斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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グレート・ギャップ

 

「フーーッ」

 

 呼気と共に澪霞は手の中の棍を体の延長の如くに振るう。

 迫り来る二種の鋼。どちらか片方でも何度もまともに喰らう訳にはいかない。例え『月讀』を発動し、存在を変革させたとしてもそれは変わらない事実だ。加えて相手も格上の実力者。例え存在強度が高まろうと倒されるまでの時間が先延ばしになるだけ。

 だからこそ、ここで二人と互角に渡り合えるのは『月讀』の特性に他ならない。

 吉城とリルナの攻撃を周囲の気流で逸らし勢いを削る。傷ついた体の中の血流を操作し、失血を押さえ、新陳代謝を高め治癒力を上げる。生体電気も強化し、反射神経や運動能力を上げる。

 一つ一つだけを見ればそう難しい術式の類ではない。

 しかし、それら全てを同時に、それも無意識レベルで発動できることは並ではない。

 全域適応型。その呼称に恥じぬ卒がなさ振り。

 それが実力不足を埋めていた。

 

「ケケッ、いいねぇ、テンション上がるぜ!」

 

 可愛らしい容姿を戦の武場の猛りで狂相に歪めリルナは両手が握る旋根を振るう。

 小さい体を中心にして破壊を巻き散らかすその様はまさしく鉄の竜巻だった。一撃一撃が重く、激しい。澪霞の棍に逸らされ、凌がれてはいるが、軋ませているのは間違いない。何より棍を一度掠って威力が削られているのにも拘らず、振りぬいた直後に衝撃で大気が弾けている。澪霞も表情は変えないが手の痺れからは逃れられない。

 

「……」

 

 そして旋根と棍を何度もぶつけ合い、衝突音を響かせる様を吉城は少し離れた所から俯瞰し、投斧を投げつける。ローブや服の下に幾つ隠し持っているのかは定かではないが、腕の一振りの度に二から四、多いときでも六つも投擲されている。それが繰り返されているのだがら現実離れしている。さらにそれら全ての狙いは正確無比。前衛であるリルナの隙を潰し、澪霞の動きを邪魔するように投斧を投げつけていた。

 

「っく……!」

 

 当たりの前のことだが――互角に戦えたとしても澪霞が劣勢であることには変わりない。

 どれだけ顔にでなくても格上二人と相手どることの疲労や緊張は蓄積していく。

 それを澪霞も理解していた。

 

「……」

 

 勝つのは無理だ。

 ここの澪霞一人で打倒できるほど名前持ち二人は甘くない。実際に交戦して理解させられている。

 故に目指すべきことは、決まっている。

 

「ッ!」

 

「動きが鈍って来てねぇか、あぁ?」

 

 旋根の一撃が迫る。小さい体をさらに縮めたコンパクトな、しかし十分すぎるほどの威力を持った一撃。

 受け止め、受け流す。

 棍の先で受け、しなりと指運、手首の捻りを用いて威力を逸らし――二十センチほど先が折れた。

 

「ハッハァ! 折れちまった――ッ」

 

 飛び散った棍に歯を剥き出しに笑い、直後、背後に下がった。そしてそれまでいた場所に響いたのはヒュンッ(・・・・)という風切り音だった。一瞬前までリルナがいた空間を走ったものを、背後に下がった彼女は目を凝らし、発見する。

 それは、

 

「糸、いや鋼糸か!?」

 

 闇にまぎれて微かにしか見えないが、空中に線が存在している。それは折れた棍の先から伸び、飛び散った先の棍の端に繋がっていた。

 

「あたしに折られたわけじゃなくて、自分から折ったってことかよ」 

 

 つまり澪霞今手にしているのはただの棒きれではなく、多節棍の類なのだ。何度もリルナの打撃を受け止めた時にはそれなりのしなりを見せていたから関節部はそれほど多くないはず。恐らくは、逆側にもう一つ程度という所だろう。

 いや、しかし驚くべきは、

 

「器用だなおい。刀に、棒に、糸の奇襲。珍しいねぇ、そういう色々使う奴。ちゃんと実践レベルなら特に。他に何ができるんだ? それだけじゃあないだろ。素手は、あたしみたいなトンファーは? 吉城みたいなトマホークは? 銃やら弓やらの遠距離は行けるか? ん?」

 

「――」

 

「だんまりか。いや、案外お前と気が合うんじゃねぇの? 吉城」

 

「さて、ね。僕は単純に必要なこと以外喋りたくないだけだけど、彼女はもっと無口のような感じだが。しかしどうだろうね。このまま続けても君の勝機は薄い。別に僕たちも積極的に君を殺そうというつもりはないが、消極的になるつもりもない。『神憑』を使う以外の札があるのなら、早く使った方が賢明だと思うよ」

 

「……一体、何が目的?」

 

 先ほどリルナが喧嘩を吹っかけるのが目的なんてことを零していた。

 飛籠遼に因縁があるとしたら、態々澪霞を挟む理由が解らない。

 

「さて、僕たちはあくまで雇われた立場だからね。なんとも言えない。知りたかったのならば、当事者に聞き給え。この場合は飛籠遼だ」

 

「……そう」

 

 だったら、そうするしかないだろう。

 元からそのつもりだ、やることは変わりない。

 

「んじゃまぁ続けるか?」

 

 腕を回しながら、リルナが旋根を構え直す。歪んだ笑みを浮かべた姿に疲れや躊躇いといった感情はなく、背後にて投斧を握る吉城も同じ。

 そして澪霞もまた棍を構え直し――

 

 

 

 

 

 

 

「荒べ、素戔嗚――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァ!?」

 

「……これは」

 

「――」

 

 反応は三者二様。

 学校の敷地の外、澪霞の背の塀の向こう側に突如として発生した空間の異物(・・・・・・)。それに二人は反応し、意識を跳ばせざるを得なかった。位相結界は張っていた。傭兵とは言っても、無暗に向こう側に被害を出すつもりはない。最初は学校に対する人払い、澪霞が『神憑』を発動してからは吉城自身が空間をズレさせる結界を張っていた。

 その点彼らは掛け値なしに一流の戦士だった。

 澪霞を前に油断することもなく、横槍、奇襲の類にも常に警戒していたのだから。

 故に、結界のすぐ近くで異能を用いた存在には気づいたし、それは澪霞も同じ。

 その次の行動を別けたのは既知と未知との差だった。

 澪霞は知っていた。

 蚊斗谷吉城とリルナ・ツツは知らなかった。 

 荒谷流斗の『素戔嗚』、限定完結型と称される完全に人の形に完結された、人間大の異界とも呼べるその存在を!

 

「六条――」

 

「っ!?」

 

 結界をぶち抜き、塀を飛び上がって来る存在を確認しようと視線を向けた瞬間、澪霞は確認することもなくリルナへの拘束に動いていた。

 分離した棍の両端。そこから繋がる二つの糸。リルナの身体や旋棍に巻き付き、動きを止める。

 

「オオッ!」

 

「リルナ!」

 

 塀を蹴った荒谷流斗はそのまま糸に絡められたリルナへと飛ぶ。しかしそれを吉城が見逃すはずもなく、投斧を咄嗟の動きで二つ投げつけ、叩き落とそうとし、

 

「!?」

 

「オ、ラァ!」

 

「ガッ……!」

 

 衝撃は拒絶され、リルナへと流斗の飛び蹴りが直撃した。

 幼女の身体が吹き飛ばされる。糸を介して繋がっていた棍も当然引っ張られたが、澪霞はすぐに手を離した。そしてぶっ飛んだリルナは体勢を直し切るよりも早く吉城がカバーに入って体を受け止め、

 

「爆ぜろ――篝火」

 

 棍に張り付いていた符が爆発し、二人を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと、どういう状況すかね。とりあえず先輩拘束してたから幼女蹴っ飛ばしたけど」

 

 着地し、体勢を整えた流斗は澪霞の横まで下がって問いかける。

 正直何が起きているのかよく解っていない。

 遼と一緒に飯を食い、その後買い物があると言っていたから別れて家に戻ろうとした矢先に駆から学校で澪霞が戦闘中だと電話が掛かってきた。そこから全速力で走って学校にまでたどり着き、着いたと思ったら結界が張られていたので突撃し、侵入したら侵入したで澪霞が幼女を拘束していたからとりあえず敵だと判断して飛び蹴りをぶち込んだのだ。

 敵じゃなかったらどうしよう。

 だから確認のために澪霞に質問したが、

 

「遅い」

 

「全速力で走って助けに来て見知らぬ幼女に全力で飛び蹴りを食らわしたのに何故怒られるのだろうか」

 

 相変わらずのセメントに微妙にショックを受けるが、行動自体は非難されなかったので間違っていなかったらしい。事実、澪霞は炎と煙に包まれていた二人から目を離していない。構えや戦意もそう。

 制服の至る所が焼け焦げ、彼女自身の肉体へのダメージも軽くない。

 やっぱり戦っていて、あの二人は澪霞の敵だった。

 だったら――流斗の敵だ。

 

「ふぅ……」

 

 対人戦闘。

 澪霞を除けば、これが始めてだ。遼の場合はあくまでも試験。

 そのことに緊張が全身を支配する――ことはない。

 そういった肉体の負荷になるような事象すらも『素戔嗚』が拒絶し、その上で両の拳を握っている。澪霞もまた符を取り出し、新たな武器を具現化する。今度は近接武器の類ではなく、二挺拳銃。手の中に納まるのと同時に銃身にバチリとスパークが弾ける。最早見慣れた麻痺付与。流斗に通じなくても、それ以外には有効だ。

 流斗という壁がいるからこその選択だった。

 そして、 

 

「――ケケッ」

 

「ふむ」

 

 晴れた煙の中から、果たして健在な吉城とリルナが姿を表わした。

 火柱に飲み込まれたというにも関わらず、ローブが少し焦げているだけ。流斗の飛び蹴りを直撃したのにも関わらず、堪えた様子はない。口端に微かに血が垂れているが、決して深手を負ってはいなかった。

 

「あー……あいつが新しく見つかったていう『神憑』か。白詠のに、コイツに、ちょっと前まで『天香々背男』に『歌姫』までいたんだろう? ちょっとした地獄だなおい」

 

 服についていた煤を払い棄てながらリルナはせせら笑って、

 

「どーするよ、援軍は来た。でもアイツ(・・・)じゃねぇ。この場合はどう動くのが一番いいかね?」

 

「……さて。判断に困るな、別に状況的には悪いものではないけれど。ここで引いても、戦い続けても、あまり変わらない」

 

 困ったねと吉城は肩をすくめて嘆息する。リルナもまたカラカラと乾いた笑いを上げた。

 

「……え、何あいつら。マジ敵? ノリ軽くね?」

 

「敵。気を抜かない、前を向く」

 

「んだよ、男来たとたんに饒舌だな」

 

「……」

 

「ケケッ、睨むなって……んで、吉城?」

 

「……うん、決めたよ」

 

 吉城は肩をすくめて、

 

「――彼女を落とそう。その方が彼の立場も悪くなる」

 

「あいよ」

 

 呟き、答え、

 

「――え」

 

 澪霞の全身に投斧が突き立てられた。

 

「――」

 

「せん、ぱい……?」

 

 真横、突如として飛来した大量の投斧が澪霞に突き刺さっている。一瞬見ただけでも二十に近い。一切の声も漏れずに彼女は崩れ落ちた。

 見れば解る。

 例え『神憑』を発動していたとしても――致命傷だった。

 

「――――ぶち殺す」

 

 故のその言葉が漏れることに何の違和感もなく一歩踏み出し、

 

「やかましい」

 

 それよりも早く、リルナの旋棍が鳩尾へとめり込んでいた。

 

「が、は、あ……ッ!?」

 

「殺すだぁ? 軽いんだよ、こんな平和な国でのほほん生きていたガキが口にしてあたしに届くとでも思ってんのか、あぁ?」

 

「ぎ、ぃ……あ、アァ!」

 

 腹にねじ込まれた鉄の塊。それに込められた威力は尋常ではない。先ほど澪霞へと放っていたものとも比べ物にならなかった。もし彼女が受けていたらその時点で胴が衝撃で破裂していたであろう。

 それでも、流斗は動こうとした。

 痛みはあったし、全身が軋んでいたが、それでも拳を握り、振りかぶろうとし、

 

「いいねぇ、悪くない。でも死ね」

 

 反撃の意思を受け取ったが故に追撃を放とうとした。

 凄惨な、獣染みた笑みと共に放たれ、

 

 

「――そこまでだぜ」

 

 

 割り込むように天から三メートルもある大刀が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

「……ぁ、ぁ……?」

 

 リルナは大きく飛び下がり、崩れ落ちた流斗は見る。

 自身の前に突き立つ巨大な刀。明らかに人間が振るうサイズではないそれの柄に立つ女を。

 高い位置でポニーテールにされた朱色の髪。女性にしてはかなりの身長。カーキ色の上下一体になった作業服の中に髪と同じような色合いの赤いシャツ。

 知っている女だった。

 けれど、かつて見た時とは纏う空気が全く違う。

 華だ。

 それも花弁から茎、根、全てに至るまでが刃として咲き誇る剣の華。

 

「他人の喧嘩に首突っ込むのは趣味じゃねーんだけどさ、知り合いが殺されかけてるっていうなら話は別だ」

 

「貴女は……ッ!?」

 

「ッチ、こいつぁ……」

 

 吉城やリルナもまたそれを誰かを悟る。

 また自分たちの周囲を囲み、浮遊している数十本の刀にも。

 彼女は大きく膨らんだ胸の下で腕を組み、吉城とリルナを睥睨すると共に言葉を告げる。

 

「名乗ってやるよ、傭兵共――イ級(・・)戦巫女『刀華繚乱』長光カンナ。これ以上やるなら、あたしが相手になるぜ?」

 

 




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