そしてストック分がなくなったので、更新頻度が少し開くことになると思います。
ガタゴトと馬車に揺られながらモモンガはぐったりと座面に横たわる。いつもなら厳しい言葉を飛ばすアランも大めに見てくれているようで何か言いたそうな目をしながらも黙ってくれている。
(まさかあそこまで懐かれてるなんて予想外だった)
原因は簡単。出立前に別れの挨拶をしたネイアに泣かれ喚かれ駄々をこねられ縋りつかれたのだ。
再会を匂わせればいつなのか詰められた。パベルはそんな娘をうまく宥めることができずに、最終的に聖騎士である母親が拳骨一発で解決していた。おそらく彼女にはやまいこさんと同じ脳筋の血が流れているのだろう。
(それにしても、ふふ。 城壁修繕会議以外での立ち回りはかなり良かったんじゃないか、俺。 帰ったらイエレミアスさんに沢山土産話があるし、100点は無理でも80点くらいはもらえるはず……!)
王国でレイナースに採点された傷が尾を引くが、自画自賛ではなく今回は本当に自分を褒めてもいいはずだ。そう思うと少しずつやる気が戻ってきた。
「そういえばナインズ様」
「どうしたアラン」
「誠に申し訳ないのですが、以前話していた妹の結婚式がもうそろそろですので王都に戻りましたら一月ほど休みを取らせていただきたいのです。 よろしいでしょうか?」
「ああ。 そういえばそういった話もあったな。 私は構わないが、さて。 身の回りの世話人はどうしたものか」
結婚式に出席したいのは構わないがアランの抜ける穴は大きい。
肌に触れる着替え──実際はそれどころではなく骨に触れることになるのだが──は信用のおけるものにしか任せられない。着替える手間が少なくて済むユグドラシルの装備を使い回してもいいがそうすると主人であるエリアスよりも質のいいものになってしまう。
ならばこちらで買った服を着ることになるのだが、イエレミアス達の手を借りてもいいが、いかんせんシェスティンの出産を控えた今どこもかしこも忙しい。らしい。遠く聖王国の地にいるモモンガとしては実感はないが、二、三日おきに行き来する骨のハゲワシを使ったメール便ではその大変さが書き綴られている。
そんな中着替えを手伝ってくれと呼びつけるのは流石に気が引ける。
「それでしたらレイナース様に引き継ぐ予定です。 もうあちらではお二人の婚約式の準備を進めておりますよ」
「えっ。 そこまで進んでるの!? 聞いてないんだが」
「言っておりませんでしたから。 こういった内容はナインズ様宛の手紙ではなく私宛の手紙で知らされて私の裁量で伝えるようにとの指示でした。 ですのでこうして落ち着くまで情報を伏せさせていただきました」
「なるほどな。 だから昨晩のパーティであんな発言を……」
「ご理解いただけて嬉しい限りです」
整った顔でニコリと笑われればため息と共に許すしかない。すぐに情報を処理できずに一杯一杯になる自分にとって、こうして情報を選別して適宜伝えてくれるアランはとても助かっているのだから。
「それにしたって……。 婚約したってことはいずれ結婚……。 俺が結婚……」
まるで実感が湧かないが、こちらの世界だと婚約したらほとんどそのまま結婚となる。そして結婚したら当然──。
「レイナースさんには申し訳ないことになるぞ。 俺との間に子供なぞ望めないんだから」
少ない貴族の社交経験でも石女と言われ嘲笑われ離婚や愛人の子を育てることになった話を耳にしたことがある。そういう時は「だから後腐れのない遊び相手に〜」や「贈り物をするなら愛人の方に〜」やらの話題と一緒にだ。
それまでは自分と遠い話だと思っていたのだが、こうして自分の身に降りかかってみるとそのやるせ無さを強く感じる。
「まあ、そうなりますね。 その時は養子をとってもいいですし、ナインズ様が不快でないのならばレイナース様に愛人を認めてその子を引き取って育ててもいいのでは?」
「……そういうものなのか、貴族とは」
「そればかりとは申しませんが、そういった方法もあるという話ですよ。 どちらにせよレイナース様と話し合われた方が良いでしょう」
「まあ、そうだな」
「まあ、まだまだゆっくりとした旅になるでしょうから。 気分転換に本でも読まれますか? まだ何冊か持ち込まれたものが残っていますよ」
そう言ってアランが取り出したのは馬車での旅で退屈しないようにとエリアスが持たせてくれた本だ。
王国貴族の教養としてよく親しまれている物語から領地の特産品や歴史をまとめたものまで様々な分野のものがある。実務書の方はあらかた読み終わったので、あまり気は進まないが信仰されている四大神の伝説についての本をとる。
「昔昔、人がまだ、違うな。人の国がまだ、なかった時代? 神の国より、4人の偉大なる大神が、落ちてこられる? 降臨ってことか? され、沢山の手下の神……と共に人の国を、盛りあげました?」
「創り上げた、ですよ。 それに手下の神ってなんですか。 もうちょっと言い方があるでしょう」
「そうは言ってもだな、中途半端に言葉が通じるから文字を読む時は変になってしまうんだ。 あー、だめだ。 続きは美辞麗句っぽい比喩表現多数の怪文書で読めない」
やたらと光り輝く、だの美しい、だの〜のようだ、だのが続く長文ばかりで読む気も失せる。座面に投げ出した姿に苦笑したアランは本を持ち上げ代わりに読み聞かせてくれる。
「まあ、大事なのは中身ですので。 特別ですよ。 一度聞けば自分で読むのも楽になるでしょうから」
そう言って馬車の音に負けないくらいに声を張ってくれるアランに報いるために、モモンガは興味がない話を頑張って聞き覚えた。
夏の初めに出発したモモンガ達が王国に帰ってこれたのは冬の終わりの事だった。王への報告を済ませ、ザナックとカルカからの手紙を渡し、王都にあるレエブン家のタウンハウスに戻った時には深夜だった。
そんな遅い時間にもかかわらず、屋敷には灯りが灯され、侍女から下働きのメイドから皆が忙しなく廊下を行き来していた。出迎えてくれた執事から話を聞くと、どうやらシェスティンが産気づいたらしい。
実感はわかなかったのだが、自分が使っていた部屋に戻るとエリアスが迎えてくれた。
「エリアスさん。 戻りました」
「ああ、おかえりナインズ。 長旅で疲れただろう、座って休んでくれ」
久々に顔を合わせたエリアスは随分と憔悴しており、前屈みに座った椅子の上で祈るように両手を組んでいた。どう考えても休息が必要なのはモモンガではなくエリアスの方だろう。
「エリアスさん大丈夫ですか? その、顔色が悪いですけど」
「ああ、実はナインズ。 少し、話を聞いてほしくてな」
「話、ですか?」
なんだろうと首を捻る。たっぷりと息を吸ったエリアスは、ゆっくりと吐き出してから姿勢を正す。
「シェスティンのお産が長引いていてな。 昼から始まってかれこれ半日以上かかっている。 頭は出ているらしいのだが、その、少ないながらも出血をしていてな」
まっすぐにこちらを見つめる目に怯えの色が見える。モモンガに対するものではなく、エリアス自身でどうしようもないものへ対する怯えだ。
「産婆と医者の話ではこのままだと母子ともに危ないらしい。 出血が続けば夜明けを待たずにシェスティンが──っ。 そうなれば子供の方も助からないそうだ」
細い息を吐きながら、エリアスは再び前屈みになって組んだ手を額にくっつける。
沈黙。
モモンガは当然出産の経験もないし、身近でそういった話をする人もいなかった。
唯一、たっち・みーが軽く話題に出したくらいで、なんとなく、妊娠したら出産して子供が産まれるんだろうな、くらいに思っていた。それでまさか人が、母親が死ぬなんで。
「な、なんでこんなところにいるんですか! それならシェスティンさんのところに行かなきゃ!! 何が必要ですか? ポーション? エリクサー?? もちろん蘇生用のアイテムもあります!!」
興奮が閾値に達し瞬間に感情が凪ぐ。
それでも一度動転した気持ちは落ち着きなく騒ぎ、インベントリから今言ったアイテムたちを取り出していた。
「さすがはナインズだな。 だが、ポーションはともかく蘇生は無理だろう。 子供はもとより、シェスティンの体が蘇生に耐えられるとは思えない」
「蘇生に耐えるってなに。 ま、まさかこの世界にもレベル減少があるんですか?」
「君が言っていることと同じかはわからないが、冒険者でもない限り蘇生は失敗するものだぞ」
「そんな…!」
蘇生についてはモモンガ自身が蘇生魔法を使えなかったために後回しにしていた。限りあるアイテムを使って急いで実験をしなくても、この世界では信仰系魔法詠唱者は重宝されており、いずれ蘇生魔法を使える存在と出会ってから色々話を聞けば良いと思っていたのだ。
「ふふ。 君に話したら少し気が楽になった。 ありがとうモモンガ」
「力になれずすみません。 その、とりあえずこのポーション類だけでもお医者様に渡してください。 こんな事しかできませんが」
「助かる。 もし、最悪の事態になっても気に病む必要はない。 彼女もきっとそう言うだろう」
重苦しい時間が続いたせいで気づかなかったが机の上には二組のティーセットが用意されており、エリアスはそれを呷る。
モモンガもせっかく用意されたものだからと鼻を近づけるが、アランが用意したお茶はすっかり緩くなって香りが飛んでいた。それを残念に思いながらソーサーに戻して徐に立ち上がるエリアスを見送る。本当ならばシェスティンの部屋まで行きたいところだが、やんわりと止められてしまった。
お見舞いの言葉だけでもと伝言を頼んで椅子にドカリと座る。
飲み終わったティーセットを片付ける小さな音を聞きながら、モモンガは考える。
人の生と、そして死について。
夜空の星のうち、かすかに光っていたものが姿を消し始めた頃、モモンガの部屋にエリアスの侍従の一人が訪れて出産の終わりと子供の性別が知らされた。
エリアスの最初の子供は男子であった。