斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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Episode1:裏切りは血の味
リレイションズ・フォロワー


 

「人間関係――例えば主従。

 主と従僕。

 それは所謂上下関係とは全く別物さ。主従関係が上下関係に内包されるわけじゃないんだよ。それとこれとは全く別物さ。乖離している、或は正反対とさえ言っていい。

 何故かって?

 だって上下関係というのは利潤があるからこそ生まれる関係だからさ。好き好んで誰かに虐げられたい……なんて奴は例外だろう? 損得利益の為に潤滑油として結果的に上と下という間柄が生まれる上下の区別があった方が物事はスムーズに進むからね。今のこの社会だって縦社会の極みだろう? 日本には年功序列なんて言葉もあるし、それがなかったら実力主義。今に始まった話じゃなくて、それこそ人類発祥からあったさ。社会として形成されるまでもなく、家族や友人関係にだって作られる。幼稚園や小学校にだってそういうものはあるだろう? 金や名誉、あるいはただの愉悦。そういった利益があるのが発生するのが所謂普通の上下関係だ。

 じゃあ翻って主従関係とは何か。

 答えは簡単だよ、一切の利益が発生しない上下関係に限る。矛盾してる、さっきと言っていることが違うって? 矛盾していない。違わない。言っただろう、例外がいるって。そう、好き好んで誰かに虐げられたいと思ってる連中さ。

 そもそも主従関係に目に見える結果なんてないの。仕えられる方はそれが特別なことだと思ってはならない。その忠節は従者である以上あって当然のものだから。仕える方は、仕えている状況だけに満足しなければならない。

 主従関係の間に生まれるのは自己満足だけだ。

 もし主側が誰かに仕えてほしいとしたら、それは仕えてもらっているという風に関係が逆転してしまうだろうね。それでは本質的に上位が逆転している。本末転倒だ、ごっこ遊びとも言える。

 いいかい、本当の意味での主従となるのならばお金も、名誉も、地位も、なにもかもがあってはならないんだ。この人の全身全霊を捧げたいというモチベーションだけが従者と主を繋ぎ止める。主あってこその従僕だ。逆はないよ。

 だから今の時代ではまず見ない。効率優先の社会だからね。それぼ良し悪しは人によって違うけれど、時代の流れという奴だ。どうしようもない。

  けれどね、従者だってただ無作為に主から存在を搾取されるだけじゃあないんだよ。彼らにはたった一つだけ、けれど絶対的な切り札がある。

 それが何か解るかな? 

 ははは、なにもったいぶってるつもりはないよ。

 さらっと答えを言おうか。

 

 ズバリ、答えは――裏切りだよ。

 

 そう、裏切り、背反、謀反、背信、寝返り、反逆。下剋上なんていったら日本風だよね。 仕えるべき主に仇名すこと、それが奉仕する者たちの、唯一無二にして絶対の自由さ。従者となったその瞬間から、彼ら、或は彼女たちはその権利を持っている。ま、当然のことだよね。言ったように、そのモチベーションはこの人の為ならば、という想いに限る。だったら、その人の在り方が変わってしまえば裏切っても何の不思議もない。

 仕えるのは自由だが――裏切るのも、また自由なんだ。

 例えそれがどんな時であろうとも、彼らはそれができる。人の想いなんて反転するのは簡単だ。プラスはいともたやすくマイナスに変わってしまう。昨日まで心酔していた相手に、あっさり失望してしまうんなんて珍しい話じゃあない。

 つまりさ、裏切りというのは、裏切る方は悪くないんだよ。

 裏切られる方が悪いんだ。繋ぎ止められなかったのがいけない。

 彼らは悪くない。彼らが悪い。

 

 ましてや、それが――望まぬ翻意ならば、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いしたいのです、御老体」

 

「ふむ……主の方の事情はよく解った」

 

 煙管で煙を昇らせながら、海厳は思考を巡らせていた。物が少ない部屋である。特別な調度品があるわけではなく、最低限のソファと机があるだけ。それなりの地位を持つか、或は一般的な感性を持つ者ならば、人を迎える場所としては眉を潜めるくらいだ。

 けれど、海厳は気にしないし、目の前にいる男もまたそうだった。

 無骨な男だった。

 白い、詰襟の軍服の下に鎧の様な肉体を押し込めた壮年の男性。眉に皺が寄り、子供ならば顔を見てすぐに泣いてもおかしくないような強面である。恐らく四、五十くらいの年だろう

 険しく、厳しい、巌のような男だった。

 護国課課長鹿島武。

 文字通り、護国課における最高責任者である。

 彼らの間の机には数枚の書類が置かれている。武が海厳に対しそれらを見せていた。

 二人ともかなりの強面なので、ただでさえおっかない顔の二人ではあるが、眉間が険しいので余計に恐ろしい。

 

「何故うちなのかのう。正直、うちの孫娘には手に余るぞ? 先月では奴を取り逃がしたし、戦力で言えば決して高くはない」

 

「澪霞嬢の実力を考えれば、あの男と戦い、生き延びたというだけでも大金星でしょう。長光たちが深手を与え、弱体化を重ねたとしても、その程度でどうにかできる相手ではありません。七年前に直に対峙した私だからこそ、彼女の健闘を評価しているつもりです」

 

「……それは、祖父としては嬉しい限りだが」

 

「これはいわば、投資です。彼女は将来的に護国課の中でも有数の実力者になるはずです。今月末には等級考査がありますが、それも間違いなく上がってくる。五年もあればイ級、最低でもロ級の上位に食い込んでくるのは間違いない」

 

「だろうの。それは儂から見ても同じ意見だ。……ふん、主の高評価はありがたいがの、今の所、アレには余裕がない」

 

「新たな『神憑』ですね」

 

「うむ」

 

 言うまでもなくそれは荒谷流斗のことである。当然ながらその情報は既に『護国課』に対して公開されている。元より隠すことでもない。寧ろ、開示すべき話だった。

 

「先月から澪霞はそ奴に掛かりきりでのう。我が孫娘ながらようやく色を知りだしたという所で何やら複雑だが……」

 

「それはそれは」

 

 海厳は苦笑いし、武も笑ったがしかし第三者から見れば得物を品定めするような猛獣のようにしか見えない。勿論そんなことには二人とも気づかず、二人の間では場が和んでいた。

 

「今はあまり面倒事を引き受けたくないのが正直な所だったのだがの」

 

「しかし澪霞嬢にしても、その彼にしても、経験を積ませねば始まりますまい。今は高校生だとしても、卒業すれば必然的に此方側に関わる割合は多くなって来る。実際に此方側が本分で、向こう側が仮初という未成年も少なくはない。嬢に関しては御老体の方針で出向の形になっていますが、来年はそうではないでしょう?」

 

「……その通りだのぅ」

 

「なればこそ、早いうちにそれなりの実績を積んでおくことは悪い話ではないでしょう。()に関しては、それほど手のかかる男ではないのは、私が保障します」

 

 少なくとも――今、武から持ち掛けられている話に海厳、或は澪霞や白詠家へのデメリットというのはほぼなかった。話を受ければそれだけに負担が生まれるが、しかしそれは何事に於いても当たり前のことであり、今回のこととしてはデメリットに換算できない。

 寧ろ、澪霞の経験を積むということに関してはメリットが大きい。先月における津崎駆の捕縛の優先権や一週間の干渉不可を通せたり、白詠の権力を使ったが、それを受け入れたのは目の前の男だ。海厳自身とも繋がりは深いと言うのもあるが、言葉通りに澪霞のことを評価しているのだろう。

 そもそもこの男に海厳を陥れようという考えはまずないと断言できる。相手によってはどんなことをしても驚かないが、海厳や白詠の家はその範囲外。

 だから、受けない理由はない。

 本来ならば。

 

「――」

 

 受けない理由はある。

 先月白詠市に侵入した津崎駆と雪城沙姫は白詠澪霞が奮闘するも一週間後には町を抜けて、逃亡ということになっているが実際は未だに滞在し、それどころか白詠高校の用務員兼生徒会顧問と養護教諭、さらに今だ発展途上の『神憑』である澪霞と流斗の教導を行っている。

 そのことを知っているのは今現在当事者である五人だけ。

 目の前の男にもまだ告げていない。

 告げるのはちょっと拙いかなーと思う。

 少しでも間違えれば全面戦争になってしまう。武が躊躇わない範囲に入るのは御免蒙る。

 勿論、彼の話を受けいれたからと言って、それが即座に駆たちの存在の露見に繋がることはない。駆たちとてその程度の対策は用意しているのだから。

 ならな、

 

「……よかろう。受けようではないか、主の話」

 

「ありがとうございます」

 

 短く刈られた短髪の頭を深く下げる。ほぼ直角の最敬礼であった。

 色々面倒な想いを巡らせていたが、武は純粋に感謝しているのだろう。そのことに小さく嘆息しつつ、机に広がっている書類に視線を向ける。特にバストアップの写真、澪霞や流斗と同じ年代の柔和な顔つきの少年だった。顔立ちそのもの特徴はなく、どこにもでもいるような高校生に見える。

 けれど、先ほど聞いた話では――一筋縄ではいかないのは間違いない。

 

「まぁ、どうにでもなるかの」

 

 こうして。

 荒谷流斗と白詠澪霞が共に世界の裏側への関わりの始まりは――白詠海厳の楽観にて取り成された。




というわけで第一章開始です。

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