蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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死の支配者は異邦人5

 

 

 自分の感情の動きに作為的なものを感じつつ、男は端が見えないほど大きな壁──エ・レエブルの城壁を睥睨する。

 男がいるのはエリアス達と共に立ち寄った街の執政官室。その机の上にアイテムボックスに入っていた遠隔視の鏡を置き、操作して敵情視察している。すぐ後ろにはエリアスと執政官がおり、共に覗き込みながらあれこれと言い合っている。

 殆ど意味がわからないが、重要なことなのだろう。

 ユグドラシルでのこうしたイベントやクエストはもっぱら人間種が中心であり、異形種プレイヤーであった男は経験がない。補給ポイントや侵入経路を話し合っている二人を横目に、念のためかけておいた攻性防壁に異常がないかを確認する。

 かつての仲間、軍師と名高いぷにっと萌えから薫陶を受けている男は情報収集に余念がない。「戦いは始まる前に終わっている」とにこやかに教えてくれた頼れる友人の思い出に、男は動かない頰を緩める。

 

「そう言えば今回の注意点ってなんなんですか?」

 

 男は背後のエリアスに聞く。

 勝利条件は暴徒の無力化とエリアスの叔父の拿捕。

敗北条件は街に住む人々へ被害が拡大した場合の求心力の低下。

 そこは最初の打ち合わせで頭に入っているが、具体的にどうしたいのかがわからない。街の様子を見る限り、暴徒という事になっている兵士の動きは警戒こそしているが普通であるし、街の住民も集団でだが普通に出歩いている。

 

「まずは情報の拡散を防ぐ事、だな。正直叔父自体はどうとでもできるが、それに付随する評判の低下を防ぎたい。権力闘争の真っ最中だから弱みを他の貴族に見せたくないのです」

「ああ! これって内政系なんですね! 了解です。やった事ないので得意じゃないですけど頑張ります。……じゃあなんとかして穏便に街の人たちにばれないようにするんですね?」

「ん? まあ領内の政に関わる事だからな、内政と言えばそうなるか。次は協力者を洗い出す事が必要だ。首謀者は叔父だろうが、中で手引きした者たちが必ずいる。その者達までしっかり捕まえなければ意味がない。数年後にまた同じような事態を引き起こす訳にはいかないからな」

「確かに。雑草を抜くときは根元からって友人が言ってました」

 

 ふむふむと手を顔に当てて考え込んでいる男をエリアスは興味深く見る。

 当たり前だが高位の魔法詠唱者は基本的に戦闘よりも魔術の研究に傾倒している。まして一つの街を攻め、標的だけを狙うなど門外漢のはずだ。

にも拘らず、真剣に考えている。いや、考えるだけだったらいい。しかし男から漏れる声には具体的な手段が溢れている。

 

(やはり欲しいな……)

 

 エリアスはこの様々な才能を見せる男が真剣に欲しくなった。男の能力、知識共に値千金では足りない。もし協力を取り付ければ人間国家全て、いや、人間の領域外までも己の物にできるのでは無いだろうか。

 期待に胸を膨らませたエリアスを男の声が呼び戻す。

 

「一応作戦考えたんで、実現可能かとか意見聞いていいですか?」

 

 体ごとこちらを振り返った男の仮面越しの視線を感じる。

 快諾すると、マジックアイテムに街の全景を映し、ガントレットをはめたままの指先で作戦の流れの説明が始まる。その内容に唸りながら、やはり男に協力を願い出て間違いなかったとエリアスは確信したのだった。

 

 

 

 

 

 エ・レエブルは南北と東西に大きな門と街道がある。すぐ東側に大森林があるため、東側は門とともに物見櫓や衛士の詰所などがある。

今回エリアス達はこの詰所を最初に制圧する事で、相手の動きを封じる事にした。立案者であるモモンガ曰く、──

 

「相手が権力でもって指揮権奪ってるんだったらその上の権力者であるエリアスさんには逆らえないでしょう?」

 

──との事だ。

 もっとも、最重要護衛対象を戦場の真っ只中に連れて行く事に疑問を持たないこの魔法詠唱者に非難の視線を浴びせる者が一名。

 

「エリアス殿をそんな危険な場所に連れて行くなど論外です!」

「え? でも俺だけ行っても意味ないですよ? ドナテウロさんでも兵士達はきっとエリアスさんの叔父さんの命令を優先すると思いますし、やっぱり命令権のある人に来て貰うのが一番じゃあ?」

「ドナテウロ、気にしなくていい。──私の身の安全はもちろんモモンガ殿が保証してくれるだろう?」

「え? ええ、まあ。純戦士のタンクじゃないんでスキルとかある訳じゃないですけど、魔法での援護はできますし、召喚モンスターの一体や二体は護衛につけますよ」

「だそうだ。心配はいらない」

 

 自信たっぷりのエリアスの声に流石の執政官も引き下がる。

 

「しかし問題は人手が足りない事だな。流石に私とモモンガ殿では目立ちはしないが、絶対的な数が足りない。詰所を制圧したところで維持することができないのでは一斉に摘発はできないだろう。ロックマイアー達に頼めればよかったんだが──」

「すみませんねレエブン殿」

「冒険者は政治に不可侵、でしたね」

「そうなのだ。頼りきりになってしまうが、モモンガ殿になにか手段はあるだろうか?」

「手数用意するだけだったらあるんですけど、例えば────〈中位アンデッド作成 死の騎士〉」

 

 モモンガがそう呟くと突然部屋に黒い禍々しい塊が湧き出る。

 それは大きく姿を変えると見上げるほどの高さになり、ゆっくりと端の方から実体化した。

姿を現したのは身の丈二メートルを超える化け物。片手に身長と同等の盾を持ち、もう一方の手には刀身が波打った様に曲がった剣を持っている。全身鎧には血管のような模様が浮かび脈打ち、開かれた兜からは亡者の恨めしそうな顔がのぞいていた。

 

オアアアアアァァァァァ!!

 

 心が凍てつく叫びをあげたそれは、エリアス達を睥睨する。

 殺される──。

 そう直感した瞬間、エリアスはロックマイアーに突き飛ばされた。化け物とエリアスとの間に身を滑りこませたロックマイアーは、腰に吊るしたベルトからポーションを抜き取り投擲する。

 

オアアアァ!

 

 外しようも無い距離だったこともあり見事に命中。入れ物のガラスが割れ、中のポーションがかかった化け物が苦しみの声をあげる。アンデッドなどは神聖な力に弱い。更に回復魔法で傷を負い、回復のポーションで崩れ去ると言われている。目の前の光景はそれを裏付けていた。シュウシュウと異音と異臭を辺りに振りまきながら、怒った化け物はロックマイアーに狙いを定める。三歩の距離を一息に詰め、手にした曲がりくねった剣を振り上げ、振り下ろされる。

 いくらオリハルコン級冒険者とは言え、前衛らしきアンデッドの膂力で剣を振るわれれば大怪我を負うだろう。誰もが一瞬後の光景を幻視したところで、底冷えのする声が響いた。

 

「そこまでにせよ」

 

 声の主はモモンガだった。

それまでの温厚な声色とは違った血の通っていない声音。

そこでエリアスは思い出す。この化け物を呼び出したのは誰であったのかを。

 

「モ、モモンガ、殿……!」

 

 アンデッドの化け物に向けていた顔をエリアスの方に向けたモモンガ。その顔は相変わらず不気味な仮面で隠されていた。しかし先程までとは感じる不気味さが違う。

 とんでもないモノを街に呼び込んでしまったのではないか?

 そう自分の行動を後悔しかけたところで、モモンガは明るい──先ほどまでと同じ声色に戻っていた。

 

「すみません。やっぱりこのリアルさのある世界でアンデッド系モンスターは怖いですよね……」

「あ、……やっぱりこれはモモンガ殿が呼んだモンスター、なのか?」

「ええ。俺、ロールプレイで死霊系のビルドやってて。それで召喚モンスターもアンデッドとかが多いんですよね。怖い見た目してますけど、こう見えて使い勝手いいんですよ、この死の騎士」

 

 金属と金属のぶつかる音。

 モモンガのガントレットと死の騎士の鎧がぶつかる音に、少しだけ場の空気が緩む。

それをさらに壊すようにドンドンと部屋の扉を叩く音。

 

「失礼します!! 何か大きな声が聞こえて来ましたが何かありましたか!?」

 

 おそらく執政官室の近くにいた衛士だろう。

死の騎士の叫び声とそれに続くロックマイアーとの騒ぎに駆けつけたらしい。

 死の騎士の姿を見せて更に騒ぎを広める訳にはいかなかったので、なんでもない、という言葉で押し通す。

扉越しでの言葉に不承不承ながらも衛士が帰っていったところで、エリアス達は一息ついた。

 

「すみません。こんな騒ぎになるなんて思わなくて」

「いえ、こちらもまさかモモンガ殿が死霊使いとは知らず驚いてしまった。余程強力なモンスターとお見受けする」

「いや、それほどじゃあないんですけど。でもここまで驚かれてしまうと今回の作戦に死の騎士を使うのは厳しいですよね」

「当たり前でしょう!こんな化け物連れてたら街の連中はびびって逃げ出すわ衛士も逃げ出すわ冒険者は駆り出されるわで大混乱間違いなしですよ!!」

 

 この中で真っ先に行動できたロックマイアーが噛み付くように言う。その顔には未だに多くの汗が浮かび、視線は油断なく死の騎士の方に向けられている。

 

「ロックマイアーの言う通りだろうな。モモンガ殿の手勢が使えないとなると最悪この街の衛士を何人か連れて行くしかないが……」

「うーん。使いやすいアンデッドなんだけどなぁ」

 

 残念そうに死の騎士に向かって手をふる。すると、あれほど存在感のあった化け物が、まるで幻だったかのごとくかき消えた。

 その後、手勢を増やすにはどうしたら良いかとうんうんと唸っていたモモンガだったが、はたと気づいたように鞄を漁る。

 服装と比べるとみすぼらしい鞄ではあるが、モモンガ曰く魔法の込められた鞄であり、質量と重量を無視して中に入れることができるらしい。

 

「あった!」

 

 鞄から取り出されたのは巻物だった。

それもエリアスの見慣れた魔法の込められた巻物とは違う。

巻物の中央に芯になる棒があり、紙もそのままではなく深い紺色の布に裏打ちされている。手の込んだそれは、一見美術品のようだった。

 

「これは<下忍の巻>って言って金貨を払って斥候系の傭兵キャラを呼べるアイテムです! これだったら人間種の傭兵を呼び出せるので街中でも安心でしょう。ただ、数時間しか効果が無いので使うのは街についてからにしましょうか」

 

 手に持った巻物を説明のあと鞄に戻したモモンガ。

その目はいつ行くのかとこちらを窺っている。エリアスはドナテウロとロックマイアーに目配せをした後、ゆっくりと息を吐き出す。

 

「明日の夜明け前に街に着くようにここを出る。明日の起床時間は早いだろうから今日は早めに休もう。ドナテウロ、夕食と部屋の準備はしてあるか?」

「人数分用意させております。夕食はもう少しお時間を頂きたく」

「そうか。それでは先に湯浴みをしよう。ロックマイアーとモモンガ殿も夕食まで好きに過ごしてほしい」

「一応護衛なんで近くにいますよ。レエブン様」

「じゃあ俺は部屋で休んでます。部屋まで案内をお願いできますか?」

 

 行動する時間が決まり、それぞれ夕食までの時間を潰すべく行動する。

モモンガは部屋の外に控えていた衛士に案内され、執政官邸の客間へと導かれた。

 

 

 

 

 

 モモンガが通された部屋は調度品が少ないながらも清潔なものだった。扉は内側から鍵がかけられる様になっており、ワンルームの作りにベッドと姿見、机と椅子が用意されていた。

 平民に対しては十分以上の調度品は一つ一つは粗末でないというだけのもので、試しにモモンガが座ると小さな軋みをあげた。

 空気の入れ替えと明かりとりを兼ねた窓の外は茜色。夕日の色だった。

 

「あー、疲れたぁ」

 

 ぼふり。

 間抜けな音を立ててベッドへと倒れこむ。ベッドメイクはされていたが若干カビ臭い。頻繁に使う部屋ではないのだろう。管理はおざなりのようだ。もっとも、男の住む部屋の布団も似たり寄ったりの匂いではある。

 

「でもこの後の晩餐会どうしよう。この姿じゃあ無理だろうし。適当に断るにはどうすればいいんだ?」

 

 狭い一人用のベッドに転がり枕に顔を押し付けて考える。うんうんと唸っても良い考えは浮かばない。

 なんとか誤魔化す方法を考えて閃く。そうだ、みんなの前で食べなければ良いのだ、と。

そうと決まれば男の行動は早かった。部屋から出て近くにいた衛兵に声をかけ、「今から眠るので夕食は扉の前に置いておいてくれ」と頼んだ。後は部屋にこもって朝まで過ごせばいい。その途中で運ばれた食事を適当に始末すれば良いのだ。

 自分の名案にホクホクとした気持ちで部屋に戻ってベッドに横になったところでモモンガは違和感を覚えた。

 

 眠くないのだ。

 

 最初はこの進んだシステムのゲームに興奮して寝付けないのかとも思ったが、違う。睡魔が来ないし、それを別段おかしいとも思わない自分がいる。何よりも。

 男が今日ゲームをし始めて何時間経っているのかを思い出して頭が冷えた。

最後に休憩したのはおおよそ10時間前。夕食がわりにチューブ食を流し込んだ時だ。

フルダイブ型のゲーム中の脳は大量のエネルギーを使う。更にナノマシンにも栄養が必要なので休息と言う名の栄養補給はこまめにしなければいけない。もしこれが本当にゲームの中だった場合、脳が限界を迎えていてもおかしくない。その場合は意識が徐々に薄くなり、強制的にログアウトさせられる。

にも拘らず。男は少しも眠さやだるさを感じていない。むしろ目が冴えている。

 何かがおかしい。このゲームは何かがおかしいのだ。

 その決定的なおかしさに思い至ることなく、男の夜は更け、そして早朝。日も昇らない暗闇の中、ランタンを持ったロックマイアーが扉を叩くまで布団の中でぞわぞわとくる不安に震えていた。

 

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