斯く想う故我在り   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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シー・セイド・アンド・ヒー・ウェイテッド

 

「……………………なるほどな」

 

 たっぷりと含みを込めてから駆は呟いた。

 

「汎用性も応用性も欠片もないガッチガチのスキルだが有効ではある。お前らしい、なんてことをいうほどお前を俺は知らないが、いいスキルであるというのには変わりはない」

 

「……っはぁー……そう、かっ……よ……っぁ」

 

 地面に大の字にぶっ倒れながら、息も絶え絶えになり、汗だくになりながら流斗は駆に言葉を返した。最も内容を理解する余裕がないくらいに疲弊していたのだが。

 深い森の中に空いた空間だった。

 起床してから朝食もそこそこに家を出て言われるままに付いてきたら、気づけばどこだかよく解らない森の中だった。恐らくは市の境目あたりだとは思うけれど、地元民の流斗でも知らなかった場所だ。そもそも木と土しかないので用がないから当たり前ではある。

 十メートル四方程度の空白で訪れた時はよくこんな場所があったなと感心したが、一時間もすればそんな感慨は消え去っていた。

 

「死ぬ……、俺は今日、此処で……死んじまう……っ」

 

「そうか。これでも飲んでろ」

 

「っが!」

 

 顔面にスポーツドリンクのペットボトルを投げつけられた。激突するが痛く、そのまま中身を喉に流し込んだ。

 

「……ぷはっ。あー……今何時だよ。もうそろそろ暗くなってきそうだけど」

 

「……」

 

 返事がなかった。なんとか顔を上げて、駆を見れば顎に手を当てて何かを考えているようだった。何度か名前を読んだが反応がなかったので諦める。流斗としても体が重くて億劫だった。

 

「はぁ……」

 

 掌を空に翳す。

 体の中にあるのは『神憑』の残滓だ。

 ある程度の制御や自分の意思での発動はできるようになっていた。というよりも、感覚的には制御や発動するものではない。身に着けてからこれがそういうものではないということが今更ながらに理解する。

 なんだかよくわからないもの。

 そういう風に駆は自分たちの力のことを説明していたが納得せざるを得ない。そもそもこれはうまく言葉にできるようなものではないのだ。それに暴走の危険があるというのも。

 

「ぬぁ……」

 

 思わず堪らなくなって声を上げた。

 

「流斗。起きろ、帰るぞ」

 

「アンタちょっとマジセメントすぎね?」

 

「む……お前に優しくする理由があったか?」

 

「真面目に考えるなよ」

 

 そりゃそんなにないかもしれないが。寝床を貸し出しているのも、こうして修行つけてもらっているのチャラということに違いない。流斗としてもあまり恩着せがましいのは嫌だし。

 

「やれやれ……」

 

 ふらつきながら立ち上がる。首をならしたり、手首や足首を回して感覚を整え、

 

「行くぞ。ちゃんとついて来いよ」

 

「はいはい」

 

 迷いなく進んでいく駆を見失わないように後を追う。来るときも背中を追ってきただけだから一人で帰還する自信はない。森と言っても歩けないほど木々が密集していたりしているわけでもなく、偶に隆起した木の根がある程度で進むだけならば問題はなかった。

 

「とりあえずプランはできた」

 

「ん? なんだって?」

 

「これからどうするか、だ。お前にも関係あるからちゃんと聞いとけ」

 

これから(・・・・)ねぇ……正直皆目見当つかないんだけどなぁ。マジ俺これからどーすりゃいいんだか」

 

「そんなのは自分で決めろ。……まぁ方向性くらい適当に候補は上げてやるよ」

 

「へぇ」

 

 ちょっと意外。

 自分で決めろで言葉が終わると思っていた。前を往く駆の表情は見えないが、苦笑しているようにも見えた。

 

「この街に入って、お前の家に居候して一週間。いい加減向こうも痺れを切らす頃だろう。動きがあるとしたら今日明日のどっちかだ。多分どうなったてお前の家からは出ることになる。立つ鳥なんとやらだ」

 

「そりゃどうも。ふぅん、そうか。俺からすれば止めることなんてできねーけど。だったらどうするんだ、それからさ」

 

「当分は落ち着ける場所探すだけだ。ある程度回復したら……というか封印解除なり緩和なりするだけしたら仕掛け人に解かせて、それからはまた同じような生活するだけだ」

 

「大人は大変だねぇ」

 

「言ってろよ。お前だってすぐにそうなる」

 

「……」

 

 少なくとも絶賛思春期と言われている身としてはどうにも想像が付かなかった。まぁそんなもののはずだ。

 

「それで。そのプランとやらはなんなんだ」

 

「手順一、お前がお嬢に喧嘩売る。手順その二、その間に俺と沙姫が逃亡。完璧だな」

 

「ちょっと待てや」

 

 プランもクソもなかった。

 それは多分プランとは言わない。

 

「大人は……汚いものなんだよ」

 

「そんな常套句で煙に撒けるわけねーだろ。ちゃんとしたプランとやらがあるならちゃんと言ってくれ」

 

「そう言われてもな。実際これが一番簡単で確実なんだよ」

 

「はぁ?」

 

「さっき言った通りこれで一週間も何もなくて向こうも動いてくるだろうってのはな、お嬢のこともあるが、その後ろの護国課もだ。白詠海厳が孫の経験値とか思って俺の対応当たらせてるんだろうが、傍観だけにも限界がある。そういう意味でも俺たちは動かなきゃならんのだが」

 

「だが?」

 

「当たり前だが普通に逃亡でもしようものなら簡単に足が付く。というか白詠市でたら権力薄れる分出た瞬間に襲撃でもおかしくない。気を付けろよ権力。この世で一番意味不明なくせにおっかないぞ」

 

「聞きたくねー」

 

 嫌な話が過ぎる。

 否定は出来なさそうだが、肯定もしたくない。

 

「目くらましは必要だ。今夜にでも行動を起こせば目はそこに向く。その隙間に逃亡。お前はちょっと騒動おこしたら白詠家に保護されればいい。悪いようにはならないだろ。何だったら軽い暗示でも掛けておけばより安心だな」

 

 今のお前には聞かないだろうが。

 そんなこと呟きながらも駆は言葉を続けた。

 

「というわけで手順一だ。お嬢を引き付ける簡単なお仕事だよ。戦闘した方が注意を引けるのは確かだが、トークに自信があるならそっちでもいい」

 

「あの先輩と小粋なトークができる人類なんて存在しねーよ」

 

 我ながら酷い発言だと思ったがその通りだろう。彼女と世間話できるとか想像すら困難である。少なくとも流斗はそうだったと自分で思っていた。

 

「でも、そんな上手くいくのかね。言っちゃあなんだけどつまりは陽動作戦ってやつだろ? 今日日幾らでもそんな話は転がってる……ありきたりすぎて、それも俺みたいな素人に先輩が来るもんか?」

 

「来るさ」

 

 確信めいた――即答だった。白詠澪霞が来るかどうかという問いに対して、来ることを疑っていない。それが当然であるかのような答えに流斗は思わず口を噤む。

 

「来ないわけがない。俺のこともあるのに妖魔の討伐にも出た。素人だろうと神憑である以上放っておくわけがない。向こうだってお前が使えるようになったのは知ってるんだろう? だったら来る。それに」

 

「……それに?」

 

「お前だったら行くだろ?」

 

「――」

 

 転がっていた石を駆の後頭部へと蹴り飛ばしたが見えていないはずなのに首を傾けただけで避けられた。

 

「答えになってない」

 

 文句も肩をすくめる程度で受け流される。

 実に腹立たしい。

 

「あぁ解ったよ。囮でも誘導でもやってやるさ。上等だ、望むところだぜ」

 

「ははは、そこでムキになることにはお前らしいって言えるな」

 

「余計なお世話だ」

 

 ムキになる――その通りだ。

 ムキになっているという自覚はある。

 これもまた腹立たしい。

 普通にムカつく。

 

「戦闘になるだろうから適当にアドバイスはしてやるが、正直あまり時間はないからぁ、適当にやれよ」

 

「ほんと有り難くて涙が……あ? 時間がない?」

 

「戻って、飯食って、真夜中過ぎたら動くんだ。休憩いらないって言うのならすぐに動いていいがな。やるか?」

 

「……安息が欲しい」

 

「その安息の為に戦うんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君はただの我が儘だ』

 

 ある時、大嫌いな相手からそんなようなことを言われた。白詠澪霞はその相手に対してなるべく情報を持ちたくはないくらいに嫌悪していた。基本的に無駄な殺生を好むような性質ではないが、それでももしもその相手を殺してもいいと許可が出たら澪霞は躊躇うことがないだろう思うくらいには嫌いだったし、澪霞の中で嫌いという感情が働くのはその相手だけでもあった。どんなシチュエーションだったとか、どこでの会話だったとか、直接だったとか、電話越しだったのかは記憶は曖昧だ。覚えていたくもない。

 

『実に下らない、反吐が出る。持たざる者の傲慢という奴だ。いいよねぇ、お金持ちのお嬢様は。生きるのに何一つ困らないのに。日本、世界的に見ても最高水準の生活をしているというのにそんな風だなんてさ。君が言っていることはつまりさ、高級料亭の食事は飽きたからカップラーメンを食べたいとかそんなようなことなんだぜ』

 

 とげのある、というかそれこそモーニングスターか何かの様な発言だった。澪霞は何も返さなかった。言い方に腹を立てたというのもあるし、言葉を交わすのも嫌だったということもあるが――その言葉が間違っていると否定することもできなかったからだ。

 だからひたすらに無言を貫いた。

 けれども言葉――糾弾は続いた。

 

『ねぇ、君。君はそんな様でいいのか? 恥ずかしくないの? 嫌にならない? いい年してさ。高校生にもなって中学二年生みたく思春期真っ盛りというのは恥ずかしいよ? 特に君は唯でさえ鉄仮面だからこれはもうただのむっつりだよね。恥っずかしー。痛々しー』

 

 指を指された気がするし、ペンだか箸を握りつぶした記憶があるので恐らく生徒会だったのだろう。

 

『君が生徒会長というのはアレだよね。まぁ外見的に、あくまで対外的には問題ないだろうねぇ。外面だけはいいわけだしさ。一人生徒会で他人と距離取ってる孤高のお嬢様(笑)なんだから、内面触れようとしてくる馬鹿もいないだろうし?』

 

 顔面殴りつけたくなった。机とか椅子がなければそうしていたはずだった。

 

『あれ、怒った? 今更だけどアレよね。君は人形もかくやと言わんばかりに無表情だし生気ないけど、人一倍感情塗れだよね。僕でも引くくらいにさ』

 

 お前に言われたくない、とかそんなことを言い返した気がする。

 けれどその相手の、小馬鹿にしたような、見透かしたようなことを当たり前のように言ってるが、間違っていることは言わないという面倒極まりない性質だった。そのくせ、言うことは間違わない。そう言う所も澪霞は大嫌いだった。

 

『怒るなよ。図星を指されて怒るとか子供かよ。だっせー。君の何が悪いってさぁ、解るかい? 恐ろしく可愛げがないってことだぜ? すまし顔で何でもこなして、何事もなかったように流して、感じたことは胸の中だけで処理をする。つまんねーよ』

 

 握っていたマグカップの持ち手を握りつぶしたような記憶もあった。中身を零した記憶はなかったから置いていたのだろう。近かったら多分、中身をぶっかけていたはず。

 そしてその相手は言うだけ言って、それで気が済んだらしく澪霞の前から姿を消した。ふらりとあらわれては好き勝手言うよう所も面倒で嫌いだ。

 

『そんな有様の君に理解者が現れないことを願っているよ――心からね』

 

 去り際にそんなことを、言っていた。

 

「――」

 

 どうして――こんなことを思い出したのだろう。

 思い出したくもない、覚えていること自体虫唾が走るような記憶だったのに。あんな一方的な会話とも言えない会話。今思い返してしまったということに眉を潜める。首のマフラーに顔を埋めながら何度かを深呼吸を重ねた。

 頬に触れる空気は冷たい。

 既に真夜中を過ぎている。制服にマフラーは動きやすいがやはりどうしたって寒い。無視することはできるが、完全に気にならないというのも嘘だった。それでも、その冷たさは頭を冷やすのには都合がいい。これくらいでなければ自分は冷静でいられなかったはずだから。

 

「……」

 

 あぁ、それでも。

 やっぱり冷静になるというのは無理かもしれない。いいや、無理だ。

 だって。

 

「……どうも先輩。一昨日振りっすね」

 

 一週間前と同じ公園で、あの時とは違う、生徒会室で何度も見た制服姿で、何もかも変わらず、或は何もかも変わってしまって。

 

「――荒谷君」

 

 荒谷流斗は白詠澪霞は待ち構えていた。

 

 

 




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