アイ・アム
――揺らぐことの無い人間になりたかった。
それは勿体付けるほどに崇高なものでなければ多分唯一無二の精神でもないきっと、この世界にはそういう譲れない想いを抱く人間は少なくないはずだ。ただ単に何か一つ、何でもいいから絶対に変わらない芯のようなものを胸に秘めた人間。強いとか弱いとか凄いとか拙いとかそんなことでは測れない輝きを持つ存在。そういう人間になりたかった。
物心ついた時から漠然と俺はそう思い続けている。始まりは小さなことだっただろう。保育園だか小学校の自己紹介で得意なことはなんですか、と聞かれて答える中で明確な答えを作ることができなかったから、そういう自分の一番を求めた。いや、もしかしたらもっと明確な経験があったのかもしれないけど覚えていない。少なくとも気づいたらそういう風に思っていたのだ。
色々なことをやってきた。
幼い頃は自分一人で打ち込めることの大概は行い、他人との接点を持った方が触れられる世界が広いと気づいてからは積極的に交流した。級友との会話、アルバイト先での大人たち。何の利益にもならないボランティア活動だってやった。そこそこに器用な身であったらしく、大体のことは人並み程度にはこなすことができるので困ることはなかった。
楽しくなかったわけではない。
けれど満たされたわけではなかった。
外堀だけは固められていくけど、それでも一番大事なところは埋まることはなかった。自らの空虚さに嫌気がさして親友である雨宮照に胸の心中を打ち明ければ、
「はっはっは。人、それを思春期と言う」
張り倒してやろうかと思った。
雨宮は一頻り笑って、
「滑稽だね、実に滑稽だ。君のその奔放さは君は決して気づかないが君の長所であるのにね。なんでもやろうとして、そしてなんでもある程度できるというのは難しい。けれど君はそんなことを構わずに君は己の特性を嫌う。思春期と言わずになんという……が、これでは君は納得しないだろうし、葛藤する君を見るのは僕も楽しい」
いいかい、と前置きし楽しそうに口端を歪め、
「無い物ねだり。思春期以外に今の君の心象を表すならばどういうことだ。あるだろう? 他人が食べているものは自分が食べているものよりも美味しく見えてほしくなるっているあれさ。隣の芝生は青いとも言うね。まぁ僕はそういう時は君の食べ物を問答無用で奪うわけだが、君は欲しいと思っても奪わないし、強請ることもないだろう? 十年来の親友である僕が知らないわけがないだろう。 持っていないから持っていたい。手に入らないから手に入れたい。つまりそういうことさ」
などと回りくどく、小馬鹿にしたように言う雨宮だった。張り倒して踏んづけてやろうかと思ったが、こいつの見透かしたような、解りにくく、そのくせ理解できないのを馬鹿にする姿勢はいつものことなどで気にしたら負けだった。
そして多分、間違っていない。
雨宮照というのは見透かしたようなことを当然のように言って人を馬鹿にするけれど、間違ったことは言わないのだ。少なくともこれまで間違っていたことはない。だから、雨宮の俺に対する評価も間違っていないのだろう。
結局そんな浅はかな願いだ。雨宮に相談して、今のように滅多滅多されたのが中学の卒業式のこと。いい加減大人になれよと溜め息交じりで始まり嘲笑で終わったが、一年近くたった今でも俺は変わっていなかった。結局、欲しがりなままだ。十年近くそうだったのだから一年程度で変われるわけもないのだけど。
持っていないから持っていたい。
手に入らないから手に入れたい。
つまり俺は大人になれていないということだろう。
今年十六の高校一年生なのだから当然といえば当然かもしれないけど。
そこら辺を開き直って色々手を出しているあたり我ながら神経図太いと思う。でも、そういうものだろう。親友とはいえ、それが間違っていないこととはいえ、変えられるほど物分かりがいいわけではない。
持っていたいし、手に入れたい。
それが何であろうが、誰であろうが。たった一つの譲れないものを。
そういう風にできているのが俺――荒谷流斗なのだから。
●
夜の闇を切り裂くのは黒と銀と白だった。
「――」
黒と銀は青年であり、白は少女だった。
二十歳過ぎの黒髪の青年。整った顔立ちに飾り気の少ない黒のジャケットとジーンズ姿。少女は十代半ばだろう。特徴的な白い髪と赤い瞳。どこかの高校のブレザー型の制服だ。少女もまた顔立ちは整っている。否、整いすぎている。青年も女性受けする顔だろう。引き締められた体も加えて、街を歩けば振り向く異性は事欠かないと思わせる。
けれど少女は別格だった。
整っている。整いすぎている。人間味を感じさせないほどに。
起伏の乏しい身体付きもまたそれを助長させていた。抱きしめたら壊れそうどころか、抱きしめてたら砕け散りそうな少女だった。
唯一個性を生み出しているのは口元まで覆われた白の、少女の髪と同じような真っ白のマフラーだった。
そんな見目麗しい二人は深夜の公園で命の奪い合いをしていた。
「……!」
青年が手にしていたのは銃剣だった。所謂狙撃銃や突撃銃の先端にバヨネットを装着させたものではなく、回転式拳銃の引き金の前から伸びるように短剣が接合されているものだった。
それが両手に一丁づつ。それぞれ右が黒、左が銀にカラーリングされ――同じ色の淡い光を宿していた。まるで銃剣自体が白光しているように。
そして少女もまた両手に武器を。左手には突撃銃。右手には大ぶりのサバイバルナイフ。オーダーメイドなのか無骨ながらも装飾が施された青年の銃剣とは違い少女が手にしていたのは大量生産のソレだ。そしてこれもまた突撃銃とサバイバルナイフは白い光とスパークを纏わせていた。
それらの武器で二人は殺し合う。遊びも何もないただの命の奪い合いだ。
「ッ!」
「――」
攻めているのは少女であり、受けているのは青年だった。少女の顔には人形もかくやと言わんばかりに表情というものが抜け落ちている。無表情のまま、人形のように機械的に攻撃を続けていく。見る者が見れば、例えばそれが武術の達人だったならば、単純な武威では青年のほうが勝っているのはすぐに解るだろう。少女がばら撒く白く発光する弾丸も全て銃剣の刃で叩き伏せ、迫る白刃も見極め、受け流している。当然膂力も青年が勝り、武器がぶつかり合う度に少女は大きく背後に飛ばされていた。青年の銃剣が纏った黒と銀の光はそれ自体が物理的なエネルギーであることを物語るように触れたものを破壊していく。木々は折れ、遊具は砕け、人々の憩いの場の面影は消えて戦場へと変わっていく。
それでも優勢なのは少女だ。
大地を抉り、木々を断ち切る青年の弾丸も斬撃も当たらなければ意味がないと言わんばかりに、全て紙一重で回避し、或は回避しきれずその体に傷を受けながらも全く構わずに青年を攻める。
突撃銃が弾切れを起こした。一度距離を取り、逆手のナイフと共に捨て去りながらブレザーの脇下のホルスターから二挺拳銃を抜いた。大口径の自動式拳銃。明らかに少女の手には不釣り合いなそれを彼女は確りと握りしめ構える。
そして駆け抜けた。
真っ直ぐに。
それは速かった。白い光とスパークが体に走るそれはそれまで少女が発揮していた運動性を大きく超える動き。青年の反応がわずかに遅れた。一瞬にも満たぬ刹那。その刹那に少女は距離を半分は詰め、青年が銃剣を構えた時にはもう既に目と鼻の先にまでたどり着いていた。
撃った。
超至近距離での大口径二挺拳銃の全弾放出。十発以上の亜音速の鉛玉が銃口から射出した直後に青年に残らず命中する。
悲鳴は上がらなかった。
即死してもおかしくない――どころか即死以外の結果など見えるはずもない現実を前に、しかし青年は生きていた。体中に穴を開け、五臓六腑を弾けさせられ、少女の放つスパークにて動きを制限され、それでもまだ青年は息絶えることはなかった。
それどころか動いた。自分の懐に
そしてその停止を少女は見逃さず、
「――」
拳銃を手放した右手の貫手を今度こそと青年の心臓へと射出した。
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