斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

43 / 48
大分お待たせしましたー


ブルー・ミーツ・ブルー

 

 意識の浮上はあまりにもゆっくり行われた。

 底なし沼から浮上するかのように、眠気と気怠さと疲労と痛みが全身に絡みつきながら目覚めていくのだ。そしてその覚醒もまたはっきりしたものではない。断続的に睡眠と覚醒を繰り返していく。だから自分起きているのか寝ているのか、それすらも曖昧だ。

 自分が今どういう状況なのかも解らない。

 自分が一体なんであるかも。

 ただ混沌だけが精神を支配していく。

 

「――ぁ」

 

 ようやく完全に意識が覚醒しても、身体は碌に動かなかった。

 瞼を開けるのも億劫になりながら、なんとか目を開けばぼやけた視界が天井を移す。よくあるような茶色い板張りのもの。全身を支配するのは鈍い痛み。特に胸の辺りは思わず呻き声を上げてしまう程の激痛が走り、身じろぎする。

 その時布の擦れた感触は体を包み込む毛布か布団であるということに彼はようやく気づいた。

 

「!?」

 

 跳ね起きかけ、

 

「が……っ」

 

 声にならない悲鳴を上げるほどの痛みに体を悶えさせる。やはり胸、特に心臓部。まるで風穴でも空いているのかと錯覚してしまうほどの激痛。悲鳴は嗚咽なり、荒く掠れた息だけが碌に機能していない耳に届く。

 けれど聞こえてきたのはそれだけじゃなかった。

 

「だ、大丈夫!? ちゃんとしっかり深呼吸して!」

 

 彼の身を真摯に気遣うよな少女の声。それが誰なのかは解らずとも、身体は勝手にその声に従っていた。呼吸するだけでも痛みはある。けれどもそうしなければ始まらない。

 吸って、吐く。

 ただそれだけの当たり前のことがどうしようもなく、苦しかった。何度もせき込み、呼吸を重ねることでようやく落ち着いた。

 

「大丈夫?」

 

 背をさすり、口元を拭いてくれる誰かが、声を掛けてくれる。それに反射的に頷きながら、ようやくその誰かを見た。

 青い髪が、印象的な少女だった。

 

「大丈夫?」

 

 同じことを繰り返し心配そうな色を浮かべているが、どことなく快活そうな雰囲気がある。目を引く青い髪は肩のあたりに動きやすそうに切りそろえられている。 

 

「……あ、アンタは……?」

 

「ん、私? 私は……って、それどころじゃないよ。君は大丈夫? ちゃんと私の声聞こえてる? お腹痛くない? 減ってない? 目見えてる? 意識ハッキリしてる?」

 

「し、してる……してるから……」

 

「よかった!」

 

 答えに彼女は無邪気に破顔した。それから台所に行って水を汲んで来て渡してくれる。それを受け取り、喉に流し込んでからようやく辺りを見回す余裕ができた。

 マンションかアパートのシングルルームだった。

 キッチン付六畳一間の部屋にベットと箪笥やクローゼット。 

 それに――至る所に転がったり飾ってあるのが子供向けの特撮番組の玩具だった。 日曜朝からよくやっているアレだ。

 

「……ぷはぁ……っ……ここはどこだ」

 

「私の家」

 

「……俺は、なんで此処に?」

 

「家の前にずぶ濡れで倒れてたから拾ったんだよ」

 

「……」

 

 いやいやそんな昭和のドラマみたいな、なんてことを思って。

 それで、自分がどうしてそんな展開にあったのか、全く思い出せなかった。

 

「……俺、なんでそんなことに……?」

 

「お? なに、どうしたの? もしかして何も思い出せないとか? そんな一昔前の話とか」

 

「なにも、思い出せん」

 

「おう、まじか」

 

「あぁ……ぐっ」

 

 頷いた所で、胸に痛みが走った。

 心臓の位置に鈍く、しかし激しい痛み。呻き声が上がり、苦痛に悶える。

 

「ちょ、大丈夫!? あんまり無理しないで!」

 

「……はぁっ……はあっ……ぐっ」

 

 荒い息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。それが部屋に一つしかないものだということに気づいたのは随分後の話だったが、今はそんな余裕はなかった。

 

「とりあえず、今は休んで。もうちょっと元気になったら、事情話してくれればいいから」

 

「っ……あ、あぁ」

 

「おーけぃ! あ、そうだ」

 

「……?」

 

 青い髪の彼女は、まるで真っ青な大空みたいな笑顔で笑って、

 

「私は空、葵空。君の名前は?」

 

「なま、え……」

 

 何も思い出せない。

 けれど、自分の名前だけはなんとか絞りだせた。

 

「椎名……椎名(シイナ)――(カイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねっみぃ……」

 

 書類を手放しながら生徒会室の長机に突っ伏し、思わず言葉を吐いた。

 眠気が酷くて碌に頭が回らず、それしか言うことがない。

 昨夜人型妖魔が出てから、結局一睡もせずに流斗たち三人で街中を駆け巡ったがしかし見つけることはできなかった。身体への疲労はそこまでもないが、眠気というのは厄介なものでこの身体になっても無視はできない。今日一日の授業は半分くらい寝ながら過ごしていた。

 

「シャンとしなさい」

 

「……先輩は、平気そうっすね」

 

「慣れてるから」

 

「俺も慣れたいねぇ」

 

 頭を軽く振りつつ、備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを淹れようとして、

 

「あ」

 

 力加減を間違えて、コーヒーを溢れさせてしまった。

 

「……こっちも困ったなぁ」

 

 流斗からすればこっちの方が切実な問題。先のリルナ・ツツとの戦いに於いて、二発ほどかましてやった(・・・・・・・)だった流斗だがその際に両腕両足を再起不能レベルで酷使していた。『神懸』という性質故にある程度は回復したが、そこから先が一切状態が良くならなかったのだ。

 日常生活に支障がでるかでないかの、微妙なライン。

 物を摘むくらいならばできるが、箸が依然よりも扱いにくかったり、細かい加減ができなくなったりしているのだ。気を付ければいいのだが、今みたいに気を抜くとどうにも上手く行かない。

 

「……あの技は」

 

「はい?」

 

 零したコーヒーを拭いていたら澪霞が言った。

 

「あれはもう二度と使わないで――なんて言っても君は絶対に効かないだろうから言わないけれど」

 

「そりゃまぁ」

 

 積極的に使いたいとは思わないけれど。

 それでも、前みたいに我慢ができなくなって、相手が自分よりずっと強い相手だったのなら荒谷流斗は躊躇わず自分の腕を潰してでも戦うだろう。

 

「だから、可能な限り使わないで。やり過ぎれば……いつか本当に体が使い物にならなくなる。『神懸』だとしても、限界はある」

 

「……うっす」

 

「ん――それはそうと生徒会の仕事もして」

 

 机の上に山ほど詰まれた書類が指さされる。部費の申請書とか待遇の嘆願書とか生徒会への相談みたいなそういう奴。それらの区分別けとかが基本的に庶務職の仕事だが、いかんせん数が多いし手間がかかる。そういうことは苦手ではないが、今の体調では微妙に困る。

 あと大体内容が下らない。

 

「やっぱこう……部活とか同好会削った方がいいんじゃないすか」

 

「どうして?」

 

「いや無駄に数あるし、大体しょうもない奴だから……ほらこれ、今俺がだれた時見てたこれ。おかしいくないすか。なにそれ『リアルTRPG部』って舞台に使いたい場所あるから貸してくださいなら解るけど放火していい場所とかあるわけねーだろ。重罪だよ」

 

「…………花火くらいならセーフ?」

 

「いやいや」

 

 花火だって危ないことには変わりないのだ。

 去年の夏打ち上げ花火やロケット花火を並行に飛ばし合いながらやるガチ騎馬戦が夏休みあって大問題になったのだ。当時一生徒だった流斗も参加して最前線で打ち上げ花火抱えていたのだが。

 

「うちの学校はどうしてこう変にアグレッシブなんだ……」

 

 流斗も人のこと言えないが流石に生徒会に入った以上はあまり好き勝手動けない。

 嘆息していたら、スマートフォンが鳴った。

 

『駆だ』

 

「なに、どうしたんだ態々携帯で。まだ学校にいるんじゃないのか」

 

『ゲーム遊戯部でオンラインイベントに参加中なんだ……あっ、そうだ、それがフラグらしいぞ。逃すな』 

 

「おい、おい。何してんだアンタ」

 

『ははは、気にするな。それでだ。昨日のゲームの(・・・・・・・)強キャラ(・・・・)の話なんだが』

 

「おう」

 

 つまり謎の人型魔族のことだろう。

 

『俺は関わる気ないから頑張れ』

 

「……は?」

 

『じゃっ』

 

「いやいやいや! ちょっと待った! なんかこう、アドバイスとかないんかい!?」

 

『は? 甘えんなよ。最初に見つけたのお前らだろ。お前らでどうにかしろ俺は知らん。お前らが全員死んで街が壊滅しそうになったら俺が動くから、手間取らせるなよ』

 

「……気遣い有難すぎて涙が出るわ」

 

『そうか、それじゃあ頑張れ』

 

 電話が切れる。

 

「…………」

 

「無理もない」

 

「はい?」

 

「彼は私たちを困らせるのが仕事だから。宿り木の時だって動かなかったでしょう? アレは私たちがどうしようもなくなった時以外は動かないってことを忘れないで」

 

「……どうにも距離感がなぁ」

 

「契約と個人は別だから。慣れた方がいい」

 

「んじゃ先輩? 俺たちはどうするんすか? 放っておくとやばいんでしょ?」

 

「ヤバイ。でも、やることは一緒。見回りを行って、妖魔が出たら倒す。相手が奴なら可能な限り消耗させて、情報を集めて打倒する。それだけ」

 

「分かりやすい」

 

「いいでしょう?」

 

「全く」

 

「納得したなら仕事して。七時には出るからそれまでに終わらせて」

 

「ちなみにその後は」

 

「書類出して、ご飯食べたら、後は朝まで見回り。十二時過ぎたらそれぞれ三時間づつ仮眠。五時からは屋敷に戻って修行」

 

「ハード過ぎる! あ、そうだ。遼に助けてもらおう。アイツもいれば仕事もはかどるし」

 

「…………一般生徒に生徒会の書類を見せるのはよろしくない」

 

「いやいやアイツも関係者だし、漏らすような奴でもないし大丈夫ですよっと」

 

 スマートフォンを操作して、遼の番号を呼び出して電話を掛ける。澪霞のため息を聞いた後、数コール後に応答があった。

 

『もしもし』

 

「おう、遼。今大丈夫か」

 

『えぇ、どうしました?』

 

「いや仕事多いからちょっと手伝ってくんない? その後どうせ見回り行くじゃん? 夕飯も俺と先輩で食べて一緒に行こうぜ』

 

『ふむ……』

 

「どうよ」

 

『…………』

 

「おーい」

 

『いえ、遠慮しておきましょう』

 

「え、なんで? 助けてくれよお友達」

 

『いや自分の仕事は自分でしてくださいよお友達』

 

「ぐぬぅ」

 

 正論過ぎて反論できなかった。

 

『それに白詠さんもいい顔はしてないでしょう? 顔というか雰囲気というか空気というか』

 

「……まぁ確かに」

 

 横目で見た澪霞の無表情は変わらないが、不機嫌そうだ。

 

『でしょう、というわけで僕は僕で動きますから。あ、夕食も自分で取るので、先ほどテニス部とカバディ部とワンダーフォーゲル部の部長のお姉さま方に食事に誘われたのでそれに行ってから合流します』

 

「てめぇ満喫しす……切りやがった」

 

 てかなんだよワンダーフォーゲル部って。

 聞いたことねぇよ。

 

「おのれあの裏切り者め……」

 

「ほら、遊んでないで手を動かす」

 

「へいへい……」

 

 眠気って拒絶できないのかなとか思ったら心なし少しまともになった。すげぇけどなんか違う気がする。席に付き、また訳のわからん内容が書かれたプリントを手に取りながら冗談まじりで、

 

「頑張れの一言もないんですか?」

 

「頑張れ」

 

「……頑張りまっす」

 

 ちょっとやる気が出たは秘密だ。

 

 

 

 

 




なるべく更新頻度上げていきたいと思います。
ネタがたまりすぎて困る

感想評価お願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。