斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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アクシデント・インパクト

 

 問いに対し、流斗は全身の強張りを感じた。

 流斗は未だに実感が湧かないが、あの二人はかなりの重要人物であるらしい。故に『護国課』に訪れた以上、あの一週間のことを聞きだされることがあるのは予想できていた。事実として澪霞や海厳が報告した話では、荒谷流斗はたまたま夜中に外出中、戦闘中の白詠澪霞と津崎駆の戦闘に巻き込まれ、白詠家に保護された。

 だからこの場で言えるのは、曖昧な外見と聞かされた名前だけ。沙姫については出逢ってすらいないことになっている。

 その程度の応えしかできない。というよりも事前に聞かれたらそう言えと言われているのだ。二十代前半の青年、黒髪黒目、津崎駆という名前。それだけだ。

 

「――」

 

 しかし、カンナの朱い瞳の強さが流斗の口を詰まらせた。先ほどまで澪霞と笑いっていた快活そうな雰囲気は問いかけと共に消失し、熱した刃のような危うさがある。

 下手なことを答えたならば拙いことになるという想いが流斗を強張らせた。

 だが、

 

「……あー」

 

 息を長く吐きながら、カンナが髪を大雑把に掻き乱し、剣呑な雰囲気が霧散していく。

 

「悪い、変に脅したみたいになっちまったな。いや、お前が全然関係ないってことは聞いてるんだけど、一応直接話聞きたくてな。何かあるか?」

 

「……いや、暗かったしぼんやりとした外見と聞いた名前くらいしか」

 

「沙姫、雪城沙姫については」

 

「そっちも名前だけ」

 

「……そうか」

 

「知り合い、なのか?」

 

「ん、まぁな。ちょっとした腐れ縁だよ。悪かったな、変なこと聞いて。あたしが聞きたかったのはこれだけだし、ほら、お前もあたしに聞きたいことあったら好きにしてくれ。時間もあることだしな」

 

 若干早口な言葉と共に雰囲気も最初の時のように戻っていた。

 腐れ縁、つまり自分や雨宮のようなものだということ。昔は学校に通っていたようなことも言っていた気がするから、その時の関係なのだろう。正直な所、彼らに関することも聞いてみたいが下手に突っ込んでボロを出すと拙いのは間違いない。

 

「聞きたいことね……じゃあ、今先輩受けてる試験とか俺まだあんま詳しく知らないんだけど。聞いた話だとなんか凄い公務員チックというか、思ってたのと違うんだけど」

 

「あぁ、はいはい。そうだなぁ、確かに結構面倒なんだよなぁ、うちのは。戦闘、学科、倫理とか最大で三つもあるんだよ。まぁ、全部受ける必要があるわけじゃあないけどな」

 

 そのあたりの話くらいなら聞いていた。澪霞が妖魔の危険度やら種類が書かれている本を読んでいる姿は何度か見たし、流斗も横合いから読まされたりしたし。

 

「先輩は倫理の方は受けなくていいんだけ」

 

「あぁ。というかアイツならただ等級上げるだけなら学科もいらないんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「アイツが学科まで受けるのは、成人してから白詠の家を継ぐからだ。単純に戦闘専門家ならばともかく、ちゃんとした立場のある人間なら色々箔つけておいた方がいいからな。駆の一件もその一環だった。『護国課』は『陰陽寮』よか実力主義だけど、家の名前の力も大きい。澪霞の場合、祖父さんの存在もでかいしな」

 

「やっぱあの爺さん凄いのか」

 

「ガチ英雄だよ。全盛期は世界クラスで十指に入る術者だったて話だしな」

 

 こんなことになってから直に何度か対面したがやはり印象として強いのはあの強面だ。最も顔が怖いというけで怒鳴られたり、怒られたということはないし、少し喋った限りでは悪い人ではないと思う。しかし駆や澪霞から聞くその武勇伝には軽く引くのだが。

 

「しっかし……ランクだかクラス云々とか聞いた時には漫画みたいなだぁと思ったけどそれの試験が面倒だよなぁ。ペーパーとかあるとか学校とかと一緒だしさ」

 

「妖魔の討伐とか何かしらの依頼をこなすっていうのもあるんだぜ? 何かあった時はそれで等級上がるとか、上の偉い人から認定されるとかもある。実際『陰陽寮』はそっち寄りでペーパーも倫理もない。うちは基本的に防衛が基本だからな、そのあたりは澪霞に聞いてくれ」

 

「あれ話を聞けると思ったら先輩に丸投げされたぞ?」

 

「正直小難しい話はあたしにもよく解らん!」

 

 残念なことを言いながら大きな胸を張られても困る。

 自覚はあったが、カンナもまた嘆息し、

 

「いやあたしも鍛冶屋ってことで無駄に金属の性質とか覚えさせられて苦戦したクチだからな……フィーリング派には辛いぜ。戦闘面はまちまちだけど、今日澪霞が受けるのは試験官との戦闘とかそんなところのはず」

 

「ふうん。俺もそのうちその試験とか受けることになるのかね」

 

「基本受けなくてもいいが、ランク持っていた方がいいのは確かだな。高ければ高いほど特権とかあるし。上げるコツは何か事件あったらカチコミして活躍しろ。あとですげー怒られるけど、成果出せば結果的に評価も上がる!」

 

 いい笑顔でとんでもないやり方を教えられたが困る。

 

「にししっ。他に聞きたいことはないか? あたしもしょっちゅうこっちくるわけじゃないし。あ、店長ー、なんか食べるもんくれー」

 

「頼み方雑っ」

 

「かしこまりました」

 

 そこで表情を変えずに受け流し、手を動かし出したあの店長が凄いと流斗は思った。ああいうのをプロの大人というのだろうか。

 

「あぁ、そうだ。聞きたいことと言えば」

 

「お、なんだ?」

 

「俺や先輩みたいな『神憑』ってすげぇレアなんだろ?」

 

「あぁそうだな。あたしもそこそこ顔広い方だけど、直に顔合わせたことあるのはお前や澪霞入れても五、六人かな。結構多い方だぜ?」

 

そういうの(・・・・・)って他に何があるんだ?」

 

「あ?」

 

 流斗の問いかけに要領を得なかったらしく、カンナが眉を顰めた。

 

「つまり、俺たちみたいな存在そのものが希少ってレベルの奴って他に何がいるのかなと」

 

 カンナはそれを理解したらしい。一度納得したような顔をしたが、

 

「……お前、聞いてないのか?」

 

 今度は戸惑ったように、目を細める。

 

「何が?」

 

「あー……、いや、ならいいんだ。澪霞が教えるだろ。『神憑』レべルの珍しい奴か。まぁ確かにいるな。名前被ってるだけで、全然違うのだとしたら……」

 

 そうだなぁと顎に手を当てて考え始める。

 

「そこまでレアじゃないけど覚えておいた方がよくて、そこそこ数がいるけど特別な奴といえば、やっぱ子孫系か」

 

「子孫……?」

 

 鸚鵡返しのように言葉を返す。

 子孫。 

 日常生活でも偶に聞く様な単語であるそれについて、流斗が問いを重ねようとした時だった。

 

「お待たせいたしました」

 

「っ」

 

 唐突に横合いから声が掛かった。

 店長ではない。あの初老の地味に渋かった声ではなく、もっと若い、流斗と変わらないくらいの年齢の声質。実際その声の主を見ればそのくらいだった。

 落ち着いた色合いの服装、カンナよりもさらに長身の柔和な顔つき。アンダーフレームの黒い眼鏡。知らない顔だ。右手にサンドイッチが乗った皿があった。先ほどカンナが頼んだ軽食だろう。それでもまず思ったのは疑問だ。

 ――いつの間にいたのか。

 足音とか気配とか、そういったものを欠片も感じさせず、気づいたら机の横に彼は立っていた。

 しかしカンナは驚くことなく、

 

「おう、さんきゅ」

 

 当然のように笑顔で受け取っていた。

 面喰う流斗に青年は優しげな笑みを向け、

 

「君にも、どうぞ」

 

「? 俺は何も――」

 

 言葉を繋げる前に――衝撃が顔面を打撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ァ、ガッ……!」

 

 青年の拳が流斗の顔に突き刺さる。痛みが走り、同時勢いのままに身体が浮いた。

 

「うおっ」

 

 目を見開くカンナがサンドイッチの皿とコーラのコップを退避させ、青年は打撃した手でカッターシャツの胸元を鷲掴みし持ち上げ、

 

「シッ……!」

 

 逆の手でもう一度拳を叩き込み、破砕音と共に窓ガラスをぶち破りながら吹き飛んだ。

 

「っガハーー!?」

 

 

 肺の中から空気吐きだされ、噎せそうになりながらコンクリートの道路を転がっていく。そちらに痛みはないが、顔面や胸の方には痛みがある。その時点で少なくとも誰かに襲われた――この場合は先ほどの少年――ということ。

 

『通常の痛覚はなく、魔力や霊力が宿されたダメージなければ痛みが発生しない。つまり此方側の人間の攻撃に対し、痛覚無視は使えない。もうちょっと慣れたらできるようになるかもしれないが、現時点ではデメリットでしかない――というわけでもない』

 

 駆は言った。

 

『お前が痛いと感じたならば、それは向こう側、日常の範囲外だ。痛みは体の危険信号というが、お前の場合はもう少し拡大してレーダーみたなもんになる。だから、どんな時でも痛いと感じたならば意識を切り替えろ。そこはもう――此方側だ』

 

 それらの言葉と共に鍛錬時以外、食事中や寝ている間に駆に殴りかかられ、反応しないとさらにぶん殴られるという鬼畜方式でフルボッコにされまくった――それが生きた。

 地面に激突しながらも体勢を立て直し、腰を落とし、膝を曲げたままに、中腰で立ち上がりかけ、

 

「……!」

 

「おや」

 

 飛び退くのと同時に、斬撃が叩き込まれた。

 また地面を転がることになったが、そのまま距離を取って、今度こそちゃんと立ちあがった。

 

「くそぉ、フルボッコにされた甲斐があったぜ!」

 

「日本語おかしいね?」

 

 叫びに返してくるとは思わんかったが、それの合間に襲撃者を観察する。

 先ほどサンドイッチを運んできた青年。先ほど殴りかかられたわけだが、いつの間にか得物を手にしていた。

 

「槍……か?」

 

 武器の鑑定に自信はないが、多分槍だ。朱塗りの長い柄の先に大ぶりの刃がある。疑問形になったのは、刃と得の接続部あたりに内側の曲線状の刃がもう一つ取り付けられている。

 

「槍、ね。知りませんかこれ?」

 

「知らねぇよ、その前に誰だお前、いきなりぶん殴ってくるとかどういうつもりだ」

 

「聞きだしてみてください、人払いは済ませてあるので好きにやってくださって構いません」

 

「答えになってねぇ!」

 

 先に向こうが動いた。

 長物を振りかぶりながら、接近してくる。

 店の中にいたカンナや店長がどうなっているのかは解らない。だが、現状襲われているのも間違いないのだ。

 いきなりぶん殴られて驚いていたらその間にまた殴られたり蹴られたりしたのは思い出したくもない。

 何はともあれ――殴り飛ばしてから話を聞けばいい。

 

「荒べ――ッ」

 

「させませんよ」

 

 異能を発動するよりも、向こうの斬撃の方が早かった。避けれない速度ではなかったが、その間に力を使うのもできなかった。

 横に飛び退いたが、真横の衝撃に体が押され、コンクリートの塀に激突しかけ、

 

「フッ!」

 

 それよりも早く振りおろしの勢いで体を回転させて放った槍が命中した。

 

「かはっ!」

 

 壁にぶつからなかったが、それよりも被害は大きい。肋骨が軋む音が響き、口の中に血の味が広がる。ガードする暇もなく、またもや身体が飛んだ。道路を転がり、今度は途中で体勢を立て直せない。

 十数メートルくらいはコンクリートを味わった。

 

「っ……ぁあ、くそったれッ」

 

 毒づき、口元の血を拭いながら立ち上がる。槍が当たった部分に手を這わせれば、制服は胸を横一文字にばっさり切れているが、その下の身体には薄い赤の線程度の被害で済んでいた。

 動くには十分。

 

「ふむ、固いね。物理的に」

 

 向こうも感心したように呟きながら指の動きで槍を回し、

 

「なら――壊れるまで続けよう」

 

 再び迫る。

 先ほどよりも早く、気づいた時には既に槍を射出していた。

 刺突だ。

 速く、避けられない――避けない。

 

「――ッヅ!」

 

「……!」

 

 直撃した。

 刃が数センチほど胸の中央に突き刺さり、血が流れている。

 だが、同時に流斗の左手が柄を握りしめていた。

 速度差的に避けられないのは明白であり、恐らく経験値も向こうが上。だから耐えられるうちに耐えて反撃する。口で言えば簡単ではあるが、実行するのは正気の沙汰ではない。

 青年が引きつったような笑みを浮かべ、流斗もまた笑い返す。

 

「……君、先月まで一般人だったんだよね」

 

「『神憑(コレ)』は生まれつきらしいぜ」

 

 同時に右の拳を握りしめ、

 

「荒べ、素戔嗚――お返しだよ」

 

 存在の解放と共に、拳撃を叩き込んだ。

 

「――!」

 

 拳を顔面にめり込ませ、ぶっ飛ばす。

 

「まず一発だ」

 

 最初に殴られたのが一発。外まで飛ばされたのがもう一発で、その後に槍で二発、いや三発だ。とりあえず、その分殴り返さないと気が済まない。なんでこんなことにはなってるのかは……まぁどうでもいいや。

 

「なるほど……ただの木偶というわけではないようだね」

 

 青年は口の血を拭い、罅の入った眼鏡を直しながら槍を構え直す。

 

「でも、一発入れたくらいで満足してるのは甘いかな」

 

「うるせぇ、何様だお前、いきなり人のこと殴りつけておいて。喧嘩……は売ってるよな。やり返し終わるまで止めないからな」

 

「そうかい、好きにしてくれ」

 

 ゆらり(・・・)、と青年の周囲に何かが揺らめいた。

 目に見えるものではない。しかし、確かに生じている。かつて殺されかけた妖魔が纏っていた瘴気や自分の異能の発動の差異に生じる空間とも歪みとは決定的に違う。

 それよりももっと正常な感覚にしたものだ。 

 闘気、とでも呼ぶのだろうか。

 それが彼の全身から立ち上っているのだ。

 駆がいたらゲームにでも例えて説明してくれそうだが、いないので殴るしかない。話を聞くのも殴ってからじゃないといけないし、仕返しの分もある。

 やっぱ殴るしかない。

 

「殴れば全部解決だなおい」

 

「案外単純だね」

 

 拳と槍を強く握り、地面に亀裂が入るほど強く踏みしめ、

 

「はいそこまで」

 

「――!」

 

 瞬発の直前に、大刀が足元に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流斗お前キャラ変わるな、脳筋かよ。あと遼は闘気しまえ。テンション上げすぎだぞ」

 

 身体が硬直した二人に投げかけられたのはそんなのんき声だった。

 視線をズラした先には、壊れた窓から此方を覗きこみながらサンドイッチを口に詰め込んでいたカンナだった。

 

「ふむ、もういいのですか?」

 

「あぁ、いいんじゃね? これ以上やったら引っ込みつかなくなりそうだし、十分だろ」

 

「……どういうことだよ」

 

 会話が知己のソレだった。

 少なくとも初対面で交わされるものではない。

 遼と呼ばれた青年の方も、カンナに声を掛けられたのと同時に闘気が霧散し、構えも解いていた。

 

「あぁ、うん」

 

 軽く睨み付けたが、受け流される。 

 苦笑しながら、右手で手刀を作り、

 

「悪い、軽く嵌めちゃった」

 

 

 

 




脳筋!脳筋!


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