夜の街を白い影が跳ねて、駆けていく。
移動はかつてない速さだ。気流操作と肉体電位による移動補正を全開にして建物を三つ四つを一息に飛び越しながら移動を続ける。場所が街の郊外の澪霞の密かなお気に入りの店だったので都市部とは距離がある。だから流斗を置き去りにして、可能な限りの最高速にて跳躍を繰り返していた。先に遼がいるとはいえ、相手は正体不明の妖魔だ。
そうして数分足らずで到着した。
「おっ、来ましたか……ととっ」
既に遼は人型妖魔と交戦していた。四肢を無茶苦茶に振り回し叩き付ける。それらを遼が戟でいなしていた。恐らく、相手の力量を見定めるのと、澪霞たちを待つのに時間稼ぎをしていたのだろう。
それを目にし、周囲に結界が張られていることを確認し、行動は即座だった。
「揺蕩え月讀――」
白いスパークが全身に弾かせながら、符にて長槍を生み出し振りかぶり、
「落ちろ――鳴神」
最大火力と共に投擲した。
稲妻が注ぐ。まず白く染まった槍が若干遼も軽く焦がしながら妖魔に命中し、直後天から雷が直撃した。轟音と閃光が弾け、地面が砕ける。
命中を確認しつつ、再び手の中に拳銃と刀を出現させた。
「……あの、軽く僕も巻き込まれたんですけど」
背後からのっそりと遼が現れた。制服や髪を微妙に焦がしながら半目を此方に向けている。
「君なら問題し――君一人犠牲であれを消し飛ばすことができたのなら安い話」
「この人ちょっとヤバイんじゃないですかねぇ……」
まぁ否定するつもりはない。
それにもっとやばいのが目の前には残っているのだ。
「■■■……」
土煙と砕けたコンクリートの中に、変わらず人の形をした妖魔は立っていた。
完全な人間というわけではない。四肢は妙に長いし、頭部と胴体の境目も曖昧だ。澪霞が投擲した槍を握りながら呻き声を上げている様は先日発見した時との差異はあまりない。
槍を握りつぶしながら澪霞や遼へとにじり寄って来ようとするあたり、それなりのダメージを負っているのだろう。だが、今放ったのは澪霞の持つ手札の中では最大火力の一つだったが、それだけで足りないとなるとやはり一筋縄ではいかないらしい。
「と言ってもそこまで理不尽ではないようですが。僕一人所か、白詠さんや流斗君でも策を練ればなんとかなるレベルかと」
「そう――」
頷き、 刀を握った手を振り下ろす。
「■■■……!?」
砕けた槍のは破片が弾けた。スパークが妖魔に絡みつき、動きが止まる。投擲以前に仕込んでいた拘束術式。だが以前リルナ・ツツを止めたほどの強度は無く、もう数瞬あれば妖魔も自由になってしまう。
「よっと」
その数瞬を、飛籠遼は見逃さない。
闘気による肉体強化は一瞬で行われ、妖魔が動きだす前に距離を詰め、
「もう一回行けますか?」
鳩尾に戟をぶっ刺して、
「無茶を言う」
澪霞が二発目の落雷を落としていた。
「■■■――!!」
突き立てられた戟を避雷針として雷撃が集中し、妖魔を内側から焼き焦がす。流石に先ほどより勢いは弱いが、効果としては先ほどより大きい。先ほどのリフレインのように稲妻が弾け、周囲を破壊するが一つ違うことがある。
「シッーー!」
雷が迸る空間の中で尚動きを止めない将がいる。周囲に残るスパークは全身から噴き出した闘気で耐えて、雷光の余波の残ったままの戟を振るう。遼の奉天画戟は特級の聖遺物だ。落雷一つで損なったりはしない。問題は遼の方にもダメージがあるが、
「犠牲になるよりはマシですよねぇ」
攻める。
大ぶりの斬撃を一息に三撃。
斬痕から飛沫いたのは血の類ではなく黒紫の瘴気だ。全身を完全に覆っている以上、瘴気の量は以上に多いがしかしその質は大したものではない。長時間触れていれば発狂しかねないが、この程度の交叉で浴びるのならば問題ない。
三撃叩き込んだ直後、妖魔が動きを取り戻す。全身に走った雷撃や遼の斬撃を厭うように異常に長い腕を力任せに振り回そうとする。
「攻めて」
「是」
振られた剛腕を澪霞が雷弾にて打ち抜き動きを止め、その隙に遼が戟を連続して叩き込む。
「■■■ーー!」
そも動かせる気がない。妖魔の実力が未知数だからこそ、戦える内に火力を叩き込み戦闘力を削っていくのだ。
「とりあえず四肢の一つや二つは捥ごう」
「このセリフがあの無表情で発せられていると思うと恐ろしすぎますね!」
何が恐ろしいって相手が妖魔だろうと人間だろうと普通に同じようなことを言いそうなことである。とりあえず妖魔斬りつける方が怖くないので妖魔に斬りつけていく。
赤く揺らめく闘気を纏わせた戟の刃と月牙が黒紫の瘴気を裂き、砕いていく。
飛籠遼の武威は掛け値なしに達人の領域である。
素人の荒谷流斗は言うに及ばず
「■■■!」
「っ……! 流石、一筋縄ではいきませんか」
倒れない。妖魔の攻撃は全て回避するか受け流し、此方の攻撃は全て命中しているのに。
人の形をした妖魔は変わらず低い呻きと共に暴れまわっている。
「流斗君はまだですかね、っと!」
石突で救い上げるように妖魔の足を刈り、その勢いのままバランスを崩した所を月牙でフルスイング。派手な打撃音と共に妖魔が吹き飛び、即座に澪霞が銃撃を見舞う。吹き飛んだがしかし、すぐに姿勢を修正し妖魔は飛びかかって来た。
「……ふむ」
「■■■!!」
「五秒」
「了解です」
妖魔の跳躍に合わせて遼が軽く後ろに跳ねた。背後に倒れ込みながら妖魔を迎え入れ、
「赤兎!」
腕が降られる前に真上に蹴飛ばした。蹴り足に宿っていた赤い陽炎。それに弾かれた妖魔は為す術もなく直上に飛び、
「六条――はい、頑張って」
澪霞の分割根に絡め取られて振り回された先は道路の曲がり角。
そこに飛ばされ、
「――ぅおぉぉおおお!?」
●
「――ぅおぉぉおおお!?」
走ってて戦闘音がしたと思って道を曲がったら目の前にでっかい黒いのが飛んできた。
意味が解らないし、正直滅茶苦茶驚いたが。
はい、頑張って。
直前にそんな声が聞こえてきたから、
「――だぁらっしゃ!」
とりあえず全力でぶん殴りに行った。
戦闘音が聞こえてきた時点で既に神憑が発動していた。
故に顕現した暴風は一切構わずにその暴威を叩き付けた。
拳が妖魔の瘴気に触れた瞬間、色々なものが流れ込んできた。それは怨念、恐怖、絶望、激情、所謂人の負の想念。妖魔と瘴気を構成するものであり、人が触れればたちまち精神を狂わされる。飛籠遼が闘気によって防御していたが、当然流斗にはそんなことはできない。
拳撃の瞬間だけとはいえば馬鹿にならない。その一瞬だけだとしても妖魔の瘴気というのは人を犯すのだ。そしてそれは荒谷流斗にも受ける事実は変わりなく、
「やかましいわッ!」
残らず全て拒絶した。
「■■■!?」
身を守る鎧でもある瘴気を一切合切無視された妖魔は今度こそ為す術もなく吹き飛んだ。突き当りの住宅に激突しそのまま土煙に紛れて姿を消した。
「やったぜ!」
「いやまだですよ」
ガッツポーズしたらいつの間にか隣に遼がいた。
「うおお、え、まだなの?」
「まだ」
「うおおおおっ、なに、驚かさないで!」
遼に驚いたら逆側に澪霞がいた。
心臓に悪いので止めてほしい。
「いやつーかいきなり人の前に敵投げつけるのやめてくださいよ」
「君ならとりあえず目の前に敵がいたら殴りつけるでしょう?」
「……」
「あはは、読まれてますねぇ」
実際その通りだったので何も言えなかった。結果オーライだから別にいいのだが。
「てかなに、アレで死んでないの?」
「あれで死ぬなら僕と白詠さんで二十回くらい殺してますよ」
「どんだけ痛めつけたんだよ」
「滅多切りにしたり雷二回落としたりしたんですけどねぇ」
「……あーあのくそ痛いのか。……ぶっぱしてんなぁおい」
「喰らったことあることに僕はびっくりですよ」
雷落とすというあの漫画染みた冗談技を二発、おまけに遼が滅多切りという程までに攻撃しているのにも拘らず健在というのならば、なるほど流斗の一撃では足りないのだろう。
「どーすんすか先輩?」
「無論、追撃……、ッ!」
土煙から視線を外していなかった澪霞が弾かれるように飛び出した。一瞬後に遼も、全く理解しないままでも流斗が後を続いた。
「……逃げられた」
苦々しげに呟いた澪霞の視線に先はぶち込まれた家の床に開いた巨大な穴だった。あの妖魔が流斗の参戦に不利を悟ったのか逃亡したようだ。
「ふーむ……謎ですねぇ」
「何がだ?」
「戦闘力は低いですが、耐久力はかなりのものでした。流斗君が来たから逃亡というのは合理的ですが、そう考えると今夜不用心に出てきたのもいまいち理解できないですよねぇ。こう、ちぐはぐというか一定性がないというか。そこそこ脳があるのならもうちょっと法則があってもいいと思うんですけどね」
「ははぁ、確かにな。ここ三日全然でなかったのにいきなり派手に出てきたもんな」
「調査が必要。『護国課』にも報告を上げて、まだこんなことが何回も続くなら妖魔の研究家なりを招くことも考えておこう。……あまりいい予感がしない」
「ですね、少々意味不明すぎて不気味です」
「……それで? 俺たちはどーすんすか?」
「……少し消耗した。多分今日は流石にでないと思うし休息に。荒谷は一人で街警戒してて」
「えっ」
「冗談」
「冗談に聞こえないんすよアンタが言うと……!」
無表情の真顔で赤い目に言われると欠片も冗談とは思えない。
「一先ず今日は休もう。明日からはもっと、警戒を強くしないと」
●
「……ぅぁ」
目を開けたとき、気づけば街灯の下にへたり込んでいた。
体に力が入らない。さらに言えば全身至る所がまたもや痛い。特に、どてっぱらに穴が開いたのかと思う程の激痛があった。
「ぐっ……俺、なにして……」
空といていきなり心臓に激痛が走って、それで何か駄目だと思って、走りだして――そこからの記憶がない。
「……さむい」
寒かった。指先が悴んで、身体が震える。
「……俺は、何を……」
記憶がない。夕方くらいに出かけたはずなのに、もう随分な夜だ。
気温は随分と低く吐く息も白い。
寒さは染みる。
体ではなく心に。
最初の時点で目覚めたときほどの痛みではない、でも逆にだからこそ精神的な辛さを感じる猶予があった。
あの時はただ痛くて、訳が分からないだけだった。
今は痛みもあるけど、それ以上に何故か――寂しい。
「――さび、しい?」
どうしてそんな風に感じるのだろう。椎名海には記憶なんてなくて、そんなことを感じることすらないと思っていたのに。少なくともこの三日間そういう風に感じたことはなかった。
何故か――その理由は考えればすぐに出てきた。
だって、
「……あぁああああああああああああ!! 見つけたぁああああああああああああああああ!!!!!」
「っ……!?」
唐突に絶叫が響いた。
驚き、身体が硬直したが声の主は構わずに近づいてきた。
「もう! どこに行ってたのさ! すっごぉ……っく! 探したんだよ!? あーもう、またなんかボロボロになって! 喧嘩でもしてたの!? 駄目だよ喧嘩は! どうせ拳でやるなら拳でのお話合にしなさい!」
「……」
「ちょぉーっと、聞いてるの!?」
聞こえた声に、顔を上げた。
「海君!」
そこにはあの時と同じように。
青空の笑顔の少女がいた。
「……空」
「なに? もーどこで何やってたんだよぅ! ほら、立てる?」
「……あぁ」
「ん、肩貸すよ」
「……ありがとう」
寂しさを感じた理由は――決まっている。
この三日間、ずっと彼女が、真っ青な空みたいな笑顔を浮かべて隣にいてくれたから。
「……ありがとう」
「ん、どういたしまして」
感想評価お願いします。