斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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episode2;穢れの英雄と焦がれる空
リレイションズ・ヒーロー


「人間関係――例えば英雄

 ……英雄だ人間関係かだって? そう、答えは是だよ。君は果たして英雄と聞いて何を考えるかな。御伽噺の主人公? ゲームやアニメの主人公? 歴史上の偉人? 或はもっと身近な誰かとか、特撮ヒーローとか。時代や男女によってそれらの対象は大きく変わるだろう。場合によってはどうでもいいとかいう今時の若者らしい答えもでるかもしれないね。

 なにはともあれ英雄。

 例えば僕は同級生たちから魔女なんて風に呼ばれている。僕としては不本意は甚だしいけれどさ。風来坊とか人形、なんてものは割かし的を射てると思うけどね。そんな僕だけどまぁいきなり僕が英雄を名乗りだしても誰も僕をそうとは呼ばないし、認識しないだろう。大体そんなものだ。

 そう、英雄とは名乗るものではないのだよ。

 英雄とは呼ばれ、讃えられ、称されるものだから。

 英雄とは一人きりでは生まれないんだよ。

 大体の英雄は一人ぼっちだけどね。

 彼は基本的にはただの一般人だった。一般人として生まれ、一般人として生き、一般人として死ぬはずだった。けれど往々にして彼らには苦難が訪れる。それは自然の暴威であったり、権力者の圧制であったり、幻想の魔獣であったり、無情な戦乱であったり、はたまた神の試練であったり。誰もが膝を降り、涙を流し、嘆く中で英雄は立ち上がる。

 憎しみで、怒りで、愛で、本来抱くはずだった当たり前の、けれど誰もが忘れてしまった想いを胸に理不尽に牙を剥く。

 我慢できなければやればいいとか、君はそんなこと思ってるだろ?

 我慢できないことに対して立ち上がるというのがどれだけ貴いことなのか、君には解らないだろうね。

 やるやらないじゃない。

 普通の人間には――できないんだよ。

 どうせ誰かがとか押し付け合って身動きが取れなくなるんだ。

 笑える話だけれど、笑えない。

 そんな笑えない状況が英雄を作るんだ。

 そう、英雄なんてそんなものだ。

 恰好良くて、凄くて、強くて、鮮やかで、煌びやかで、輝いてて――その他大勢に祭り上げられている滑稽な存在なんだ。

 ここは笑い所だぜ。

 英雄。

 英雄。

 英雄――秀でて勇ましい。

 彼らはね、何かが振りきれてるんだ。英雄っていうのは、そういう風に祭り上げて、特別視しないと周りの人間は正気を保てない。自分たちができるはずのないことを当たり前のようにやってのけるということは貴くて、気持ち悪いんだ。

 そう、気持ち悪い。

 理解ができない――だから気持ち悪いし、怖い。

 英雄とは賞賛であるのと同時に目隠しでもある。そうやって自分たちとは別の(・・・・・・・・)生き物だということ(・・・・・・・・・)にしておけば理解できないのも仕方ないって言い訳できるからね。

 繰り返すけれどその他大勢は悪くない。社会に於いては飛びぬけている方が悪いんだし。

 ただ胸糞が悪いだけ(・・・・・・・・・)()

 一見上手くいっている歯車もいつかは狂っていく。

 だから英雄譚の結末は悲劇で締めくくられる。

 英雄はたった一人で怪物を打ち破る。

 けれどたった一人の英雄はその他大勢に打ち破られてしまうものだ。いや、その他大勢だけじゃない、信じ合っていたはずの共に、愛し合っていたはずの女に、護るべきだったはずの家族に。

 彼らは殺されるんだ。

 だって物語が終わってしまえば英雄なんてのは必要ない。

 隣人がとんでもない力を持っているなんて安心して夜も眠れないのだから当然さ。

 いいかい、英雄とは誰かに認められることによって生まれるんだ。誰かなんかすごい奴がいて、なにやら大変なことがあって、その誰かがその大変なことをなんとかしちゃって、それを理解できないその他がいることによって産み落とされる。

 本人の意思なんてものはありはしない。

 馬鹿みたいだろ? 下らないと思うだろう? 

 全くもって同感だ。世の中には下らないことはいくらでもあるけれど、英雄なんて概念は最たるものの一つだね。

 人々の怠慢が。

 人々の脆弱が。

 人々の諦観が。

 異常を讃え。

 異端を称し。

 極端を抱え。

 胸糞悪い現実が――幻想の英雄を生み出すんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋にキーボードのタイピングが響いていた。

 恐ろしく、速い。まるで子供が意味もなくただカチャカチャ(・・・・・・)と遊ぶのと同じようなスピードで正確に思うが儘にタイピングを続けている。

 白衣の男である。

 二十代後半くらい。筋肉など欠片もついていないような痩身に、碌に手入れもしていない背中まで伸びる灰色の髪。それでも顔立ちは意外にも端正だ。くたびれたスラックスとカッターシャツの上にさらに小汚い白衣を着ているその様は科学者という言葉を連想させるものであり、事実彼は科学の徒であった。

 そんな彼は薄い笑みを顔に張りつけながらノートパソコンを操作し続けていく。

 そして、彼は薄暗い部屋に一人きり、というわけではなかった。

 

「ねぇ博士」

 

 キャスターの椅子に腰かけていた科学者の背後、同じ規格の椅子に青年が腰かけ、その隣には一人の女が背後に控えている。

 奇妙な二人だった。

 別に服装や外見には問題ない。青年の肩辺りまで伸びた黒髪はきちんと手入れされているし、着ている服にしてもそこそこ上等なものだ。顔立ちも悪くない。その背後に立つ女性に関しては間違いなく美人と呼べるた。だが絹のような銀色の髪はざっくばらんに一括りにされているし、洒落に興味がないのか動きやすさを優先した格好だが妙に嵌っている。

 奇妙な点は二つ。

 まず女の腰、そこに女性には不釣り合いな剣帯と左右の腰に短めの直剣一つづつ吊るされていること。

 もう一つはその二人の雰囲気だ。

 青年は笑っている。けれどそれは楽しいから面白いからとかではなく、そういう顔なのかと思わせるほど完成されている。完璧に、貼り付けられた笑みだった。胡散臭さ極まりない。

 対照的に女には表情を見せなかった。人形のよう、というよりは表情筋を固めて動かなくしたみたいに。鉄仮面でも被っているようでピクリともしない。目を伏せ口を開かず息すら殺し青年の背後に控えている。

 表情が無いというよりは、隠しているという感じ。

 

「何かね」

 

「いや、せっかく遊びに来た友達放っておいて博士は何をしてるのさ。僕は友達が少ないんだからそういうことされると悲しくて泣いちゃうよ」

 

「確かに私と君は友達だけれど君が勝手に来たんじゃないか。そして君に友達が少ないのは私のせいじゃないね。泣きたかったら泣けばいい。あ、でも泣かれると邪魔だから出てってくれ」

 

「酷い話だ。君もそう思わない?」

 

「特には」

 

「酷い話だ」

 

 青年は一人でしたり顔で頷く。

 

「にしても博士は今なにを研究してるんだい?」

 

「妖魔についてちょっとね」

 

 科学者はタイピングの速度を一切緩めることなく、それでも口だけは背後の青年に言葉を返す。

 

「妖魔とはなんだかよくわからない。だからまぁとにかくなんかそれっぽいものを人工的に作ってみたんだけどね。どうにも難しい。やはり人の想念云々は調整が大変だね。統計が全然当てにならない。これと思った人間に限って予想外を叩きだす」

 

「大変そうだね」

 

「他人事のようだ」

 

「他人事だしなんとも」

 

「友達の事じゃないのかい?」

 

「僕が知ったかぶってもどうにかなるものじゃないし」

 

 呆れるくらいに中身の無い会話だ。最もそれに対し文句を付ける人間はここにはいない。女もまた目を伏せたまま黙するのみ。

 

「ふぅむ」

 

 青年が納得したように頷く。

 

「つまりその人工妖魔のせいでこんな風(・・・)になってるわけか」 

 

 青年の広げられた腕が示したのは――破壊し尽された室内だった。

 元々は設備の良い研究室か何かだったのだろう。かなり広い部屋で至る所にコンピュータや液晶テレビ、さらには大きなガラスの筒のようなものがあったのだろう。しかしそれら全て一つも残らずぶっ壊されている。部屋がやたら薄暗いのも照明が機能していないからだった。

 数少ない無事なものが科学者と青年が使っている椅子や机くらい。それ以外は何もかもが残骸だ。しかしちょっとやそっとの壊れ方じゃない。少なくとも人間が何かを振り回したり、また銃を連射したとしてもこうはならないだろうというくらい。

 まるで、化物とか怪物が力の限り暴れまわったかのように。

 

「恥ずかしながらそういうことでね。いやはや、別に研究施設なんていくらでも用意できるけれどここまで思い切り壊されると流石に困るね。私自身戦闘力なんてないものだからさ。実験体が暴れまわってる間頭抱えて緊急用の隠しスペースに入っていた甲斐があったよ」

 

「ホラー映画なら間違いなく殺されてるねそれ」

 

「現実様々だ。まぁホラー映画のように巻き込まれた一般人とか元軍人とかいなかったから普通に外に逃げられたけど」

 

「ホラーからモンスターパニックになってるじゃん」

 

「全くだ」

 

手を貸そうか(・・・・・・)?」

 

 さり気ない一言を青年が口にし、

 

「要らないかな」

 

 科学者もまたさり気なく拒否した。

 

「流石に私だって自分のケツくらい自分で吹くさ。実験体にも当然スペアはあるしね。データ取りも兼ねてその連中に対処させようと思ってる」

 

「悪い案とは思わないけど、良くはないよねそれ。博士がどんなの作ったかは知らないけど、この感じだと周りの被害凄いことになるだろうし」

 

「うぅむ、全くだ。私としても心が痛い」

 

 深く頷きながら科学者はようやくタイピングの手を止めた。本当に心を痛めているらしい。さらに何度か頷いて、

 

「――でも私の研究の方が大事なのは当たり前だろう?」

 

 にたり(・・・)と笑う。

 人々の平和よりも自分の研究の方が価値があると心の底から彼は信じていた。

 悪魔のように悪辣に。

 天使のように善良に。

 狂気する科学の徒は自分の言葉を疑っていない。

 そんな様に青年もまた笑みを深くした。

 

「博士のそういう所好きだよ僕は。君はどうかな」

 

「特にどうとも思いません」

 

 笑う男二人とは対処的に女は表情を動かさないままだ。

 

「ま、博士がそういうのなら僕はいいけどね。どうなろうと知ったことじゃないのは確かだし。頑張ってね」

 

「私は頑張らないけどね。私は頑張らせる方。頑張るのは私の実験体。いやぁ怪我の功名とは子のことだね。ちょっと前の試作型は幾つか作ってばら撒いたけれど大した効果はなかった。だから思い切ってグレードアップしたからどこで実験したものかと考えてたんだ。くくっ、あぁいいなぁ、これだから止められないなぁ」

 

 楽しそうに、げらげらと科学者は嗤う。

 嗤い続ける。

 荒れ果てて、壊れた部屋の中で狂気の科学者は己の叡智の為に。

 誰かが犠牲になったら――その時はその時だ。

 

 




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