「くそっ、なにがどうなって……」
胸の痛みに吐き捨てながらも流斗はなんとか立ち上がる。胸、というより心臓部の焼け焦げた痕を見て、触れてみる。着ていた服は消えているが、それでも無傷に見える。あの一瞬の閃光で何かが起きたかは解らないが、少なくとも澪霞の手刀が胸に刺さって死亡なんていう目には合わなかったらしい。
安堵を息を吐いていたら、
「お前、は……だれ、だ」
そんな掠れた声が耳に届いた。視線を動かす。動かした先には、ついさっき流斗が突き飛ばした青年が膝を付いていた。見るからに血に塗れて病院へ連絡した方がよさそうな、というかなんで生きてるんだろうと思うくらいにボロボロな男だ。流斗がとっさに病院へと電話しなかったのは単純に電話を持っていないのもあるが、それよりも青年の目が怖かったからだ。怖いというか、おっかないというか、ともあれ結局のところ無駄な動きを赦してくれなかったということだろうことが一番大きい。
「あー、アンタってカケルクンでいいの、か?」
睨みつけが強まって先に言うことがなくなった。何故、自分の名前を知っているのか、カケルクンなどという馴れ馴れしくもぎこちない風で呼ぶのかという疑念が入り混じった視線だった。勿論そんな違和感しかない物言いには原因があった。
「駆君!!」
「っ!」
ダッフルコートの女性が現れた。さっきぶつかった時のように息を荒くしつつ、一目散に駆へと駆け寄る。流斗など全く見えていないように。多分、見てない。思い切り流斗の前を通り過ぎたが一瞥すらなかった。さらに言えば駆もまた女性の出現と同時に完全に意識が外れる。
一気に蚊帳の外だ。
「沙、姫……お前、なにを」
「喋らないで!」
彼女になにかを問いかけようとした駆だったが、けれど女性――沙姫の悲鳴染みた一喝で黙らされる。沙姫が駆の身体の傷に手をかざした。すると彼女の手から光が、沙姫の髪と同じ瑠璃糸の光が溢れ、駆の傷を癒していく。手から発せられる光が傷口に宿り、少しづつ塞がっていくようだった。
映画の逆再生のようだと他人ごとのように流斗は思う。
何せ沙姫は涙を溜めながら駆に抱き付くように支えて、駆も彼女の存在に安心したように腕を背に回している。先ほどまで手にしていた銃剣はいつの間にか消えていた。映画の逆再生のようであり、もっと言えば映画のワンシーンのようでもある。蚊帳の外というか観客のようだった。
「……?」
胸の痛みは少しづつ消えていった。あの一瞬では思わず絶叫してしまったくらいの、これまで味わったことの無いほどの激痛だったが、それも我慢できるくらいには。何故澪霞があんな風に駆を殺そうとしていたのかは解らないが、確かに彼女は駆を殺そうとしていた。流斗がこれまで感じたことの無い、しかしそうだと理解できてしまう殺気があったのだ。
――ならその一撃を喰らって自分はどうして生きているのだろう。
絶叫してしまうくらいに痛かったし、身体も吹き飛んだ。けれど言ってしまえばそれだけで済んでいる。いや、そもそもあの時流斗が
意味が解らない。
目の前の二人も、澪霞も、それに自分のことも。
「……おい」
思考は呼びかけの声で打ち切られた。見れば、駆が沙姫に支えられながらも自分で立ち、流斗を見ている。即死してもおかしくない傷を受けたはずなのに血は止まっていて、呼吸も整っている。けれど流斗を見る視線だけは変わらず強烈だ。
お前は何だとその眼が言っている。それはこっちのセリフだけど。
「俺は、あー。ついさっきそっちの人にぶつかって、アンタが死んじゃうとか聞いたから急いできたわけなんだけど……」
「そんなことはどうでもいい」
ばっさりだった。
「お前は、白詠のお嬢のなんだ」
「なんだって……」
なんだと言われれば、
「……後輩だ。俺のいる学校の生徒会長があの先輩で……いや、なんで俺の名前知ってるとか知らねぇけど、少なくともあの人は先輩後輩で」
それしか言えないだろう。実際に喋ったことはないはずで、面識もない。向こうがこっちの名前を知っているのは驚いたけど。少なくとも向こうはここら辺一帯では有名なお嬢様なのだし。
「後輩……そうか」
「さっきはごめんね。 えっと、私は雪城沙姫。貴方は?」
「荒谷、流斗だけど、ですけど……」
名乗ってから、良かったのかと思ったけれどさっき澪霞が言い残していたから構わないだろう。男の名前一つ知られたからってどうこうならないはずだ。一応年上のようなので思い出したように敬語を使ってみる。色々よくわからない状況だからこそ自分の常識で精神落ち着けるしかない。
「できればさっき何があったかについて説明してほしいんですけど」
ここの公園にたどり着いた原因ならば簡単だ。
道でぶつかった沙姫にカケルクンが危ないとか死んじゃうとかいう物騒な言葉を聞いて良心に従って駆けつけたら映画や漫画の世界だ。当然説明が欲しい。だから問いかけて、
「……」
駆は何も言わなかったし、沙姫も困ったようにうかがっているだけだ。
これは所謂秘密を知られたからにはなんとやらという奴だろうか。それはかなり困るのだけれど。よくわからないままに死にそうな一撃を喰らって、なんとか生き残ったのだから。そうでなくてもまだまだやりたいことは色々あるのだから死にたくはない。
「……あの」
「いや、いいぞ。教えてやろう。津崎駆だ。荒谷流斗だったな、さっきは命拾いした。礼を言う、ありがとう。あと敬語はいいぞ」
「え、あ、はい、うん」
いきなりの馴れ馴れしさだった。表情が緩んでいるという感じではないし、顔色も悪いまま。それでも、それまでの剣呑な空気は払拭されて流斗へと話掛けていた。
「ただ、ここでは話辛いな。どこか落ち着けるところに案内してくれるか」
「そりゃあいいけど……そんな簡単に話していいことなのか?」
「あぁ」
だって、と駆は前置きをしつつ、口端だけを少し歪めて、
「お前も関わらざるを得ない話だからな」
●
落ち着ける場所という選択肢は流斗の自室しかなかった。できるだけ屋内という話だったし、さっきまで死にかけだった人間を屋外で話させるというのも気分が悪い。よくわからない二人組を家に連れ込むというのは問題だが、少なくとも敵意があるようには感じない。母親も少しの物音で夜中に目覚めることはないだろうし。
なにより聞きたいことがありすぎた。
「それで、何から聞きたい?」
流斗が先に部屋に戻り、散らかっていた部屋のスペースを開けてから二人を窓から入れて――二階の窓だったのだが駆が沙姫を横抱きにして入って来た――流斗はベッド、駆は床に、沙姫は椅子とそれぞれ腰かけていた。
話すことも聞くことも決まっている。
「先輩はなにしてたんだよ」
「俺のことを殺そうとしてたんだな」
答え、けれど苦笑し、
「そこから聞くか、面白い奴だなお前。まぁそうだな面倒な話になるが」
「できるだけ解りやすく言ってくれ」
「そうだな。簡単に言えば――護国課っていう偉い所があってな。多分そこから俺や沙姫の捕獲なり抹殺を白詠の家が受けたんだろう。そしてそれを実行したのがあのお嬢様というわけだ」
いきなりよくわからない。
「だろうな、だからまぁ――お前、魔法とか信じるか?」
信じない。
多分数時間前までならそう答えただろう。
「ちょっととは見たからなぁ。先輩とかアンタが光ったりすげぇ動きしてる所。信じないわけにはいかない」
「まぁ言い方はなんでもいいんだがな。魔法魔術魔導超能力異能神通力、ともかくこの世界には案外そういうのがあるってことを覚えておけ。重力とか引力とかそういうもんだと思っておけばいい」
変な言い方をするなと思った。重力や引力。それはつまり、当たり前のようにあるけれど、完全には解明されていないもののことではないだろうか。よくわからないものをよくわからないままに感じているということ。
「間違ってない。
言いながら流斗を指さして、駆は言った。
「
「――」
その言葉を口の中で転がしてみる。勿論聞きなれているわけではない。神懸る、なんていう言葉があるけど、多分それとは別なのだろう。
自分も含まれたことのへの驚きは少なかった。どころか納得さえできた。あの公園での自分が起こしたことに理由があったのだから。魔法とかちょっと荒唐無稽のほうが解りやすい。
「さっきのお前のアレもその一端だよ。言ってしまえば一つの体質だ。人種国籍聖別血統は何一つ関係ない特異体質。極々稀に生まれる病気の類と言ってもいい。あるだろ? 何千万とか何億人に一人の奇病とかいうやつ」
「……すげぇ例えだな」
病気、奇病。当たり前のことながらいい思いはない。いい思いである奴なんていないだろうけど。
「どういう、風になるんだ? 魔法が使えるようになるって感じなのか」
流斗の言葉に頷きながら、手の甲を見せながら右手の人差し指と中指を立てる。それに視線を向ければ指先に黒と銀の光の塊が生まれた。大きさはピンポン玉より小さいくらい。流斗の記憶にある限りでは変わった形をした銃剣やそれが纏っていた光と同じものだ。
「使える物は人によって全然違うけどな。俺はこんな感じで光の球とか出して攻撃できるし、あのお嬢は電気……多分、それだけじゃないだろうが。お前がどういう力なのは知らんがちゃんと自覚して使えないと暴走して死ぬぞ」
光を消しながらすごいこと言っていた。
「……まじで?」
「まじだ、よくあるだろ? 身に余る力が身を滅ぼすって」
「……解りやすくて涙が出るぜ」
つまりどうにかしないと流斗の身は滅ぶらしい。命拾いしたと思ったら、今度はまた命の危険性だ。たった数時間で変われば変わるものだと、思わず呆れてくる。
「使い方は俺が教えてやろう。ただし」
「条件があるってか」
「あぁ。別に難しいことじゃない。教えてやる間に俺たちを匿え」
「……そりゃあ別に家にいるくらいなら、大丈夫だろうけど」
駆と沙姫。二人分くらいならこの家に居候ということになっても大丈夫だろう。母親がいるが、突然居候が出てきて怒るような人ではない。バイト先の知り合いとでも言えば数日くらいは問題ないはずだ。父親が普段いないから部屋もあるし。
それでも、
「何が目的だ、アンタ。匿って俺にそのなんとかっていう力の使い方を教えてくれるのはありがたいけど、アンタのメリットは」
「俺たちはお尋ね者でな。かれこれ何年も逃亡生活を送ってる。ここ最近は碌に休んでいなかったし、少し前に俺が手傷を負ってな。かつてない最弱状態だから休息が欲しい。お前に『
駆が視線を動かす。向けた先はいつの間にか眠っていた沙姫だ。流斗と駆が話していたのに落ちていたらしい。
「……」
「見過ぎだぞ」
いきなり蹴られた。
「いてぇ、え……ん? 痛く、ない」
足を結構な勢いで蹴られ、打撃音もあったのにほとんど痛みを感じなかった。
「ふむ……お前のはそういうことだろう。よかったな、これなら強めにぼこぼこにしても問題なさそうだ」
「アンタ結構いい性格してるな!」
「叫ぶな、沙姫が起きるだろう」
本当にいい性格している。
それに多分、この男は知ってることを全然言っていないだろうと思う。バイト先とかでたまにいるような人種だ。嘘はついていないけれど、聞きたいことを全部言っているというわけでもない。何を考えているかよくわからない人というか精神的な強度が全然違う。
「……もうこんな時間か。明日明後日休日なんだから色々聞かせてくれるんだよな」
「あぁ。安心しろ。今の話は大分省いたからな。解りやすく、何日かに分けて解説してやろう」
「そりゃどうも」
つまり聞きたいことを聞き出すためには少なくとも何日かは匿わなければならないということだ。そして流斗はこのままさようならなんてできない。最低でも『
「とりあえず、今日はこの部屋好きに使ってくれ。俺は下で寝るから。明日になったら母さんに頼んでみるから。……一つだけ聞いていいか」
「なんだ?」
「お尋ね者ってなにしたんだ」
一応、それは聞いておかなければならない。自分だけならばともかく母親のことも考えて。
「沙姫はなにもしてない」
まず口にしたことはそんなことだった。黒い男は瑠璃色の女を、驚くほどに優しい目で見つめながら
「こいつは被害者だ。勝手に持ち上げられて、勝手に追われてるだけだ。俺はコイツを護りたかった。何を敵に回してもな……お前にもあるだろう? 何を犠牲にしても叶えたい願いってやつをさ」
「――なんで」
ない。ないはずだ。そういう確固たるものがないのが荒谷流斗なのだから。なのにどうして駆ははっきりとした確信を持ってそんなことが言えたのか。
そして駆は意外そうに流斗を見て、
「そういう願いを、頭がイカれてるレベルで持っているのが『
ちょっと流斗には無視できないようなことを言った。
当たり前のことのように。
情報は小出しに。
そのうち活動報告とかでキャラ設定とか用語のまとめとか作ろうかなと。
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