02話 一つの道に
太正8年6月。
若槻麗次郎22歳、元大蔵大臣、憲政会総裁特別補佐。
米田が、帝国華撃団構想を自身の後援者である賢人機関のメンバーで貴族院議員の花小路頼恒伯爵から紹介を受けた人物。
かつて、陸軍対降魔部隊の支持者でもあった彼とは簡単な交遊もあった。
若すぎる知人と言う認識ではあったが、彼の多方面に持つ人脈、第二の降魔登場を予期していると言う共通点、彼に再び会おうと思ったのは当然の流れであった。
麹町中六番町若槻邸。
米田は、藤枝あやめ(当時19)を連れて、若槻麗次郎のもとを訪れる。
大蔵大臣時代から、異質な存在であった彼であったが、7年前の少年らしさを残していた男は、少年から青年となりさらに異質さを増していた。
そんな彼は、米田たちが持参した華撃団構想計画書をじっくりと目を通し終えるのを待った。
「実に興味深いですよ。米田中将…、対降魔計画を支援していたが、軍内でもこれに懐疑的なものも多くてな。軍内で妨害を跳ね除け貫ける人物がいない。何せ秘匿計画だ…、大蔵省や内閣のごり押しと言うわけにもいかんのです。軍との軋轢にもなりかねませんし。乃木大将が存命であれば彼にお願いしたのだが…。そういった意味でも、米田中将の帝国歌劇団…帝国華撃団の構想は中々に盲点でした。外郭組織ならば軍の横やりが入りにくい。そして、私としても援助しやすい。中将たちと私とは様々な点で一致している。ぜひ協力しましょう。ところで、不要な問いとは思いますが、降魔戦争は終わったと思いますかね?」
彼の問いに、米田中将は「いいえ。」と答える。
すると、彼も「その通り。」と答えて再び話し出す。
「そう、終わっていない。降魔の親玉は倒したはずなのに未だに降魔の出現が止まらない。一時ほどではないにしろ奇妙だとは思いませんか?」
「では、若槻さんは第二の降魔戦争が起きるとお考えなのですか?」
「えぇ、私はそう考えてます。世間では終わったかのような扱いで、軍内部も現状を残党狩りと捉えている者たちが大半です。確かに減りました。ですが、ある一定のラインから減る様子がない。最近では新種と思われるものの存在も報告されている。」
軍事畑の人間ではないはずの彼が、なぜそこまで知っているのだろう。
少なくても、敵対者ではないが大蔵の人間が軍の機密情報を知っているのは、さすがにおかしい。米田中将も同様に思ったのか、若槻氏に対して探りを入れるよ話し方に切り替わる。
「そうなんです。新種の存在は一部では問題になっています。軍上層の方でね…。」
米田中将の探りには気が付いていないのか若槻氏は特に反応を示さず、話を続ける。
「そうでしょう。我々の方でも非常に危険視しております。昨今の情勢を鑑みても…」
『我々の方でも』若槻氏の言葉は米田中将と私の頭の中で一つの結論に結び付いた。
自分たちと同じ考えを持った集団が存在するということだ。
米田中将は、手を前に出して若槻氏の言葉を遮る。
「失礼ですが、私たちは賢人機関の支援の下、賢人機関メンバー花小路伯爵から自分たちと近しい考えを持つ若槻氏とお会いして、ありていに言えば取り込むように言われました。ですが、若槻氏とお話しさせていただきますところ。どうも、花小路伯爵が把握している貴方と実際のあなたは違うように感じました。大変失礼ですが、どこの組織の人間ですか?」
米田中将は、若槻氏に直球で問いただす。敵ではないのは確実なので、ここで殺されるようなことはないだろう。刺客を潜ませているとしても、対降魔部隊に所属していた自分なら米田中将を守りつつ若槻邸から逃げるのは可能なはずだ。衰えたとは言え自分の霊能を使えば…。
若槻氏は、「これはしまった。」と額を叩てから、居住まいを正す。
「これは大変失礼をしました。私としたことが、対降魔で手詰まりだったところに貴方方が現れてつい嬉しくなってしまいました。貴方方が信頼に足る人物であることは重々承知しておりますが、壁に耳あり障子に目あり…ここで話すわけにはいきません。ここは実際に私の所属する組織…名前はないのですが、その組織の長である方々にお会いしていただいた方がよいでしょう。」
私たちは意を決して、若槻氏の提案を受け入れ、若槻氏の背後の組織と接触することになる。
若槻氏はそのあと、すぐに邸内にいた書生を呼びつけて車を用意させる。
そして、若槻氏自身がどこそこへ電話で連絡を入れる。
すでに、日が落ちかけ薄暗くなっていた。
「では、行きましょう。私の車に続いてください。」
玄関には若槻氏の乗る公用車と私たちが乗ってきた車を前後に挟むように配置された護衛の警察車両。
私たちは、先頭の警察車両と若槻氏の公用車に先導され、築地の料亭の前で止められる。
先に降りた若槻氏が出迎えに来た中居に何かしらを話しかけると、黙って料亭内に入っていった。
若槻氏の秘書が、私たちの車のドアを開け、私たちが車から降りるのを見計らって若槻氏が一緒に入るように促す。
若槻氏は自身の秘書官や警官たちを別室やこの場で待つように命じると、私たちの方に向き直り、「ついてきてください。」と言って中に入った。
私は、その場で固まってしまった。
何せ、この料亭は新喜楽と言う超一流料亭で、私自身はおろか米田中将ですら花小路氏と同伴でようやく入れるような、超一流料亭なのだ。
米田中将と私は、彼の背後にとてつもなく大きな存在を感じたのだった。