斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ミッド・ナイト

 家に帰り、母親と食事を済ませて、学校の宿題を終わら士、風呂に入るなどの寝支度を全て終えてから本を読み始め、読み終わることには既に日付が変わっていた。

 

「んー……」

 

 深夜二時前。草木眠る丑三つ時を指す時計を目にしながら流斗は眉間を指で揉む。三時間近くぶっ続けで読書を続けていたので流石に頭痛が生まれていた。米神や後頭部あたりに鈍い痛みがある。長時間勉強や何かに集中していた時に起こる奴。本当に読書が好きだったのならば三時間くらい程度では疲れないのかなぁと思うが、しかし読書というものを消化したことはあっても堪能したことがない流斗にはよくわからない話だ。

 

「ん、ん……どうもねぇ」

 

 嘆息する。

 ドラマ化した物語の原作、三部作ということなのでそこそこに面白いかなぁと期待したが微妙だった。面白かったと驚嘆することはないとはいえ、逆に落胆することも特になかったが今回は別だった。

 普通にがっかりしたのだった。

 全編を通して主人公が一人で複数のヒロインがいる。中学から大学時代までに恋人ができたり、別れたりしながら一番最後に結ばれた人とハッピーエンド。まぁよくある話だ。寧ろ無駄にリアルと言ってもいい。出会いと別れを繰り返すのが人生の常だということは高校一年生にでも解る。がっかりしたとうのは、恋愛を繰り返す主人公がその時その時の恋人に前の恋人の影を重ねていたということ。前の女に未練を残しているというのも珍しくはないのだろうが、

 

「男だったら惚れた女だけ見とけよ」

 

 なんてことを言うが、恋人の一人もできたことのない男の言葉だった。

 こんなことを雨宮あたりに言うと爆笑されるので絶対に口にしないが。自分勝手な感想もそこそこにして読んでいた本を机の上に積んでおく。

 軽く伸びをしながら視界に広がるのは少し散らかった部屋だ。間取りとしてはごく普通だろう。ベッドと勉強机、箪笥に備え付けのクローゼット。それから少し大きめの本棚。高校生としては平均的なものだ。エアコン等はないが、温度差に強い流斗は生まれてこの方必要としたことはない。机の上には学校の鞄、椅子には無造作に掛けられた制服一式。

 あまり普通ではないのはそれ以外だった。

 本棚には漫画や文庫など比較的薄いものもあれば、図鑑や参考書並に分厚いハードブックも多々ある。雑誌もいくつか種類があったがファッション雑誌から世界遺産や世界の乗り物のようなムックの類のものまである。床の上も綺麗とはいいがたい。目につくのでもバーベルのようなトレーニンググッズ、創りかけのジグソーパズル等もあれば日曜大工にでも使うのか工具の類までもがあった。箪笥の上には手製のボトルシップの隣にアニメの美少女フィギア、それからさらに可愛いらしいテディベア。

 恐るべき節操のなさだった。

 何人かが入れ替わりに使って、それぞれの私物を残していったような部屋であるが、勿論全て流斗自身が使っていたものだった。最も、使っている内に興味を失って手を付けていないのだからある意味では残り物でもあるのだが。

 

「うーむ」

 

 二時前ということならば明日に備えて寝た方がいいのだろう。寝ている時間を特に考えていない流斗でも、この時間は大体寝ている。

 

「明日は……昼からバイトかぁ」

 

 カレンダーを見れば明日、というか今日からは既に週末でそれに応じてバイトは昼から始まる。ファミレスの皿洗いを四時間ほど。夕方からは今日は行けなかった雨宮の所に行くことになるだろう。夜の予定はなし。それほど忙しくもない。

 なにより、

 

「眠くない」

 

 無駄に目が冴えてしまっていた。ホームルームの居眠りは、精々が十数分程度だったから関係ないだろうし、思い当たることもないけれど事実として眠気がない。無理に横になって目を摘むっても眠れるかは解らないし、起きつづけるには若干早い時間だ。本は丁度読み終えてしまったし、宿題も終っていて、これといってやることはない。

 こういう時、何か一つ打ち込めるものがないことが恨めしくなるが、

 

「どーすっかなぁ」

 

 選択肢というのはそれほど多くはなかった。

 だからすぐに選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の深夜という時間の気温は低い。

 日中は幼い子供たち、夕方にならば学生のたまり場、夜になれば恋人たちの逢瀬に使われる憩いの場もこの時間では人の気配はない。生物の気配すらも存在せず、動くものなど皆無だ。それは不自然なほどに。

 けれどその不自然な静寂の中で存在する者はいた。

 二十歳過ぎであろう黒髪の青年だ。整った顔立ちに飾り気の少ない黒のジャケットとジーンズ姿。手荷物の類はなく腕をだらり(・・・)とたらし、何をするわけでもなく公園の中心に立っている。

 それはまるで誰かを待っていたかのように。

 

「……」

 

 身なりは綺麗とはいいがたい。明かりはいくつかの街頭と月の光しかないので解りにくいが清潔とはいい難い格好だ。小汚いと言ってもいい。よくよく見れば黒の色に紛れるように赤黒く乾燥した血の色が混じっている。簡素な服の下の筋肉は引き締まっているのだろうが、それでも顔色は良くないだろう。彼自身、驚異的な精神力で抑え込んでいるとはいえその体調は本来ならば意識を失って病院へ運ばれていてもおかしくはないのだ。

 それでも彼は息が白くなるような寒さの中で立ち続けていた。それほど長くはない時間が過ぎ、

 

「……」

 

 そしてその静寂は新たに表れた静寂に塗り替えられる。音もなく、それこそまるで瞬間移動してきたかのように、なんの気配のなく青年の真後ろの街灯の上、月明かりを背にして立つ影があった。

 白い女の子だった。

 特徴的な白い髪と赤い瞳。どこかの高校のブレザー型の制服だ。少女もまた顔立ちは整っている。否、整いすぎている。青年も女性受けする顔だろう。引き締められた体も加えて、街を歩けば振り向く異性は事欠かないと思わせる。

 けれど少女は別格だった。

 整っている。整いすぎている。人間味を感じさせないほどに。

 起伏の乏しい身体付きもまたそれを助長させていた。抱きしめたら壊れそうどころか、抱きしめてたら砕け散りそうな少女だった。唯一個性を生み出しているのは口元まで覆われた白の、少女の髪と同じような真っ白のマフラー。

 

「……来たか」

 

 少女の出現と同時に青年は振り返る。音も気配ない《・・・・・・・》故に(・・)気づくはずの(・・・・・・)ない(・・)の出現に(・・・・)当然のことのように(・・・・・・・・・)反応していたのだ(・・・・・・・・)

 そして視界に入れた少女に少しだけ驚いたように目を細める。

 

「白詠のお嬢か」

 

「……」

 

 答えはなかった。少女――白詠学園生徒会生徒会長白詠澪霞は、眼下にてこちらを見る青年の問いかけには答えず、

 

「警告する」

 

 小さく、けれど確かに通る声で言う。驚くほどに綺麗で鈴の音のような澄んだ音だ。けれども載せられた感情は全く読み取れず、容姿と相まってどうしても機械のような音にも聞こえた。

 驚愕はするけど、感動しない。そんな声。

 

「投降すれば私は何もしない。そのまま父に引き渡す。彼女(・・)の身の安全も保障しよう」

 

 短く、要点だけを込めた言葉で一切の遊びも洒落もない。誰かから言われたことをそっくりそのまま伝えているかのように。

 

「はっ」

 

 それを青年は鼻で笑う。

 

「そんなことを言った奴がどれだけいたかもう数えるのも億劫だ。引き渡すだと、陰陽寮か? いいや違うか。白詠は護国課の重鎮だったな。態々そんな家の娘を出さなくていいものを」

 

「貴方がこの町に現われなければよかった。そして貴方クラスの『神憑(カムガカリ)』に対しては相対するには最も適しているとのこと」

 

「それは悪かったな」

 

 欠片も悪いと思っていないような物言いだったし、事実青年は悪いなんてことを思ってはいない。

 それでもそんな物言いにはまるで頓着せずに、

 

「答えは」

 

 聞いて、

 

「断る」

 

 答えた。

 

「そう」

 

 そして澪霞は驚くことなく頷いた。投降の誘いをかけたのは彼女のほうであるというのにも、断れたことには全く驚いていない。感情が現れないという以前に、その答えが当然であると認識しているかのようだった。

 

「なら、もういい」

 

 刹那、空気が変わる。不自然なほどに静かだった世界が、不自然なほどに静かに、けれどまとわりつく様な不快感を持った。それが何であるかは青年もすぐに気づいていた。殺気。それも確実に殺し尽くすという絶殺の意思。抱きしめれば砕けそうな少女は常人が浴びれば卒倒しそうになるほどの殺気をその身から飛ばしていたのだ。

 

「もういい、というのは俺のセリフだな」

 

 けれどそれは青年も同じだった。

 少女から発せられる殺気を真っ向から受け、しかしそれでも全く意に介さない。

 まるでその程度慣れていると言わんばかりに。

 

「――我はまつろわぬ不潰の星光」

 

「――其は囚われぬ惑いの灯」

 

 紡がれた言葉によって生じた変化は劇的だった。

 澪霞の周囲にバチバチ(・・・・)というスパーク音、さらには白い髪や首に巻いたマフラーも帯電しているかのように小さなスパークが弾け、白い光を灯す。

 そして青年もまた。手ぶらだった両手に銀と黒の光が集まっていき、形を作っていく。二人とも発行する機械類を持っていたわけではない。青年は真実無手であり、澪霞は所有物は大量にあったが発光するようなものは持っていないだろう。

 故に閃光の原因は二人にある。

 

「輝け、天香々背男」

 

「揺蕩え、月讀」

 

 瞬間、澪霞のスパークが一層強く弾け、青年の二色の光が形成された。

 それは銃剣だ。所謂狙撃銃や突撃銃の先端にバヨネットを装着させたものではなく、回転式拳銃の引き金の前から伸びるように短剣が接合されているものだった。それが両手に一丁づつ。右手の黒の光も左手の銀の光もその姿を形作っていた。

 

「『天香々背男』津崎(ツザキ)(カケル)――貴方は此処で斃す」

 

「やってみろ」

 

 

 

 

 

 

 一撃目から即死の威力が内包されている。

 

「――!」

 

 場所は動かず、その場で駆が黒の銃剣を唐竹割のように、上から下へと振りおろした。予備動作などというものはなかった。気づいた時には駆は銃剣を振りぬき終えいて、

 

 放たれた黒の斬撃が澪霞のいた街灯を縦に両断させていた。

 

 彼我の距離は二十メートル近くの距離はあったし、駆は動いてない。けれど気づいた時には駆の斬撃は距離を無視して文字通りに飛んでいた。一切の躊躇はない。確実に殺す気で放たれた一刀は、

 

「……」

 

 それでも澪霞の表情を変えることができなかった。

 足場にしてた街灯が割断されるよりも早く、彼女は動いていた。天高く跳躍し斬撃から逃れ、月を背にしながらいつの間にか突撃銃を構えている。そしてそれにも、彼女の身体やマフラーと同じように白い光とスパークが。

 引き金を引いた。

 鉛玉も纏う白光は変わらない。亜音速、もしくはそれすらも超えた速度を宿した弾丸は駆へ雨霰へと降り注いでいく。直前の駆の斬撃が予備動作を持たない無拍子の動きだったように、彼女の反撃もまたそれと同じもので、尚且つ斬撃の技後硬直を狙った連射だった。

 

「温い」

 

 当たらない。

 より正確に言うならば数十数百の弾丸が二つの銃剣の刃によって斬り伏せられたのだ。恐るべき反射速度と運動能力。なにより恐るべきは降り注ぐ弾丸の雨に一歩も引かずに迎え撃ったその精神だ。絶殺の意識を以て放たれた暴力に彼は何の恐れもなく立ち向かう。それどころか即座に反撃した。

 未だ中空に残り、あと着地までに後数秒は必要とする澪霞に二つの銃口を向ける。そして引き金が引かれるのと同時に轟いた銃声は拳銃のソレではなかった。大気を震わす爆音。本来ならば耳当て等がなければ鼓膜が損傷しているほどの音量だ。大砲か何かと聞き間違えてもおかしくない大音量で放たれたのは鉛ではなく光で作られた弾丸だった。黒と銀。それはそれぞれに何かが圧縮されたような異常の弾丸。

 大気をぶち抜きながら(・・・・・・・)澪霞へと迫る。

 

「――」

 

 反応は即座だった。構えていた突撃銃、そして懐から取り出した球体を二色の弾丸へと投げつける。軽い動きで、速度は生まれなかったが弾丸のほうは音速をも超えていたので激突するのに一秒もいらなかっただろう。

 激突。

 そして、激突した球体――手榴弾が爆散する。

 

「!」

 

 夜の公園が赤く照らされた。当然ながら爆発音。周囲に民家はあるが、そのあたりは当然対処済みだ。少なくともこの公園周囲には一般人は寄り付けないし、この争いによって生じるあらゆる影響に気付くことはできない。爆風によって一時的にお互いに視界は遮られたが、それは結局のところ一瞬だ。

 

「シィッ」

 

 鋭い呼気と共に爆炎も斬撃の風圧で残らず吹き飛ばされ、

 

「――ッ!」

 

 闇と閃光に紛れた澪霞がいつの間にか手にしていたサバイバルナイフを駆の延髄へと叩き込んだ。全くの躊躇の無い一閃だった。振りぬかれた刃は確実に急所狙いで、さらに言えば逆の手でももう一振りの刃が心臓へと突き出されていた。

 

「ガキが、舐めるな」

 

 ガキッン(・・・・)、という鈍い音が生じていた。駆の延髄と背。それぞれナイフの一撃を受けた場所。そこにそれぞれ黒と銀の複雑な文字と図形によって構成された円形、魔方陣とでも言うべきものが致死の刃を防ぎ、

 

「……っ」

 

 バチリ(・・・)とスパークが弾ける。

 駆は顔を顰め、澪霞は表情を変えない。一瞬だけ駆の動きが止まり、けれど澪霞が何かをする前に復帰し、蹴り飛ばして距離を空けた。

 

「……」

 

 にらみ合う。

 言葉は、ない。

 必要ない。

 どうせ殺すのだから。

 

 




基本戦闘描写大目で。


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