斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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コンフューズ・ランチ

 

 白詠高校の生徒会は少し特殊な部類だ。

 生徒会そのものに特別な権力があるというわけではない。それどころか、役目としてはかなり消極的な部類に入るだろう。委員会や部活動、教師生徒間に於けるまとめ役のが基本的な役目だったはず。

 上ではなく、それぞれを繋ぎ間に立つ。

 表舞台に立つことはないサポート組織が本来あるべき姿だった。そもそも生徒の自主性に任せる、というよりも私立高校なので細かい校則の規定がない故に厳しくなるか緩くなるかという二択に白詠の学園長は必要最小限の戒めのみを残すだけでほとんどが放任主義だ。流斗が矢鱈めったらにアルバイトをしていること当たり顕著だろう。バイト先等で聞いた話では場所によってはバイトどころか携帯の類の持ち込みも禁止する学校もあるらしい。

 ともあれこの高校における生徒会はそれほど重要な地位にあるわけではなかった。

 それも白詠澪霞が生徒会長に就任するまでの話だ。

 生徒会そのものに地位はなくとも、生徒会長になった彼女には確かな地位があった。

 白詠の娘であり、彼女の祖父は現学園長、一族そのものが街の名士、さらに加えて人間離れした容姿。特別視されないわけがない。一般生徒である流斗には生徒会の実情がどういうものであるかは知らないが、しかしそれでも現生徒会が白詠澪霞生徒会長一人のみで構成されているということくらいは知っている。それで生徒会が問題なく運営されていることも。なので、名目上の権限は変わらず、しかし生徒会長故に独特の権力、もっと言えば近寄り難さがあるのだ。

 そんな生徒会に流斗は呼び出しを受け、生徒会室の前に立っていた。

 

「……うーむ」

 

 緊張しているのだろうか。

 自分で自分に問いかけてみる。よくわからないというのが正直な所だ。周囲に人の気配はない。部活動の為の部活棟に通常の学校生活の為に使うそのまま学生棟にその他施設があるわけだが、学生棟自体も校舎は二つに分かれている。一年から三年までの教室がある教室側と職員室や委員会室、それに各種特別教室がある職員側。生徒会室も職員側に存在している。生徒数が膨大というわけでもないのに土地が広かったり設備が充実している辺りいい学校だなと思う。

 とにかく生徒会室は職員側、それも一番上の四階にあるで生徒会役員以外はほとんど立ち寄らない。学校行事や委員会部活会議に使われるくらいで、生徒会のワンフロア貸切と言っても過言ではない。何代か前まではそれでも昼食の場として使われていたという話も聞いたが、しかし今の代ではまずないことだ。

 なので人の気配は皆無。

 下の階や向こう側の校舎からわずかに喧騒が聞こえるがそれだけだ。

 つまり――どんな話をしても聞かれる心配はない。

 

「……」

 

 思わず頭を掻く。やっぱり少なからず緊張しているらしい。

 呼び出された理由なんて言うまでもなく、先週の夜のことだろう。方法は予想外だったとはいえ呼び出し自体は想像していた。クラスに始業前に澪霞の姿を見たなんて話は聞かないので、誰よりも早く登校してクラスを調べてメッセージを仕込んだということだろうが、よくもそこまでやるなぁと思った。てっきり呼び出されるなら校内放送だと考えていたし、駆が一番気を付けろと言っていたのは闇討ちだったし、流斗自身もそれに同感だった。

 いやしかし、ここから先にそういう展開がないとも言えないのだ。

 正々堂々真正面からの不意打ちというのも、在りえなくはない。

 

「……よし」

 

 意を決して、扉をノックする。こんこん(・・・・)という音と共に、

 

「一年の荒谷です」

 

 名乗って、

 

「どうぞ」

 

 答えがあった。大きくはないが、ドア越しでも響く声だった。

 開ければ、多分そこはこれまで流斗の知っている世界とは別の世界があるのだろう。彼が実感していないだけでもしかしたら既に変わっているのかもしれない。

 まぁ今更入らないなんて選択肢はないのだけれど。

 

「失礼します」

 

 まず感じたのは暖かい空気であり、目に入るのは長方形の部屋だ。普通に教室よりは一回りか二回りは小さいだろう。長机が中央に二つくっ付けられ、壁際には書類棚や電気式の湯沸し器、インスタントのお茶や珈琲のマグカップ類。長机の奥には無骨な事務机があって、何枚かの書類が積まれている。正面の窓には一面ブラインドで覆われていて日光は入らず、部屋を照らすのは蛍光灯の灯だけだ。

 そして窓にもたれ掛かるように立ちながら彼女はいた。右手で左の肘を軽く抱き、右肩は窓に預けブラインドの隙間を眺めているように見えた。

 絵になるとかいう次元はなくて、それ自体が既に完成された絵画のように。

 まるで狙ってそういう位置にいるのではないかと思わせるほどの美しさを持っていた。流石に考えすぎだろうけど。

 

「……」

 

 見惚れていたのは多分数秒だった。ゆっくりと流斗を見る彼女と目が合ったからだ。

 真っ白な彼女の唯一色付く血の赤色。臙脂色の制服が色あせて見えるほど。目が合って、ゆっくりと彼女は窓から体を離し、流斗へと向ける。足を踏み入れた瞬間襲撃されるかと身構えていた身としては拍子抜けと言っても良かった。

 彼女は真っ赤な瞳で流斗を眺めてから、僅かに首を傾げて、

 

「……昼食は?」

 

「へ?」

 

「昼食、昼ご飯」

 

「あ、あぁ、昼飯……ね」

 

 予想よりもまるっきり違うことだったので戸惑った。いや、戸惑いは消えないが聞かれたことは、

 

「持ってない、です。購買とか学食とか使ってるんで」

 

 呼び出されたメッセージには昼放課としか書かれておらず、正確な時間が解らなかったので四時間目が終わってすぐにここに来た。多分今頃購買部の人気惣菜パンは売り切れだろう。正直、呼び出しのことしか頭になかった。

 

「――そう」

 

 一瞬間が開いた後に小さく頷いた澪霞の顔に表情はない。そしてそのまま正面の事務机――おそらくは会長用机――の横の床に置いてあった鞄から何かを取り出した。なにやら上品な小ぶりの巾着袋だ。彼女はそれを手にして態々流斗の前まで来て長机に置いて、

 

「どうぞ」

 

「どうぞって……?」

 

「呼び出したのは私だから」

 

 そう告げた彼女はこちらに背を向けて、壁際の湯沸し器やお茶がある机に向かう。

 

「緑茶、紅茶、珈琲」

 

「こ、珈琲?」

 

「砂糖やミルクは?」

 

「な、なしで」

 

 問われたままに答えて、答えたままに彼女が砂糖やミルクもない珈琲を淹れ始めたことに気付いた。もっといえば一つだけではなかった。マグカップを二つ用意して、インスタントの粉を放り込む。お湯を注ぎ片方だけにコーヒーフレッシュと棒状の袋の砂糖を二つ。

 二人分。

 インスタントコーヒーを作るのにそう時間が掛かるものではない。淀みない動作で作られたそれを手にした彼女は再び流斗の前に来て何も入っていない方の珈琲を置いた。置いたままに彼女は事務机の方に戻って椅子に付く。

 それで変わらず突っ立ている流斗と目が合う。

 

「……どうしたの?」

 

「え、あ、いや」

 

 どうしたのと聞かれても。

 

「そんな、俺が食べるとか、先輩の分は」

 

「私はもともと少食だし、一食くらい抜いても珈琲一杯で十分」

 

「あー、でも別に悪いですし……」

 

「気にしなくていい。呼び出したのはこちらだから、食べていい」

 

「……」

 

 一方的な言葉に返す言葉もなかった。彼女の中では自分の弁当は流斗が食べることが決定しているらしい。自分の分の珈琲に口を付けて余計な会話をするつもりもなさそうだった。

 

「……じゃあ、頂きます」

 

 それしか言うことがなかった。澪霞の正面の位置にあった椅子に腰かけて、巾着袋の中身を取り出す。袋以上にまた高級そうな黒塗りの小さな二段重ねの弁当箱と箸。取り出してからも一度伺ってみたが、珈琲に口を付けたままに目を伏せている。

 

「……おお」

 

 恐る恐る蓋を開ければ、中には色とりどりのおかずと五目御飯だ。里芋の煮物に出し巻き卵、白身の魚の切身にきんぴらごぼう。五目御飯の方は薄い醤油色で根菜や小さな鶏肉が混ざっている。ごく普通の、驚くほどに質素な弁当だ。てっきりおせちみたいな重箱弁当とか料理人にでも作らせているのかと漠然と思っていたがどう見ても女の子の和食弁当と言った感じだろう。

 また澪霞の方を見れば我関せずと何かの書類に目を通していた。

 

「いただきます」

 

 とりあえず最初に目が行った里芋に口に運んだ。

 

「うまっ」

 

 思わず歓声が漏れた。それくらいに美味しい。基本的に味の好みも決まった趣向はない。よっぽどのゲテモノでない限りは大体食べられるのが、逆を言えばこれが好きというのもまたなかった。

それでも思わずうまいとこぼすほど。味付け自体は薄く、少し甘目だが素材の味は生きているし、その薄めの味付けが素材自体の味を引き出している。続いた魚の切身も脂が乗っていたし、出し巻き卵も出汁が効いている。他のも思わず唸るほどに美味しい。

 一応流斗も普通レベルには料理はできるがしかし、ここまでは無理だ。明らかにプロの味だ。

 

「これ、先輩が作ったんですか? 凄い美味しいですけど」

 

「……違う、家政婦さん」

 

「あ、やっぱそういう人いるんすね。お家凄い大きい日本家屋って聞きましたけど」

 

「一応、庭師の人とかお手伝いさんは何人か」

 

「へぇ……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 あっれーなにやってんだー? と流斗は我に返った。

 結構なレベルで命の覚悟とかしていたのに談笑――そう言えるかはともかく会話は何気に成立してる――しながら澪霞の弁当を食べさせてもらっているとか予想外すぎる。何度かチラ見したが、澪霞は変わらず珈琲を口元に運び、書類を読んでいるまま。表情が読めないどころか、そもそも書類に隠れて見えなかった。

 味を確かに美味しかったが、それでも気まずさは大きかった。

 それでも食べるのに時間は掛からない。無言で数分も掛からずに食べ終えて、

 

「ごちそうさまでした……あの、洗って返します」

 

「いい。そのまま置いておいて」

 

「あ、はい」

 

 短くはっきりした口調は冷たさはなくとも恐ろしく鋭利だった。こうしてちゃんと会話したのは初めてだし、全校集会等以外で言葉を話すのも初めて見た。

 思ったよりも会話は通じる。

 いや当然か。

 人形のような人だと誰もが言うし、誰もが思うけど――彼女だって人間なのだから。

 いや、それでもただの人間ではないのか。

 人間は人間でも、神が憑いた――人間。

 

「――荒谷君」

 

 名前を呼ばれたということに気付くのには一瞬遅れた。君付けに戸惑ったというのもあるが。遅れて返事を返す間もなかった。いつの間にか書類から目を離し、珈琲も置いている。

 そしてその真っ赤な瞳で真っ直ぐに流斗を見つめ、

 

「津崎駆と雪城沙姫を引き渡してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの二人は君が思っているよりもずっと危険人物。可能な限り早く二人の居場所を私に教えてほしい」

 

「……」

 

 空気が変わったことを流斗は実感していた。何が変わったか聞かれると答えに困るが、しかし確かに何かが変質していた。多分それは彼女の心構えとかそういうものなのだろう。

 

「教えてくれれば私で処理するし、君に被害は出させない。……君の体質も此方で教導できる。最低限、暴走の危険性を無くすレベルまでに習得できたら日常生活に私たち(・・・)のような存在が関わってこないことも約束する」

 

「……本当ですか?」

 

 あまりにも流斗にメリットが多い話だ。ちょっと胡散臭いくらいに。曲りなりにもこの前の夜、流斗は澪霞の仕事(・・)を邪魔しているのだ。『護国課』とかいう組織からの依頼なのだから、それを阻害したのだから罰なり報復なり受けても不思議ではないのに。

 訝しげな思いは澪霞に伝わっていたらしかった。

 

「それは当然のこと」

 

「……?」

 

「君はこの白詠の街の民で、この学校の生徒だから。だったら白詠の娘としては護らなければならない対象。君が得して当たり前。それが私のやるべきこと」

 

「……ッ」

 

 今度こそ間違いなく衝撃を受けた。

 驚きとか疑問とかそういうレベルではなくて、脳天をガツンと殴られたと言っても過言ではない衝撃。目の前の彼女は明確に自分のやることを定めていて、それに疑問を挟むことはなく、そして実行しようとしている。ノブレス・オブリージュとでも言うのだろうか。自らが受けた姓の重さを彼女は理解し、その重さに込められた責任から逃げずに担っている。

 生きる理由と戦う意味を白詠澪霞は明確に抱いている。

 あぁ、それは荒谷流斗がどうしても手に入らないもので――

 

「だから、君からあの二人を引き離したい」

 

「……あの人たちがそこまで危険なんですか」

 

 少なくとも流斗の目から見れば変わった人たちであることは確かだが危険というわけではない。確かにこの二日間どれだけ殴られたのか考えるのも馬鹿らしいが、それでもそれはあくまで手段で駆は流斗を痛めつけようとしたわけではない。沙姫に関しては普通に優しいお姉さんというイメージしかないほどだ。

 

「先月の隣の県で起きた港町の火災覚えてる?」

 

「え? あぁ……そいやぁ一時期ニュースになってましたね」

 

 話が跳んだことに戸惑ったが、言われたことは知っている。彼女の言葉通り、先月海に面した隣県の港町一帯で大火災が起きて馬鹿にならない被害が出たらしい。丸三日も火災は完全に収まらず、未だに復興中だったはずで、少し前までニュースで引っ張りだこだった。たしか天然ガスが漏れたり船の燃料とかも一緒に爆発したらしい。口に出せば馬鹿らしいことが実際に起きたのだから笑えない。不幸中の幸いはガス漏れが事前に市民に伝えられていて避難が間に合ったことか。

 

「あれは津崎駆によるもの」

 

「――は?」

 

「最上位のまじゅ……刺客五人が密出国しようとした津崎駆と雪城沙姫を迎撃した。結果、三日間戦い続け、街一つを壊滅させながらも津崎駆が勝利した。もっとも彼も深い手傷を被って、しばらく動けなかったらしいけれど、つい数日前にこの街に入ったから私が追撃の任を担うことになった」

 

「ちょっと待ってください」

 

 頭が追い付かなかった。

 

「え? つまり人間五人戦ったくらいで街一つ吹き飛んだ? 三日間戦い続けて? マジですか」

 

「真実」

 

「うっそーん」

 

「ホント」

 

 意外に付き合いいいなぁと現実逃避しかけたが、そんな暇ではない。

 

「あの人そんな強いのか……あれ、じゃあ、この前の夜の時に駆さん殺しかけてた先輩はもっと強い」

 

「……それは違う」

 

 何か癇に障ったのか妙な間があった。

 

「さっき言った通り先月の戦いで深い手傷を被っている。ごこ……追撃の任務を与えてきた人たち曰く、最弱どころか封印状態と言ってもいいほど。あの夜には幾つか策を打ったけれどもう通じないだろうし、向こうが本来の状態ならば鎧袖一触だった」

 

「なるほど……」

 

 それにしたって自分よりも遥か格上を追い詰めるというのは凄いことなのではないのだろうか。勿論流斗には戦闘のイロハなど解らないが漠然と思う。

 

「とにかく。君は二人の居場所を私に教えてほしい」

 

「すいません断ります」

 

 即答した。

 

「――」

 

 真紅の瞳と目が合う。

 少し話して、会話は通じて、意外にいいノリをしているけれどやっぱり感情は読み取れなかった。

 

「何故?」

 

「少なくとも俺にはあの人たちが悪い人には思えないし、それに」

 

「それに?」

 

「俺が喋れば先輩はあの人たち殺すなり捕まえるなりするんですよね? それは、御免ですよ」

 

「……そんなにも彼らに情が移った?」

 

「さぁどうでしょうね」

 

「――そう」

 

 流斗は自分の身体が強張るのを感じだ。緊張による硬直だ。今の言葉は本心だったとはいえ些か調子に乗っていたという自覚はある。ゾッとするくらいに静謐を保つ彼女の変化は見られないが、それでも今ので反応がないわけではないだろう。

 頭の悪い、或は舐めた物言いであることを自覚した言葉は、

 

「なら、いい」

 

「は?」

 

 拍子抜けするほどに呆気ない答えだった。

 

「いいって……そんなんでいいんですか」

 

 呆けながら聞き返した言葉にも彼女は小さく頷いただけ。いくら何でもその対応は違う。

 流斗が(・・・)欲しかった反応(・・・・・・・)とは決定的に(・・・・・・)異なっている(・・・・・・)

 故に思わず、自分でもよくわからない勢いで声を荒げそうになって、

 

「時間」

 

 澪霞が呟いた。言われ、時計を見ればあと五分程度で昼放課が終わる時間だ。

 

「今日の話はここまで。明日また同じ時間に来て」

 

「……はい」

 

 機先を制され、素直に頷くしかなかった。有無を言わせない鋭利な言葉には反論させない何かがある。感情なんて全く感じないのに明確な意思はある矛盾。

 

「って明日?」

 

「まだ話は終わってないから。とにかく、ちゃんと考えて。それから最初の話を忘れないで」

 

「忘れないですよ、そりゃあ」

 

 忘れたくても忘れられないだろう、色んな意味で。忘れろと言われる方が困る。軽く息を吐きながら、椅子から立とうとして、

 

「待って」

 

 呼び止められた。まだあるのかと思えば、彼女は流斗の前に於かれていたマグカップを、弁当の中身が和食だったから一緒に飲まないで結局放っておかれた珈琲を指さして、

 

「せっかくだから」

 

「……いただきます」

 

 口に付けた珈琲は温くなっていた。 

 美味しかったけれど。

 

 

 

 




初めてのちゃんとした会話ー。しばらく色々対話メイン

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