斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ラブ・アンド・ライク

「あ、おかえり流斗君」

 

「……た、ただいま」

 

 普段ならば母親か、彼女が買い物等で出かけていれば静寂か、はたまた勝手に人の家の合鍵を持ち出して勝手知ったる我が家といわんばかり寛いでいる雨宮であるがその日に関してはそれのどれでもなかった。

 雪城沙姫。

 それも瑠璃色の髪をポニーテールでまとめ、ジーンズとフリースの上からエプロンをかけるという若妻のようなスタイルでだ。正直男子高校生としてはドギマギしてしまう恰好だった。いや勿論彼が戸惑ったのはその恰好だけではない。そもそも彼女が自分を出迎えて、それ以外の人間の気配がないということ。

 

「母さんは?」

 

「奈波さんなら駆君連れて夕ご飯の買い出しに行ったよ」

 

「えぇ……」

 

「あはは……私も駆君も止めたんだけどね」

 

 母親はなにを考えているんだろうか。

 確かに駆や沙姫が悪い人だとは流斗も思っていないし、だからこそ澪霞との交渉を渋っているわけだ。向こうがとういう風に思っているかは知らないけれど流斗はそれなりにこの居候二人を気に入っている。

 これから先に気に入ると思っているのが正しいだろうか。

 けれども、さすがに居候し始めて一週間も経っていないのに留守を任せるというのは色々問題じゃないだろうか。油断し過ぎだ。駆や沙姫も同じことを感じたはずだし、止めたというからには止めたんだろう。

 

「でも聞いてくれなくてねぇ」

 

「あー、まぁ想像できる」

 

 そういう母親だ。かなり大雑把というかおおらかで、細かい理屈を考えない。いきなり駆や沙姫の居候認めることなんかまさしくそういうことだろう。流斗には解らないが母には母なりの線引きがあるらしくて、それに二人が引っかかったということだ。

 

「一時間くらい前に出たからそろそろ帰ってくるんじゃないかな? 今日はお鍋作るって」

 

「なるほど」

 

「ま、こんなところで立ち話もなんだし、着替えれば? おねーさんがお茶でも淹れてあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいどうぞ」

 

「はいどうも」

 

 沙姫が淹れてくれたのは紅茶だった。ティーバッグで淹れる十数個がセットで売られている安物だ。一口含めば紅茶の香りと味が鼻と舌に広がってくる。別に好きでも嫌いでもないが、季節故に暖かいものを飲むのは心地いい。

 

「流斗君はなんにも入れないんだよね。砂糖とかミルクとか」

 

「別に嫌いではないけど、基本的にはそうかな」

 

「うんうん。ブラックやストレートが飲める男の子はカッコいいと思うよ? 私は砂糖もミルクもたっぷり入れるしね」

 

「はぁ……」

 

 そういえば澪霞もそうだったなと思う。何気に甘党なのだろうか。弁当の味付けも少し甘目だったし。彼女も人間なのだし味覚の好き嫌いはあるだろう。想像しにくいか、それは流斗が彼女のことを知らないというだけなのはずだ。

 ティーカップの温度を感じつつ、ソファに腰かける。四人から五人くらい座れる大き目のソファだ。流斗が右端で沙姫が左端。テレビを付けるがゴールデンタイム前だったのでニュース番組ばかりだった。

 

「……沙姫さん」

 

「ん? なに?」

 

「ちょっと聞いていい?」

 

「質問によるね」

 

「駆さんのことって、やっぱ好きなの?」

 

「うん」

 

 即答だった。

 

「……」

 

「ん……? なに、どうしたの?」

 

「いや、まさか即答で、その答えだとは……」

 

 想定していなかったわけではないけれど、それでもそれが来るとは思わなかった。

 

「でも想像付くじゃない。もう何年も一緒に色んな所から逃げてるって駆君から聞いてたでしょ? 好きでもなきゃできないよ」

 

「いや……でも、なんかあるじゃん? 映画とか漫画で、そういう関係に好きなんですか? とか主人公が聞いて、相手がそんな単純なものじゃないとか意味ありげな笑みで返す感じ」

 

「あはは、その例えだと君が映画とか漫画の主人公で中々笑えるよね。……まぁ、そうだね。そういうのは私も昔見たけど、私からすれば絶対そんなことないと思うよ。あ、言っておくけど私の好きってライクとかディアーじゃなくてラブね、ラブ」

 

「ラブ……」

 

「有体に愛欲と言ってもいいね。それか肉欲」

 

「に――肉欲ですか」

 

 思わず要らないと言われていた敬語で反応した。

 あまり高校生にそんな生々しい話をしないでほしい。ちょっとでなくドキドキする。とりあえず紅茶を口に運んで誤魔化した。

 

「ま、私のせいで駆君には言葉にするのも馬鹿らしいくらい迷惑かけてるしそのくらいの気持ちくらい即答できないとね。あ、今の言葉言ったらダメだよ? 凄い怒るから」

 

「はぁ……」

 

「そういう君こそどうなの? 彼女とかガールフレンドとか好きな女の子とか気になる女の子とかいちゃいちゃしたい女の子はいない?」

 

「なんでそんな風に表現分けたかは謎だけど……いない、かな」

 

 女友達もそれなりにいる。それこそ年齢に関しては幅広いし、クラスや先輩後輩バイト先と様々だ。人類なんて半分人間なのだから当然といえば当然だろうが友達という意味で好きならば多い。それでもそういう意味での好きと言われると相手は思いつかない。

 

「ホントに? 枯れてるね男子高校生。あ、もしかしてこっち?」

 

 沙姫が手に甲を口元に当てる仕草をした。

 それに口が引きつるのを感じつつ、

 

「断じて違います……」

 

「ふぅむ。じゃあ澪霞ちゃん、だったけ? 最近は仲良くお喋りしながらお昼ご飯食べてるんでしょう? 私は直に見たことないけど凄い可愛い子だっていう噂は聞いてるよ」

 

「先輩は……そういうのとは違うし。それにあの人に恋愛感情があるようになんて見えないし」

 

「感情なんて見えないものだよ」

 

 ソファの肘かけに頬杖を付き、視線はテレビのニュースを見たまま彼女は笑みを浮かべていた。

 

「無表情で無感情に見えるかもしれないけど、無表情は見た通りでも無感情なんてことはないよ。『神憑』なら猶更ね。君が見えなくて君が感じていなくても、彼女は自分の感情を持っているはずだよ」

 

「……」

 

「案外無口なのは年下の男の子と何話したらいいか解らないとかじゃない?」

 

「まっさかぁ」

 

「まぁこれは私でも穿ちすぎだと思う」

 

 それから同じタイミングで二人とも紅茶を口に含み、 

 

「なんか駆さんいる時とキャラ違い過ぎない?」

 

 考えてみれば沙姫と一対一で会話をするのはこれが初めてだ。朝の挨拶とか廊下ですれ違うくらいはあっても、こうやってちゃんと会話したことはない。ほぼ全てのタイミングで駆が一緒にいて、その時はいかにも優しいお姉さんという感じだったのに。

 なんというか今の彼女はいい性格(・・・・)をしている。

 

「よく言われるね、それ。駆君と違う、じゃなくて駆君が違うっていうべきなんだけど。もっと言えば駆君とそれ以外と言ってもいい」

 

「駆さんと、それ以外――」

 

 それはなんと称するべきなのだろう。

 おしとやかな女の人だと思っていた。今さっきいい性格(・・・・)をしていると思った。流斗の知らない面もたくさんあり、さらに言えば駆だけにしか見せない顔というのもあるのだろう。

 それでも、なんというのだろう。

 なんとも言えないというか。

 紅茶を口に付けながらその思考を進めてみる。

 まとめるのにそれほど時間は掛からなかった。 

 

「沙姫さんてさ」

 

「なにかな?」

 

「俺の親友によく似てるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの女に感情も糞もあるわけないだろうこの馬鹿野郎。年下の男の子と何話すか迷ってただって? はっ、そりゃあ迷ってただろうよ。どうやって年下の男の子をいかにしたたぶらかして自分に都合よく使ってゴミのように棄てようか、てねぇ』

 

 夕食後、駆への今日の報告の後、さらに入浴の後。寝間着に着替え、タオルで頭を噴きながら、雑談交じりで先ほど沙姫との話を語ってみれば雨宮の感想がこれであった。

 明らかに怒っている。それはもう嫌悪感丸出しで、まるで彼女が自分の親の仇だと言わんばかりの嫌いぷりだ。

 

「おいおい。おいおいおいおいおいおい。落ち着こうぜ雨宮照。雨宮照君。雨宮照さん。雨宮照氏。我が親愛なる我が親友よ」

 

『なんだい。なんだいなんだいなんだいなんだい。落ち着いてるよ荒谷流斗。荒谷流斗君。荒谷流斗さん。荒谷流斗氏。我が親愛なる我が親友よ』

 

「息を吸って吐いてこれ以上ないくらいに頭を冷やしてクールになって冷静に思考してみろ」

 

『――息を吸って吐いてこれ以上ないくらに頭を冷やしてクールになって冷静に思考しみてたよ』

 

 よし。

 

「それでなんだって?」 

 

『あの女に感情も糞もあるわけない――』

 

「もういい」

 

 これから先。

 金輪際何があっても。

 雨宮照に白詠澪霞の話題を振ることいは絶対にしないと決めた瞬間だった。

 

「話を変えよう」

 

『それは僕としても嬉しいね。あの人形女の話なんてこれっぽちもしたくない。なのでほら、僕と君が楽しく愉快に笑いあえるような話題を提供してくれたまえ』

 

「お前そんな都合のいい話があるわけがないだろ」

 

『話を変えようといったのは君だろ?』

 

 それはそうだけど。

 そうだなぁと少し考え込んで、頭を拭いていたタオルを首に落とす。

 少し考えて、

 

「お前さ、好きな奴とかいる?」

 

『――』

 

「雨宮?」

 

『ん、ん……いや、すまないね。驚いた。まさか君からそんな話題が出てくるとは。奇妙奇天烈摩訶不思議吃驚仰天驚天動地だよ。まさかあの荒谷流斗からそんな話題が出るとは。君も男の子になったんだね……』

 

「おい幼馴染」

 

 なにやら老人のような口調でしみじみと語ってくれているが雨宮と流斗は紛れもなく同い年だ。そんな風に言われる筋合いはない。

 

『それで一体全体君がそんな話をするなんてどうしたんだい?』

 

「いや、なんか最近知り合った人がえらい勢いのバカップル……というかなんか形容しがたい二人組な。その人たち見てたら、まぁふと思ってな」

 

『ふうん』

 

「ホラ俺って生まれてこの方恋しちゃったことないし?」

 

『それは威張れることじゃないだろうけどねぇ』

 

 全くだ。

 恋したことがない、好きになったことがない、愛したことはない――それはつまり他人に対して本気になったことがないということだから。

 威張れることじゃない。

 寧ろ自分で自嘲するしかないくらい。

 

「それで? いるのかいないのか?」

 

『いるよ』

 

「――」

 

 今度は流斗が黙る番だった。先ほど雨宮は流斗に対し老人のような反応を見せたが、しかしその反応はある意味でまっとうだがそれは雨宮だって同じだ。幼馴染として十数年の付き合いがあるが、しかしその類の浮いた話は聞いたことがなかった。

 それでも彼女はいると言ったのだ。

 ちょっとじゃなく驚く。

 

「……驚いたな。それこそ奇妙奇天烈摩訶不思議吃驚仰天驚天動地だぜ。是非そのお前に好かれるという幸せと不幸せを一緒くたに体験する奴のことを聞かせてほしいものだね」

 

『それは言えないなぁ。例え君が親友であっても、親友であるからこそ。そう簡単にネタ晴らしするわけにはいかない。勿論ネタ晴らしは何時かするし、その時には君にもその人のことを好きになってほしいと思うけどね』

 

「……ふうん」

 

 なんというか複雑な気分だ。  

 そういうことに興味がないと思っていた雨宮がそんな風に好きな相手のことを言って、そんなことを考えていたなんて。

 複雑――あるいはもっと単純に言えば置いて行かれた気分。

 一緒の歩幅と速度で進んでいたと思っていたら、実は全然先に行かれていたと。そんな風に感じてしまう。

 

「ま、好きな人がいるっていうのは威張っていいことだろ。是非そいつと幸せになってくれよ。俺はお前の親友として陰ながら応援させてもらうぜ」

 

 なにやら非日常の世界に片足突っ込んで、おそらくこの先は全身までどっぷりとつかっていくことになるだろうけど、親友の恋路を応援するくらいはできるはずだ。凡そ、現時点での流斗の中での大事なものというのは家族に雨宮照に他ならないのだから。

 

『そりゃどうも』

 

 耳に当てたスマートフォンの向こうで、雨宮が苦笑し、

 

『君にもそういう相手ができることを願っているよ』

 

 心からね。




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