斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ケア・ルーム

 

 

 

「こんなものだろう」

 

 澪霞の私室から出てきた海厳は煙管に火を付けながら流斗に告げた。

 引き戸だった彼女の部屋の前で治療が終わるのを待っていた流斗は、勢いよく飛び上がりながら、続く言葉を聞く。

 

「命の心配はいらん。だが、戦闘可能な状態になるまでは四、五日かかるの。中々の重傷だった」

 

 四、五日。

 全身に斧が突き刺さり、失血大量の状態から復帰できると思えば十分に短い。そもそも命が助かったというだけで安心するべきだ。しかし胸をなでおろすのと共に疑問が浮かぶ。

 

「先月の俺と先輩との戦ったときは、一日くらいで治ってましたけど」

 

「攻撃の質の問題よ。名前付きの随分と格上だったのだろう? なり立ての『神憑』と熟練の戦士ならば後者に軍配が上がるのが基本だ。それにまぁあの時の負傷も本来ならばもっと時間が掛かるはずだったんだがのぅ」

 

「?」

 

「かっかっか」

 

 なにやら意味がよく解らない乾いた笑いを上げられた。眉を潜めたが、面白そうに笑うだけで答えはない。そのまま視線は流斗の全身を値踏みするようになる。

 

「主もそれなりの負傷をしたんだろう? 治療はせんでもよいのか?」

 

「あ、いや俺は大丈夫です」

 

「ふむぅ?」

 

 懐疑に視線が変わるが、真実だ。確かにリルナの一撃は流斗の臓物を抉っていた。内臓どころが、腹が吹き飛んだかと思ったほど。それでも、澪霞を抱いてこの屋敷に訪れた時には全く気にならなくなっていた。彼女を運ぶのに必死になっていたから――かどうかはよく解らない。それでも単純な耐久力等は自分の特性らしいし、そういうものだと思う。

 

「というか治す系でも効果低めのようなので……」

 

「かかっ。難儀な体質じゃのうお主らは」

 

 主ら。その複数形が誰と誰、或いはそれより多くの『神憑』を指していたのかはよく解らない。

 

「まぁよい」

 

 海厳が体の向きを変え、足を踏み出した。

 

「言った通り、大人しくしているだけならば問題なかろう。見舞うならば好きにするといい。実際儂はあまり構えんし、此方側の使用人は元々数少ない上に現在出払っている。津崎のや雪城のに頼むつもりだったが、主も暇があればアレの世話をしてくれるかの」

 

「そりゃ勿論いいんですけど……いいんですか?」

 

「かかっ、構わん構わん。寧ろそうでないとの」

 

 笑い声を残し、海厳が去っていく。

 やたら意味深なのが気になる所なはずなのだが、今の流斗にそんな余裕はなかった。一度許可を取ったのがなけなしの理性とも言えただろう。

 歩み去った海厳が悪戯をしたような子供のように笑っていたのには、結局気づくことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白詠澪霞の私室は思いのほか人間味に溢れていた。

 正直な所、流斗が想像していたのは生活臭が全くせず、私物など一つもないような無機質極まりない部屋だった。勿論彼女が実のところ人一倍感情に塗れているということは恐らくこの世の誰よりも荒谷流斗こそが知っているわけだが、そのあたり自覚が足りなかった。というよりも単純に考えが届かなかったのだろう。

 

「先輩ッ……ぃ?」

 

 そのせいで変な声が出たのだが、それでもしかしこの部屋を見れば白詠澪霞を知るようなものならば似たような声を出しただろう。別に部屋全体がピンク塗れだとか人形に溢れているとか、そんな漫画染みたようなことはなく、寧ろ普通だった。

 広さこそ屋敷の大きさに応じてかなり広い。けれど畳の上にカーペットを引いて洋室風にし、その上から家具やベッドを置くというのは珍しいことでもないだろう。学習机や小さなテレビ、服が入っている箪笥とクローゼット。それに少し大きい本棚に多種多様の本が収められ、箪笥の上には色々な賞のトロフィーや盾が誇り一つなく置いてあった。また机の横の床には幾つかの楽器ケースもあった。考えれば偶に楽器ケースに武器を仕込んでいるのを見たが、外側があれば中身があってもおかしくない。彼女のことだから問題なく演奏できるはずだし、多分章のいくつかは音楽関係かもしれない。

 

「……何」

 

 そんな部屋で澪霞はベッドの上で横たわっていた。

 身体は布団に隠れているが、頭部に包帯が巻かれ、頬にはガーゼが張られている。そのせいか、顔色はかなり悪く見える。普段から真っ白な肌が青白い。

 見るからに重傷人だ。

 

「大丈夫、ですか?」

 

「問題、ない……ッ」

 

「いやいやじっとしててくださいよ」

 

 起き上がろうとしたが、流石に止める。顔には出なくとも大分辛そうな気配もあったのだから。澪霞も無理はせずに身体をベッドに沈めた所疲弊が大きいのだろう。

 しかしそれでも不満気な気配を纏わせている辺り負けず嫌い極まっている。

 勿論これは相手が流斗だからということも大きいのだが。

 

「君は、大丈夫なの?」

 

 問いかけに、一瞬だけ声を引きつらせたが、澪霞は気づくことはなかった。

 

「……はい。まぁ、俺の方はなんとも」

 

「そう」

 

 一度嘆息し、

 

「……今回は相手が悪かった」

 

 目を伏せたままに呟いた。

 体から気力を失ったままに、

 

「名前持ちが二人……今の私たちには荷が重すぎた。以前の妖魔やそれ以外に出現したのとは比較にならない。多分、どちらか一人でも勝てなかったと思う」

 

「そんなに、ですか」

 

 向こう側から見れば、今の自分たちの力だって漫画染みて常識離れしている。それにも関わらず、隔絶された実力の差があるという。それはつまり駆や海厳並の実力者ということになるということか。

 

「それは、流石に違う。本来の津崎駆やお爺様は私たちより数段上の彼らよりも、もうさらに数段上。あの二人がそのクラスの実力者ならそもそも時間稼ぎもできなかった……最も、カンナさんが来てくれなければ同じ結果だっただろうけど」

 

「あの人あんなに強かったんすね」

 

 流斗と澪霞をほぼ瞬殺した吉城とリルナ。しかしその彼らをもまた完封したのが長光カンナ。

 鋼で彩られた刃の華。

 イロハニホヘトの等級の中で最上位であるイ級と名乗ったいた彼女があそこまでの力を持っているとは思わなかった

 

「あまり彼女は戦うのは好きじゃないから。普段から戦士として活動することは滅多にない。あぁ、それに言ってなかったけれど二か月少し前――津崎駆を追い詰めた五人の一人だから」

 

「……え?」

 

 つまりはそれは街一つだかを三日三晩かけて吹き飛ばしたということで。

 

「マジかよ……」

 

「マジ」

 

 驚くべきことだが、だったら初めて会った時にカンナが駆に対して執着を見せていたのも納得できる。それにあの強さを見せつけられては疑うことだってできやしない。

 というかこのノリがいつものことになりつつあるなぁと思いつつ、

 

「そいでそのカンナさんのおかげで難を逃れたわけっすけど」

 

「当然、彼らはまた来る」

 

「っすよね」

 

「それに、カンナさんの助力ももう期待できないはず。あの人も、私たちが殺されかけたから介入してくれただろうけど――」

 

「自分の喧嘩は自分で蹴りを付けろ、みたいなこと言いそうっすよね。実際似たようなこと言ってたし」

 

 流斗へと繋がれた言葉に澪霞は小さく頷いた。

 今後長光カンナの助力を期待はできない。そもそも彼女がこの街を訪れたのは単なる偶然だし、彼女自身ももう介入しないと明言している。或は、流斗や澪霞が頭を下げれば力を貸してくれるかもしれない。

 だとしても、相手が強いからなんて理由で逃げ出せるほど荒谷流斗と白詠澪霞は賢くないのだ。

 

「――心が折れてないようでなによりだ」

 

 唐突に襖が開いた。その姿に流斗は目が点になって、澪霞も微かに目を見開く。

 碌な断りもなしに、ずかずかと足を踏み込んできたのは津崎駆だった。

 だったが、問題は、

 

「どうしたんだよその服……」

 

 一体何をしたらそうなるのか不思議になるくらいに全身ズタボロになった衣服。

 アバンギャルドすぎる。

 そのくせ身体そのものに傷は一切なかった。

 

「気にするな、お前らにはあまり関係ないしな。なにはともあれ、一部始終見てたが派手にやられたな。気分はどうだ? ん? 悔しいか? お嬢なんかは三日は戦線離脱だしなぁおい」

 

「煽ってんのか」

 

「あぁそうだ。煽ってるんだからちゃんと反応しろ」

 

「っ……あぁ、悔しいね。次は負けねぇよ」

 

「当然」

 

 流斗は噛みしめるように言葉を吐き出し、小さく、しかし確かな決意を持って澪霞もまた頷く。

 そんな二人に駆は満足げな笑みを浮かべ、

 

「あぁ、ならいい。これで腐抜けられたらどうかと思っていた所だ」

 

「だったらどうしてたんだよ」

 

「立ち直るまで煽り続けるまでだ。……って、そう睨むなよ。お前も、お嬢も、下手に慰めるよりは焚き付けた方がいいからだ。お前らを馬鹿にしてるつもりはない」

 

 苦笑し、

 

「なにはともあれ、お嬢はもう寝ろ。気力も限界だろうしな。奴との話は、流斗が付けるしかない」

 

「解ってる」

 

 澪霞がこんな状況なのだ。

 まさか敵か味方かも今だ判明しない飛籠遼をこの部屋に呼ぶわけにもいかない。必然、彼との接触は流斗が行うことになる。まぁ人と話をするのは苦手ではない。

 

「あぁいいさ。巻き込まれた以上はちゃんと話して貰う。アイツも間違いなくなにか抱えてるしな」

 

 思い返されるのは、数時間前。微かに漏らした仕方なさそうな微笑。

 多分アレが飛籠遼の何か(・・)だ。核心には遥か遠く、それは所詮氷山の一端でかしかないし、今の流斗には何の事情も分からないけれど。

 あの時浮かべていた遼の感情は真実だと思う。

 

「ならまぁ行くぞ、善は急げだ」

 

「って今からかよ!」

 

「あぁそうだ。というか、飛籠もお前らの戦い観戦してたしな」

 

「……先輩気づいてました?」

 

 返答は小さな首の横振り。勿論流斗も知らない。

 

「修行が足りんなぁ……アイツまだ寝てないだろ。寝てたら叩き起こせ。どうせもうすぐ夜が明けるから一緒だ一緒。一日二日は傭兵共も期間開けるとしても対策は速いうちにしていた方がいいだろう?」

 

「正論なんだけどなんか釈然としねぇ……んじゃ、行ってきますよ先輩」

 

「……気を付けて」

 

「うっす、先輩も無理しないでください」

 

「ん」

 

「ほら行って来い。一応、俺も治癒系の術式重ね掛けしておく。俺も状態が状態だし、爺さんのに問題はないだろうが、ないよりましだろうからな」

 

「解った」

 

 そうして流斗が部屋を出る。

 その姿を見送った駆が澪霞に視線を戻せば、

 

「……っ……ぅ」

 

 微かに呻きながら既に意識を失っていた。

 流斗が部屋を出たのと全く同時だったのだろう。

 ここまで負けず嫌いだと呆れを通り越した笑いもさらに通り越して、また呆れ果てるしかない。

 

「……やれやれ」

 

 掌の中に治癒系術式を展開し、澪霞の身体に掲げる。

 

「お嬢は動けない。お前が頑張るしかねぇよなぁ、こっち側に関わって初めてがこれというのはマゾゲーレベルだけど、まぁ男見せてやれよ」

 

 

 

 

 

 

 




なんとか週一くらいで更新できるかもです。
詳しくは活動報告にて

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