斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ビギンズ・スパーク

「ふっ……ふっ……」

 

 趣味趣向が散乱迷走している流斗だが、当然ながらその過程で覚えたものには便利不便利と別れることになる。生きていく上で非常に有益なこともあれば、絶対これから先使わないだろうというものまである。それくらいにはざっくばらんに色々収めてきたのだ。

 その中でもランニングという行為は最も役に立つという方だと思う。体力というのはあらゆることの基本だ。何をしても必要になってくる共通事項だろう。

 だから例えランニングという行為そのものに興味がなくなった後でも偶に走ることはあった。最もこういった行為は積み重ねが大事であろうから偶に、という頻度では意味がないというのは解っている。なので、今の自分の体力がどの程度なのか測るためにという意味合いが強い。

 

「……ふっ……ふっ……」

 

 走り出した身には冷たい空気は心地いい。寝付けなくて走り出してから三十分ほど経っていた。家の周りを軽く小一時間でも走れば疲れて眠れるだろうという判断だ。今日の昼から用事だからこそできることで次の日が平日だったら絶対にできない選択だっただろう。ちなみにあの場合の選択肢は動いて眠くなるか、頑張って寝るかのどちらか。

 だから流斗は夜の街を走っていた。

 二時代ということで当然ながら人の気配は皆無だ。

 まるで世界に自分一人のようだ、なんて中学二年生みたいなことを考えてみる。

 勿論そんなことはない。

 所々に設置された街灯に照らされている家々では就寝中でも存在していることは存在しているだろうし、起きている者は起きているのだろう。単純に気配が漏れていないというだけ。

 走る。

 走り続ける。

 足を踏み出し、地面を踏みつけ、反発する手ごたえを感じながら地面を蹴る。その動きを両足で交互に、テンポよく続ければランニングになる。

 五体満足ならば誰にでもできる動きだし、無意識的にやっているだろう。中学時代に陸上齧ったことがあるがフォームは適当だ。記録を出すために走っているのだから、走りやすければ何でもいい。

 

「……ふっ……ふっ……」

 

 呼気は鋭く短く連続させていく。一人きりの深夜でランニングしている時に独り言言っていれば痛いを通り越して怪しすぎる。元より走っている最中に無駄口を叩けば無駄に疲れる。適度に体を動かして眠りやすくする為なので、不必要に体を酷使するのも問題だ。若いからといって油断してはいけないと思う。若いから大丈夫だろうと言われることは多いが、若くても大変なことは大変なのだ。

 そうして走り続け、あと少し行った先の公園で折り返せばぐっすり眠れるかなぁと、思った時だった。

 

「はぁっ……はぁ……!」

 

「……っ?」

 

 自分のものではない呼吸音。それなりに意識して規則性を持たせている自分のものとは違う、乱れ疲弊した音だ。それに伴うように足音も。流石に足音で人物像を判断するというスキルは持ちえていないが、音のない夜の街なのでそこに生まれた音というのはどれだけ小さくても大きく響く。

 だからだろう、見えない誰かの声を疑問に思いながらも走り続け――曲がり角で誰かとぶつかったのは。

 

「きゃ!?」

 

「うお!」

 

 女、だった。

 ぶつかった一瞬で上がった悲鳴や柔らかい感触は若い女性の者だった。流斗は体制を崩しつつも立て直したが女性の方はそうは行かずにアスファルトの地面に倒れ込む。かなりの勢いで走っていたらしく、その分衝撃も大きかった。

 

「大丈夫ですかっ?」

 

 声を掛ける。深夜に若い女の人が走っているというのは疑問だが、それでも女性を傷つけるというのは男として有るまじきことだ。こういう時はまず誠意を見せるのが重要だろう。

 

「っう、あ、はい……」

 

 聞こえてきた声には思わず眉を顰めてくらいには疲れと焦りに満ちていた。落ち着いた茶色のファー付きダッフルコートに紺色のロングスカート。トグル部分は全て外されていて、少し大きめではないかと思う無地の黒いシャツがのぞいている。少し離れた場所の街灯にて照らされた色合いでの判断だったので、若干適当だが的外れということでもないだろう。若い女性としては服装かなり簡素でその上清潔とはいい難い。いかにも生活や仕事に苦労しているという風合いだと流斗は感じた。

 倒れ込んだ拍子に打ったのか腰をさすりつつ、顔を上げて

 

「ッ!?」

 

 流斗の顔を見て、我に返ったかのように驚いた。

 まるでいないはずのない人間が発見したかのように。

 けれど驚いたのは流斗も同じだった。

 夜の闇の中、僅かな街灯の灯の中で見えた彼女があまりにも美しかったから。

 例えば整っている顔立ちという点に関しては荒谷流斗の知り合いでは断トツで白詠澪霞を上げるだろう。流斗が知る人間の中では彼女の容姿は段違いであり、他と比べるのも馬鹿らしい。最も整った顔、という考えがそのまま反映された人形のような彼女はあるいは不気味と言ってもいいほどなのだから。

 けれど目の前の女性はそうではない。明確な命を感じさせている。深い青みが掛かった黒――瑠璃色とでも言うべき色合いの腰まである長髪と大きな瞳。柔和な顔つきで見るからに質素な服装でも隠れているが、明るい所で見てみればモデルのように均整の取れたプロポーションだとすぐに気づいただろう。

 大人としての女に残る微かな少女としてのあどけなさ。整っている容姿ではなく、綺麗な女の人と言うべきだろう。そしてどこか儚さすらも。すぐに溶けてしまいそうな季節外れの遅雪のように。

 美人薄命――そんな言葉が過る。

 

「どうして……」

 

 そして形のいい唇からそんな言葉が漏れた。

 多分――この時から荒谷流斗の非日常は始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 澪霞と駆の戦闘には一切の無駄という物がなかった。

 戦闘技能における話で言えば、澪霞はまだまだ拙い。。彼女の程度が低いという話ではなく、駆の技量がそれほどまでに完成されているのだ。澪霞がナイフで繰り出すフェイントや本命の攻撃、虚実を無視した重火器や手榴弾による無差別攻撃。サバイバルナイフや拳銃、突撃銃、手榴弾等様々な攻めを前にしながら駆は揺るがない。攻撃迎撃防御回避受け流し、戦闘におけるあらゆる要素を彼は澪霞より数段高い次元で行動に移していた。

 澪霞の攻めは確かに機械的であると同時に勢いを緩めぬ怒涛の動きだ。少なくない運動量と短くない行動時間。その今にも砕けそうな体にどれだけの体力を内包しているのか、恐るべきスタミナでひたすらに攻め続けている。それでも一度も駆に有効打を与えていない。銃弾やナイフの一撃は捌かれるか切り落とされ、爆風をまき散らせば馬鹿げた膂力に吹き飛ばされる。何十撃かに一度彼の身体に届くものですら、魔法陣ような盾で防がれてしまう。

 武に携わるものが見ればすぐに解るだろう。

 地力に関しては白詠澪霞と津崎駆には圧倒的に後者が優っていると。それも、比べるのも馬鹿らしいくらいの、それこそ勝負にならないくらい差がある。

 けれど、ならば何故――今こうして戦闘が成立しているのか。

 本来ならば澪霞は駆に鎧袖一触のように打倒されてもおかしくない。事実、駆の放つ飛ぶ斬撃や光弾に直撃すれば彼女は即死していただろう。

 それでも、二人は戦っている。

 

「――!」

 

 それは勿論、駆の身体が絶不調であるというのも前提の要素だ。駆からすれば澪霞自身よりもそちらのほうが難敵。身を焦がす激痛と難病でうなされているかのような熱、水中の中のよう動きを阻害する纏わりつく何か。一体どれだけの呪いを受ければそうなるかというよな弱体化も現状を構成する要素の一つ。

 そしてさらに言えば、澪霞の持つ武器一つ一つに纏わり付くスパークもだ。髪や口元を隠すマフラーは常として、新たな武器を両手で握る度にそれは発生する。そしてそれは駆の銃剣に触れたと同時に、彼の武器を伝って肉体へと流れ込む。

 スパーク――それはつまり、文字通りの電流だ。澪霞の持ちうる尋常ならざる異能。それによって生み出された雷撃は直撃はせずとも少しずつ駆の動きの精彩を欠いていく。

 そして最も重要であろう点。それこそが無駄の無さだ。

 無駄というよりは躊躇と言っていいだろう。

 開戦時の突撃銃による弾幕と防御の為に使った手榴弾、それを利用した煙幕からの急所への二撃。たった数秒の攻防で、澪霞は常人相手ならば三度は死んでいる動きをしていた。そこから先も同じだ。全ての攻撃は急所狙いであり、殺すためだけの動きだ。その全てを駆は対処しているが、逆に言えば対処しなければ命の危機ということ。

 人形染みた少女はまるで殺人人形のように責め立てる。

 だからこそ、今この場の戦闘は成立していたのだ。駆の体調が良ければ、電撃による阻害がなければ、澪霞が命を奪うことを躊躇わなければ、それこそ数秒もかからず澪霞は殺されていた。

 だが、現実として駆の体調は最悪であり、電撃に動きを阻害され、澪霞は殺すためだけに動く。

 

「……!」

 

「――!」

 

 銃剣の引き金が引かれる。一度ではなく、連続してだ。回転式の銃剣でありなが、突撃銃にも劣らない連射。その上で威力は対物狙撃銃にも匹敵するのだから悪夢としかいいようがない。掠ればそれだけで人間など容易く吹き飛ぶにも関わらず、

 

「っと」

 

 息を吐きながら、銃弾の隙間をすり抜ける。風圧が真っ白な肌を裂き、制服すらも破けさせるがそれでも彼女を止まらない。そもそもこの場での停止は死を意味するのだから。握っているのは両手とも自動式拳銃。この十数分間で彼女が持ち替えている武器は十や二十では足りないだろう。どこから出しているのか解らないが、最早駆は数えるのを止めている。

 自動式拳銃が火を噴く。

 それを駆は斬撃を飛ばして澪霞ごと両断しようとした。それも紙一重で避ける。弾丸は全て潰され、地面を抉りながら背後の木々を斬り飛ばしていたが構わない。避けきれなかった分だけ体が刻まれるが、それすらも無視。突撃銃を両手で振り回しながら撃ちまくる。反動など知ら無いとばかりに連射した弾丸。全てにスパークが宿され、

 

「……!」

 

 顔を歪めながらも駆は斬り捨て、間に合わないものは展開した魔方陣で受け止める。しかしそれにすらも電撃は駆へと巡っていく。一つ一つは効果があるとは言えない。けれど戦闘開始から積み重ねられてきた負荷は確実に駆を蝕んでいく。それが駆にも解っているからこそ、積極的に攻めることはなく、防御や回避が中心になっていたのだ。

 

「フッーー!」

 

 駆の懐に飛び込みながら、連射していた突撃銃を打撃武器として振り回す。銃弾を吐きださなくても、元々鉄の塊であるそれを振り回せば即席の鉄鞭だ。鉄塊がビュンッ(・・・・)バチィ(・・・)という二つの音が木霊し、

 

「!」

 

 銃剣が鉄鞭を斬撃する。銃身が半ばから真っ二つに断ち切れた。右は銀色に、左は黒に。銀はまるでレーザーかなにかで焼き斬られたかのように断面が赤熱し、黒は莫大な負荷が掛けられたかのように拉げて折れ砕けている。

 

「ッ……!」

 

 二つの余波は当然澪霞にも損傷を与えている。右手には火傷を、左手には指の何本の骨に亀裂が入っている。決して小さくはない負傷だが、それでも澪霞は顔色を変えない。火傷を覆った手でナイフを握りしめ、折れた指で新たな突撃銃を持つ。

 そのまま駆の横を通抜けながら斬りつけた。当然それは魔方陣で防がれるがそれ自体はどうでもいい。接触した瞬間に雷撃は確かに届いている。

 

「――」

 

 それは気の遠くなるような作業だ。動きを損なわせる彼女の異能だが、一度の接触で流し込めるのは雀の涙程度のもの。澪霞と駆の実力差ではそもそも阻害が効くかどうかも怪しかった。それでも彼女は全ての攻撃に雷撃を纏わせ、駆に負荷を蓄積させていく。

 人形というにはあまりにも執拗で、人間というにはあまりにも不気味だった。

 事実、駆もまた彼女の戦闘力や異能ではなくその精神に少なくない戦慄を感じていた。

 

「お前は、何を――」

 

 そしてその戦慄を見逃さない。距離を取りながら連射していた突撃銃が弾切れを起こした。逆手で握っていたナイフを共に捨て去りながら、制服の脇下から自動式拳銃を抜き放つ。

 そしてそのまま疾走する。

 

「!!」

 

 その速度はそれまでの彼女の数倍、数十倍を誇り――駆が反応した瞬間には懐へと潜り込んでいた。突然速度上昇。身に纏うスパークや白い光だけではない。まるで何に背中を押されたかのように真っ直ぐ突き進んだ彼女は駆の虚を突き、

 

「……!」

 

 零距離で引き金を引いた。弾倉に込められていた弾丸を残らずはじき出す。魔方陣による防御は間に合わず全てを駆は喰らった。雷撃による補正がなくてもそれだけ喰らえば人間は容易く死ぬ。大量の血が全身を染め上げ、内臓が滅茶苦茶になり、その場で肉塊になってもおかしくなかった。

 それでも駆は生きている。

 死なないし――諦めない(・・・・)

 そもそも体に風穴が大量開いたという程度で死ねるならば津崎駆はこの場で白詠澪霞と殺し合うこともなかっただろう。もっとずっと前にどこかでのたれ死んでいるはず。

 だから彼は動く。

 指の動きで銃剣を回転させ、刀身を澪霞へと振り下ろす。力を載せられなくても宿された二色の色が少女を殺し切るのには十分。だからそうしようとした。

 

「――!?」

 

 しかし全身が硬直していた。戦闘が始まってから初めて生まれた明確な驚愕、そして隙。

 それはまるで体中を覆う血が固まってしまったかのように。雷撃とは別の拘束が駆の動きを一瞬だが完全に止めていた。

 当然澪霞は見逃さない。

 

「――」

 

 硬直の刹那、彼女が行使したのは武器ではなく己の肉体だ。五指を揃えた手刀。それまでよりもより強い雷光を纏わせた必殺。狙いは違えることなく心臓だった。

 射出。

 スパークが弾け、

 

 ――横合いから駆を弾き飛ばした荒谷流斗の胸に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 気づいたら体が動いていたわけではない。心の奥底に秘めていた何かに無意識が反応した故の行動ではなく、何が起きているのか解らないままにとりあえず動いたというわけでもなかった。。ましてや誰かに操られてとかオカルトな理由でもない。

 何が起きているのか、少なくとも理由や原因はともかく現実としての事実は認識し、それを理解し、その上で――彼は駆を突き飛ばし、澪霞の貫手を心臓部に受け止めていた。

 

「な……!?

 

「――!?」

 

「ィ……ッ!」

 

 驚愕は確実にあった。駆と――そして澪霞も。これまで一度も、そして欠片も感情を見せなかった彼女も流斗の出現には驚愕していた。赤い瞳が見開かれ、小さな唇が小さく開く。

 そして、バチィン(・・・・)という落雷と竜巻が同時に発生したかのような轟音が響き、

 

「いってええええええええええええええええ!!」

 

 流斗は(・・・)弾き飛ばされた(・・・・・・・)

 着ていたジャージのジッパーは吹き飛び、焼け焦げている。胸にも同じような焦げ跡があり――けれど澪霞の貫手が刺さったような痕はなかった。十数メートル吹き飛ばされて、無様に背中から地面を転がっていく。その痛みに悲鳴を上げ、苦痛に呻きながらも、彼はふらつきながらも死んでいない。

 

「どう、して……」

 

 小さく漏れた声は澪霞のもの。

 この場には人払いは済ませていた。街の有力者である白詠の権力操作ではなく、より観念的、概念的な魔導の類による結界とでも言うべきものが張り巡らされていたのだ。一般人が入ってこられる空間ではない。

 けれど澪霞の目には流斗が写っていた。

 

「荒谷、流斗」

 

 掠れた声で澪霞は流斗の名前を呟いた。

 

「……っ」

 

 どうしてとかこっちのセリフだ。というかなんで俺の名前知っているんだ。

 流斗はそんなことを言おうとして、けれど胸の痛みのせいで言えなかった。

 ただなんとなく、澪霞に表情があることに驚いた。

 

「……」

 

 無表情が崩れたのはその一瞬だけだった。すぐに表情を消した彼女は突き飛ばされ膝をつく駆と転がったままの流斗を見て――踵を返して夜の街へと消えていった。

 一瞬で彼女の姿は見えなくなって、後には傷だらけの二人が遺されたのだ。

 

 荒谷流斗の非日常はついさっきから始まっていただろうけど、運命というなら――この時よりもずっと前から始まっていたのだろう。

 多分、きっと。

 

 

 




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