斯く想う故我在り   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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アンディサイド・ウィッシュ

 

 『護国課』の本部とやらに訪れるにあたって、いくつかの予想をしていた。

 日本の裏側の半分を牛耳る組織というのだから、それ相応のものだと思っていたのだ。週末の早朝、白詠の家から出た車に乗る数時間の間、ずっとそこがどういう場所なのか考えていた。まず思い浮かんだのは和風の大きな屋敷。白詠のソレのさらにグレードアップ版。極道映画で見るようなもの。またはSFのような近代的なオフィスビル。或は往来の敵組織のように海の下とか地下とか、或は空の上、はたまた宇宙空間。此方側に足を踏み出してから驚いてばかりだったので、もうどんなものが来ても驚かないという心持ちでいた。

 それなのに、

 

「……え、此処?」

 

 指さした先にあったのは年季の入った喫茶店だった。それも、見た感じでは飲食店であることさえ解らないような質素さだ。

 思わず信じられずに澪霞に聞いたが帰ってきたのは頷きだった。

 

「何時間もかけて随分遠い所に来たと思ったらただの喫茶店に連れてこられた件について……」

 

「ついてきて」

 

「あ、はい」

 

 臙脂色の制服姿の後を追う。休日ではあるが、一応制服が正装なのでこの恰好だ。流斗は能力上服に特別な効果を仕込むことはできないが、澪霞のには術式やら符やら仕込んであるのだから当然といえば当然なのだが。乗って来た車は二人が降りてすぐに立ち去った。また終わった頃に戻ってくるらしい。

 背で揺れるマフラーを追いかける。

 店に中に入れば、やっぱり普通の喫茶店だ。カウンターとテーブル席が幾つか、どこの街にもあるようなものでしかない。見た限り、客も入っていない。店の中にいたのは店長らしき初老の男だけ。

 

「いらっしゃい……よく来たな」

 

「どうも」

 

「そっちの彼が例の新入りか」

 

「えぇ、彼女は?」

 

「まだ来てない」

 

「ではまたここで待たせてもらいます」

 

「注文は」

 

「珈琲を二つ」

 

「かしこまりました」

 

「荒谷君、こっち」

 

「……おっす」

 

 とんとん拍子で進んでいった話には口を挟まずについていく。L字を横にしたような間取りで、テーブルやカウンター席が右に延び、奥が少し広い空間になっている。

 窓際のテーブル席で向かい合わせに腰かけ、

 

「それで?」

 

「?」

 

 問いかけたら無表情のままに首を傾げられた。 

 

「いや、あの俺は先輩の試験に付いていくって聞いてたのになんでこんなとこに?」

 

「……あの人から聞いていなかった?」

 

「いや、何も」

 

「……そう、何も聞いてこなかったから説明されてたと思っていた」

 

 そこで珈琲が運ばれて来て、言葉が区切れる。運んできた店長らしき男は無言のまま二つのマグカップを置いて先ほどの位置に戻っていく。多分あの人も此方側の関係者なのだろう。自分のことを指して新入りと言っていたのだから。

 澪霞は自分の分の珈琲に机に備え付きの砂糖と一緒に運ばれてきたミルクポットを傾けつつ

 

「簡単に言えばここはまだ『護国課』の支部のような所(・・・・・)

 

「ような?」

 

 何やら含みのある言い方だった。それに、今日は支部でも支部の様な所でもなく本部に行くという話だった。

 

「ここは、なんというか、そう、中継地点のようなもの。あそこに扉あるよね」

 

 指されたのは、流斗の背後の奥。スタッフオンリーという文言が掲げられた扉。カウンター席やその向こう側の厨房、さらにはコップの手入れをしている店長のさらに向こう側。ちょうど入り口の正面にその扉はある。

 

「あそこが()になっている。あの扉を潜れば『護国課』の本拠地に行くことができるから此処に来た」

 

「……マジすか」

 

「マジ」

 

「……そんなこともできるのか」

 

「勿論、簡単なことじゃない。相応の苦労があって完成したネットワーク……らしい。私も詳しくは知らないけれど。お爺様曰く戦時中に日本中どこにでも即座に移動できるように確立されたとか。ちなみに同じようなものは全国の色々なところ――京都は例外として、存在している。大体がこういう喫茶店みたいな小さなお店。店自体にも一般人には悟られないような工夫もされているし」

 

「それじゃあ、今日の試験も此処からあの扉通って本部に行って受けることになると?」

 

「そういうこと。あと、その前にちょっとした待ち合わせを」

 

「待ち合わせ?」

 

「そう。そろそろ来るはずなんだけれど……」

 

 言いつつ、澪霞がコーヒーカップに口を付けた所で、店の扉が開いた。位置的に流斗には音しか聞こえなかったが、

 

「ちぃーす、店長。澪霞来てるか?」

 

 若い女性のそんな声が聞こえてきた。

 振り返る。

 目にしたのは若い女性だった。

 高い位置でポニーテールの朱髪に括った長身の女だ。百七十程度の流斗よりもさらに高いだろう。カーキ色の上下一体になった作業服の中に髪と同じような色合いの赤いシャツが覗いてる。一月後半にしては――流斗自身人のことは言えないが――軽装だ。右肩にリュックサックを掛けている。

 澪霞の名前を口にした彼女はそのまま店の中を見渡し、すぐに見つけたらしくこちらに手を掲げ、

 

「よう、久々だな澪霞、それに……荒谷だったけ」

 

「こんにちわ、カンナさん」

 

「おう、遅くなって悪かった」

 

 快活な笑みを浮かべた彼女はそのままこちらに来て、澪霞の隣に腰かけた。

 待ち合わせの相手というのは彼女のことなのだろうか。座りながら大きな声で店長へコーラと叫び、

 

「始めましてだ。私は長光カンナ、よろしくな」

 

「荒谷流斗です、よろしく」

 

「……ふむ」

 

「なんすか?」

 

「いや、まともに挨拶返してくれて驚いたぜ」

 

「えっ」

 

「あたしの知ってる『神憑』は半分くらいまともに挨拶とか返さないからまとも枠で安心したよ。あと、敬語は要らねぇ、くすぐったいしな」

 

「あ、あぁ。解ったよ」

 

 『神憑』って何だよと思うと頭を痛くなりそうだったので意識的に外しておく。

 しかしまさか澪霞に友人なんて言うことに少し驚く。てっきり友達いないボッチだと思っていたし。少なくとも学校ではそんな感じのはず。

 

「……何」

 

「いや、なにも。それで、待ち合わせって何があるんすか?」

 

「あぁそうだな。あんま時間もないし、約束の物な」

 

 そう言ってカンナはリュックサックの中に手を突っ込み幾つかの物を取り出す。紙の束や、中に鉄の棒が仕込まれ巻物状に巻かれた布。

 

「なんだこれ」

 

「私の武装」

 

「先輩が使ってるお札とかの? 爆発したり武器になったりする」

 

「そう、その武器になる方だ。私は鍛冶屋でな。今日澪霞が私を呼んだのは試験の為の武装の補充だよ」

 

「鍛冶っていうと……刀を作ったりするあの鍛冶?」

 

「別に刀限定じゃねぇよ? 頼まれれば金物であるのなら何でも作れる。一家に一本よく斬れる万能包丁から妖怪殺しの妖刀だってお手の物だ。まぁ、今日は後者よりだけど」

 

 カンナは自分の前にあった紙束や巻き布を澪霞の前に滑らせる。

 

「注文にあった通り、日本刀、大太刀、薙刀、小太刀、手裏剣、鎖鎌その他諸々武器セット。符に変換してあるのは通常品、延べ棒になってるのは術式刻印入りの色物だから上手く使ってくれ。可能な限り、これまでと同じような使い心地で強度だけ上げてある。詳しいことは取説読んでね」

 

「ありがとう、支払いはいつもの通りに」

 

「あいよ。これから試験ってことだし、激励の意味も込めて値引きさせてもらうぜ」

 

「ちなみにいくらくらいなんだ?」

 

「今日ので三百万くらいだな」

 

「マジかよ」

 

 三百万って。

 いや、相場が解らないから何とも言えないが、流斗からすればとんでもない大金だ。

 

「これも、マジ。彼女の腕からすれば寧ろ安いくらい」

 

「いやでも三百万……」

 

 街で一番の金持ちのことはある。

 しかしそれくらいに武器等に金銭が必要ならば、そういったものを必要としない流斗の性質はありがたいものだったかもしれなかった。

 そこでカンナが注文していたコーラが届いた。ストローも使わずそのままガラスのコップから直飲みして氷を噛み砕いているが、かなり大雑把なキャラクターらしい。それを視界に入れながら流斗も思い出したように珈琲を手に取る。少し時間を置いてしまったがまだ暖かい。口を付ける。家や生徒会で飲むようなインスタントよりも強い香りが鼻孔を擽る。色々感覚が鈍いが、味覚や嗅覚はそのままなのはよかったと思う。

 

「んだよ、お前のすげぇ白いな。相変わらずミルクも砂糖も入れすぎだろ。そこまで来たら普通にカフェオレとかジュースとか頼めよ」

 

「私はコレが好きだからいい」

 

「相変わらず糞頑固だなおい」

 

 仲いいんだぁと、見ていて思う。友人関係も本当らしい。見た感じ、カンナの方が自分たちより幾つか上――凡そだが駆や沙姫と同年代なのだろう。

 重ねて思うが意外だ。

 勿論此方側の澪霞のことは知ったばかりなのだから、この思いも当然なのだろうが。 

 

「――ふむ」

 

 自分のことをそっちのけで雑談している二人を見ながら珈琲を口に含む。無理にガールズトークに関わるのは控えるとして、もう一つ思うことがあった。

 平原と山脈だな、と。

 あえて何処とは脳内でも明確にはしないがある一部分が澪霞は圧倒的に貧しく、カンナはびっくりするくらい恵まれている。始めてみるクラス。ガン見するのはあれだが、多分机に乗っている(・・・・・・・)

 このあたり付き合いが長すぎて感覚が麻痺している雨宮やその部分だけは悲しいことになっている澪霞と顔を合わせるだけでは生まれてこない発想だった。

 

「これが格差社会――ブッッッ!?」

 

 呟きながら珈琲を啜った瞬間足に激痛が走った。

 

「――何」

 

 真っ赤な目がギラギラと輝いている――気がした。

 

「な、なんでもないっす……」

 

 あの夜並に目がガチだった。

 痛みが発生している分それが伺える。

 気にしてるんだなぁとこれもまた意外に思いつつ、

 

「そ、それでこれからどうするんすか?」

 

「にしし……あー、此処まで連れてきたってことは流斗もあっちまで行くのか? 試験そのものは基本見学とかできねーけどよ」

 

「一応この場所の紹介に来ただけだから――ここで待たせようかと」

 

「ちょっとひどくないすかね」

 

「にししっ、まぁ私も暇だし。こっち側に関して色々教えてやろうか? ぶっちゃけ向こう言っても普通の市役所とか学校みたいな感じの内装だから面白いことなんにもねぇし、面白いもん見たら色々問題になるしさぁ」

 

「……いいの?」

 

「暇だしな。どうせ澪霞の後輩っていうならこれから関わることも多くなる。それに今日初めて来たってことはほとんどこっち側の世界の人間との関わりもあたしが始めてだろう? 澪霞かあの爺さんか。別の人間の話を聞くのも悪くないと思うぜ」

 

「それは、確かに俺としてはありがたいな」

 

 正確に言うならば澪霞や海厳だけではなく駆との関係もあるのだが、彼に関して、対外的には流斗はニアミス程度の関わりしかないことになっているとのこと。そのあたりの口裏合わせは流石に済ませてある。

 

「……カンナさん、あのことは」

 

「解ってるよ。あたしは数少ない自重を知っている人間だぜ?」

 

 少しだけ澪霞は目を伏せ、

 

「解った。しばらく彼のことはお願い」

 

「あいよ。っと、もう時間か?」

 

「うん。じゃあ、行ってくる」

 

「頑張れよ。無事終わったらなんか名前付きの武器注文しろよ。格安にしてやるからさぁ。いつまでも十把一からげの奴じゃあ恰好付かないぜ」

 

「ん、考えておく」

 

 カンナが一度席を外す、澪霞も机の上の紙束等を回収しながら立つ。

 

「えっと、頑張れ? なんか試験自体は楽勝という話だからあんま強く言っても意味が薄そうですけど」

 

「……手を抜けば、当然落ちる」

 

「そりゃそうだ」

 

 確かにその通りで思わず苦笑する。

 だから、

 

「頑張れ、先輩」

 

 言い切った。

 

「ん」

 

 澪霞も小さく頷きながら、足を進めた――と思ったら一端止まってしまう。

 丁度、澪霞の進行方向とは逆に座っている流斗から彼女の顔が見えない位置。

 

「お?」

 

「どうしたんすか?」

 

「……ねぇ、荒谷君」

 

「まだ、なんかありました?」

 

「……君は私の後輩なんだし、色々この一か月ちょっと教えてあげたとも思うし、それに今人のことを消しかけておいたんだから、何か言っておくことがあるんじゃない。カンナさんだって銘入りの武器作ってくれるとか言ってくれたんだから、私を激励する意味を込めて、その、何かあると思うんだけど」

 

「……ほほう」

 

 なにやらカンナが顎に手を当てて面白そうな顔をしている気がした。

 まぁそれは無視して、澪霞がらしくもなく早口で言ったことを咀嚼し、理解する。

 

「……あー」

 

 絶対に沙姫の入れ知恵だ。

 こういうことを言いそうなのは彼女か、あとは雨宮くらいしかない。

 ここで何もしなかったら沙姫や駆に文句を付けられるのは間違いない。それは御免蒙るし、まぁ後輩としてある程度ならば普通だろう。

 頭を掻きつつ、

 

「……終ったら、何か適当に言って下さいよ。俺にできることならなんでもしますから」

 

「……なんでも?」

 

「ぶっちゃけ先輩喜ぶこととかよく解らないんで、可能な範囲なら」

 

「――そう、じゃあ考えておく」

 

「あんま無理言わないくださいね」

 

「ん」

 

 微かな頷きを残し、澪霞は去っていた。足取りに淀みはなく、先ほど指し示した扉の中に入る。それを見送って、

 

「……なんだよ」

 

 ニヤニヤしたカンナに半目を向ける。

 驚きを含ませ、しかしそれ以上に面白うなものを見つけたような顔である。

 

「にしし、いやぁなにも? じゃあ澪霞の合格祈りつつ、あたしたちもあたしたちで話を進めようぜ……ただまぁ、それよりもあたしからお前に聞きたいことがあるんだけどよ」

 

「俺に? 俺に語れることなんて学校での先輩のぼっち振りくらいしか」

 

「やっぱアイツボッチかよ、こっち側でも友達あたし含めてちょっとしかいねぇのに……って違ぇ。そうじゃない。私が聞きたいのは、いや、それも後で聞かせてもらうが」

 

「聞くのかよ」

 

「あたしもアイツの話とかしてやる。それでだ」

 

 長光カンナは、そこで始めて、快活そうな笑みを消した。

 真っ直ぐに朱色の瞳が流斗へと向けられ、

 

「駆の――津崎駆について知っていることを教えてほしい」

 

 





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