斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ウォーリアーズ

 

「ふぅ……終わり」

 

 書類を整えながら澪霞は呟いた。

 軽く首を回しながら外を見ればもう暗くなっているし、友好を深める為に一緒に学校を出た流斗と遼を見送ってから結構な時間が経っていた。生徒会の仕事そのものは確かに多くはないが、何分早退が多く、仕事をこなす時間が不規則なのでやれる時にやっておくことにしている。というよりも澪霞自身の性分だ。

 時計を見ればもう七時過ぎだ。

 普段なら帰って食事を取るか、次の日の授業の予習や復習、或は修行となっていた。

 手早く後片付けをして、部屋を出る。時間が予定よりも伸びたので普段使っている送迎はいない。

 流石に校舎に人の気配はない。こんな時間まで誰かいたら注意しなければならないのでそれはそれでいい。

 いい、のだが。

 

「……警備がザルすぎる。だからあれほど学校にも最低限の結界を張るべきだと」

 

 そう愚痴めいたことを呟き、足を動かす速度を速め、下駄箱へと向かう。

 手早く靴を履き替え、外に出れば、

 

「……」

 

 見知らぬ二人組の男女がいた。

 青の髪の青年と紫の髪の少女。生徒ではない。青年の方は見た感じ二十歳程度であり、少女の方は小学生と言われても納得できるくらいに小柄。少女というよりもまんま幼女だ。澪霞は全校生徒の名前は完全に記憶しているが、該当するものはいない。そもそも要望云々の前に、全身を覆うローブを纏っているのだ。顔だけを露出したそれは明らかに普通ではない。

 

「――『宿り木』実働班副班長蚊斗谷(カバカリヤ)吉城(ヨシギ)

 

「同所属班員リルナ・ツツ」

 

 二人が名乗り、

 

「白詠澪霞さん、ですね」

 

「……えぇ」

 

 ――『宿り木』。

 飛籠遼が追っているという傭兵ギルド。

 問いかけながら、眼前の二人をより深く観察していく。見た感じ、敵意の類はない。しかし完全に無警戒というわけでもなかった。全身を覆おうローブの下に何を隠し持っているかは解らない。

 声を掛けてきた吉城は無表情だが、リルナの方は気だるいのか目つきが悪い。顔立ちは整っているが台無しだ。

 いや、それは自分が言えた話ではないが。

 

「まず突然の訪問をお許しいただきたい。何分、あまり派手に動ける立場ではないので不躾な形になってしましました」

 

「……要件は?」

 

「飛籠遼……今はそう名乗っている男。彼を戦闘不能状態にて無力化し、その上で我々に引き渡してもらいたい。その協力を願い出たい」

 

「理由は」

 

「彼は中国から送られた僕らに対する刺客、面倒事はなるべく摘み取っておこうというのが大きな理由。それに……まぁ、もう一つとしては貴女だって彼の血のことは知っているでしょう? いつ大事になるかは解らない。そちらとしても早いうちに危ない可能性と潰すのを手伝おうかと思いまして」

 

「……」

 

 言われたことを頭の中で整理し、それに対する返答は一瞬で答えが出た。

 そして同時に祖父の思惑を、いや恐らくは駆も含めたそれらを理解する。

 澪霞も既に遼が誰の承継者であるかは知っているし、そのあたりの経緯も。正直どうしてこんなに色々抱えた人間を、こっちもまた色々抱えているのにも関わらず引き入れたのかとは思っていた。

 こうなること(・・・・・・)を見越して、遼をこの街に引き入れたのだ。

 そもそも海厳と駆の間に交わされた一年以内のイ級への昇格。

 極めて困難、通常の方法では不可能なそれをどうやって実現させるのか。疑問だったが、その答えは――面倒な事柄を引き寄せれるだけ引き寄せる。

 その結果がコレだ。

 

「返答はどうでしょうか? あぁ、今答えがでないのならば、時間を空けたとしても構いません。日を改めてでも……」

 

「必要ない。今答える」

 

 一度間を開け、

 

「――断る」

 

 言い切った。

 それに吉城は

 

「……理由は」

 

「話にならない。彼の身柄は正式に私の家が引き取った。それをただ危ないからという理由で放棄できるはずもないし、受けるメリットもない。馬鹿馬鹿しいとさえ言える。彼が何であろうとも、引き受けたからには全うするだけのこと」

 

「ふむ……交渉は決裂だと?」

 

「交渉する気もないくせによく言う」

 

 吉城の目が細まり、

 

「はっ、だから言っただろうよ。吉城よぉ」

 

 少女の方が口を開いた。

 気だるそうな、そしてそれ以上のイラつきを隠そうとせずに言葉を吐き捨てながら、

 

「喧嘩吹っかけるのが目的なのに面倒な口上から入りやがって。間違って受けいられたらどうすんだっつぅの。なぁおい」

 

 十歳程度の幼女には不釣り合いな乱暴な言葉使いだった。

 それに吉城も嘆息、無表情を面倒くさそうな顔に変える。

 

「仕方ないだろうリルナ。いきなり殴りかかったら僕たちの品位が疑われるよ」

 

「けっ。傭兵に仁義はともかく品位を求めている時点で間違ってんだよ」

 

 口調が砕けた吉城へとリルナ嘲笑を浮かべ、

 

じゃあいいな(・・・・・・)?」

 

 答えも聞かずに彼女は動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 彼我の距離は軽く十メートルはあった。それに加えて澪霞も気を抜いていなかったし、二人から目を離してはいなかった。

 しかし、

 

「ハッハァ!」

 

 気づいた時にはリルナの小さな体が、澪霞の懐に潜り込んでいた。

 

「――!」

 

 ローブが翻り、その下の姿が露わになる。少女らしい水色のワンピース。しかしそれらを台無しにする両手に握られた二つの無骨な鉄塊。鉄の塊とその取っ手。

 旋棍(トンファー)だ。

 それが救い上げられるように澪霞の顎へ迫っていた。

 

「くっ……!」

 

 反射的に顎を上げ、後退。紙一重で回避する。

 もしも一瞬でも遅ければ頭部が吹き飛んでいてもおかしくないだけの威力だった。一歩後ろに下がる。しかしそれは戦闘の場を校舎の中に移すということ。

 それは駄目だ。

 だから、咄嗟に上へ跳ね上がって、

 

「揺蕩えつく――ッ!」

 

「させないよ」

 

 『神憑』の発動を完了するよりも早く、鉄の刃が吉城から投擲された。

 咄嗟に体を捻り、制服に掠る程度で凌いだ。背後の壁に突き刺さっているのは――小さな斧。

 柄の部分が木ではなく、プラスチックか何かだが投げ斧(トマホーク)

 

「……誰の家が修繕費を払うと……!」

 

「僕たちでないのは確かだね」

 

「余裕あるなぁ!」

 

「っ!!」

 

 制服の袖から符を滑り出し、小太刀を形成。同じように飛び上がってきたリルナの一撃を受け止める。動きには逆らわず、寧ろ打撃の勢いを使って距離を稼ぐ。下駄箱から校門までの空間はそれなりに広い。戦闘するには十分とも言える。それでも背後は学び舎だし、軽く周囲を見回すだけでも、それなりの設備がある。

 白詠の娘、生徒会長として、それらを壊されるわけにはいかない。

 

「揺蕩え……!」

 

「させねぇってんだろぉ!」

 

 取った距離をリルナが驚くほどの加速で詰めてくる。澪霞よりも速い。旋棍の連撃は凌ぐだけでも神経を削られる。そのせいで『神憑』の発動ができない。それなりの集中が必要とするがリルナの旋棍はそんな暇をくれないし、凌いだとしても、

 

「『神憑』は本当に面倒な存在だ。できれば相手にしたくない、これは誰もが同じだろう」

 

 吉城の投斧が微かな時間を潰してくる。ダメージを狙っているのではなく、思考の時間を潰すように、意識の隙間を縫うように。澪霞も逆の手で刀をさらに形成し、捌いていくが余裕はない。

 

「けれどだからこそ、その力を使わせなければ少し強い程度の異能者だ。簡単な話だよ」

 

「っく……!」

 

 小さくも苦悶の声が漏れる。

 だがそれでも二人は動きを止めなかった。

 

「改めて名乗ろうかな。傭兵ギルド『宿り木』実働班副班長――『猟犬』蚊斗谷吉城」

 

「ついでに、『鉄竜巻(メタルツイスト)』リルナ・ツツだァ!」

 

 それは先ほどの名乗りとほとんど同じで、しかし決定的に無視できない情報があった。

 『猟犬』。

 『鉄竜巻(メタルツイスト)』。

 名前そのものはともかく、名乗るような二つ名があることそのものが。

 

「名前持ちが二人……!」

 

 常の無表情を突き破り、驚愕の声が漏れた。

 今から少し前、流斗と遼が世間話感覚で話題にされていた名前持ち。流斗の感覚では曖昧に強い奴程度というイメージしかないが、生まれた時から此方側に身を置いていた澪霞からすれば意味合いより重い。

 名前を与えられるということは、此方側の世界で、それだけの成果を上げてきた。

 そして基本的に戦闘メイン名前持ちは極東式ならばハ級の最上位、世界共通式にしてもBランクからしか与えられない。

 即ち――実力的には彼らの方が格上だ。

 

「……っ」

 

 動揺を押し殺し、肉体だけは感情と切り離して駆動させる。

 それができなければやられるのは間違いない。

 

「ハッハァ! ビビってんのか!?」

 

「――」

 

 リルナの旋棍と吉城の投斧は止まらない。

 鉄の迫撃と飛刃。片方だけだったらどうにか撤退することができたかもしれない。

 だが吉城とリルナの連携に隙が無さすぎる。二刀小太刀で衝撃を逸らし続けるが、度重なったことで手が痺れ始めていく。それ以上に掠った攻撃も肌を傷つけ、血が流れていく。

 

「っ……はぁ……はぁ……」

 

 息が乱れ始める。 

 そもそも澪霞は『神憑』としては肉体的なことに関しては脆弱な方だ。能力も発動しきれていない状態では負担が重い。凌ぎ切れているのは能力の恩恵として通常から風の流れ等に敏感だからだ。

 

「思ったよりやるねぇ」

 

「手を休めないでね。逆襲されたら叶わない」

 

「わぁってるよぉ!」

 

 直後、目に見えてリルナの動きが勢いを増した。

 振りかぶった右腕と旋棍から溢れる魔力と闘気。やりすぎなくらいのテレフォンパンチだが、その隙をつく暇は吉城のトマホークによって潰され、

 

「ぶっ潰れろ!」

 

「――がァッ!」

 

 身体を投斧で裂かれるのも無視し、小太刀を十字にし防ぐが――その防御ごと粉砕れ、鉄塊が着弾した。

 呆気なく澪霞の身体はぶっ飛び、学校の敷地と外を別ける塀に激突し、亀裂を生じさせる。

 そして――動かない。

 

「やったか!」

 

「遊んでないで確認」

 

「ノリ悪いよなぁ」

 

 軽口を挟みつつ、しかし二人は気を抜かなかった。リルナはふざけているような笑みを浮かべているが目は笑っていない。吉城もまたそれを解っているから、投斧から手を離すことはない。ローブの中で緩く握りつつ、いつでも投擲可能だ。

 リルナが動かなくなった澪霞に歩み寄る。

 目の前にまでたどり着いても澪霞はピクリともしない。

 その様にリルナは口端を歪ませた。

 

「ダメ押し行くぜー」

 

 先ほどと同じ強度の一撃をぶち込み、

 

「――火行招来、救急如律令」

 

 当然の如く澪霞は始動する。

 それは普段澪霞が用いる陰陽術と『神憑』の特性の複合術式ではない。陰陽術の中の初歩の初歩。陰陽五行の一つの火。それを用いて火を付けるというだけの極めてシンプルな術式だ。

 当然ながらそれだけではリルナや吉城に傷一つ蹴られるものではない。

 だから燃やしたのは――自分自身だった(・・・・・・・)

 

「んなっ!?」

 

「自爆、いや……これはッ」

 

 さながら火葬のように全身を炎に包まれた暴挙に二人は驚き、動きが一瞬停止した。吉城は澪霞の意図に気づけたが、それでも生まれた隙を彼女は見逃さない。

 

「揺蕩え、月讀――」

 

 発動し、即座に澪霞の存在強度増した。。髪や肌が淡い白の光を宿す。

 それに従い、だだの炎すらも勢いを跳ね上げ、しかしそれは澪霞の身体を焼くことはない。不定形概念の操作という力。電気や液体、気体を彼女は普段使っているが炎もまた――不定形である。

 故に『神憑』の発動と同時に周囲の火炎は白詠澪霞の制御下にある。

 思念一つで火炎をリルナへと飛ばした。

 

「ちぃ!」

 

 炎が幼女に纏わりつき、視界を潰す。旋根の振りで即座に飛ばされてしまうが、その間に澪霞は体勢を整えていた。制服の内ポケットから取り出した符が一枚。スパークと共に弾け、生まれた形は澪霞の身の丈もある棍だった。

 刺突一閃。

 手の中で握りしめたの時にはリルナへの突きをぶち込んでいる。

 

「シッ!」

 

「にゃろッ!」

 

 得た感触に人体への打撃ではなく、鋼のソレだ。

 防がれたが、

 

「――翔破」

 

 刺突の後を追うように風の塊がリルナを打撃し、その体を押し飛ばした。

 直後、投斧が四つ同時に迫った。

 

「――」

 

 それらを危なげなく、棍の回転で弾く。 

 手の中でもう何度か回し、構えた。

 

「ふぅー……」

 

 息を長く吐き、全身に風の流れと電気のスパークを生じさせていた。先ほどの消耗は激しかったが、こうして『神憑』を発動した以上、単純な回復力にしても比べ物にならない。自分の肉体の状況を顧み、まだ戦えると判断する。

 元より、例え格上であろうとこの街で余計な戦闘を起こしたのだ。

 ただで返すはずがない。

 

「いい感じだなおい、愉しくなってきたぜ。お前はどうだよ吉城」

 

「さて、ね。ともあれまだ予定通りだ。向こうもああなってしまったんだ、此処からは真面目に戦う様に」

 

「おうよ!」

 

 戦いは、終わらない。

 

 

 

 




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