「婚約おめでとうございます、陛下、そして殿下」
「祝いの言葉感謝いたしますナインズ様」
「ナインズ、もう少し捻りの利いた言葉はないのか? 食傷だ」
アランと別れたモモンガはそのまままっすぐに今回の主役の二人のところへと向かう。
今日の宴を婚約式がわりにした二人は、先ほど乾杯を待つ招待客の前で書類を交わし正式に婚約者となった。距離的に王国への報告はまだであり、報告は書類の控えと共にモモンガが王国へと持ち帰ることになってる。
「さすが殿下。 祝いの言葉すら美食家ですね。 それならば」
モモンガは二人の前にゆっくりと跪く。
せっかくのリクエストなのでしっかり応えなければ。そのために頭をフル回転させる。しばらく使ってなかった言葉遣いなので自信はないが、王国へ帰ったならば必要になることだ。相手は見知っている気安い仲でもあるので多少失敗したところで咎められないだろう。
ある程度文言が決まったので顔を上げて両手を上げる。イメージは神に祈る信徒だろうか。
「……我ら豊かなる地の王、太陽の化身、この世の何よりも尊い方、その血に連なる敬愛するべき殿下。 初めて会った時の感動と質量は忘れがたく、またこの旅を通して減っていく聡明なる殿下の玉体に何度心を痛めたことでしょう。 それが今! また元の姿に戻りつつあることは大変に喜ばしく思います。 貴方様の生まれた地は遠く、私もまた貴方様から離れる運命。しかし! そうであっても貴方様のことは忘れず、また語り継いでいくと誓いましょう。 貴方様の威光は隣国との縁と共に永く語り継がれることでしょう。 そして不肖私めも、その語り部の末席であり続けましょう」
大袈裟に大仰に。讃える言葉は過剰くらいが丁度いい。
イエレミアスから受けた教えに忠実に口上とも言える長台詞を言った後は恭しく手を胸にそえる。
まあ、ここら辺はユグドラシル時代に鍛えたロールプレイング力に大いに助けられている。実際、この訓練は他のダンスや食事のマナーに比べるとかなり早く、しかも絶賛された。
「おい待て。 随分と言葉を飾っているようだがところどころ敬意がないぞ。多少言葉を飾ったところで“質量”だとか体型を揶揄う言葉は聞き逃さないからな?」
ちょっとした遊び心にすぐに気づいたザナックはその顔に皮肉な笑いを浮かべながら抗議の声を上げる。その目はイタズラに光り、茶番として楽しんでいることがわかる。
「また偉大なる女王にして愛深く麗しい陛下。聖王国の光であり神聖なる信仰の象徴である優しき日差しの君。 陛下の見出された我が国の宝は優秀で思慮深く、そしてやや重責に負けた時に食に溺れる親しみの持てる方でございます。 是非とも陛下の美しく輝くばかりのご威光によって殿下が食に対して節制をし、より健康で健やかであれるようお導きください」
「ふふ。 確かに言葉を聞き届けました。 太り過ぎは健康を害すると聞きますから、重責を共に分ち二人で歩んでいきましょう」
「感謝いたします」
「感謝するな。 カルカ様もあまりナインズの言葉を真に受けぬようにしてください。 すぐ軽口を叩く奴なのです」
モモンガとザナック気軽なやり取りをコロコロと可愛らしい笑い声を出しながら見るカルカ。
その光景が衆目を集める。カルカとザナック、ナインズの仲の良さをアピールする場でもあるので注目される分にはいい。その光景を王国民は「またふざけてる」と微笑ましく見守り、聖王国民は少しの驚きを持って見ている。
この婚約が政略だけではない。ということを知らしめるいい戯れになったようだ。
「ナインズ様は本当にザナック様と仲がよろしいのですね。 私もそうなれるように努力しなければ」
「これだけ美しい女性を相手にすれば男などはすぐに熱を上げて仲良くしようとすることでしょう。 殿下も程度の差こそあれ、すでにメロメロですよ」
「やめろナインズ。 そういうことはもっと私的な場面で言うように」
「私的な場面……? 例えば?」
「今だったらダンス中だな。 もしくは個室も用意してあるのでそこでだ」
「なるほど。 それでは殿下、お手を」
「誰が男同士でなど踊るか!」
「え、でも帝国では踊りましたよ?」
「どこの物好きだそいつは!?」
跪いたままザナックへと手を差し出せば軽く手で払われる。そういった気安いことができるのもこの場が平民も交じった宴だからだ。それをお互い承知しているのでじゃれあいのように会話が続く。旅の中でしか許されなかったそれがもう一度できて、それがとても愉快で。しかし一定以上の気持ちの高ぶりはすぐに沈静化してしまう。
三度目の沈静化が起こった後、モモンガは立ち上がって二人に別れの言葉を告げて立ち去った。なんだか急に不安になってしまったのだ。礼儀としての引き留めの言葉も断り、王宮に用意されている自分の部屋へと向かう。
夜は更けてもうすぐ明日との境界線。おそらくここにいる者たちは外が明るくなるまで過ごした後で家に帰り休息を取るのだろう。それを今は、とてもとても羨ましく思う。
疲労と無縁になった当初は戸惑いながらも喜んでいた。眠れないということは時間を人よりも多く使えるということで、転移に気づいた当初は学ぶことも多かったからだ。しかしこの体に慣れた今感じるのは無だ。
あれだけ戸惑っていた自分への違和感がなくなった恐怖。
かつては同じ人間だったモノ達を冷めた目で見てしまう欠落感。
その全てに慣れつつあるモモンガはゆっくりと案内役の後ろを歩く。もしこの年若い案内役を殺せと言われても、今の自分ならば躊躇いなくできるだろう。ただの人間だ。赤子の首を捻るようなものだろう。それをやらないのは意味がないからに他ならない。
「ここで結構。一番奥の部屋だったな」
案内役の青年は深々と礼をして立ち去る。それを見送った後で、再び歩き出す。
聖王国に対する支援をすることが決まりエリアスと話をした時に彼が零した言葉を反芻する。計画は万全。なぜならばエリアスもザナックもそして彼女自身でも認める知謀に長けた立案者が考案したのだから。
部屋の扉を開けるとすでに灯りがついており、アランが帰ってきているのがわかる。まめまめしく世話を焼いてくれる彼は浴室に湯を張ってくれているようで湿った匂いが鼻腔をくすぐった。
「帰ったぞ」
「お帰りなさいませナインズ様。 湯浴みの準備はできておりますが、その前にお召替えを。 浴衣を準備しております」
「いや、その前に頼んでいた貴族のことが知りたい。 それと、この後出かけるのでそちらへの着替えを頼む」
「かしこまりました」
その後着替えたモモンガは一息入れることなく<転移門>を使い外に出る。
繋がったのはなだらかな丘が連なる草原。人類がアベリオン丘陵というその一帯にある丘の中の一つ。その頂に用意された無骨な椅子とその側に控えるアンデッド。
<転移門>を閉じてゆっくりと歩いて椅子に座り、見下ろす。
そこにはこのアベリオン丘陵に住む亜人のうち実に半分の種族が額づいていた。
「本来なら、この青褪めた乗り手から伝えれば事足りることを、今から私が直々に指示を出す。 この重大さはわかるな?」
モモンガがそう抑揚の薄い声を発せば、代表者たちは何度も頷き、その他のものは地面へとさらにひれ伏す。
「そう怖がるな。 何も脅そうというのではない。 諸君に初めて会った時のように無用な犠牲を出す予定もない。 今夜ここに集まってもらったのは君たちの益になる事を提案しにきたのだ」
ここに集まった亜人達はモモンガが聖王国に入ってしばらく経った後、夜の無聊を慰めるためと“実験”のために丘を歩いていた時に接触した種族の者達だ。
その時には不幸な行き違いによって多少の犠牲が出てしまったが、今はこうして多少友好な関係を築けている。
「私がここにきて人間に手を貸したことで、人類を食糧とする君たちは聖王国での狩りができなくなった。 そうだろう?」
モモンガの問いかけに返ってくるのは肯定の言葉ではなく沈黙。誰もが皆口をつぐみ、この理外の化け物の関心を引かないように必死であった。
十分な時間を待ち、それでも返答がないことがわかるとそれまで背筋を伸ばして座っていた体勢を崩して背もたれにもたれかかる。多少はやる気があったのだがここまで反応が無いとそれも失せてくる。
(だいたいさ、力関係的に俺が接待されるべき場面だろ。 なんで俺の方がこんなに気を使ってるんだよ……)
本当ならばここで雑談を交えつつ一晩過ごそうかと思っていたのだが、他の場所に行った方が楽しめそうだ。この丘にはここにいる連中以外にも色々な種族がいると聞いている。中には新しい実験に役立つ種族もいるかもしれない。
そうと決まれば再び姿勢を正して<転移門>を発動させてソレらを連れてくる。漆黒の空間から登場したのは死の騎士。
そしてそれに付き従う頭のない二足歩行のモグラ。ゾロゾロとソレを引き連れた死の騎士は集まった亜人から主人を守れる位置に立ち、その奇怪なアンデッド達は亜人達を取り囲むように立つ。殆どが焦げ茶色だが何匹かは体毛が違うようで月明かりに色とりどりに反射している。その数大凡50体。死の騎士を除けば一体一体はこの場にいる亜人ならば少し苦戦しながらも十分に倒せるだろう。
だからこそ、亜人達はなぜこの首無しモグラがここに居るのかわからない。
「死の騎士の特殊技能の一つに従者の動死体を作る、というものがある。 簡単に言えば殺したモノをゾンビにして操れるんだがな。 最近偶発的に見つかったんだ。 従者の動死体は元になった種族に依存すると! そこで気になるのがどこまで元の性能に近いのか、どこまでその性能を使いこなせるのかというところだな。 そこはまあ、まだ実験途中なのだが」
人間を使った魔法や特殊技能の実験は実験対象が居なくなってしまったので一旦打ち止めになってしまったが、代わりに今は亜人を使って人間と同じ結果になるのか、差異は無いのかを調べている。もっとも、ツアーとの約束もあるので本当にこっそりと、だ。
「こいつらは土堀獣人だったモノだ。 いわば従者の土堀獣人動死体。 こいつらを使って海底トンネルを作ってやる」
沈黙。
相変わらず静かな亜人達を見回し、こいつら実は寝てるんじゃないかと考えていると一人の亜人が立ち上がる。それに対して死の騎士はすぐさま持っていたフランベルジェを突きつける。
「魔現人が氷炎雷のナスレネ・ベルト・キュールが偉大なる死の王へ直答を願います」
「なんだ」
「その、“海底トンネル”というのはどういうもので、我らにどんな恩寵があるのかをご教授頂きたく存じます」
「ふむ。 そうか。 海底トンネルとはな、文字通り海の下の地面を掘って作られたトンネル……穴だ。 これを作れば聖王国中どこでも、好きなところに繋げてそこで狩りができるようになる」
そう説明すると、それまでの静けさが嘘のようにザワザワと皆が喋り出す。その殆どはそんなものができるなんて思えないというものだ。それに内心ニヤリと笑いつつ、目線を質問をしてくれた亜人へと向ける。
「確か、ナスレネ、と言ったな。 いい質問だった」
「恐れ多い」
「しかし、偉大なる死の王よ。 なぜ人間の味方をしていたアンタがオレらの味方をするんだ? そんなことをしたら人間どもはアンタの事を裏切り者だというだろ」
「ヴィジャー控えろ!」
「許す許す。 人間の味方なのに、なぜ。か。 まあ、その答えだがな、別に俺は人間の味方では無いからだ」
「は?」
やはり反応が返ってくるとやる気が出てくる。寛大な気持ちで呆ける亜人を見つめた後に全体を見回す。
「俺は友人の味方なだけでそこに種族は関係ない。 “そうした方がいいから”。 それが海底トンネルを作る理由だ」
エリアスからの指示を考えた時に、恒常的に聖王国から頼られる状況を作ることが一番難しいものだった。城壁の補修と追加の施策はエリアスの力を誇示する点で絶対であった。守りを固くした城壁のせいで亜人からの侵攻が無くなれば今までよりも聖王国は繁栄し、他国への依存は少なくなる。
しかしそれではいけない。しばらくは、カルカが王座にある間は感謝されるだろう。しかしその後は? 国土が安定した聖王国国民がいつまでエリアスへの感謝を忘れないかはわからない。ならばどうにかして亜人の侵攻は続けさせなければいけない。
その中で思いついたのは城壁以外の場所から亜人を引き入れる事だった。そしてその時丁度レイナースの装備を作る為に山小人を探している途中で出会ったのが土堀獣人だった。土を堀り道を作り生活する彼らを見た時に思い出したはかつての友人たちが話していた会話であり、それは海と海を繋ぐためにトンネルを掘るというもの。ただその案を現実にするには一人の力では不可能なので方々へ相談してなんとか実現可能ラインまで漕ぎ着けた。
後は亜人に話を通した後で実際に着工すれば計画は完成だ。
本来はここまでザナックと仲良くなるつもりが無かったので心苦しい面はあるが、逆に言えば支援を理由に頻繁に顔を見にこれるという事だと前向きに考えることにした。
「別にお前らがこの話に乗らなくても問題はないぞ? ここにいない他の種族に話を持っていくだけだ」
有利な条件を提示しながら交渉相手が他にもいる事を匂わせるのは営業の基本。もっとも、ブラック企業の下っ端ではなかなかこの方法を使う機会はなかったが。
「さて、では──」
月明かりが雲に隠れた闇の中、赤い目だけが爛々と光る。
「そろそろ答えを聞こうか」
今回で聖王国編終了です。
次回から王国に戻ります。