斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ハード・モーニング

 

 ここ一か月ほど前から、荒谷流斗の日々はそれまでと大きく変わっていた。

 まず起床時間が早い。常に五時には起きて、家を出ていた。ジャージ姿の手ぶらで出て、そこから二十分ほど掛けて学校から正反対の方向に走り出す。軽いジョギング等ではなくてほぼ全力疾走だ。便利な身体なもので、その位で体力が尽きることはない。寧ろそれで体を軽く温めるという具合だった。それから走って白詠の屋敷まで行くのだ。目的は敷地内にある道場だった。先日まで流斗も知れなかったがそれなりの大きさのもの。

 何をするかと言われれば、当然ながら修行――という名の地獄である。

 

「ぐ、お、おお……」

 

「……っ、はぁ……はぁ」

 

 真冬であるにも関わらず流斗は半袖で、澪霞は合気道で着られているような袴だが、二人とも汗だくで息は荒い。流斗は大の字で板張りの床に横たわり、澪霞も膝をついて蹲っている。実際に動いていたのは一時間半程度だ。当然ながらこの二人がそのくらいの時間ただ動いていただけでここまで憔悴するわけがない。

 何をしていたかと言えば簡単で、

 

「今日はここまでにしておくか」

 

 駆と二対一、或は流斗と澪霞同士の模擬戦だった。やっていることとしては一か月前での一週間における流斗とのそれと変わらない。ただ、質が段違いだったというだけ。そもそも先月のアレは置き土産的なものとして単純なメンタル的なことを仕込んでいただけだ。しかし『神憑』として尋常ではない肉体強度を得た上で一年間という目安ができた以上、鍛錬の密度は比べ物にならなくなっていた。幼い頃から決して楽ではない修練を積んできた澪霞ですら音を上げるほどである。

 流斗に関しては無手限定であるが、澪霞の周囲には小太刀やら刀、槍、棒、鎖鎌、トンファー、さらにはカンフー映画で見るようなヌンチャクの三つ版――三節根というらしい――が散乱している。

 

「ハァーッ、ハァーッ……くそっ、一か月以上経ってもこれかよ……何の進歩もしてない……!」

 

「別に進歩がないわけじゃねぇよ。ちゃんと前に進んでるぜ? ――スタート地点が酷かっただけだ」

 

「やかましい……!」

 

 変わっていないといえばこの男の流斗に対する扱いであった。

 しかし否定でいないのも確かだ。流斗自身の単純な戦闘力は高くない。

 

「お嬢とお前がまともに戦えたのは能力が相克しているから。普通に生身で戦えば大分劣る……というのは言わなくても解るよな。勝率お前の方が圧倒的に低い。十回に一回引き分けだったらいい方だな。情けねー」

 

「やかましい……何回も聞いたよ……」

 

「……それは仕方ない」

 

 げんなりする流斗に澪霞が口を挟んだ。二人から視線を向けられたが、息を整え表情を浮かべないままに、

 

「元々君は一か月前まで一般人で、私は幼い頃からそれなりに鍛えてきた。たった一か月でまともに戦えられるようになったらそれはそれで私の立場がない」

 

「残念だがその手のセオリーは俺たち(・・・)には通じない。それにそういう庇いたては野郎のプライド傷つけるだけだぜ」

 

「……」

 

「……アンタまじセメントだな」

 

「この手のことには優しくするといいことない。今みたいにお嬢が優しいこと言うなら、その分俺は厳しいこと言うさ。バランスだよ、バランス」

 

「基本的に俺の周囲はセメントばかりでバランスも糞もねーと思うんだが……」

 

 ぼやいたら横からトンファーが飛んできて頭に激突した。

 

「痛っ! なにするんすか!」

 

「別に」

 

 叫んだが、そっぽを向いていて顔を合わせてくれなかった。顔を合わせても感情が読み取れないのだが。そのことに嘆息し、浮かべている笑みは努めて無視しつつ、

 

「しっかし、ずっと身体動かしているだけで、神憑の力とかほとんど使ってないけど大丈夫なのか? だってほら、今週だろ? アレ」

 

「『神憑』の力は能力として一度安定すればそうそう問題ない。日常生活だけを送る為だけに封印するとかは別だけどな。面倒なのは、戦闘目的でレベル上げようと思うと、単純な訓練じゃあ難しい。それなりの場数を踏む必要がある。先月の時と一緒だが期限そのものないからな、体術メインの方が効率がいいんだよ。特にお前素人同然だし」

 

「いや、素人とかはもう解ったから一々指摘すんのやめてくれねーかな」

 

「お前が嫌がることを俺が好んで行う。これまたバランス」

 

「絶対違う……!」

 

 手を出すと反撃が来るの内心毒づきながら立ち上がる。いや、場合によっては思ってるだけのことで蹴りやら拳が飛んでくることが多いのだが。ともあれ自分の足でちゃんと立ち、首を鳴らす。それから澪霞の方を向けば――既に立ち上がっていた。

 

「……何」

 

「別に」

 

 同じようなことを返した。

 まぁ特に意味はなかったし。

 

「朝食どうする?」

 

「えっと……」

 

 こんなスケジュールだ。手順だけ考えればここで朝食を取り、制服を着替えて、澪霞と一緒に登校というのが手っ取り早い。けれど当然ながら今の流斗にそれを実行するような気にはならなかった。ただでさえ年末という時期に謎の就任をしているのだ。基本的に澪霞が他者との交流がないので、周囲の疑問は流斗だけに向く。生徒会室に逃げ込んだりすれば問題ないが、それ以外ではそうもいかないので色々と面倒なのだ。

 その上で一緒に登校したら間違いなく面倒なことになる。

 だからここでのしごきを終えた後は一度家に帰って着替えたりしてから行くようにしているが、

 

「先輩がいいっていうのなら」

 

「いい」

 

 簡潔に言い残して澪霞は道場から立ち去った。微妙に会話がおかしい気がするが、そのあたり一か月も接していれば慣れたので気にしない。いいって言えば、という言葉にいいとだけ返すのはどうかと思うけど。

 白い背中が完全に消えて、気配も母屋までたどり着いたのを確認し、

 

「はぁ……これ俺が片付けるんだよなぁ」

 

 散乱した武器を指さす。

 

「そりゃお前しかいないだろ」

 

「やれやれ、先輩もそんなに急がなくも時間はそれなりにあるのに、飯食べる時はいつもなんだよなぁ……」

 

「いやぁ、そういうことじゃなくて……まぁアレに気づけというのも酷な話か」

 

「あ?」

 

「いいからさっさとシャワー行くぞ」

 

「あぁ、うん」

 

 ここの道場には備え付けのシャワールームがあった。プールやスポーツジムにあるようなシャワーだけの空間に区切られた類のものである。聞いた話では隣街にも似たような陰陽師――未だに流斗はこの言葉の定義が解らないのだが――がいるらしく、そういう人間が使うらしい。といってもそれほど大きくはなく、三人分だけ。

 そこを真ん中を開けて流斗と駆が使う。

 特に流水が温まるのを待つことなく、身体を晒した。

 

「あー疲れた……」

 

 ノータイムで浴びたので当然水は冷たいが、最早そのあたりの温度感覚が全く気にならなくなっているので問題はなかった。面白みがない気がするが、水が体を伝っていくのはあるし、元々今のようになるまでだって似たようなものだったから今更気にすることもない。

 汗を洗い流し、軽く髪をかき上げ、

 

「しかし特に筋肉付かないな……」

 

 結構体を動かしているのに、見た目は特に変わっていない。筋肉隆々とまではいかなくても、駆のような細マッチョになるのはちょっと期待していたのだが。

 

「そりゃお前の性質だろ。なるべく変わらないように、つまり肉体情報に変動にもある程度のキャンセルかかってるだろうから、滅茶苦茶鍛えても目に見える変化はかなり低いと思うぞ」

 

「……今更だけど俺のって融通聞かなすぎじゃね?」

 

「今更過ぎるな」

 

 いや、その程度ならばいいのだ。見た目は変わらずとも単純な膂力ならばそれなりに任意で変化できるようにはなっていた。

 問題だったのは、

 

「俺も手から炎だしたり電撃びりびりやりたかったなぁ……」

 

「結局基本体系全て駄目だったからなぁ。魔術も陰陽術も、おまけに武器の類も使えないし」

 

 流斗の『神憑』としての能力は確かに強力だったが、それ以上に今言ったように融通が聞かなかった。有体に言って、殴る蹴る以外の行動ができないのだ。軽く教えてもらった初心者用の術式やらを使ってみれば発動と同時にそれを拒絶してしまう。武器を握ったり、装備したままに能力を使えばそれすらも拒絶して握りつぶしたり弾き飛ばしたりしてしまうという顛末であった。

 防具付けたら吹き飛んだので、服が吹き飛ばないのは心の底から有り難かった。

 服まで弾いたら一生使えないか、戦う度に全裸になる変態になるところであった。

 

「お前はつまり守備力は高くデバフを受け付けないが装備や味方のバフも効かずに通常攻撃以外使えないようなキャラだからな。よかったな、完全に壁タンクだぞ」

 

「ハ、バフ、デ…? 壁はまぁなんとなく解るけど……?」

 

 基本的に説明は解りやすく簡潔なのだが、偶にゲーム用語を出してくるのが玉に瑕だった。半分くらい言っていることが解らない時がある。

 

「何気にスゲーゲーム好きだよな」

 

「実は小遣いほぼそれに費やしてる」

 

「まじか」

 

「うむ」

 

「沙姫さんなんて?」

 

「アイツもアイツで趣味に費やそうとしてるからな。確かグランドピアノ欲しいって言ってた」

 

「まじか……」

 

 今現在駆と沙姫は流斗の家で居候をすることはなく海厳が用意したアパートで生活している。ちょうと白詠家と荒谷家の中間くらいの場所だ。何度か訪れたが、風呂とトイレ、それにキッチンと居間兼寝室というかなり控えめな部屋だった。なんというか駆け落ちしてちょっと生活が安定したカップルが住むような部屋である。

 実際この二人の場合そんな感じだし。

 しかしそれにしたってグランドピアノが入る余裕などなかったはずなのだが。

 

「というかピアノか」

 

「ピアノというか音楽全般、ピアノを欲しがってるのはそれ一つで色々な音を出せるからだな。一人オーケストラとか言うだろう? アイツの場合一番好きなのは歌だしな」

 

「ふうん、ピアノか……一時期嵌ったな。商店街の電気屋でバイトした時にあまりにも客来ないから置いてある電子ピアノで練習してたら店長に怒られて客来ないからいいじゃないすかねとか言ったら張り倒されてそれっきりだけど」

 

「酷い話だな」

 

「ショッピングモールとかに大手の店できたからホントに客いなかったんだよ」

 

「……そういえば家電は俺もそっちで買ったな」

 

 潰れてないだろうかあの店。バイトしていたという話も結構前なのでもしかしたらもしかしていたかもしれない。

 まぁ過ぎた話なのでどうでもいい。

 シャワーの水を止め、壁に掛けておいたタオルで全身に水をふき取っていく。

 

「諦めねぇとなぁ」

 

「練度次第じゃあそのうち初歩の初歩くらいなら使えるようになるかもな。その点お嬢の場合、そのあたりの適正広い。既存の術式体系だったら大体使えるようだし。本当に、対極だぜお前ら」

 

「……うっせ」

 

 

 

 




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