斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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インターバル・デイズ

 窓から吹き込んだ冬の風で荒谷流斗は目を覚ました。

 十二月半ばの風は夕方になれば身を斬るように冷たい。ホームルームの時間から居眠りしてしまった流斗だったがおそらく掃除によって全開になった窓で起きた。窓際の席なので、空けられれば風は直接当たってしまう。

 

「……ぬぅ」

 

 眠ってしまったのはここ数日夜遅くまで本を読んでいたせいだった。三日ほど前にドラマ化になると聞いたベストセラー小説のシリーズの三冊をまとめ買いして、一日で一冊のペースで読み進めている。なんとか今日の夜に読み終わるだろう。特別本が好きということはないけれど本やドラマというのは解りやすい流行だ。交友関係の広い彼は興味がなくてもある程度はそういった流行りの物に触れているようにしている。

 彼の場合特別好きなものも興味があるものほぼないのだけれど。

 少し長めの真っ黒な髪の少年だった。

 高校一年生にしては大人びた顔立ちだった。実際、彼自身なんどか大学生や成人に間違われたことがある。特別整っているというわけではないが、直視して躊躇われるような顔でもない。つまるところどこにでもいるであろう高校生だった。

 

「……」

 

 机に突っ伏していた上体を起こし、髪を掻きながら周囲を見渡す。担任がホームルーム開始の宣言をしたのは覚えていたが、そこで寝入ってしまったらしいのそれから先の記憶はない。時間にすれば十分程度の居眠りだったろうが、寝不足が祟って寝入ってしまっていた。

 誰か起こしてほしかったなぁとは思わない。

 寝たいから寝たわけだし。自己責任という奴だろう。

 掃除の時間ではあるが、基本的に適当だ。掃除当番のクラスメイト以外は大体家に帰るなり、部活やアルバイトに行ったのだろう。小学生の時のように机を前後に運ぶわけでもなく、机の合間を簡単に箒を掃く程度だ。それでも、さすがに換気くらいはする。

 

「おー、荒谷。おはよさん」

 

「……おう。悪いな掃除の邪魔して」

 

 話しかけてきたのはクラスメイトだった。金色に染めた髪や着崩した制服は今にも今時という感じの高校生だろう。基本的に校則の緩い彼らの学校ではこういった風合いの生徒は少なくない。流斗自身、高校に入ってから夏くらいまでは金や茶に染めていたことがある。

 どちらも雨宮に似合わないと一蹴されたのだが。

 特別仲がいいということはなくても、アルバイトや流行に関しては流斗は彼からよく情報を貰っていた。

 

「最近、眠そうだなぁ。なんかやってるのか? 女?」

 

「違うよ。本読んでただけさ。お前が言ってた流行りのドラマあったろ? あれの原作」

 

「ふぅん。ドラマは話の種になっても小難しい本読もうとは思わねぇなぁ。というかお前、本読むんだ」

 

「偶にな」

 

 軽口を叩きながら立ち上がる。教科書のほとんどは机の中にあるので重くは感じないし、入っていてもそこそこには鍛えているので苦には感じない。制服の学ランだけと比較的軽装だが、こちらは生まれつきから暑さや寒さには強かったので必要ない。もっと言えば上着すらも脱いで、カッターシャツ一枚でもいいくらいだった。

 変な目で見られるのでしないけれど。

 

「帰るのか?」

 

「あぁ。じゃあな」

 

「ばいばーい」

 

 剽軽な別離の言葉に特に思うこともなく教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室を出れば流斗と同じように帰宅しようとする他の生徒はまだ少し残っていた。流斗たちが通う私立白詠高校は通常の学校生活の校舎とは別に部活棟がある。部活に行く生徒はホームルームの終了と同時にすぐにそっちに向かっているだろう。市の名前を冠した学園であるので相応の設備が整っている。町の小高い丘に作られた学園で、生徒数が千人を超えないが土地は広い。廊下の窓の外を見れば夕焼け色に染まっていく、白詠市の町並みだ。流斗から見ればこれと言って特徴のない田舎の街だと思う。それでも昔調べた限りでは街の地主の家の名前がそのまま市の名前になっているというのはそれなりに珍しいことらしい。しかし、言ってしまえばそれだけで、高校生の流斗からすれば市の行政等にも関与する有力一族と言われてもピンと来ないのが正直な所。

 興味がない、というのが正しいのかもしれない。

 

「今日のバイトは無し、か」

 

 予定を振り返れば今日の予定はなかった。

 基本的にいくつかのバイトを掛け持ちしている流斗にとっては珍しい日だ。今はコンビニとファミレスの皿洗いと引越し業者、それから市民病院の清掃員のバイトを行っていた。高校生になってからは経験してきたバイトはかなり同年代に比べればかなり多いほうだ。大体どれも二週間から一か月くらいの感覚で色々変えている。最早趣味の領域と言っていいし、クラスメイトからは変わり者だと認識されていた。長期休みになるとこれにボランティア活動が加わる。

 

「ん……?」

 

 四階にある一年の教室から下駄箱のある――当たり前のことだが――一階まで降りてくる。そして妙な静けさに気付いた。下校時のピークが過ぎたとはいえまだ少なくない生徒が残っているはずだ。実際、やたら静かではあるが生徒の姿自体はいることはいたのだ。

 それでも静かだった。静かというか張りつめていたと言ってもいい。

 その原因は一人の少女。アルビノ体質だという真っ白な髪と真っ赤な瞳。臙脂色のブレザー型の制服。起伏に乏しい身体だが、それを補って余り余るほどに顔立ちは整っていた。表情のない、感情すらも感じさせないけれど。

 整っている。整いすぎている。人間味を感じさせないほどに。

 人形のような少女。

 白詠(しらよみ)澪霞(れいか)

 市と高校の名前と同じ名前は当然ながら偶然ではない。市や高校の名前になる街の有力一族の一人娘。さらに言えばこの学校の生徒会会長。流斗が入学した時は既に二年生ながら副会長で、秋には会長になっていた。体質で運動は得意ではないらしいが、それでも学力や芸術面では結構な才能を発揮しているらしく、全校集会で何度か表彰されている。

 荒谷流斗はそれほど有名な生徒ではないが、彼女を知らない生徒はいないだろう。

 それが白詠澪霞だった。学校の誰もが知っているお嬢様だ。

 

「それでも、愛されているわけじゃないんだよな」

 

 少なくとも少しでも愛されていたならば彼女がいるというだけで空気が張りつめるなんてことはないだろう。別段特別なことをしているわけではなく、上履きから外履きに履き替えているだけだ。誰もが行う当たり前のことだが、それでも白詠澪霞という少女が行えば当たり前のことのように見えなかった。

 まるで出来の悪い人形劇みたいだと雨宮は言っていた。その感想は解らなくもない。

 まぁ、ちょっとだけ。

 下駄箱から靴を履き、出ていく。結局彼女が行ったのはただそれだけで、それを流斗は他の生徒は遠巻きで見ているだけだった。

 一瞬だけ、背後を見た白詠と目があった気がした。

 多分、気のせいだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

『やぁやぁ、我が幼馴染荒谷君息災かい? 君の愛すべき幼馴染の雨宮照だよ』

 

 学校を出てすぐに流斗のスマートフォンにそんな電話が掛かって来た。勿論名乗られなくても液晶に名前が表示されるので、電話の相手が雨宮だということには気づいていた。ただ雨宮の電話というのは常に今のように始まるので、いちいち気にしていられない。

 

「どうかしたのか? 今からお前のところに行こうと思っていたんだけどな」

 

『はっはっは。君の友情には僕は嬉しくてたまらないが、しかしそんな友達思いの君に残念なお知らせだ。今日僕は野暮用があって君の相手ができないので、僕の所に来るのはお勧めしない』

 

「そっか」

 

『そっか? そっかだって? 酷いなぁ、なんて言い草だい。もう少し言うことがあるんじゃないかね? 君が会いたくて仕方ないであろう友人が会えないと言ってるんだから、もっと会いたいと叫ぶなり、泣くなりしたらどうだい?』

 

「お前は俺が本当にそんなことしたらどうする?」

 

『考えうる限りの罵倒をプレゼントしてあげるよ』

 

「絶対言わねぇよ」

 

 徐々に暗くなっていく街を歩きながらスマートフォンから聞こえる雨宮の声は淀みない。忙しいと言っているわりには普段会話する時と変わらない。ただ感情表現豊かであっても、全てを露わにするような人間ではない。この会話も野暮用の前に話すことで精神を落ちつけるとかそういう意味合いがあるのだろう。

 友達と話すくらいで理由なんていらないが。

 

『まぁ君が家に帰りつくまでの話し相手くらいにはなろうじゃないか。どうだい? 今日はなにか特別なことはなかったか?』

 

「何かねぇ……」

 

 いつも通りの一日だった。いつも通り朝起きて、朝飯を食べて、学校に行って、授業を受けて、終わって、学校を出てきたわけだが、

 

「そういえば白詠先輩を見た」

 

『僕にあの女の話をするな』

 

 殺気すら籠った一言だった。

 

『前から言っているだろう? 僕はあの女大嫌いなんだよねぇ。確かにこの街の住人である限り白詠家の影響を受けないわけがないし、僕ならば猶更だ。けどね、あの女個人に関しては絶対に相容れないよ。もう、絶対。天地がひっくり返っても在りえない』

 

「……よくもまぁそこまで言うな。会ったことあったけ」

 

『直接はないけど見たことなら何度かね。ん? なんだ君はあの女の肩を持つのかい? 君こそあれと会ったことがあるのかい? 聞いてないぞ、さっさと何をしたか吐くがいい。ほら、速く』

 

「会ったこともねぇし、話したこともねぇよ」

 

『ならいいんだ。僕の友人があんなのに関わるなんて許せないからね』

 

「……そうかい」

 

 酷い言い草だ。少なくとも流斗にはそんな悪印象はなかった。そして雨宮に言われなくても流斗には月詠澪霞に関わる気はないし関わることもないだろう。

 少なくともそう彼はそう思っていた。

 そうして二十分くらい他愛のない話を続けて、

 

『ん、そろそろ家に付いたくらいかい』

 

「あぁ」

 

 目の前には住宅街の中にある一軒家。

 雨宮に何か言ったつもりはなかったが、それでも流斗の家の到着と共に向こうの方から察して言ってきた。流石の十年近くの付き合いだ。学校から流斗の家までの必要時間は把握しているらしい。

 

『んじゃ、僕もそろそろ時間なので切らせてもらう。それじゃあね、ゆっくり寝たまえよ』

 

「あぁ、またな」

 

 電話が切れる。見る限り家の明かりはついているのは母親が帰ってきているのだろう。父親は基本的に家に帰ることは中々ない。自分が好き勝手やっている自覚はあるけれど、父はそれ以上だと思う。

 ともあれ鍵を開けて家に入る。

 やることは一つだ。

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 


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