「飛籠遼という彼は結局のところ苦労人なのだろう」
雨宮照はファーストフードのチェーン店でブラックコーヒーを啜りながら言う。
「転校して一週間でもう既に学校のアイドルになってしまっただけれど驚くべきはその包容力だ。イケメンといえば彼以外にも生徒会顧問兼用務員兼ゲーム遊戯部顧問の津崎駆もそうだけれど、同じく大人気の養護教諭雪城沙姫との交際を公言している分告白されたりラブレターを貰う回数は彼より多い。近づきがたいクール系の津崎駆よりも人当りのいい彼の方が人気が出るのも当然だけれどね。そんな彼のことを指して僕は声を大にして言いたい。彼こそは類稀なる苦労人であると」
「……はぁ」
休日にいきなり雨宮に呼び出されファーストフード一食分を半ば強制的に奢らされた流斗は曖昧な返事を返した。席に付いていきなりそんなことを言われれば誰だってそうなるだろう。今日ようやくまともに動くようになった指でポテトをつまみながらいつものように長ったらしい雨宮の話を聞く。
「転校というのは良くも悪くも生徒にとっては大きなイベントだ。小学校中学校高校でもそれは共通するし、大人になって社会に出ててからだって転勤もまた大事だ。既存のコミュニティに新しい存在が加入してくる。それは例えどんな状況であろうとも変わることのない一大事だ。受け入れる方からすればイベントで、受け入れてもらう方からすればストレスフル極まりないけれどね。そんな中で彼はよくやっている」
月曜日深夜に起こった『猟犬』蚊斗谷吉城と『鉄竜巻』リルナ・ツツとの戦いから既に五日が経過していた。その五日間は流斗も澪霞も全て療養に費やしていたのだが。実際、二人は特に流斗の方は酷かった。澪霞は全身の衰弱、一体何をどうしてああして駆けつけられるようになったのかは結局口を開いてくれなかったが、一時的に回復していた彼女もぶり返すように倒れていた。流斗は流斗で四肢がほぼ使い物にならなくなり、海厳とリルナ打倒の報酬として『護国課』から送られた治癒術師のおかげでなんとか回復していた。大きすぎるダメージを追って『神憑』としての強度が下がっていたから治癒術式も聞いたらしい。最も三日目あたりに外見が修復してからは術式の類は効果を無くしてしまっていたのだが。
なんとも面倒な身体だ。
その面倒な身体がようやく動けると思ったら測ったようなタイミングで雨宮に呼び出されたのである。
「ここ一週間彼は多くの女生徒から告白されラブレターを貰っている。あのイケメン振りと性格の世さならまぁ納得だ。そしてそれら全てを彼は断っている。これも良くある話だろう。肝心なのはこの先さ。彼は告白してきた、ラブレターを送ってきた女生徒たち全て丁寧な返事を見せている。告白されたならば断った上で相手の長所やきっといい人が見つかりますよ的なことを、ラブレターを送ってきた相手には態々便箋を用意してまた似たようなことを綴って送り返している。いやはやこれには僕とて驚かざるを得ない。告白してきた彼女たちは言ってしまえばほとんどが外見だけに惹かれて勝手に一目惚れした。彼からすればほとんどが見知らぬ女生徒で勝手に惚れられたというのに驚くほど真摯に丁寧に対応している。対応した女生徒は二桁越しているというのに。おまけに全員の名前も忘れないという」
「なんというか、よくやるな」
それが正直な感想だった。
自分だったらもしそんな状況になればいくら女の子から告白されまくっても嫌気がさしているだろう。
流斗の素直な感想に雨宮はニヤリと笑いながら頷く。
「そう。よくやるな。この一言に尽きる。最初の内は彼のモテ具合多数の男子生徒が嫉妬していたがこの話が広まるにつれてこう思うことによって嫌がらせなどは起きていない。普通ならば、できないからね。だからこそ僕は彼が真正の苦労人であると思うわけだよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら雨宮は言葉を続けて行く。
「一体どういう風に過ごせばああいう性格ができあがるんだろうね。よっぽど周りが高尚だったのか、よっぽど周りが最低だったのかどっちかだろう。どっちにしてもアレは人が善い。善過ぎるとさえ言ってもいいね。別に性善説なんてものを主張する気はないしだからといって性悪説を心情にするつもりもないよ。善悪なんて主観客観入り混じれば女心と秋の空のようにすぐ変わってしまうわけだしさ。そのあたりのことを加味しても飛籠遼のキャラクターは善性に傾きすぎている。ほら、偶に知ったかぶりの人間が誰にでも優しいということは誰にでも冷たいということだ、なんて言うじゃないか。僕からすれば下らないにもほどがある。得てしてそういう
「そうか」
ぶっちゃけ八割くらい何を言っているか解らなかったがとりあえず流斗は頷いておいた。
それを知ってか知らずか雨宮は笑みを浮かべたままに長ったらしい薀蓄を続けて行く。
多分気づいているだろうけど。
「そして飛籠遼は間違いなく本物だ。本物の苦労人だ。或は本物の自虐家とさえ言ってもいいだろう。恐らく彼は自分への評価が著しく低いのだろうね。自分に何ができて、自分がどういう立場かをはっきりと認識し、その上で自分というものが取るに足らないと断じている。だからああいう風に他人から受ける関心を受け止め対応できるのだろう。多分彼は知っているんだ、自分が取るに足らない存在であると思わせるような何かを」
「根拠は?」
「告白やラブレターの返事に相手への褒め言葉が送られるとは言っただろう? そしてその上で必ず明確に伝えられることがある。――意中の人がいます。彼ははっきりと告げているそうだ」
「……」
つまりそれは――
飛籠遼から飛び去ってしまった鳳。
――あぁ、だからだ。
だから、籠なのだ。
飛将の飛に呂のもじりとかつて戦友だったという張遼から得た遼。遼の出生を知った後ではこれらはなんとか思い浮かんだが、籠だけは不思議だった。
彼自身が籠だったのだ。
どこにでも飛び立てるような鳳が羽を休める為の鳥籠。
それが飛び立ってしまったわけだから皮肉が効いてる。
「恐らく彼はその意中の女性とやらにベタ惚れなのだろう。他の存在に分け隔てなく優しくできるくらいに。多分その彼女は感情的な性格なんだろうね。無茶振りとかに慣らされているから大概のことを受け入れられる。まぁだからこそ彼がその某と一緒にいないのが不思議だけれどさ。なんとなく忠犬ぽいのに一緒にいないのは不思議極まりない」
「……」
その彼女に裏切られたからだ、なんて流石の流斗でも言えなかった。
しかしこうも思う。
もし自分が親しくしていた誰かに手ひどく裏切られたらどうするのか。
駆や沙姫だったら驚かない。雨宮だったら、まぁいいかくらいに思うだろう。
じゃあ澪霞が相手なら。
そう考えたが、その結果が年末のアレだ。
ブチ切れてお互いを殺しかけたなんて本当に笑えない。
「ま、僕の転校生における見解はこんなものだ。さて、そろそろ帰るかな」
「ん? 話は終わりか」
「終わりだね」
「なんで俺は休日に呼び出されて転校生の話なんて聞かされたんだ?」
「君は彼と仲良さ気らしいからね、僕の考えが君たちの関係の助けになるのなら幸いだね」
「そりゃどうも」
押し付けがましいといってもいい雨宮の言葉に肩をすくめる。このあたりいつものことだし。
「後はそうだね。ちょっと思ったんだよ。彼がその意中の女性に自分の全てを捧げているなんて――まるで君が憧れている在り方なんじゃない?」
「――」
そうだから荒谷流斗は飛籠遼を好きになったのだ。
遼は何時だって言っていた。誰もが、『どうせお前が裏切るから』と言って裏切っていたと。
そういう風に言って彼は苦笑していた。仕方なさそうに、それがどうしようもないことであるかのように。裏切られ続けてきた彼は、それでも歪むことなく己の在り方を貫き、自らの下を去っていた主を求めていた。
だから流斗は遼のことを好きになれた。
周囲がどうであれ、自分の意思を抱く遼のことを。
そういう奴を荒谷流斗は好きだから。
澪霞のことがなくとも、それが理由で喧嘩してもよかったくらいに。
「くくっ」
形のいい顎に右手を当てながら雨宮は笑う。
冷たい太陽は嘲るように、慈しむように。
「君がそういう風に思える相手と出会えることを願っているよ――心からね」
●
「おや奇遇ですね、こんなところで」
「おぉ奇遇だな。何してんだ」
立ち去った雨宮と入れ替わるように何故か遼が現れた。最初あった時に来ていたような落ち着いた色合いの私服である。手にはハンバーガーやらポテトが乗ったボード。
「せっかくの休日ですよ? それも引越ししてから初めての。散策くらいして当然でしょう」
「そりゃそうだ」
言われてみれば流斗だってずっとこの街に住んでいるのに意味もなくフラフラ出歩いたりしているのだ。自分が言えた義理じゃない。
「君は何をしていたんです? もしや澪霞さんとデートですか?」
「なんでそんな考えが出てくるんだ。普通に親友と飯食ってただけだよ。くっそ痛い身体引きずられて奢らされて勝手に帰られたけどな」
「親友」
その言葉を噛みしめるように遼は呟く。それから先ほどまで雨宮が座っていた席に腰かけた。勝手にレジで注文して勝手に座っていた雨宮とは違ってちゃんと断りを入れてだ。しばらく遼は食事に集中し、流斗は残っていたポテトを平らげ食後の珈琲を少しづつ飲んでいた。
食べ終った遼が一度息を吐き、真面目な表情で口を開く。
「ありがとうございました」
「あ?」
「いえ、君たちはずっと治療中でちゃんと話ができなかったでしょう? こんな場所でなんですが改めてお礼を言おうと」
「気にすんなよ、俺が勝手にムカついて勝手に喧嘩しに行っただけだぜ。お前は何も悪くない」
「……ありがとうございます」
今度は真面目な顔じゃなくて例の苦笑だ。久しぶりに見たし、これまで見たのは二回だけれど、どうにもしっくり感じた。真面目な顔されるよりこっちの方が流斗は好きだ。
「僕が悪くない、か。そんなこと言うのは君が二人目ですよ。よくそんなこと言えますね。僕は裏切り者ですよ?」
「知らねぇって。お前俺のこと裏切るの?」
「そんなつもりはないですけれど」
「じゃあ、いいさ。言っただろ? 俺はお前のこと結構好きになったんだぜ。だったらそんだけで十分だろ」
「君は馬鹿ですね」
「いいこと言ったつもりだったんだけど馬鹿にされた」
まさかの罵倒に首を捻るが、遼には見下すような表情を浮かべていなかった。寧ろ楽しそうに、年不相応に幼く笑っていた。
「君は馬鹿です。悪くない、えぇいいものですね。僕みたいな捻くれ者よりずっといい」
「褒めてる?」
「えぇ」
「照れるじゃねぇか」
別に照れた様子もなく流斗は答えた。
「ていうかお前が捻くれ者とか」
「君に比べたらずっと捻くれてますよ」
「そうかい。なぁ、お前これからどうするんだ?」
問いかけたが、しかし興味自体は薄そうに見えた。実際特別気になったわけではない。ただ遼があまりにも褒めてくることが照れはしないが気恥ずかしくて話を変えたかったのだ。
「別に、どうにもしませんよ。当分は普通にこの街で高校生を続けます。『猟犬』たちは『護国課』に引き渡したわけですが、結局彼らは使い走りですしね。大事なことは特に知らないらしいですし。困ったことに進展は無し。向こうの出を待つしかないんですねこれが」
「追いかけなくていいのか?」
「いいんですよ。散々振り回されているのですから、少しくらい焦らしたって文句は……言われるでしょうがばちは当たりません」
「最高だぜ」
流斗は笑って、遼もまた笑った。
口端を歪めるとか仕方なさそうな苦笑じゃなくて、年相応の屈託のない笑みだ。
「まぁ頑張ってくれ。できることがあったら俺も手伝うぜ。適当に言ってくれ。俺も適当にお前のこと頼るから」
「えぇ。適当に言ってください。僕も適当に君を手伝います」
適当に。
此方側に属する以上はその適当さで命の掛け合いをするわけだが――それぞれ大事なものは他にある。
流斗は言うに及ばず遼だって、
二人ともよく似ている。
それぞれ大事なものが、大事にしたいことがあってそれ以外に意識を向ける余裕が少ない。
失いたくないのなら、手を伸ばすなり、抱えるなりし続けなければならないのだ。
だからまぁ気楽に適当に。
男同士なんてそんなもので十分だと、流斗は思う。
そしてもう一つだけ思った。
「なぁ遼」
「なんです?」
「お前さ、なんで追いかけようと思ったんだ?」
酷いこと言われて、酷い扱いされて。なのに何故遼は彼女を追いかけているのか。そんな風にされた復讐とはどうしたって思えなかった。
追いかけてどうするか、ではなくて、どうして追いかけるのか。
似ているようで、少しだけ違うその問いかけに遼は僅かに首を傾げて考える。
それからやっぱり苦笑して、
「――仕方ない人ですからね」
一章終了。
次はキャラ紹介。
落ち拳の更新も復活するのでまたペース乱れます。
次章、穢れた英雄の青い空(仮)
感想評価お願いします。