斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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リターン・ブレイドフラワー

 

「ッ……ゴホッ……ゼハァー……カン、ナさん……? ぁあ、いや、くそ先輩は……」

 

 腹部の激痛に顔を歪ませ、血の塊を吐きながら、まともに立つこともできない流斗は血の中に沈んだ澪霞へと這い寄る。

 

「落ち着けよ、って聞けるわけねぇか。動くなよ、澪霞抱えてそこでじっとしとけ。致命傷だとしても十分持つさ。ほれ、応急処置のしょぼいやつだけど、ないよりましだろ。破れば使えるぜ」

 

 巨大な刀の柄から飛び降りながら背後の流斗に束になった符を放り投げる。

 『神憑』としての生命力は高いから、応急処置の治癒符だとしても命を繋げるのには問題ない。カンナ自身治癒術の類に秀でてるわけではないが、澪霞の実家に運んで海厳に見せればいい。

 だから、

 

「引けよお前ら。解ってるだろ? これ以上オイタはさせいぜ」

 

 吉城とリルナに言い放つ。

 鋭利な言葉と共に、その周囲には物理的な鋭さがある。吉城たちの周囲に浮遊する数十本の刀剣。それら全ての切先が彼らに向けられている。仮に二人が余計な動きをすればすぐにでも槍衾に早変わりだ。先ほど吉城が澪霞へと行ったことと同じことになる。

 それを解っているから二人は動けない。

 恐るべきは剣陣の展開を気づかせなかったことだ。

 流斗と澪霞をほぼ一瞬で先頭不能ないし、それの目前に追い込んだ『猟犬』と『鉄竜巻』。彼らの実力は本物であり、流斗たちよりもさらに数段上だ。それにも関わらず、カンナの襲撃は一切気取られることなく完了していた。即ち、それが彼らとカンナの実力差である。

 

「……驚いたね。どうして貴女のような人が此処に?」

 

 生殺与奪を完全に握られている状況で口を開ける彼の胆力も尋常ではない。それでも額から汗を流れることは止めれない。

 

武器の納品(仕事)の帰りだよ。あぁ、言っとくけど完全に偶然だぜ? 仕事の都合で近くに来て、先週のごたごたの詫びに飯でも食おうと思ってたらなんかドンパチやってるなぁと思って眺めてたら、知り合いの若いのが殺されかけてたから手出したわけだよ。え、これどうなってんの? あたしにも事情聞かせてくんね? つーか遼はどこ行った」

 

「その飛籠遼に用があって僕たちは来たんだよ」

 

「じゃあなんでこいつら喧嘩売ってるんだ」

 

「事情があるんだ、でなければこんなことはしない」

 

「そりゃそうだ」

 

 うんうんとカンナは腕を組みながら頷き、

 

「で? 引くのか、引かないのか?」

 

 刃のような視線を向け、問いかける。

 答えは、

 

「……引くしかないね。リルナ、いいね?」

 

「いいもなにも、それしかねぇだろ。こんなとこでちゃんとした準備なしにイ級と戦えるかよ」

 

「そういうことで。今夜は僕らは引こう。まぁ、街から消えるのは確約できないし、もう関わらないのもね。僕たちも仕事だから」

 

「いいんじゃねぇの? ただあたしの前でこいつら殺そうとしたら邪魔するから気を付けな」

 

「覚えておこう」

 

「あばよ、次はぶち殺すぜ」

 

 剣陣を押しのけながら瞬く間に蚊斗谷吉城とリルナ・ツツは夜の街に消えた。驚くほどに手際のいい撤退だった。流石の傭兵というべき物だろう。

 そして、

 

「……っ、ぅ……あらや、くん」

 

「先輩!」

 

 満身創痍の澪霞が声を漏らす。薄く開かれた目に映る消耗は濃く、息は荒いし、抱えた流斗の腕にほぼ全体重が掛かっているが、意識はある。力が抜けていた腕を持ち上げ、自分の腕に乗せ、軽い呻き声を漏らし、全身が淡く光った。

 

「これ、は」

 

「血流操作だよ」

 

 流斗とは反対側にカンナも膝を付いて澪霞の様子を観察していく。

 

「血の流れ弄って失血防ってやつさ。流石だな、でも放っておくとさすがにやべぇ。さっさと澪霞の家運ぶぞ、あの爺さんなら治せるだろ」

 

 ならば迷うことはない。抱えていた澪霞をそのまま横抱きに抱えて走り出す。恥ずかしさの類の感情が生まれるわけもない。ちょっとくらい余裕ができたとしても、危ないことには変わりないのだ。幸い日は完全に沈んでいるし、制服が臙脂色だからパッと見しただけでは血のこともバレないだろう。『素戔嗚』はまだ解いていない。この脚力なら十分も掛けずに澪霞の家にたどり着ける。

 変な噂が立つ可能性は否めないが、そんなことはどうでもいい。

 腹に受けた痛みは気にならなくなっていた。

 まるで痛覚すら拒絶しているかのように。

 

「んじゃ先行け。こっちの後始末してから私も追いかけるからさ」

 

「解ったッ」

 

 頷くやいなや流斗は駆けだしていた。

 

「……若いなぁ」

 

 そんなことをカンナが呟いていたことには気づかなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 それらの一部始終を眺めていた飛籠遼は息を吐いた。 

 流斗と別れた時に買い物と言ったけれど、それは建前でしかなく、実際はその時点から襲撃者二人の存在に気付き、澪霞たち三人の戦闘を極力気配を消して観察していたのだ。学校から少し離れた民家の屋根にいるが、彼にあまり距離は関係ない。そもそも視力自体が悪いわけではなく、強化の類も思いのまま。

 

「『猟犬』に『鉄竜巻(メタルツイスト)』……前者の方は実働班の副班長。まったく……随分と厄介な手合いを差し向けてくれる。困りましたね、片方ならともかく、両方となると僕でも荷が重い。それが目的なのだから当然ですが。白詠さんを狙った理由は……どちらに付くかの確認?」

 

 独り言のようであるが、しかしそれは誰かに語り掛けるように発せられていた。

 その両目は空を眺めているが、実際虚空を眺めているのと変わりない。目に映っているのは夜空ではなくどこかの誰かだった。

 

「ともあれ、白詠さんは数日は動けない。長光さんの助力を請うのも筋違い。やはり荒谷君に頼むしかない、か。どうでしょうね、頷いてくれるでしょうか」

 

 彼の顔を思い浮かべる。

 悪い人間ではない。付き合いとしては未だ数日だけだが、それは解る。いや、そもそも『神憑』である時点で善悪の基準などないに等しい。

 

「それ故に、今回の一件で決裂するやもしれない」

 

 多分、その可能性は低くない。

 彼が白詠澪霞に執着しているのははっきりと解るし、その逆もまた然りだ。

 少しだけ――羨ましい。

 素直に思う。

 好きだ愛しているという甘酸っぱい感情でなくても、唯一無二が隣にいるということは。

 

「……クク」

 

 自嘲の笑みを浮かべ、飛籠遼はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと」

 

 流斗を送り出してから大体五分ほど後。

 学校の戦闘痕を修復しきり、一通りの後始末を終えた彼女は白詠邸へと向かっていた。流斗のように道を爆走しているわけではなく、民家の屋根の上を跳躍しながら。怪我人を抱えている状況でなければ、こうした方が圧倒的に速い。単純にその類のスキルを流斗が持ちわせていなかっただけかもしれないが。澪霞ならばそうするだろう。

 跳躍の飛距離は一歩一歩が大体二十メートル以上。これでもまだ全力疾走には程遠い。どれだけ急いだとしても、現状澪霞へできることはない。

 

「しっかし……思いのほか面倒なタイミングにきちまったなぁ」

 

 本当に、今回カンナがこの街に来たのは偶然だったし、深い理由もなかった。先週澪霞への納品があったから、この地域の近くの此方側の人間に同じように武器を届け、今日の午前中で仕事を終わらせた。そのまま家に帰るのも味気なかったから、週末に迷惑かけた澪霞や流斗たちの顔でも見に行こうかなと思ったというだけ。

 ちょっとくらい、彼の残滓でもないかとも思ったが。

 思い、少しだけ感傷を覚えて、人気のない道に立ち止り、

 

「――あぁ、ようやく止まったか。久しぶりだな、カンナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――鳳仙花・檻噛」

 

 刀剣の華が弾ける。

 振り向きと主に踏みしめられた地面。その先から声の主の間の大地、人工のコンクリートを突き破るように数百近い刀が出現した。それらは声へと奔るだけではない。それを中心にして一本一本同士が支え合い山を作っていく。鋼同士が擦れ合わせ、ギチギチ(・・・・)と音を立てる様は龍か何かの鱗のよう。

 そうして一瞬で生み出されたのは告げた通り剣の檻だった。

 解りやすい表現は西洋にある拷問器具の鋼鉄の処女(アイアンメイデン)だろう。しかしそれ以上の苛烈さと凄惨さを携え、刃の檻に閉じ込められ、全方位から隙間なく刀が突き刺さる。

 仮にこれが白詠澪霞だったならば即死していた。荒谷流斗でも、特筆すべき耐久度故に即死ではなくとも限りなく死に近い致命だった。あるいは先ほどの二人、名前持ちである蚊斗谷吉城やリルナ・ツツならば、四肢のいずれかを犠牲にし、重傷を負うという結果は免れない。

 瞬発的な物であるが故に全身全霊の威力とはいかなくとも、そこに込められた殺意は本物だった。少なくともカンナは、声の主を確実に殺すつもりだった。

 だが、

 

「……危ないなおい。殺す気か」

 

 彼はジーンズやジャケット、シャツ等の衣服全てに切れ込みを刻まれながら無傷にて刃の頂点に立っていた。

 

「ッ……!」

 

 その姿を、カンナは知っていた。

 ずっと求めていた相手。

 

「駆……!」

 

「あぁ、久しぶりだな。しっかし、声かけたくらいれこんな風に攻撃するってどうなんだよ」

 

 驚愕に目を見開き、平静さを失うカンナに対し、駆は飄々とした風合いで苦笑すら浮かべている。それは流斗や澪霞に対するような態度ではない。沙姫に対するそれ、もっと言えば親しい友人へのソレだった。

 そうして絞り出すようにカンナは口を開く。

 

「……七年間、その姿で声掛けてきたりする奴らなんていくらでもいたんだぜ? 全員ぶっ殺してきたけどな」

 

「そうかい。でも、解るだろ?」

 

 似たような言葉は何度も投げかけられてきた。その度に見破って、最大限の侮辱として相応の報いを受けさせてきた。

 それでも解った。解ることができた。

 彼らの間にある繋がりは確かなものだったから。

 

「……本物かよ」

 

「あぁ」

 

「澪霞は、もうどっか行ったて」

 

「白詠の祖父さんと色々契約交わしてな。こっそり紛れ込んでるよ」

 

「だったら」

 

 そう、そうだとしたら。

 どうして今更自分の前に姿を顕したというのか。

 先ほど吉城たちを前にあった余裕なんてどこにもない。当然だ、カンナにとって心の琴線に彼らは触れず、彼はこれ以上なく触れている、鷲掴みされているのだから。否応もなく心臓は早鐘を打ち、汗が全身から噴き出ていた。流斗や澪霞のことも頭の中から消えてしまうくらいに彼女は心を乱していた。

 会えて嬉しいという歓喜。どうしているのかという疑問。それに、なんで自分はこんなに動揺しているのにお前はそんなに素面なんだという場違いな乙女染みた怒り。

 その感情を悟ったのか、駆はバツが悪そうな顔をして、

 

「……あの時(・・・)、お前らに言われたこと考えて、色々考え直したんだよ。七年前は全部振り切って、この前も拒絶したけどこの様だしな。お前が、リーシャがマリアがリーゼが葉月が、正しかったってことなんだろうさ。俺が、悪かったよ。俺の目が節穴だった。お前らは、強いさ」

 

「――」

 

 その言葉に、カンナは堪らなくなる。

 相貌に涙は溢れ、身体が震えた。

 七年間ずっと彼女が抱えていたしこり(・・・)だったから。

 涙が頬を伝い、笑みが零れ、

 

「遅いんだよ、この馬ー鹿ァ!」

 

 破顔一笑と共に手近にあった刀を投げつけていた。

 

「うぉ!?」

 

 それをかなり危ない体勢で、避け、

 

「おい馬鹿止めろ! この状況で物投げつけるな落ちたら死ぬだろ!」

 

「うっせ馬鹿! 人のこと何年も放置しておいた罰だよ!」

 

「だから悪かったって! つか、うお、まじ、止めろォ! つかとりあえず人に掛けた呪い解きやがれ! 外から魔力から取り込めないようになってるだからな!」

 

「馬ー鹿、馬ー鹿! お前はそれくらいの方が丁度いいだろうがよ!」

 

 それはずっと昔、まだ彼らがもっと若かった、それこそ流斗たちくらいの年代のこと。駆け抜けた青春の日々。もうもう戻ってこないと悟り、けれど諦めきれなかった陽だまり。

 この再開はあくまでも余興でしかない。

 飛籠遼や蚊斗谷吉城、リルナ・ツツ、そして『宿り木』に関する今夜、またこの先の一件には何の関係もない。

 それでも、今は誰も知らぬ所で、切れていたはずの心の繋がりが結ばれたのだ。

 




感想評価お願いします。

余談だけれど今の流斗と澪霞の戦闘力を10前後にしたら吉城が50でリルナは40。
そしてカンナさんは100とか(

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