斯く想う故我在り   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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プログレス

「ぐあっ」

 

 鼻筋に衝撃を受けて背中から地面に倒れる。

 鼻の頭や眉間の辺りに痺れのような感覚と鈍い痛み。背には芝生と土の感覚があって視線の先には少し暗い冬の空。突き抜けるような空、とは言わなくても深い色を持つ青は吸い込まれそうになる。できることならばずっと眺めていたなぁと思うが、

 

「おら、起きろ」

 

 大の字に広がっていた足を蹴られた。痛くはないが感覚があって、それに従って視線を向ければ蹴った相手は流斗の黒のジャージを着ているの駆だ。高校一年生としては平均的な体型ではあるが、長身の駆が切れば七分丈にしかなっていない。口に出すと負けた気分になるので絶対言わないが。

 自分が着ているジャージの葉っぱや土を払いながら立ち上がる。

 『神憑』制御のための早朝訓練四日目。しかしやっていることは大昔の少年漫画染みたことでしかない。

 

「……」

 

「もう一回やるぞ」

 

「あぁ」

 

 頷きながら緩く拳を握る。右拳は胸の前に、左拳は腰のあたりに。構えとしての意味はあまりない。空手と柔道は中学時代に少しかじったし、バイト先のアクション映画好きの人になんちゃって拳法を教えてもらったこともある。それでも所詮は素人に毛が生えた程度。変に頭を使うよりも、自分が一番楽な体制がいいだろう。

 数度呼吸を整えて

 

「行くぜ」

 

 行く。 

 地面を蹴りつけて前へ。特別広い庭ではない。住宅街の一軒家の隙間にあるようなもので、狭いというわけではないが、それでも動き回るには手狭な感覚もある。

 だから距離を詰めるのにも一瞬だ。流斗の足で四歩か五歩。進んで、そのまま握った拳を突き出した。

 

「いいか。お前がこの先どうなるかは知らないが最低限身を護る手段はあって悪くない」

 

 だが駆は言葉と共に軽く手の甲で流斗の拳をはじいて逸らす

 

「このっ」

 

「どういう能力なのかは俺も知らんが少なくとも体の耐久度が上がってるんだから簡単な体術は覚えた方がいい」

 

 逆の拳を打ち込んだが結果は変わらなかった。

 

「いいか、大別するな四種類ある。まず一つ」

 

 言いつつ、流斗が叩き込んだ拳を駆は今度は避けなかった。右拳はそのまま遮るものがなく駆の胸部へと進み、

 

「っ」

 

 受け止められる。鉄の塊か何かを殴ったような感覚だった。痺れがあり、もし拳を緩めにしていなければ骨を痛めていた。

 

「相手の攻撃は大体護るか受け止めるか我慢するかしてそれから相手を殴るガードタイプ」

 

 駆の右手が動き一度左右に振られた。その予備動作の間に流斗は一歩飛び退くことによって駆の腕の範囲内から脱出していた。一日目の朝はこれで殴られて終わっていたがさすがに学習している。後退して、次の駆の動きを見極めようとして――それよりも早く背後に回り込まれていた。

 

「基本避けて数を重ねるスピードタイプが二つ目」

 

「く!」

 

 パスっ(・・・)という渇いた音が三回。軽い手首のスナップで放たれた右手だ。痛みはないが、しかし三回喰らったという事実は確かにある。

 

「このっ!」

 

 背後に向かって放ったのは振り返り気味の右裏拳。思いっきり振り返ったので勢いはそれなりにあり、普通ならば軽く昏倒なり鼻血くらいは出させるであろう一撃だったが、

 

「受け流しや捌きで隙を無くすテクニックタイプの三つ目に」

 

 振りぬいたと思った瞬間にはいつの間にか右腕全体の関節を決められていた。

 

「ぬぐっ……!」

 

 動かない。痛みははやりないのだが右腕がコンクリートで固められたかのように完全に決められている。無理に動けば壊れる、そんな思考が働いて流斗の動きが止まり、

 

「最後」

 

 腕が解放された。振り払われながら横回転。前と後ろが逆転し、無理矢理向き合わされて、

 

「一撃に掛けるパワータイプ。ちゃんとガードしろよ」

 

 ガードする間もなく拳が流斗の胸の中央に炸裂した。先ほどとは逆の立ち位置。しかし全く効果の無かった流斗の拳と違い、駆のソレは確かに威力を発揮していた。

 

「がはっ!」

 

 痛みはない、けれど衝撃そのものが消えるわけでもない。打ち込まれた一撃に一瞬だけ体が浮く様な感覚があり数メートル背後に吹き飛んで塀に激突する。

 

「ごほっ、ごほっ!」

 

 背中全体を強かに打ち付けて肺の空気が吐き出された。胸と背中の鈍い痺れにサンドイッチされ不快感が流斗を襲い、そのまま塀を背にして崩れ落ちる。息は気づかぬうちに乱れ荒くなっていた。

 

「やれやれ……。これで一体何度目だ」

 

「う、うっせぇ……」

 

 十から先は数えていなかった。それも一日目の土曜日の話だ。この四日間でどれだけ殴られたり投げ飛ばされたりして、地面や塀に叩き付けられたのか考えるのも億劫だった。最初の方こそ負けん気を起こして、半ば自棄になって反撃を繰り返したが数十回くらい繰り返せばいい加減諦める。三桁突入してなければいいなぁくらいにしか思ってない。

 それもどうかと思うけど。

 

「しかし、全く進歩がないというわけでもないか。余波レベルとはいえ機能していることはしているからな。普通だったら今ので胸骨砕けるなり内臓痛めるなりしてるんだが」

 

「あんたさらっと怖いこと言うよなぁ」

 

 それでも確かに流斗の身体にそんな損傷がないのも確かだ。そんなレベルの一撃を受けても、息がつまるというだけでそれだけだ。ちょっとおかしいなと思う。少し不気味だ。十五年間付き合ってきた体が全く別の物になっていく感覚がある。

 

「これ……意味あん、のかね」

 

「ないわけじゃない。さっきも言ったがある程度戦闘対策必要だ。お嬢が何時実力行使に出るのかもわからないし、俺もいつでも戦えるわけじゃない。少なくとも荒事には慣れておかないといざという時に体が動かなくて終わりなんて目にあうぞ」

 

「正論過ぎて、涙が出る、ぜ」

 

 そんな機会がないことを切実に祈る。最近切実に祈ってばっかだが色々普通ではない体験をしているのでしょうがない。

 ようやく痺れが消えて息を長く吐きだす。冬の早朝ということで気温は低いが一時間近く動いていたので体は熱いし、汗は流れていた。

 

「ほら」

 

「どうも」

 

 駆にもらったタオルで汗を拭く。痛覚が鈍くなっても触覚は健在なので汗の不快感を拭えるのはありがたい。そしてこうやってタオルをくれるということは今日はこれで終わりということだろう。六時

から初めて大体一時間。朝食や準備を含めれば頃合いだ。

 つまりは今から学校に行って、

 

「昼には先輩と面談かぁ……」

 

「頑張れ若人」

 

「うわー他人ごとー」

 

「今のところは完全に他人ごとだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「考えは変わった?」

 

「いえ、別に」

 

「そう」

 

 しかしそれでも流斗にとっては完全に自分ごとだ。

 朝食を食べてから母親に見送られながら家を出て、昨日のような雨宮からの電話はなくそのまま学校に。それから特に何事もなく気づけば昼放課を迎えていて生徒会室にて澪霞と対面していた。

 配置は昨日と同じ。昨日と違うことは流斗が直前に購買で昼食を買ってきたことだろう。購買の袋を見た澪霞は数秒それを眺めていたけれど何も言わなかった。

 生徒会室に入ってすぐに今のようなことを聞いてきただけだ。

 

「……」

 

「……」

 

 それで会話が途切れてしまった。

 なんというか、予想していたのと違う。

 

「せ、先輩?」

 

「?」

 

「昨日の話の続きとかはないんですか」

 

 そんな流斗の問いかけに澪霞はなんとなく首をかしげるような仕草を無表情のままに行って、

 

「……? さっきした」

 

「っ……」

 

 あれで終わりかよ!? と突っ込むのに我慢するのには驚くほどの精神力が必要だった。7

 流石に先輩にそんなことを言ったら怒られるはずだ。目上の人にタメ口で話すのはある程度仲良くなって、向こうの許可を得てからするべきだろう。

 いずれにせよ既に彼女の話が終わっていたというならばどうして態々呼び出されたのだろうか。それだけなら朝や放課後にでも呼び出してくれればよかっただろうに。いや、他人に聞かれるわけにはいかない話なのだし、この生徒会室という空間は適切だろうが、昨日のように珈琲を出されたら少なくともその分は飲まないと失礼だろう。というか飲まなかったら昨日みたいに飲むまで返してくれそうにない。

 結局のところ流斗は恐ろしく今の空気が気まずかったのだ。 

 

「あの、じゃあちょっと質問いいですか」

 

「どうぞ」

 

「先輩のお祖父さん……理事長もそっち側の人って聞いたんですけど、あの人も『神憑』なんですか?」

 

「……」

 

 流斗の質問に少しだけ澪霞は黙った。僅か数秒程度で流斗には違和感が感じない物だったけれど。

 

「違う。そもそも『神憑』は極めて希少で私の祖父は一応は人間」

 

「すげぇ言い方だ……」

 

 一応って。仮にも自分の祖父にそれはどうなのだろう。それは澪霞自身も思ったらしく、こほんと咳払いしながら、

 

「とは言うものの、祖父は第二次大戦開戦時十二歳でその年と白詠の長男ということで徴兵はされなかったけれどその時から一級の術師だった祖父は周囲の反対を押し切って一人で戦闘海域に乗り込んで――相手側の戦艦や空母を十隻以上沈めたらしい」

 

「それはもう人間じゃねぇ……」

 

 詳しいわけではないがそれがどれだけふざけたことなのかは理解できる。できていると思う。

 

「……とにかくそんな祖父も『神憑』じゃない。この街では津崎駆を除けば私と君の二人だけ。もっといえば一つの街に二人以上の『神憑』がいるというも非常に稀」

 

「ちなみに日本全体にどれくらいいるんですか?」

 

「確認されて、登録されてる限りでは二十人もいないくらい。自分がそうであると気づいていない人も多いから正確な数を割り出すのは無理だけど」

 

「……」

 

 何千万何億分の一の確立の奇病と聞いてたけど、そうやって具体的な数にされると変な気分だ。

自分だって数日前まではそんな体質であることには気づかなかったわけだし、そんな確率なのが自分であることなんて言われてもピンと来ない。

 二十人――サッカーもできないなぁと思う。

 できて野球か。

 

「その登録されてるっていうのは」

 

「そうであることが確認されれば神格の確認と能力の種類強度が図られる。基本的には二つある日本の元締めのような組織のどちらかに行われて、そのままそこに所属という形になるけれど場合によっては無所属になるし、私のように協力しているだけの嘱託扱いというのもある」

 

「なるほど……ちなみに俺は先輩に頭下げたらどうなるんですか?」

 

「……一度私と一緒に元締め組織に行って登録した後に、『神憑』の制御覚えてもらって、その後は」

 

「その後は?」

 

「――君次第」

 

「……なるほど」

 

 思わず苦笑した。

 彼女の言うことは最もだし、自分次第なんて選択肢をくれる澪霞にもだ。例えそれが生き方や指針故だとしても白詠澪霞は荒谷流斗の意思と選択を尊重してくれている。そっち側の世界のことなんて何もわからないけれど、それでもそれが多分いいこと(・・・・)なんだろうなぁと思った。

 だから、

 

「先輩って優しいんすね」

 

 言った後で恥ずかしくなるようなことも自然に口にしていた。

 

「……」

 

 その言葉に澪霞は少しだけ驚き、今度は流斗にも解るくらいには一瞬驚き、

 

「そんなことない」

 

 ぽつりと、目を逸らしながらそんな言葉を口にした。右下に視線を逸らして、霞むような小さい声で。それまでの小さな声量でも通るような声でもなくて、本当に消え入りそうな呟きだった。

 

「優しくなんか――ない」

 

 

 

 




ギャグが入れにくい。
一章終わったら弾けるので、しばらくは抑えめで

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