 きちんと予習はしたのですが、不足していたようです」
「構いませんよ。 ナインズ様は魔法詠唱者だと伺っています。 こういった社交の場は断られても仕方ないと思っておりましたが、わざわざ踊りの練習までしてくれたのでしょう? あなたの誠実さはきちんとわかりますから。 それに王国とではダンスの種類も随分と違いますもの」
「そう言っていただけると気持ちが軽くなります」
少しだけナインズの手に力のこもる。不意に握られた指先に心臓が跳ねた。
(ダメよ、カルカ。 彼にときめいたりしたら。 王国から釣書が来たのはザナック様。 ナインズ殿ではないんだから)
異国からやってきた、年上ゆえ包容力があり、少し危険な男性。思わず胸がときめくが、それだけで結婚相手が決められるほどカルカは自由な立場ではない。少し婚期が遅れているが、自分が夢見がちなせいではない。今まで適当な相手がいなかったのだ。
それからすると立場的にも血筋的にもザナックと婚約を結ぶことは皆を安心させられるだろう。気の早い者の中には王国から恒常的な支援がもらえると考えているものもいる。
故に結婚を、愛のない政略的なそれを皆から求められている事もわかっている。カルカとしても実際に会ったザナックの印象は悪くはない。ちょっと背が低くてヒールを履いたら身長をこしてしまって気まずいのと、顔つきが意地悪に見えてしまうだけで会話も理知的で思いやりもあり無難な着地点であるし、いい相手だとちゃんと理解している。
それでも恋に恋する乙女を夢見てしまうのだ。それが望めない立場だとわかっていても。
ナインズと分かれる頃には舞踏会も終わりの時間。最後にもう一度ザナックと踊ったら晩餐会だ。
「聖王女陛下。 後日で結構ですので一度内密にお話がしたいと思っております。 もちろん護衛などをつけていただいて構いませんので、なんとかお時間を頂けないでしょうか?」
「文官に確認してみます。 問題なく時間は取れるでしょう」
「ありがとうございます。 輝かしい美の化身である陛下の慈悲深さに心からの感謝を」
二度目のダンスは慇懃な囁きと共に終わる。
主催者であるカルカは主賓であるザナックにエスコートしてもらいながら先導する儀典官に続いて晩餐室に向かわなければならない。差し出された腕に手を置き、軽やかに揺れるドレスの裾をさばきながら共に歩く。
合わせられる歩調に気遣いは感じでも、そこにときめきはなく。ただ義務だけがあった。
ザナックが提案した内密の話し合いはその次の日の昼食後に行われた。ザナックの副官であるレイモンドは明日以降の予定を詰めるためにカルカの秘書官や大臣達と話をしているためにいないが、代わりにザナックの後にナインズがいた。彼は凄腕の魔法詠唱者なので護衛の代わりとしては申し分ない人選であるだろう。
自分に付き添ってくれたケラルトとレメディオスを振り返ると頷かれる。
総勢5人の密会である。
「聖王女陛下改めてお時間をいただきありがとうございます。 昨日は長旅の疲れをゆっくり癒すことができました」
「それならばよかったです。 私たちも王国からの支援のおかげで厳しい冬をなんとか越すことができそうです。 心より感謝いたします」
形式的なやりとりがひと段落した後、内密の話に踏み込む。
「実は、陛下へ送った婚約の申し入れを一度取り下げさせてほしいのです」
「取り下げ、ですか?」
思わず顔に浮かべた笑みが真顔になる。
突然何を言い出すのだろうか。
考えられるのは思った以上に聖王国の情勢が悪く、婿入りさせても王国が期待した効果が得られないと判断されたことだ。もしそうなったら、側近が言っていた恒常的な支援どことか、今回の支援も途中で切り上げられるかもしれない。そうされるわけにはいかないと、膝の上に置いた手に力が入る。
「おそらく聖王国の方々はこの婚姻により王国からの継続的な支援を見込んでおられると思っておりますが、王国の内情からするとそれは難しいと言わざるを得ません」
驚き息を呑むカルカと違い、後にいるケラルトは動揺の素振りすら見せない。
問いかけるような視線をやると、にこりと微笑んだケラルトは一歩前に出て恭しく礼をする。カルカの知らない情報をこの幼馴染が握っており共有されないことはままある。今回もそれであるらしい。
「会話に割り込んでしまい申し訳ありません。 聖王国最高位神官及び神官団団長のケラルト・カストディオと申します。 発言の許可をいただけますでしょうか?」
「許す」
「私どもの方でも勝手ながら王国について情報を集めておりました。 その中で商人や神殿の方の一部からリ・エスティーゼ王国の中でかなり激しい権力闘争があり、第一王子の派閥が勝利を収めた。 そう聞いております」
「間違いない。 言わば私は王座を追われ落ち延びた敗者であり父王の慈悲で陛下との縁をいただいた身です。 ここに来るまでにも多くの嫌がらせに遭いました。 私を王配にしてもリ・エスティーゼの次期王から支援はおろか潜在的敵国として扱われることでしょう。 ですので婚約を白紙にしていただき、ただの一人の亡命者として扱いいただきたい」
驚きの情報の連続に動きを止めていた頭をゆっくりと動かす。
この暴露とも言える話し合いに誰も違を唱えないということはこれが本当のことだからだろう。だとすれば別にザナックの提案通りに行動した方が方々にとって丸く収まるのではないだろうか。
聖王国は王国から不要な警戒をされることなく。王国は聖王国に不要な警戒をする必要がない。
カルカは政略で結婚をする必要がなくなり、結婚相手を自由に選べる。
ザナックは……王配として権力を持ってしまったらひょっとしたら暗殺者を差し向けられるかもしれない。だから彼にとってもこれは利点のあることなのだ。
そう思い込もうとするがうまくいかない。真っ直ぐにこちらを見つめる澄んだ瞳がそれを許さない。
「……すみません。 随分と色々なことを一度に考えなければならない状況に驚いてしまって。 返答はお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
口から出せたのはそんな時間稼ぎの言葉で、そう言うことしかできなかった自分にうっすらとした絶望が積み上がる。不誠実ながらも国益のことを考えると当然、しかし保身というには弱い言葉。まるで自らの未熟さを露呈するような発言だ。
「それはもちろんです。 聖王国側でも話し合いが必要でしょうから。 ただ、支援が終わりナインズが国へ帰るまでに返答をいただきたい。 聖王国内に居ることも難しいようでしたらナインズのつてで法国に亡命いたしますので」
「王族の亡命の手伝い、ですか? ナインズ様の主人であるレエブン侯爵はご存知なのでしょうか? 国内でのお立場が悪くなりませんか?」
「これはエリアス──レエブン侯爵ではなく私個人の判断です。 その、個人的に殿下とは親交がありますので、帰り道に送り届けるくらいは、と」
恐縮するナインズはカルカとザナックを交互に見た後に俯く。利で行動しなければならない貴族社会において彼の行動は叱責されるべきものだろう。しかしカルカはその愚直なところも好ましいと思ってしまう。
と同時に自分にはできない、してはいけない行動を取れる彼が眩しく、そしてほんの少し妬ましい。
「わかりました。 こうして我が国の力になるために来ていただいた方を無碍にすることはしないと誓いましょう。 お互いにとってより良い結論を出してもう一度話し合いの場を持つようにいたします」
「感謝いたします」
深々と頭を下げる二人が部屋を出ていくのを見届けてからカルカもケラルトらと共に部屋を出る。
執務室に戻るとすでに王国からの支援物資と、昼の話し合いで決まった計画がまとめられた報告書が机の上に積まれていた。通常の業務に受けた被害の報告とそれに伴う陳情。そして今回のこれ。
必要なことであり民を助けるためだと自分に言い聞かせていてもため息が出てしまう仕事の山。
なんとか心を奮い立たせて、まずは報告書へと手を伸ばした。