斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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バックス・ネゴシエーション

 

 それは荒谷流斗と白詠澪霞が互いの感情を激突させる少し前。

 

「……」

 

 白詠海厳は自宅の一室にて煙管を吹かしていた。海厳の周囲には煙管用のマッチや灰を捨てる為の煙草盆。それに彼自身が尻に引いている座布団だけが置かれている。調度品と呼べるものは床の間にある二振りの刀だけ。一週間ほど前に彼と澪霞が話し合っていたのと同じ部屋だった。

 煙管を吹かし、目を伏せているが特に動きはない。時間は既に真夜中を過ぎているが、眠ろうとする気配もなかった。時折煙管の煙草を入れ替えること以外の動きはなく、放っておけばそのままずっとその姿勢でいるのではないかと思わせるくらいだった。勿論、数十分前に何も言わずに家を出ていった孫娘のことにも気づいている。

 

「――ふむ」

 

 動きは唐突だった。

 突然手にしていた煙管を煙草盆に叩き付けた――襖が勝手に開く。

 開いた部屋から望む日本庭園、月明かりに照らされたそこに津崎駆はいた。

 

「……貴様か」

 

 実はこの二人は最初から協力体制をしていて、駆たちがこの街に訪れたのも澪霞と戦ったのも流斗を巻き込んだのも彼ら二人の計画の内だった――というのでは、ない。初対面ではなく、駆と沙姫が逃亡生活を始めるよりもさらに前に何度か顔を合わせたことはあるし、互いの噂は嫌になるくらい聞いていたが、それでも面と向かって、それも二人だけで話し合うのはこれが始めてだった。

 

「指名手配犯が何の用かのぅ」

 

 当たり前のことだが、屋敷全体には対侵入者用の対策は施されている。感知迎撃結界は言うに及ばず罠の類まで完璧、海厳が自ら作成したそれらは不法侵入者に大きな効力を発揮するはずだった。実際、この屋敷に侵入して罠や結界を素通りできた相手は彼以外にはいなかった。

 驚かなかったわけではない。少なからず内心では駆がいることを不思議に思った。だが、それの驚愕を押し殺すことができたのは年の功というのもあるだろう。数十年重ねてきた経験が無様な反応をさせなかった。だが、同時に、駆に姿に一切の敵意や殺意のようなものがなかったというの大きかった。

 

「……話に来たんだよ、白詠海厳」

 

「話……のう」

 

 両手を上げながら言う姿には襲撃とか奇襲をしに来たようには見えない。

 

「ふむ、何の話だ」

 

「頼み事、或は交渉だ、悪い話じゃあない」

 

「ほぉ。あの『天香々背男』が、儂の様な老骨にのぅ、面白い、聞くだけ聞いてみようではないか。儂はてっきりもう街を出たものだと思っていたしの」

 

「最初はそうしようとした。だけど、今日考え方が変わってな。単刀直入に言おう――俺と沙姫を匿ってくれ」

 

「――ふぅむ」

 

 言われたことに煙管を口から外し、煙を吐きだす。

 話があるとの言われ、そう来るのは予想出来ていた。寧ろ、それ以上に彼が望むことはないだろう。津崎駆と雪城沙姫。此方側の世界でその二人の名を知らぬ者はいない。七年前に彼が彼女の為に、誇張抜きで世界全てに背いたことはあまりにも有名だ。問題なのは世界を敵に回して七年も戦い続け、生き残り続けていること。各国勢力が絶えず刺客を差し向けて尚彼ら二人を仕留めることができないままでいたのだ。世界各国を逃げ続け、戦い続けるなんてことは本来ならば不可能だ。

 しかしそれでもその不可能を実現してしまうのが『神憑』なのだ。

 流斗や成り立てや澪霞のような未熟者とは違う、完全に極まってしまった存在が故に夢物語を実現させていた。

 だが、その一方で今の彼が弱っているのも事実だ。一か月前の襲撃。日本式の格付けでの最上位であるイ級や世界共通の英語式ならばSランク。一人一人が戦略級の化物であり、かつて海厳自身の最盛期もまたその格付けだった。それが五人だ。例え自身が最盛期だとしてもそんなのを相手にするのは絶対に御免だ。

 かつてないほど弱っているのは間違いない。

 

「アンタの力なら、『護国課』や『陰陽寮』、それに他の勢力から俺たちを匿うのも難しくないはずだ」

 

「確かにこの街の中限定ならばできないこともない。じゃが、儂がそうする理由などないの。自分の立場は解っていないわけではないだろう。貴様らを匿うとなれば儂としても随分な労力なのだが」

 

「メリットなら、俺が用意する」

 

「ほう?」

 

「一つ。街に発生する妖魔や怪異は俺が対処しよう。それこそイ級じゃなければアンタやアンタの孫娘の手を煩わせることはない。霊脈の真上だ、色々面倒なのもでるはずだ」

 

「そうだ。実際、儂の孫娘は病弱と偽って度々学校を早退しておる。儂も簡単に出られる立場ではないからのぅ。負担を掛けさせておる」

 

「二つ。お前の孫娘、俺が鍛えてやる。三年以内にイ級にまで引き上げよう」

 

「ほう?」

 

 押しつけがましい言い方ではあるが、それが可能だとしたらメリットは大きい。今日本いるその領域は十人程度しかいない。ある意味では『神憑』以上に稀な存在だ。元々霊脈の上にある街の主として強い力を持つ白詠の家を『護国課』内でもトップクラスの家になったのは海厳が戦争の功績でその位を得たことが大きい。

 今の澪霞は二級だが、近い内にハ級になるはずだ。その年ならば十分に高い。それが三年以内にイ級になったら白詠の家はより力を増すことになる。

 

「三つ目、覚醒したばかりの『神憑』。コイツも同じくイ級にする。鍛えるだけ鍛えるから白詠の家の私兵にでも護国課で戦わせるのでも好きにすればいい」

 

「澪霞が説得すると言っていたアレか」

 

「あぁ。『神憑』のイ級二人……これだけの戦力があれば盤石なんてもんじゃないだろう」

 

「確かに。それが実現したのならばメリットは大きい。『陰陽寮』や外国に対する抑止力にもなるであろう。だが……それでお主たちを匿うというデメリットを上回るとかどうかは疑問だのう」

 

「四つ目」

 

 一度区切った上で、四つ目。津崎駆と雪城沙姫を匿うというデメリットを上回るであろうメリットを彼は告げた。

 

「――そいつ、荒谷流斗とアンタの孫娘白詠澪霞を番わせればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 ぞわり(・・・)と空気が変わった。まるで空間そのものが質量を持ったかのように。

 それは、殺意や殺気、或は憤怒と呼ばれるものだった。それまで好々爺染みた笑みで駆の話を聞いていた老人の姿などない。常人が触れれば卒倒するほど。

 それでも駆は顔色一つ変えずに言葉を続けた。

 

「『神憑』は血筋では遺伝しない。だが思想で遺伝することはある。両親二人とも最上位の『神憑』だったらその子供も『神憑』か、それ以外か、何かしら特別なのは間違いない。アイツを婿養子に引き込めばアンタの家もさらに力を付けることになる。自分の家や国の守護が第一なアンタら『護国課』にとってはなにより価値があるんじゃないか?」

 

「……そのために、儂の孫娘の想いを蔑ろにしろと?」

 

「アンタの孫娘の想いを尊重しているから言っているんだよ」

 

「……」

 

 もしも。

 もしもこれらの言葉が冗談や交渉の中でのブラフだとしたら海厳は迷いもせずに駆を殺しに掛かっていただろう。全盛期ではないとしても、イ級ではないとしても、今現在、封印状態である駆ならば不可能ではない。

 つまり、それほどまでに駆は本気で言っていた。

 

「アイツとお嬢の願いは完全に正反対で、能力に関しても笑えるくらいに相克してる。一緒に競わせればすぐに力を付ける。使えるかどうかって話なら半年もあれば十分。心の方も悪くない……まぁ、アンタからすればどこの馬の骨にって話でもあるだろうが……」

 

「ふん、荒谷の倅なのだろう。功哉と奈波の息子というならば畜生の類ではあるまい」

 

「知ってるのか?」

 

「知らぬ相手ではない」

 

 煙管を咥え直し、目を伏せ海厳が思うのは自らが口にした者たちのこと。彼が引退する前、学園長ではなく一人の教師だった頃の最後に最も手を焼かされた生徒たちだった。今でも記憶に焼き付いているし、彼らの息子のことは気になっていたからそのうち顔も見たいと思っていた。

 まさかこんな形で名前を聞くとは思っていなかったが。

 

「――よかろう。主の話乗ろうではないか。だが条件がある」

 

「なんだ」

 

「三年以内ではなく一年だ」

 

「……できなくはないが、死ぬ確率が上がるぞ」

 

「構わん。それで死ぬならばその程度だったという話だろう。寧ろそのくらいの気概でやってもらわねばな。それと、澪霞のことだがアレにも一応許嫁がいる。跡継ぎに困ったら使おうと思っていたが、それについても考えておいてもらおう」

 

「……まぁ、それは追々考えるよう。四つ目の話はそうなれば一番利益が出るであろう話だ。すぐにどうにかなる話じゃあない」

 

「違いないの」

 

 一つ頷き、海厳が立ち上がった。そのまま園側へ赴き、駆と向き合う。

 手にしていた煙管から立ち上る煙に人差し指を触れさせ、円形の複雑な図を描いた。煙だけではなく、淡い光と生み出されたいる。

 

「簡易版だが、契約陣だ。血を垂らせ」

 

「簡易版、ね。普通の術者ならこれ作るのに丸一日準備する必要があるぞ?」

 

「貴様に言われたくないのぅ」

 

 犬歯で親指の腹を噛み千切り、海厳が生み出した煙の陣に血を垂らす。雫を吸収した煙は渦巻きながら駆と海厳へと延び、腕の周囲に蜷局を巻いてから消える。

 

「契約完了、だ」

 

「じゃあさっさと流斗とお嬢止めに行こう。アンタも来てくれ。多分、殺し合い始めてるだろうからな。こんな契約結んでて、死んでましたなんて洒落にならないし……あぁ、それとアンタ俺に掛かってる呪いとか解除できないか?」

 

「ふむ……どれ?」

 

 煙管から再び煙が伸びて駆の全身に軽く巻き付き、

 

「……お主よく生きておるのぅ」

 

 絶句する。

 

「なんだこれは。魔力回路の封印や伝達神経の混乱はともかく……妖刀か、これは。存在レベルの弱体化。それに神聖術の逆祝福、欧州で使えばバチカンから異端審問官が飛んでくる禁術ではないか。おまけにそれら治癒不可……? 生きて動いているのが不思議なくらいだのぅ」

 

「治せるか?」

 

「無理じゃの。妖刀の呪いならば系統が同じだから緩和くらいならできるがそれ以外は不可能だ。掛けた本人ではなければな」

 

「だったら緩和でもいい。頼む、これで少しはまともになるだろ」

 

「……お主を敵にならないことを祈ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで流斗君と澪霞ちゃん止めに行って一件落着だと」

 

「落着かはともかくとりあえず終ったな」

 

 白詠高校の保健室に駆と沙姫はいた。二人とも私服ではない。駆はスーツだし、沙姫もブラウスにスカートの上から白衣を羽織っている。その上で首から教師や用務員が持つネームカードを掛けていた。沙姫は机に腰かけ紅茶の入ったマグカップを手にし、駆は立ったままだが机に軽くもたれかけ、同じくマグカップの中の紅茶を啜っている。周囲に人の気配はない。週初めの一時間目だ、当然のことだろう。

 沙姫はネームカードを指の中で遊ばせつつ、

 

「それにしても昨日の今日でこんな立場用意できるなんて流石だねぇ。養護教員に用務員かぁ、まさか先生になるなんて想像もしてなかったよ」

 

「おまけに俺たちが住むためのアパートまで用意してくれた上に金までくれるっていうんだからな、正直出来過ぎた話だが……裏切るなよっていう意思表示か。まぁ、当分そんなつもりはないからありがたく受け取っておこう」

 

「ついでに言えばまさか一か所に長期間いるのも久しぶりだよ。最低で一年、か。一年間い続けられるといいね。駆君だって、流斗君のこと気に入ったんでしょ? そうじゃなかったらこんな風な契約することなかっただろうし」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。実際ある程度回復に集中する必要もあったしな。……それを言ったらお前だってそうだろう。――契約したな(・・・・・)?」

 

 微かに駆の目が細まる。しかし沙姫は笑顔で受け流し、

 

「仮レべルだよ? 何も起きないかもしれないくらいの奴だしね。何事もなければ何も起きないよ」

 

「……ほんとにそう思ってるか?」

 

「澪霞ちゃんにもしてあげたいかなーとは思ってる」

 

「……はぁ」

 

 実に重苦しいため息だった。男ならば誰もが見惚れるような、実際この先突如現れた美人養護教諭として学園の男子生徒を魅了することになる笑顔である。

 

「まぁいい。とりあえずカンナから受けた呪いの緩和はできた。同じ神道・陰陽術系列なのが幸いだったな。少しはマシになった。問題はリーゼの治癒不可だな。どういう術式組んでもどうにもならない、ここで拠点構えれば余計に解除させる機会も減るだろうしな」

 

「リーゼちゃんならちょっとでも噂があれば来ると思うけどね。問題はすぐヨーロッパ帰っちゃったリーシャちゃんとかマリアちゃんじゃないかなぁ。立場とかあるだろうし、当分会えないでしょ。まだ日本にいるだろうカンナちゃんとか葉月ちゃんの二人と会うのは楽じゃないかなぁ」

 

「……どっちにしろ当分は動かない。流斗とお嬢を鍛える必要もあるからな。その分の最低限の力は戻ってきているからな」

 

「私としては早く皆と仲直りしたい……って言うのは無責任だよねぇ」

 

 沙姫が陰りを見せる。

 何かを後悔するような、そんな顔だ。

 流斗の前で大人ぶっていた気配は気配などなく、いっそ幼い子供のようでさえあった。

 

「沙姫」

 

「ん」

 

 落ち込んでいた沙姫の頭を強引に撫でつける。髪が滅茶苦茶になるが構うことはなく、

 

「お前は、そういうこと気にするな。やりたいことも言いたいことも我慢するな。お前の全てを俺が護る――それが俺の生き様だからな」

 

「……ん、ありがと」

 

 俯いた髪で顔は見えなくとも、想いは繋がっている。

 流斗や澪霞が互いを拒絶し合っていたのとは違い、この二人は確かに心まで繋がっていたのだ。だから言葉を重ねる必要はない。単純に重ねた年数でも十年以上なのだから。

 そしてそれ以上に。この二人は比喩でもなんでもなく、何よりも強固な繋がりが存在している。

 手も、心も――存在全てまで。

 

「気にするな、何でも言えよ」

 

「……じゃあ、そのままもう少し頭撫でてくれる?」

 

「……」

 

 答えはなく、けれど行動で示された。

 

 

 

 

 

 

 




澪霞と流斗がバとってる間にこんな話がありましたとさ。
これで終らせるはずが思ったより長引いたので次話がエピローグ。

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