斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ブレイク・ザ・ツイスト

 

「オォ!」

 

「グ、うぅ……!」

 

 振るった旋根が流斗に激突する。それはクリーンヒット、直撃と呼んでも差支えないが、当たってからズラされるから鉄風の一撃だけは届かない。インパクトの瞬間に発生する衝撃収束はほんの僅かな刹那だが、確かに間がある。そこを流斗は半分勘、もう半分は勢いで凌ぎ続けている。もう何度繰り返したのか。単純なヒット数だけならばもう数十は下らない。鉄風が外れているにしても、当たり前だが魔力そのものは通っている。流斗が防御に専念すればともかく、そうしていない(・・・・・・・)のだからダメージは積み重なっていく。

 旋根を受けていない箇所は最早どこにもなく、青痣と流れ出した血で制服は染められていた。

 それでも、

 

「しつ、けぇ……!」

 

 荒谷流斗は倒れない。

 

「はっ、どうしたよ。疲れてんじゃねぇのか?」

 

 血が混じった声で、けれど口端を歪めながら再び拳を握り直す。先ほどの如何にも突撃します(・・・・・)という構え。だからリルナは流斗が動くよりも先に動き、行動を潰した。それでも馬鹿げた耐久力としつこさで倒れない彼はまた同じように構え、さらにまた同じことが繰り返されていく。常人ならば何十回死んだか考えるのも馬鹿らしい。鉄風でないただの打撃でも自動車との激突と同等かそれ以上だというのに。

 

「抜かせよッ」

 

 拳を構えようとした時には既に動いていた。流斗には捉えられない速さで近づき、旋根をぶち込む。

 ガッ(・・)という鈍い音と共に命中するが、やはり衝撃はズラされた。それもこれまでよりも早いタイミングで。

 

「コイツ……ッ」

 

 慣れてきている(・・・・・・・)

 それ自体は別に驚くことではない。何十回以上も同じ行動を繰り返しているのだ。最初の時点で全く認識できないとしてもそれだけ経験を積めばそれなりに対処できてもおかしくない。

 おかしいのは――一番最初。

 相手が何をしているかは解らない。解らないが原理は聞いた。聞いた通りに対処法を考える。受けた後に呆けているのが悪い。だから受けたすぐに動けばいい――なんて。

 一体どんな精神構造をしていればそれを即座に実行できるというのだ。

 解らない。

 解らない。

 解らないのは、気持ち悪い。

 だからリルナ・ツツは荒谷流斗と旋根を振るう。

 物を思えど物言わぬはずの傭兵が己の感情を剥き出しにしていた。

 

「おおおおお!」

 

 度重なる連撃でリルナの方も息が荒れて、体力が消耗するのは防げない。例え未だカス当たり一発分しか喰らっていないとしても、それだけは避けられないことだ。しかし溢れる激情が疲弊を考えずに身体を動かしていく。

 ただ、傭兵としての経験が動きを変えた。 

 

「……!?」

 

 秒間十発近い連撃。けれど最早鉄風は生まれなかった。ただ単に魔力を通しただけの打撃。

 

「けど、その方が効くだろ?」

 

 衝撃収束をしなくなったということはその分の時間が必要なくなり、コンビネーションの回転速度は飛躍的に高まる。そうなってしまえば、もう流斗にはどうしようもない。なまじそれまでの動きになれていた分落差は激しい。

 残らず入った。

 

「ご、ほッ、ガッ……!」

 

 胴体に突き刺さったり、最後の一撃をアッパー気味に顎をかち上げる。そのまま流斗の身体が微かに浮いた。

 浮いて、身体が泳いでしまえば、

 

「『鉄竜巻(メタルツイスト)』……!」

 

 鉄の竜巻は今度こそ破壊を生んだ。

 浮いた体に旋根は着弾し、インパクト。その余波が周囲にまき散らされ、散ってしまうよりも速く刻まれた術式が収束し、射出する。

 竜巻が、暴風を撃ち抜いた。

 

「――がああああああああああああッッ!?」

 

 一度目は耐えて反撃したから今度もできる、というわけではなかった。

 あの時とはリルナの殺意が違う。だから威力も違った。あの時は単なる尋常ではない威力の一撃だと思ったのに、今のこれは明確に竜巻を体現している。螺旋の衝撃か流斗を貫き、そのまま吹き飛ばす。ダンプカーにでもぶつかったのと大差ない。そのまま壁に大きく亀裂を入れながら叩き付けられる。

 

「ぁ、ぐ……ごほっ……くぅ……」

 

 血の塊を吐きだしながら、瓦礫と共に床に倒れ込む。竜巻の着弾部から中心に制服は弾け、使い物にならなくなり、その下の身体もまた内出血でどす黒く染まっていた。

 

「ハァーハァーッ……これで、いい加減終わるだろ……」

 

 完全命中、それも鳩尾という急所。怪我の度合いで言えば吉城の投斧を受けた澪霞よりもさらに酷い。

 放っておけば、勝手に命の炎は消える。

 『神憑』にしても別に不死身ではない。極めて死ににくいとしても、殺せば死ぬのだ。

 

「……くそっ、後味悪いぜ」

 

 やっぱり、碌なことがない。こんな気持ち悪い連中に関わると。

 殴り飛ばしたせいで彼我の距離は十メートル以上になったが、背を向けて階段の方へ歩き出す。視界の中は戦闘の余波で所々亀裂が入ったビルのエントランス。別に申し訳ないとは思わない。どうせ位相空間だし。

 屋上からは未だに戦闘音が続いている。

 吉城と遼はまだ戦っているのだろう。吉城の実力は知っているが、飛籠遼もまた確かな実力者だ。上に上がるまでに呼吸や精神を落ち着かせなければ行っても邪魔になるだけだろう。

 だからゆっくりとエントランスの奥にある階段に向かい。

 こつん(・・・) と石ころがリルナの背に当たって音を立てた。

 

「――」

 

 誰か、なんて問うまでもない。けれど信じたくなかった。

 だから振り返らず、音だけを聞いた。水たまりの中でソレが這いつくばりながら立ち上がろうとする音を。

 

「ぁ、ぐ、ふっ……こほっ……」

 

 粘度の高い水が跳ねたのは血、それが混じった咳と荒く掠れた呼吸音。そして血に濡れた床と体が擦れ合う物音。

 

「……!」

 

 振り返り、そして荒谷流斗は立っていた。

 口から血を垂れ流し、満身創痍になりながら、直立することはできず崩れかけながら、それでも立ち上がりリルナを睨み付け、拳を構えていた。

 

「……なん、で、お前は……!」

 

 浮かぶのは、戦慄だ。

 怒りでも驚愕でも嫌悪でなく恐怖。傭兵としてでも戦士としてでも此方側の人間であることも全部抜きにして。単純な生命として、リルナはそれに対して戦慄と恐怖を覚えていた。

 力でも技でも経験でも覚悟でも何もかもでも彼女は彼に勝っているのに。

 彼のことを何一つ理解できないから。

 解らない。

 解らないから気持ち悪い。

 解らないから――怖いのだ。

 

「言っただろ」

 

 その何かは言う。

 

「アンタは俺の憧れを傷つけた。だから、落とし前を付けさせる。何かやってツケ払うのは当たり前だろうが」

 

「そんだけの、理由で、お前は命を懸けるのかよ」

 

「ふざけんな、勝手に人の価値観決めるなよ。そんだけって、先輩がどんだけ綺麗なのか知ってるのか? あの人の輝きを、眩しさを、あの堪らなくなるような在り方の何をお前が知ってるっていうんだ」

 

 それをリルナは傷つけた。

 だから荒谷流斗は拳を握り続ける。

 血に塗れて、痛みに沈んで、肉を潰されても、それでも前に進むことを止めない。

 己の意のままに吹き荒れるだけの暴風のように。

 

「解らない? そりゃそうだろ、人の話そもそも聞いてすらねぇんだから。人のこと見ようとしないで、自分のことしか見てないから、何も解らないんだ。別に解られようとも思わないけど」

 

「……お前が、言うかよそれをッ、下らねぇとか一蹴した奴が!」

 

「言うね。だってそれ(・・)これ(・・)とは話が別だ」

 

 滅茶苦茶にも程があり、自分のことを棚上げにするのにも冗談が過ぎる。何よりふざけているのは、荒谷流斗は心からそう思っているということ。飛籠遼のことを勝手に裏切り者とした者たちのことは気にくわないというし、それらやリルナのことを下らないと断じて澪霞のことばかり考えているのはそういう自分だから仕方ないと。

 理論なんでそこにはない。

 理性も計算もなにもない。

 そこにあるのは――狂おしいまでの感情と溢れんばかりの狂気。

 

「――ッ」

 

 リルナは最早意思や言葉を交わすことを拒否した。動いたのは一分一秒でも視界にいれたくない、声を聞きたくないから完全に殺し尽くす為。旋根へ注ぎ込まれた過剰なまでの魔力が、鉄風の術式を展開し周囲に巻き起こる風さえ取り込んでいく。生まれるのは打撃する前から旋根が纏う新たな竜巻。着弾すればインパクト時の衝撃をさらに収束し、それまで以上の破壊を生み出す。旋根の寿命を縮めることになるが構わなかった。

 竜巻は新たな竜巻を生むために瞬発し、

 

 ――次の刹那、暴風が竜巻をぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けたのは枕元の気配に気づいたからだった。

 消耗しきった身体だとしても、消していない足音があれば流石に気づく。誰であるかは、予想は付いた。祖父である海厳や師のような立場にある駆は足音などないし、使用人はそもそも今はいない。彼であれば足音の有無なんて関係ないし。

 

「あれ、起きちゃった?」

 

「……ん」

 

 雪城沙姫。

 夜の闇の中でも尚瑠璃の髪の艶やかさを失わせず、彼女は澪霞を見下ろしていた。起こされたのは確かだったから返事をする。自分の声が掠れていることに気付く。同時に寝間着や包帯にべっとりと染みついた汗の不快感にも。やはり大分消耗しているらしい。本来なら即死してもおかしくなかったと思うと『神憑』という体質に感謝するべきか迷う所。

 

「……それで、何の用?」

 

 喋るのも辛いのが本当の所だ。前に意識を落とす時は流斗がいたから半ば意地で持たせていたがかなり辛い。傷口は海厳が大部分を修復させてくれたが限界がある。残念ながらいくら此方側でも、向こう側の漫画のように治癒術式を掛けて即復活ということにはならない。駆が疲労回復促進らしき術式を掛けてくれたから口も利けないというわけではないからマシかもしれないけど。

 そんな風に身体の自己分析を無意識でしていた澪霞に沙姫は告げた。

 

「流斗君、今戦ってるって」

 

「――ぁぐっ」

 

 意識よりも先に体が動いて、痛みに悲鳴を上げた。全身の引きつるような激痛に奥歯を噛みしめながらも、澪霞は布団から這い出そうしていたのだ。

 それを見ながら、

 

「くすっ」

 

 彼女は笑う。

 娼婦のように妖艶に。

 処女のように無垢に。

 歌姫は嗤う。

 

行きたい(・・・・)?」

 

「……っ」

 

 澪霞の脳裏に大っ嫌いな女の顔が浮かぶ。別に沙姫のことは嫌いじゃないし、最近は好感すら覚えているのに何故か、あの女と被ってしまう。

 囁きはまさしく魔女との契約だった。

 その意味を白詠澪霞は知っている。荒谷流斗が何も知らず、それ故何も考えずに交わしてしまったその誓いの意味を。

 雪城沙姫という歌姫と契約することの重さを白詠澪霞は知っていた。

 

「……なにを」

 

「別に取って食べようとするわけじゃないよ。というか、私今の澪霞ちゃんと戦っても負ける自信あるよ? 私はただ、行きたいか、行きたくないか。それを澪霞ちゃんに聞いてるんだ。まぁ今の身体だとちょっと難しそうだし行かないほうがいいかもね?」

 

 でも、

 

「行きたいのなら――手伝える」

 

「なん、で」

 

「澪霞ちゃんが気に入ったからかなー、そのくらいのちょっとした奴だよ。……ちなみに流斗君とも同じことをしたよ。彼は気づいてないけど」

 

「……!」

 

 澪霞の目が見開かれた。極めて珍しく、微かな変化だが誰にも解るように表情が浮かんだ。焦燥と驚愕。真紅の瞳に確かに感情を見せていた。

 全身の痛みと胸の感情。

 それを歌姫は解っている。

 

「どうする?」

 

 解っているから――問いかけているのだ。

 彼が戦っているなんてことを聞かされれば、澪霞は寝ていることができないことを解っていながら。例え沙姫がこんな風に話しかけてこなくて、流斗が戦っていることだけを知れば這いつくばってでも行こうとしただろう。

 でももし這いつくばって行ったとしたら多分間に合わない。

 だからだ。

 澪霞が応えると確信していた。

 

「どうする?」

 

 契りの歌姫は揺蕩う月光を誘う。

 

「……」

 

 答えは、言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 気づいた時には轟音と共に壁をぶち抜いて亀裂と共に外の地面にめり込んでいた。

 自分に何が起きたのか全く理解できず、ただ明転する視界の中で仰向けに倒れている自分の身体を見下ろし、

 

「――!?」

 

 血の塊を吐き出し、声にならない絶叫を上げた。激痛に体が芋虫の如く痙攣する。

 意味が、解らない。

 気づいた時には、こうしていた。何があったのか、何をされたのか、一切合財理解できずリルナは血をまき散らしながら激痛に絶叫する。肋骨が、内臓が、筋肉が、全身がぐちゃぐちゃになっている。欠損こそしていないが内臓の方は滅茶苦茶だろう。砕けたあばら骨が前面の皮膚を突き破ってすらいる。

 何も解らないが、解ることが一つだけ。

 荒谷流斗に一発かまされた(・・・・・・・)のだ。

 

「はっ……ざまぁ、みろ、や」

 

 リルナが開けた穴から人影が出てくる。それは酔っぱらっているかのようにふらふらと揺れながら、あくびが出るような速度で歩みを進めている。 

 そうとしか進められなかったのだ。

 

「……あー、くっそ痛っえ。やっべやりすぎたわ……死ぬ……痛い」

 

 右脚と右腕が(・・・・・・)ズタボロになってい(・・・・・・・・・)()

 五指全てが違う方向を向きながら捻じれ、腕の筋肉も内側から弾けたように繊維が縮れ血が噴き出している。右足もまた同じ様。

 一見してそれらが人体として機能していないことが解る。

 歩くことさえままならない。なんとか立っているくらいで、あとは壁に体を預け左脚で支えている状況だ。脂汗を浮かべ、顔色も悪い。腕と脚からの失血は尋常ではなく、明らかに失血死しかけという具合。

 

「……てめぇ、なにを、しや、がった……ッ」

 

全力で思い切り(・・・・・・・)ぶん殴っただけだよ(・・・・・・・・・)

 

 その言葉に嘘はなく、それ故にリルナは何をされたのか気づいた。

 これまでと同じこと。

 残らず全部拒絶(・・・・・・・)したのだ(・・・・)

 全力で思い切り。

 本当に流斗はそれしかしていない。そして、それを実現するために己に掛かる不利な条件もまた根こそぎ台無しにしている。重力や空気抵抗、足場の不利、さらには自分の疲労や負傷による動きの悪化すらもなにもかも。

 都合の悪いもの全部を台無しにして自分の狂気を押し通しているのだ。

 そして生み出される拳は文字通り荒谷流斗の全身全霊最善最高の一撃に他ならない。

 その上さらに死に体の状況だったら相手はもう碌に動けないと考える、実際リルナはそうだった。だから油断していた。そういう極々当たり前の、油断とも呼べない判断すら覆せる。おまけにその拳は対象の防護すら拒絶できるのだ。身体強化に特化している『素戔嗚』で行えば当然威力は尋常ではない。

 極めて有効な攻撃だ。

 腕と足を一本づつ犠牲にする自滅技であることを除けば。

 どうみてもあれはもうこの先使い物にならない。向こう側なら間違いないし、此方側にしたって腕のいい治癒術師がいなければ絶対に後遺症が残る。流斗の場合白詠海厳がいるし、さらに『神憑』という体質上回復力が極めて高いから大丈夫かもしれない。

 だとしても。

 気にくわない、なんて理由で使える技じゃないはずだ。

 なによりこの男がそんな計算をしているはずがない。

 あぁ、本当に。

 気持ち悪い。

 自分の女の為に、とかいうことならばまだ解る。そういう手合い稀に存在するし、そういう奴のことをリルナは嫌いじゃない。

 でもこいつは、そうじゃないのだ。

 ただ気にくわないから――そんな程度の感情で命を投げ捨てようとしている。

 ただ吹き荒れる暴風。

 荒ぶ颶風は他者など省みることなく何もかも台無しにしていく。

 

「冗談じゃ、ねぇ……!」

 

 だからこそリルナ・ツツまた死に体の身体を突き動かしていた。

 別に絶対に負けられない理由があるわけでもない。傭兵である以上どこかで死ぬことは覚悟しいていた。戦場で死ぬのは当然だし、ある日突然事故やら病気なんかで死んでも笑い話。ちょっとくらいいい戦士とかに殺されればほんと上等だし、犬死したところでそれはそれでしょうがないと思う。

 でもこんな様(・・・・)のに負けを晒すのだけは嫌だ。

 こんな悪夢みたいな奴にだけは負けたくない。

 だからリルナは旋根を握りしめ、その幼く小さくも歴戦の戦士の身体を動かしていた。

 

「……まいったなおい。まだ動けるのか」

 

 流斗に浮かんでいたのは今度こそ引きつり気味の笑みである。彼自身既に限界だ。右腕と右足、それに鉄風を受けた腹は例え意識を集中しても痛覚の拒絶はできない。それくらいの重症。常人ならばどれか一つでショック死してもおかしくないのだ。立っているだけでも尋常ではない。その流斗も、もうこれ以上動くのは難しい。

 

「お前とは、年季が違うんだよ」

 

 つい最近此方側に踏み込んだばかりの流斗とは踏んで来た場数が違う。実際このレベルの負傷だって初めてではないのだ。持てる魔力や普段は補助程度にしか使わない気も全て回して最後の一撃を用意する。胴体じゃダメだ。顔面にぶち込んで脳みそふっとばさなければこれは死なない。ふらふらになりながらも十数年続けてきた動きは滞ることはなかった。

 振りかぶって、前に出て。

 叩き込んで――竜巻を生むだけ。

 それで、

 

「終わりだあああああああああああああああああああああ!!」

 

 雄叫びと共にリルナは飛び出し、

 

 

 

 

 

 

 

「――全く君は。もうちょっと考えるべき」

 

 

 

 

 

 

 

 突如虚空から出現した数十条の鋼糸が全身を絡め取った。

 

「な――!?」

 

「はぁ!?」

 

 驚愕は漏れなく二人分。雁字搦めとなって身動きが取れなくなったリルナも壁に体を預けたまま焦っていた流斗も。二人が二人して彼女の登場に驚愕していた。

 二人のいる場所から少し離れた街灯の上。月を背にし、白いマフラーと身体にマフラーを風に棚引かせ、ボロボロになった制服を着こんだ彼女はいた。

 揺蕩う月光――白詠澪霞。

 白詠海厳や津崎駆をして数日は動けないとされていたはずの彼女は確かに存在していた。

 勿論万全の状況ではない。致命傷を持っているのは変わらず、流斗やリルナに負けず顔色は悪い。普段一分の隙もなく着こまれているはずの制服も第二ボタンまでブラウスは空いているし、ブレザーもなかった。

 一見すれば無手だが、両手五指から微かに輝く線があり、それはリルナを縛る拘束に伸びている。

 

「お前も、かァーーッ!」

 

 澪霞を認識したリルナは一瞬こそ驚愕したが、その直後に激昂していた。 

 また、『神憑(コイツら)』だ。

 澪霞もまた、ここに来れるはずがなかったのに。そういう風のダメージを吉城は与えた。あの猟犬がそういう加減を違えるはずがない。

 なのにいる。

 いるはずがないのに。

 落としたはずの月は――陰りながらも輝いている。

 

「っづ、ああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 咆哮をしながら身体の拘束を引きちぎろうとする。鋼の糸故に無理をすれば肉が切れるが今更構ったものじゃない。力任せに体を動かし、暴れまわる。

 

「なん、で、だよッ」

 

 だが、切れない。

 理由は力任せではなく、切れない原因を探るために糸に意識を移したことによって判明した。

 

「……!」

 

 大量の術式(・・・・・)が糸自体に織り(・・・・・・・)込まれている(・・・・・・)

 伸縮強化や衝撃斬撃打撃銃撃耐性から高熱低温電撃。一つ一つ解析していけば気の遠くなるような数の術式が練り込まれ馬鹿みたいな強度を体現していた。

 一体どれだけの並行展開をすればこんなことができるのか。いやそもそもこれだけの数の様々な種類全て覚え実戦レベルで使えることが信じられない。

 それが白詠澪霞だった。

 現存するほぼ全ての術式体系に全て適応し使いこなす少女。遠くないうちにイ級という最高峰(ハイエンド)に至れると確信されているのは伊達ではない。例えリルナが力任せではなく別の方法や何かしらの術式を用いれば即座にそれに適応してくるだろう。

 見方を変えても、消えてなくなることはない月のように。

 

「荒谷君!」

 

 けれどできるのはそこまで。

 今の澪霞ではどうしたってできるのは拘束まで。

 だからリルナを打倒する一撃は必要だった。

 そして名前を呼ばれた流斗はそれを持っている。

 

「……はっ、良いとこ来るなぁ」

 

 想像以上に元気そうな澪霞に思わず破顔する。リルナに対して浮かべていた口端を歪めるものではなく、快活に顔を綻ばせる。

 そうして――左拳を振りかぶる。

 本当は、もう動けなかった。全身馬鹿みたいに痛いし、右腕右脚は痛みを通り越して感覚が消えいてる。ぶっちゃけ澪霞が来てくれなければ為す術もなく殺されていただろう。疲労も肉体も限界、今すぐに崩れ落ちたい。

 でも、名前が呼ばれた。

 他でもない彼女に。

 

「だったら、やるしかねぇよなぁ!」

 

 左の拳を固く握りしめ、意識を集中させ、魂を震わせる。

 それだけで全身の痛みも疲労も何かもが拒絶されて、準備は完了する。

 あとはもう、踏み出すだけ。

 

「っざ、けん、なよ……!」

 

 それを察しながら、澪霞の拘束に抗いながらリルナは吐き捨て叫んだ。

 

「お前らみたいな奴らにだけは、負けて、たまるかーーッッ!!」

 

「知るかくそったれ」

 

 荒谷流斗は切り捨て、

 

「――」

 

 白詠澪霞は答える必要を感じず。

 

 ――吹き荒ぶ暴風が鋼の竜巻を打ち砕いた。

 




私の芸風:血と戦の修羅場でこそ惚気!!!!!


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