「それはまた変というか、噛み合ってない話だな」
生徒会室に呼び出された放課後、寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅して澪霞との会話の一部始終を洗いざらいぶちまけた上での駆の感想がそれだった。
流斗の部屋、床のものは部屋の隅に片付けられ男二人胡坐をかいて対面していた。窓の外は既に暗く、耳をすませば夕飯を調理中の母親と沙姫の談笑が聞こえてくる。出逢ってから未だに三日程度であるにも関わらず、女性陣二人は早くも意気投合したらしい。仲良くなるのはいいことだと思うからいいのだが。
「やっぱ、そう思うか」
「というかお前話聞けば飯と珈琲奢ってもらってるだけじゃねぇか。何をやってるんだもっと使えそうな情報を貰って来い」
「無茶言うなよ……」
確かにああいう風に見逃された感があって、相手がかなり甘いのだからなにか使えそうな話を聞いとけばよかったのかもしれない。それでもそんな余裕はなかった。今だから思うけどかなりテンパっていたし、会話そのものも噛み合っていなかった。
「いやでもマジなにやってんだ俺。飯とか喰ってる場合じゃねぇだろ雨宮に殺される――物理的にも社会的にも」
「アグレッシブな親友だなおい」
白詠澪霞への嫌悪感をあそこまで露わにしていた雨宮に聞かれたえあ本当に起こりかねない。好き嫌いが完全にオンオフなので何をやらかすのか解らないのだ。
「ば、ばれなければ問題ない……はず」
「親友の姉妹を口説いてる主人公みたいだな」
「どんな例えだよ……」
馬鹿な会話している自覚はある。男二人が顔つき合わせてればこんなものだろう。沙姫と母ほどではないがこの三日間でそこそこ交流は持てたし軽口くらいは叩けるようになっていた。澪霞にも思ったことだが意外にノリがいいのだ。
「それで? 白詠のお嬢の話を聞いて俺に聞きたいこととかあるだろ? お嬢に聞きにくいこととか」
「まずそのお嬢って呼び方なんだよ」
「言葉通りだな」
何故か駆は苦笑しつつ、
「街の有名な家のお嬢様という意味でもあるが、白詠家っていうのは俺たちの世界では結構有名だ。護国課って覚えてるか?」
「アンタを追っかける任務を先輩に出した組織かなんだろ?」
「あぁ。その護国課にお嬢の祖父、白詠海厳は大昔に所属していて今でも強い発言権がある。海厳はお前も知ってるだろ」
「そりゃ学園長だから入学式で見たけどな。あのめっちゃ怖そうな爺さんもそっち側なのかぁ……まぁ先輩がそうなんだからそうかと思ってたけど」
「戦中における帝国軍の英雄だ。つまり俺がお嬢というのはそういうこと。お前が思ってるよりも白詠澪霞は有名なお嬢様だってこと。英雄の孫娘だからな」
「……ふうん」
白詠海厳に対して知っていることはあまりにも少ない。言葉にした通り強烈な強面ということだけ。年齢は知らないが戦中の英雄なんて言われてくらいなのだから今で八十や九十代だろう。よくもまぁ学園長なんて仕事をやっているなぁと思う。
それにしたって関係が薄すぎて、ふうんとしか出てこない。
祖父が凄いと言われてもピンとこないのが正直な所。
「あとはそうだな。これは余談になるが『護国課』とは別に『陰陽寮』も覚えておけ。お嬢の問題をどうにかしたら、その後に来る危機としては一番可能性が高いからな」
「今度は何だ」
「『護国課』は比較的ハト派だが『陰陽寮』はがっつりタカ派だ。お前みたいな野良の『神憑』の存在が連中に知られると捕まって兵隊にされたり、刃向ったら洗脳されたりして兵隊にされる。戦闘力なかったり、弱かったりしたらまぁ人体実験だな」
「なにそれこわい」
裏世界の名に恥じない怖さだ。切実に関わりたくない。とりあえず聞かなかったことにして話を変える。
「そいやアンタ、先輩に封印状態とか言われてたけど実際どんなもんなんだ?」
「んー」
駆が腕を組んで、何やら視線を上にあげた。はぐらかしているようにも、言葉に困っているようにも見える。
「封印状態か、言い得て妙だな。まぁその通りだ。魔力も封印されてるし傷も治癒不能の奴受けたり超激不運な祈り背負わされてるし呪いで重病人みたいな状態だし伝達神経しっちゃかめっちゃかで反射神経が機能してないが……まぁ、お前は気にしなくていい」
「なんかすげぇこと言ってる気がしたけど」
「よくあることだ」
「いやぁ多分そんなないことだと思うけどなぁ」
もしよくあることだったら恐ろしすぎる。さっきほどの『陰陽寮』だって可愛く見えるほどだ。駆の言っていることは半分くらいしか理解できてないだろうが、それでもその半分だけ理解しても今こうして普通に会話できているのが不思議なレベルだ。先輩があれだけ危険視していたのも納得だ。
「……ん? ちょっと待った。アンタこの前俺らみたいな『神憑』には魔力とか要らないって言ってなかったけ。そういうのを必要としないからすげぇとかなんとか」
「あぁ、それか。……お前、サプリメントで生きていくのに必要な栄養は取れるから普通の食事はしないっていう奴のことどう思う?」
「……人生損してる馬鹿としか」
「ははは同感だ――この人生損してる馬鹿め」
物凄い暴言だったのでグーパン突き出したら華麗に避けられて関節を決められた。
「あ、ちょ、なにこれ全身動かないんだけど! そんな痛くないのに!」
「ほう、関節自体へのダメージも薄いか。なるほどなるほど」
「冷静に分析すんなぁー!」
十回ほどタップを繰り返してようやく解放された。どこが封印状態なのか激しく謎である。
「まぁ『神憑』だって魔力があれば魔法だって使える。俺は生まれつき保有量が馬鹿でかかったから魔法も覚えたし『神憑』としての技能も覚えたってだけだ」
「そういうって両立するもんなのか」
「する。そうだな、ちょっと噛み砕いて説明してやろう。沙姫や奈波さんもまだ飯作ってる途中だしな。……夕飯何作るって?」
「あー、上がってくるとき見た感じオムライスだったかな。卵とか野菜だして米炊いてケチャップだしてたし。ちなみにうちは薄焼きで包む派だ」
「王道だな、いいことだ。それで、お前――ゲームとかやるか?」
「ゲームかぁ」
話が跳んだ気がするがここ数日間の間ではよくあることだったので疑問は挟まない。多分繋がってくるはずだ。少なくとも昼の澪霞との話の後ではこれくらいなんともなかった。
「あぁ。ファンタジー系のRPGとか」
「有名なやつとかはたまにやるかなぁ。一通りストーリークリアしたらそれで終わるけど」
所謂ゲーム屋で店頭に並ぶような話題作ならば、金に余裕がある限りやっている。一時期中古を買いあさったり、クラスメイトから借りたりしたこともがあったが最近では数か月に一本程度だ。多分、部屋を漁ればどこかにゲームソフトのケースがあるだろう。ちなみにオンラインゲームの類は受け付けなかった。ああいうのは流斗からすれば相性が悪い。
「ああいうのは主人公とその仲間たちというパーティーだろ? 剣士とか戦士とか魔法使いとか盗賊とか。たまになんか和風のだったりやたらメカメカしく近代的だったり、それぞれの世界観の中では特別な能力とか使うし、敵側だと闇とか邪悪とかそういう名前の力が付いた不思議パワーを使うだろう。大規模MMOなんかだとそれこそ多種多様に」
「言われてみれば確かにそうだけど」
「そんな話を昔知り合いに聞いて俺はこう思った――ネタがなんだろうとシステム的には結局同じだろ、と」
「うわぁ……」
身も蓋もない話だった。そんなこといったらデジタルなもなんて0と1の塊でしかない。凄い嫌な顔をしたらそれは伝わったらしく駆も神妙な顔で頷いていた。
「そのまま同じこと言ったら案の定すごく怒られてから三日間くらいひたすらゲーム三昧でそれからも新作出る度に攻略させられてなぁ……」
「その知り合い怖いな」
「お前の親友程でもない」
どっちもどっちだった。
「何はともあれ、所謂ゲームのMPっていうのは存在するんだよ。『神憑』はそういうのを消費しない特性みたいなものだと思えばいい。ステータスの上昇や特殊技能とか必殺技とかを覚える追加コマンドだ。個人差はあるがな」
つまり纏めると、
「魔法とかと『神憑』は別だって考えていいのか。アンタはプロセスの有無がどうこう言ってたけど、それは根本的な話で、実際に使う分には別物だって?」
「そういうことだ。魔力っていうのはどれだけプロセスを許容できるかを意味する。解ったか?」
「まぁなんとか」
ゲーム式というのは解りやすい。実際どれだけ魔法とかあると言われても駆が目下目的としているのは『神憑』の制御方法だ。正直触れてみないと実感が湧かないし、積極的に触れたくもない。
いや、でも、
「俺も魔法とか使えたりするのか?」
「『神憑』の性質による。だからそっちが先だ」
「そうかぁ」
落胆しなかったと言えば嘘になる。興味がないのもだ。やっぱり使えるのだったら使ってみたいなという思いはあった。このあたりが何にでも手を出したが流斗の悪癖とも言えるものだが『神憑』の制御は命に係わるのだからそれが最優先だろう。澪霞も魔術師や護国課という単語を使わず、彼女たちのような世界との関わりも生まないと言いながら『神憑』の制御だけは教えると言っていたから余計にそう思う。
「おーい」
「ん」
部屋の外から沙姫の声が聞こえてきた。
「御飯だよー」
言われ、オムライスかと二人で立ち上がり、
「チリソース餡かけ卵炒飯だよー」
二人して思わずずっこけた。
●
男二人が勘違いでずっこけたのと同時刻――白詠澪霞は祖父である白詠海厳と向き合っていた。
白詠の家だ。純和風の日本家屋。使用人を必要とするほどに広い敷地面積。小さな池もあるし鹿威しや錦鯉だって存在していて、或は高級料亭と言われても信じそうな家だ。しかし、広く豪勢な家に反して、実際に住んでいるのは使用人を除けば二人しかいない。
即ち向き合う澪霞と海厳。孫と祖父の二人だけ。
二人がいる和室は驚くほどに質素だ。調度品の類は床の間にある二振りの刀だけであり、それ以外のものは一切置かれていない。
「つまり、その少年はこちらの保護下に付くつもりはないということか」
低く、はっきりとした声だ。澪霞のようなアルビノではなく加齢故に染まった白髪を後ろの撫でつけた老人こそが白詠海厳。今年で八十七になる高齢者であるがしかし年齢など微塵も感じさせない鋭い眼光と伸びた背筋。六十代と言われても信じられるだろう。黒の和服と羽織を身に纏い、澪霞の前で胡坐をかきながら彼女の話を聞いている。
「はい」
澪霞が頷く。彼女もまた制服や和服ではなく藍色の簡素な和服を着ている。
「ふむ」
完全に無表情な澪霞とどうみても怒っているよな険しい顔の海厳の空気は恐ろしく張りつめているようでこの二人はこれで正常だ。
「どうするつもりだ」
「説得します」
「ほう」
海厳の眉がピクリ動いた。それ以外は何も変わらない。それでも澪霞は祖父が自分の言葉に彼が少しばかりの興味を抱いていることが解った。
「今の彼は此方側のことも、『天香々背男』のことも、雪城沙姫のことも理解していません。理解していないから此方を拒絶するのならば理解させればいいだけの話です」
「最もだな」
確かに澪霞の言葉は正しい。それは海厳も認めること。けれど、
「できるか? 言っておくが時間はそれほどないぞ。今回の件は白詠の土地である故に陰陽寮の介入はまだ時間があるだろうが、護国課は別であろう。儂が口添えして主に任せたとはいえ時間が経てば他の家や本隊の輩も来るであろう」
「解っています」
当然のことのように彼女は頷いた。そして少し躊躇ってから、或はただ単に息を吸っただけなのか間を置いて、
「――一週間以内にけりを付けます。それまでの介入を差し押さえるようにお願いします」
「――ほう」
先ほどと同じことを呟き、しかし込められた感情はまるで違った。先ほどのようにただ興味を誘ったわけではない。確かに海厳は澪霞の言葉に少なからずの驚きを抱いていた。言葉を発した澪霞は反応を見せた祖父を見つめ続け、海厳も探るように視線を返す。傍から見ればにらみ合っているようにしか見えない視線の交わりはたっぷり数分近く続き、
「よかろう。主に言う通り、一週間はネズミ一匹入れぬように取り測ろうではないか。しかし、解っているな」
「はい。白詠の娘として二言はありません。任された名は必ず達して見せます」
「……ならばよいがのぅ」
毅然とした孫娘の物言いに――しかし海厳は顎に手をやりそんな風に言うだけだった。明らかになにか含みがあるのだろう。それは澪霞にも解っていた。少なくとも今のように彼女は祖父に自発的に意見したのは初めてのことなのだから。
「……」
視線を交し合う。互いに饒舌ではない故に、目は口よりもずっとものを言う。互いだけにしか解らない、いや澪霞のほうから海厳の考えを読むことなどできるわけもないのだが。そこは年季の問題だ。引退したとしても、かつて世界大戦を潜り抜けた男と未だ二十歳にならない少女では経験が違いすぎる。
それでも――澪霞が『神憑』として何を願っているのかだけは海厳も知らない。
「――まぁよい。主の言う通り一週間は好きにするといい。……下がっていいぞ」
「はい」
勿論、今の彼女が津崎駆を捕縛なり殺害することは極めて難しいと海厳も解っていた。しかしそれでも圧倒的格上に対しどのように立ち回るかというのは思考訓練だけで得られることの無い経験だ。例え失敗したとしても、得難いものになるだろう。
それは澪霞にも解っている。
それでも彼女はやる。
なぜならばそれこそが彼女が思う白詠の娘だからだ。