んなあほな。
いきなり落ちてきた雷に肉体を焼かれながら流斗は思った。雷である。確かに澪霞がそれを使っているのは解っていた。体や武器、弾丸がスパークを纏っているのは実際に何度も目にしていたし、不定形の操作というのは駆の推測通りだ。正直なんで不定形というので電気になるのが謎だが、本人のイメージ在りきらしいので深く考えるのは無駄らしい。
それにしたって雷が落ちてくるなんてどうかしてる。雨や雲の気配はなく、寧ろよく晴れて月が綺麗だったのに。そういったことを無視しての落雷だ。ふざけているにも程がある。
それでも、こういうのがこちら側なのだ。道理や情理を狂気じみた精神でねじ伏せ、現実を浸食する。それが津崎駆であり、白詠澪霞であり――荒谷流斗だ。
自分もそうなっているのだから笑える。
「は、はは……」
あぁ、だから笑ってやろう。
嘲笑ってやろう。
誰に否定されようと関係ない。どうせ生き方変えられないのは解っている。だったら決まってしまった生き方をどういう風に進むのかが問題だ。自分の憧れで、一番認められない彼女は無表情の極みだ、だったら笑ってやる。
「くひ、はは……っ」
声が引きつり、よく解らない笑いが漏れる。自分の身体が今どうなってるかとか、どれだけ拒絶を抜けているのか、どのくらい損傷を受けているのか、もう解らない。馬鹿みたいに脳内麻薬が大量に分泌されているだろうが痛いのは痛いし辛いのは辛い。
でも、そんな状況でも今の自分は挫けようとしなかった。自分がそうなっていることが堪らなく嬉しかった。少なくとも度どんな状況でも諦めらないというのは求めた在り方の一部であるから。
「――はは」
唐突に理解してしまう。それまで身を焦がすような怒りが全てを支配していたし、解っていてその怒りのままに身を任せていた。
でも、多分自分は楽しいのだ。愉しいのだ。
焦がれつづけた自分がこの先にいると思える。
「――くそったれ」
悪態をつきながら、しかし彼を知る誰もが見たことのないような笑み浮かべ荒谷流斗はさらに一歩踏み出した。
●
「――」
落雷の中から流斗が飛び出してくるのを澪霞は見た。
小太刀を媒介にして自然現象と同じ規模の雷を落とすのは澪霞としてもかなりの大技だ。一日に何度も使うよな技ではなく、使うとしたらそれなりの修羅場に限定される所謂必殺技だ。そんなものを使ったのは彼の事象拒絶という力故でもあるが、過剰といえば過剰だったかもしれない。少なくとも市街地で使うような技ではなく、目撃者や雷鳴で起きてしまった人もいるかもしれない。
それでも『鳴神』を用いたのは――まぁ大した理由はなかった。
正直自分の感情がどうなっているのかもよく解らなかった。
その在り方に激怒しているのも本当。無駄な戦いをしたくないのも本当。彼にこちら側の世界に関わらせたくなかったのも本当。白詠の長女としての使命を果たさなければならないというのも本当。自分に嘘をついてるつもりはないし、全てが真実だ。けれど、それらのどれが一番強いとか弱いとかがよく解らなかった。
意味不明にもほどがある。他人に理解されるとは思っていなかったけれど、自分でも自分のことが全然理解できていない。
ただそれでも、刃を握る手を緩めないのは、
「結局……私も今も君に負けたくないだけなのかな」
どうだろう、そうなのかな。
やっぱりよく解らない。
でも多分、ここで彼をそのままにしていたら一生何も答えを見出せない気がするから。
腰のポーチから符を取りだし、日本刀に変換する。抜身の刃は出現するのと同時に当然のようにスパークが弾け――それよりも速く澪霞は駆けだしていた。右の手の中で具現化する一刀と左で握る小太刀。同時に周囲に吹き荒れていた風も掌握し、自分の動きをサポートしていく。
「――雷華、纏風」
疾風迅雷を体現しながら疾走し、次の瞬間には二歩目を踏み出していた流斗へ迫っていた。
黒と赤の瞳が交叉し、同時に二刀が駆け抜けた。
小太刀は心臓への刺突となり、右の一刀が首と振り払い、
「――」
振りぬき、二つの刃が砕かれた。
真紅の瞳は見開かれ、その間に流斗は澪霞の左手首を掴んでいた。
「無力化なら四肢、殺す気なら首か心臓、駆さんに聞いてた通りだ。ついでに確かに意識外したら痛いけど……来ると思ってたら十分耐えられる」
「ッ……!」
振りほどこうとするができない。澪霞の力では身体能力そのものはそれほど強化されず、流斗は身体能力強化特化。それに加えて体格的にどうしたって流斗の方が有利だ。掴んだ腕をそのまま引き上げられる。澪霞の足が地面から離れ、
「――ぶち抜け」
右の拳を全力で鳩尾へと
「ガハッーー!」
毬付きみたいに思い切り吹き飛ぶ。十数メートルは浮いたままで、そこから何度か地面をバウンド、公園の端の方までかなりの距離を飛んで行った。
「ぐ、っ……ぁ……」
赤い塊が口から吐き出され、痙攣する全身で無理矢理起き上がろうとするが上手くいかないし、頭の中をひたすらに驚愕が占めいている。それくらいに尋常ではない威力だった。肋骨が半分ほど砕かれ、内臓も無視できないレベルで痛めている。多分、普通の人間の耐久力ならば即死だったはず。『神憑』という澪霞の耐久度だとしても後三撃喰らえば死ねるかもしれないほど。
「私自身や服の、防御も拒絶して……」
澪霞自身は言うまでもなく簡易的な防御術式を常に張り巡らしているし、制服には戦闘用の符が仕込まれ、攻撃を受けた際には盾にもなる。それら全てが残らず作用しなかった。いや、作用したが全て拒絶されたのだ。晒される無防備な肉体。
そんな状況でぶち込まれた一撃。
相手の防御を無効化できるというのならば、相対的に攻撃能力は澪霞よりも高い。
「やっと、一撃だ」
腕を回しながら流斗は言う。
確かにこれが一撃目。澪霞から大量に攻撃を受けたが、流斗の拳が直撃したのはこれが始めてだった。
「しこたまぶち込んでやるよ、アンタの鉄仮面崩れるまでな」
「……趣味が、悪い」
口元を拭いながら澪霞が立ち上がる。膝は微かに震えているが、まだ問題ない。ポーチから再び符を二枚取り出し、両手に小太刀を逆手で握った。
「そのニヤケ顔を切り刻む」
「やってみろよ」
同時に瞬発する。距離が空いていたから先ほどのように一瞬で詰めたとはならないが、それでも澪霞の方が遥かに速い。単純な移動速度でも倍近く、懐に入られたことに気づいたのも小太刀が振るわれてからだった。
「っづ、ぎぃ……!」
回避はできない。避けること今の流斗では不可能だ。だから全部受けた。全身どこか斬られるつもりで受ければ今の流斗ならば十分耐えられる。
当然痛みは全身を蝕むが、
「構うかよ」
そのまま殴りに行った。自分の一撃が当てれば大きいというのはよく解った。だからどうするべきなのか、ということは戦闘のいろはを知らない流斗には難しい問いだが、覚える気がないのは今更。とにかく遮二無二に拳を白い影に叩き付けに行き、
「……」
「!?」
無言の澪霞に手首を取られた。
振りぬいた拳を小太刀で裁き、その上で手首の返して流斗の腕を取り、
「折る」
小さな身体を跳ねあげ、自らが固定した右肘に跳び膝蹴りを叩き込んだ。
「痛っ――くねぇ!」
「……っち」
完全無欠に一切躊躇の無い関節破壊。流斗でなければ肘から先が捥げていたかもしれないが、ダメージはない。単純に体を固くしているのではなく、存在そのものの強度上昇だ。関節技のような技は効果が薄い。半ば予想はできていたから、即座に次に繋げようとし、
「しゃらくせぇ……!」
「――っ」
跳ね上がった左足を回避するために跳躍した。手首は離さぬままで、そこを支点にし一瞬だけ逆立ちしたような態勢になる。そして澪霞よりも先に空振りした右脚の勢いのままに、左拳を澪霞の顔面を殴りつけていた。
「二発目ェーッ!」
「ぁ……!」
炸裂する。
腕と小太刀で咄嗟に防いだが、刀身は砕かれ、腕の骨が砕ける音も共に身体が跳ぶ。それでも先ほどと違い受けた時の覚悟は出来ていた。拳が放たれ、着弾されるまでの刹那に袖から符を落としていた。
「……?」
殴り飛ばしてから気づき、目撃した字は『爆破』。
「――爆ぜろ、篝火」
爆裂し――流斗を中心として火柱が生じた。
「っ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
爆発系の攻撃符、それを『神憑』としての能力で範囲を収束させることで威力を高めた。あまりやらないが爆風や爆炎も操作可能なのだ。爆炎に焦がされて前のめりに倒れ、澪霞もまた地面を転がっている。
痛み分けだった。
「あ、くそっ……」
「っつぅ……」
『神憑』と陰陽術の複合爆撃は事象拒絶を突破して流斗にダメージを与えていたし、彼の一撃もまた澪霞にとっては尋常ではない威力だった。小太刀と腕のガードなどあってないようなものだ。二人とも身に受けた傷は決して軽くないし、事実常人ならば何度か死んでいたであろう。流斗のカッターシャツは最早襤褸切れ同然で、ズボンはようやく原型を留めている程度。澪霞の方は腹と片腕の布が弾け、白い肌が内出血でどす黒く染まっていた。
指一本動かすのさえ億劫だった。息は荒く、身体中を激痛が襲っている。
「――!」
それでも彼らは立ち上がった。
「はぁ……っ……はぁ……」
「っ……く……」
満身創痍となっても黒と赤の目からは意思の光は消えてなくならない。
「ひ、ひひ……っ……はは……」
「…………」
笑って、笑わない。
自分が何を考えているのか、もう解らなかった。憧れの人が、絶対に許せない己の在り方を望んでいることは許せない。許したら、自分という存在の根幹が揺らいでしまう。最終的にその激情はそれ以外の全ての感情を駆逐し、消し飛ばしていた。
だから二人は気づかない。気づいてもすぐに忘れてしまう。
それまでに存在していた葛藤や疑問を。
結局、二人の戦いはこれだけなのだ。これだけの想いが全てだったのだ。
どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。
解り合えるはずがない。心を繋げるどころか、手を繋げ合おうともしなかったのだから。
きっとこの戦いを見た誰かは、なんて下らないと馬鹿にするだろう。あるいは、理想の押し付け合いだと呆れる者もいるだろう。
それでも、二人にとってはこのぶつかりは真実だった。絶対に避けて通れない。いつかどこかのタイミングで、二人の感情は衝突していたはずだ。
そういう風に思ってしまった。そういう風に生まれてきてしまった。
だからこそ、自分がある。
――斯く想う故に我在り。
「……っ」
そして、同時に駆け出す。
拳を振りかぶり、刃に雷光を纏わせる。身体は限界を迎えていたからこれが最後。極限状態にて加速した思考と視界は、お互いの顔をはっきりと見ていた。
笑って、笑わない。
それでも何を考えているかは解らない。
「――白詠、澪霞ァアアアアアアアアアアアッッッ!」
「――荒谷、流斗ォォォーーーーーーーーッッッ!」
荒ぶ颶風と揺蕩う月光は絶叫と共に激突し、
「――そこまでだ」
まつろわぬ星光が全てを塗りつぶした。
●
「なっ――!?」
「……!?」
一瞬でなにもかもが停止していた。
腕を振りぬいた流斗、小太刀を抜き放った澪霞。彼の一撃も彼女の一閃も、突如として現われた青年に止められている。右の手のひらで拳を受け止め、左手の指で刃を掴んでいた。
「『天香々背男』――」
「駆、さん……」
二人が呟いた通り。
現れたのは津崎駆だった。
既に街を出たはずの彼は二人ともの動きをあっさりと止めながら嘆息し、
「ったくお前ら、口があるならちょっとは会話でどうにかしようと思わないのか。言わなかったか、トークでもいいって」
なんでもないことのように言う。
流斗と澪霞、二人の『神憑』の全身全霊の一撃を受け止めながら、あまりにも軽い感覚だった。一週間前まで、これらの強度の攻撃を受け、死にかけていたというのに。
何かが――変わっていた。
まるで全身を雁字搦めにしていた鎖から少しだけ解き放たれたみたいに。
「アンタは……」
「……っ」
「動くな」
「ぁ……っ」
動こうとして、しかし睨み付けられるのと共に放たれた一言に、何もできなくなる。
それくらいに今の彼の言葉は重かった。
けれど彼らは動こうとした。雪城沙姫と共に街を出たはずの彼が現れたことに対する疑問などではなく、戦いを邪魔されたことに対する怒りだった。あまりにも大きすぎる実力の差を見せつけられたばかりだというのに。
流斗と澪霞は先ほどまで戦っていたばかりだとは思えないほど完全に同時に、掴まれていない逆の腕による拳撃と斬撃を放とうとし、
「――いい加減にせんか、澪霞。それに荒谷の小倅が」
「――!?」
全身を目に見えぬ拘束で停止される。
不動縛に、今度こそ指一つ動かすことはできない。
現れたのは白髪の老人だった。黒い着物に羽織、見るからに高価そうな煙管を加えながら歩いてくる。それを誰であるか流斗と澪霞は知っていた。
「理事長……!?」
「お爺様……!?」
「……ふん」
若者の視線を受けながら白詠海厳は鼻を鳴らし、
「この喧嘩、
今宵の幕を引く言葉を放った。
これにて零章バトル終わり。
次話エピローグですねー。
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