斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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イート・イン・アメティ

 お食事でもどうか――。

 その言葉を耳にした瞬間、身体は勝手に反応し、パイプ椅子が倒れるほどの勢い立ち上がり、

 

「……」

 

 我に返って言葉に詰まる。

 

「どうかしましたか?」

 

「………………いや、その、なんというか」

 

「座って」

 

「うっす」

 

 澪霞に言われたとおりに座る。倒したのを起こして、ついでに机の位置のズレなども直してから。何やららしくもなく勝手に立ち上がってしまったのを反省しつつ、マグカップの中身を飲み干している間に会話は進んでいく。

 

「それで、どういうつもり?」

 

「霊脈の都合上、妖魔の出現も多いと聞いています。僕としてもお二人に任せきりにするつもりはありません。だからその時互いのことを何も知らないのは考えものかと思いまして」

 

「だから、食事と? 随分と解りやすい」

 

「食事は万国共通でしょう?」

 

「中国人って脚があったら机と椅子と猫以外食べるってマジ? 後、アル口調」

 

「誰ですかそんな適当なこと言ったの」

 

「この街の中華料理屋の店長」

 

「どう考えても嘘ですので信じないように」

 

 何はともあれ食事。

 てっきり今は澪霞だけに向けられたかと思い違いしたが、自分にも含まれているらしい。交流会をかねての食事。意外に体育会系だなぁと思う。運動部の新入生が、入部直後に食べ放題の店に連れてかれて吐く直前まで食べさせられるというのはよく聞く話だ。四月終わりや五月頭にその手のバイトに入ると仕事に専念すれば忙しいし、ちょっとだけ参加すれば巻き込まれて大変なことになる。

 てっきりいきなりナンパかと思ったが思い違いだったらしい。

 

「……私はあまり食事の場で口が動くこともないから、荒谷君と二人でどうぞ」

 

「えっ」

 

「解りました、では行きましょうか」

 

「ええっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

「何がですか?」

 

「……なんでもない」

 

 流れに身を任せるままに、気づけば都市部のラーメン屋で遼と顔を顔を突き合わせてラーメンを啜っていた。ショッピングモールの中で営業している店だ。周囲には店員の威勢のいい声や他の客の雑談の声、フロア全体に流れているBGM等で色々な音が入り混じっている。

 結局澪霞は仕事がまだ残っていると言って学校に残り、流斗と遼が二人で市の中心部へと赴いていたのだ。ちなみに学校を出る時に遼は大量の女子に言い寄られ、流斗と食事に行くと言ったら六割の女子に睨み付けられ、残りの四割は涎を垂らして目を光らせていた。

 正直凄い怖い。

 とりあえず可能な限り記憶から抹消させておくことにする。

 

「学校一日目どうよ」

 

「いい学校ですね。クラスメイトの方々も快く受け入れてくれました。担任の方の尊敬できそうな大人でなによりです」

 

「うちの担任が白詠高校で一番の当たりだと俺は思うよ。そういう意味じゃあ運がよかったな」

 

 基本変人が多いと言ったのは嘘ではなく、さっきのヒーロー研究会の話もそうだし、教員にも色々問題なのが多い。その考えは駆や沙姫が加わったせいでより強固になった。その中でも流斗や遼の担任は人格者として有名だった。

 

「正直、この前の変な脅しに緊張していたのですがね」

 

「あはは――おっと、来たぜ」

 

「……まぁいいでしょう。中国(向こう)にはこういう麺はないので、久々ですよ」

 

 目の前に置かれたラーメンの丼ぶりを前にして遼は意外なくらいに嬉しそうな顔をしながら箸を動かしている。

 地味に豚骨醤油背脂増量大盛りという重い注文だ。

 便乗して流斗も同じものを頼んだのだが。

 

「基本ラーメンって日本食なんだよなぁ」

 

「えぇ、麺料理自体は豊富ですけど所謂日本風のラーメンは存在しませんね。まぁ、ラーメンブームで逆輸入も増えていますが」

 

「中国の麺料理が日本で改良されて、そっからさらに中国に行くっていうのも変な話だな。お前、中国のどのあたり出身なんだ?」

 

「生まれは洛陽……日本でいう京都のような場所です。十の時まではそこで育ち、そこから先は日本と中国を行ったり来たりしてました」

 

「忙しい身だなおい」

 

「慣れてますから」

 

「そうかい」

 

 麺や具、それにスープを口の中に含み、胃へと送ることで体温が上がっていくのは解る。別に体の機能そのものまではそこまでは変わらっていない。単純にその変化が気にならなくなっているのだ。普通だったら行う熱いものに息を吹きかけるような動作を必要としないのはつまらないなぁと思う。

 まぁ、意味がなくたってやればいいだけの話なのだが。

 こういうのは様式美だ。

 

「そいや聞きたいことあったんだが、今いいか?」

 

「どうぞ」

 

 一応、周囲に気を遣いつつ、

 

「この前俺とお前が殴り合いした時、なんか身体から出してたよな。アレってなんだ?」

 

「あぁ、闘気ですか」

 

「闘気、ね」

 

 あの時も聞いた単語だ。それでも、澪霞や駆に聞くタイミングが掴めず、未だに曖昧な概念となっている。

 

「解りやすく行ってみれば人間の身体が持つ気功、それを戦闘用に転換したもの……でしょうか。ある程度の期間、ある程度の鍛錬を積み、武術を宿した者に宿す力。そういうものです」

 

「魔術、とかとは違うのか?」

 

「ハッキリ違いますね。そういうものがなんだかよく解らないものであることは?」

 

「大分前に聞いたな」

 

「闘気、或は気功や覇気、ともあれ気というのは実に解りやすいものです。生命力、それを鍛えたもの。そもそもベクトルが正反対なんですよ。そうですね、細かいことを省いて言うのならば、身に着けるのが魔術関連に比べて面倒であるものの、暴走や不発のようなことがあまりないという感じです。極めてしまうとどっちもあまり変わらないのですが」

 

「……なるほどねぇ」

 

 確かに、鍛えて得た力というのならば解りやすいにもほどがある。

 あの時感じた真っ当な気配はそのせいだったのだろう。これまで流斗が見てきた此方側の存在、澪霞や駆は『神憑』で、妖魔はそういうものの塊らしいし、海厳は陰陽術の使い手だったからその手のものを見るのは初めてだった。

 

「ちなみに、そういうのって魔力系、つまりよく解らない方と一緒に仕えたりするのか?」

 

「できますよ。術士タイプの人でも最低限の身体能力強化を気に回す、というのはメジャーですし、どっちも使うというのも珍しい話ではないですね」

 

「ほうほう。じゃあ俺でも使えるのかね?」

 

「どうでしょう、流石に『神憑』に関する知識は少ないので、そのあたりは白詠さんに聞いた方が早いかと」

 

 どうせダメなんだろうなぁと思う。それに覚えるのに時間が掛かるとしたら、今すぐ試しに使ってみようというのは難しいはずだし。ただ基本殴る蹴るしかできることないのだから、身体能力の強化というのはあればあるほど実力に繋がっていく。

 

「僕の方も一つ聞きたいことがあったのですがね」

 

「ん?」

 

 視線を向ければ、水をのどに流し込んだ遼は一息ついて、

 

「『天香々背男』について、と思ったんですよ。その点に関しては白詠さんからは、あの時点での貴方はただの一般人だったから深く追求しないように言われましたから」

 

「……まぁ確かに聞かれても困るからな、他に俺に聞きたいことはないか?」

 

 流石というべきか根回しは済んでいるらしい。そのあたり、自分がボロを零さないという自信もないから触れてこないのならばそれはありがたいことだ。

 ただ、なんとくなく腹が立つのは何故だろう。

 

「しかし、街そのものに関する基本的なことは聞いてますしね」

 

「んじゃあ、俺から重ねてもいいか?」

 

「なにか?」

 

「お前が『宿り木』とかいうのを追っているって聞いたんだけど、どんなのだ? 傭兵ギルドとかっていう話だけど」

 

「あぁ……まぁあまり大きな声では言えない話なんですがね」

 

「細かいことを省いて解りやすくすると……警察で将来有望視されていた新人が組織とか政府を裏切ってテロリストになったという感じなので」

 

「そりゃあひでぇ」

 

「あまり突っ込みするぎると面倒な話になりますが、それでも聞きますか?」

 

「……面倒にならないくらいの話で頼む」

 

 ふむ、と遼は考えをまとめるように一度間を開け、

 

「では誰でもすぐに解ることを少し。『宿り木』というのは傭兵ギルド、つまりはお金で戦う戦士の集まりです。これ自体は珍しくないですね、腐るほど存在しています。ただ『宿り木』が変わっているのは各国の問題……面倒……ば、……あほ――とにかく、変わった人たちを集めいてるです、えぇ他意はありません」

 

「お、おう」

 

 凄い言葉を選んでいたので突っ込みたかったが我慢した。止まっている間にその美形がかなり崩れていたわけだし。

 

「ただ名前持ちも多いので、総数は少なくとも総合力は高い。そういう連中です。長が日本人のようで拠点が日本なので、今回僕が『護国課』経由で日本に来たわけですね」

 

「名前持ち、また知らない単語だな」

 

「そのままですよ。特別な説明もいらないですね。強い人に与えられる敬称、或は別称です。例えば先ほど口にした『天香々背男』もそれですし、他にも多いですね。後、鹿島武は『雷獣』と呼ばれているはずです。つけられる経緯はケースバイケースなので一概には言えませんが」

 

「ロマンだな」

 

「ロマンですねぇ」

 

 思わぬところで男同士のロマンが一致した。

 お互いに頷き、話が一区切りついたから、水を飲んで喉を潤す。

 スマートフォンで時間を見ればもう七時前。

 

「どのあたりに住んでるんだ?」

 

「海厳殿にアパートの一室を貸してもらったのでそこに。とりあえずまだ二日ほどしか使っていませんがとりあえず不便はないですね」

 

「なるほどねぇ。しっかし、お前も大変だなぁ」

 

 素直に思う。

 

「お国の都合で変な連中追っかけさせられて知らねぇ街に住むことになるとかさ。俺はちょっと御免だよ」

 

「……」

 

 放ってから、少し無神経な言葉だったかなと思う。言ったことには間違いない。少なくとも今、いきなりどっか別の国に国の偉い人間の後始末を行うために飛ばされるなんてことは受け入れられない。 

 だがそれでも、遼からしたらお節介、或は同情と思われてもおかしくなかった。

 最も流斗自身にそんなつもりはないが。

 そんな少し遅かった流斗の省みに、遼は僅かに目を見開き、

 

「えぇ、そうですね」

 

 苦笑を漏らした。

 

「――」

 

 多分、それまで遼が浮かべていた表情とは違った。

 笑っているけれど、怒っているような、疲れているような、楽しんでいるような、それら全部を混ぜてしまったような、そんな顔。

 

「まったく――振り回される身にもなってほしいです」

 

 

 

 

 

 





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