龍門に登る   作:みーごれん

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第十話 (よぎ)るクロ・前編

 SIDE・D

 

 

 現世任務から数日後、惣右介は総隊長に呼びだされた。

 そんなに先日の件が不味かっただろうかと不安になりながらも執務室の戸を叩く。

 

「十席の藍染惣右介です。招集に応じ、馳せ参じました」

「うむ。入りなさい」

「はっ。失礼します」

 

 押して開く形の戸に軽く力を籠める。

 音もなく開いたそれを潜り、右を向けば……

 

「おはようございます。山本総隊長」

「お早う。早くからすまんのう。さ、ここへ」

「はい」

 

 肌がチリチリと焦がされる様な錯覚さえ覚える威圧感を放って、総隊長がそこに居た。表情はいつも通りだが、もしかしたらかなり苛ついている……かもしれない。

 

滅却師(クインシー)と接触したそうじゃのう?」

「はい」

「一名は、かの石田宗弦だったそうじゃな。彼奴(きゃつ)のことはよう分からぬが、お主はどのような人物と見た?」

「理知的な人物かと。死神と滅却師双方に関して思考し、何が最善かを選択しようとしているように見受けられました。戦闘力も高いと思われます」

 

 ちらりと総隊長の瞳が惣右介を覗いた。

 

「ふむ……して、藍染よ。お主に弓を引いた滅却師の名は何じゃ?」

「ですから、分かりま「藍染。大事なことじゃ」――理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 

 殺気がじりじりと肺を焼く。呼吸するのが苦しい。脂汗が滲む。

 最後の発言は前言の撤回に等しかったが、状況の理解が先だと惣右介は判断した。

 

 ――総隊長が何故それほどまでに荒れているのかが理解できない。

 話の流れからして、滅却師関係なことは明白だ。けれど先日の件に関しては惣右介は、怪我をしたとは言え軽傷だったと報告してあるし、任務中結局他に問題は無かった筈だ。神崎たちの怪我が問題なのだとしたら当人たちがこの場に居ないのは不自然。とするなら、彼の心中を脅かしているのは何か()()()()()()()()()()()か?

 

 沈黙した惣右介と入れ替わる様に、総隊長が口を開く。

 

「石田宗弦は、”共存派”だけあって死神に敵意は無いように思える。されど、呼び掛けても協議の場に姿を現したことが無いのじゃ。その真意が読めぬ。じゃから、顔を見知ったお主を遣いとし、彼奴を協議の場に引きずり出してほしいのじゃ。できることなら、共存に反対する意見の滅却師も交えてのう。彼奴がその気になれば、敵対派の頭目、佐伯禅治郎を引きずり出せるじゃろうと踏んだ。しかし、もしお主に弓を引いたのがそ奴に連なる者じゃった場合、それは叶わぬ。どうじゃ?」

 

 よりにもよって、だ。

 ”佐伯家に連なるモノ”どころか、”頭首本人に射られました”など言えるはずがない。まさか総隊長も、そんな事になっていたとは思わないだろう。ここはぼかしておくに限る。

 

「……残念ながら」

「そうか。相分かった。では話した通り、石田宗弦にのみでよい。数日の後、協議を申し入れに現世へ発ってくれるか、藍染」

「拝命いたします。――出立前に一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「何じゃ?」

 

 総隊長が首を傾げた。

 未だに息苦しさは消えない。

 

「総隊長は、何故それほどお怒りでいらっしゃるのですか」

「――! ……何でもない些末事じゃよ。お主に対してではない」

「では、”石田宗弦”に対してですか? それとも”滅却師”でしょうか」

「一つと言うたぞ。任務に戻るのじゃ」

「…………はい。若輩者の無礼をお許しください。――失礼いたしました」

 

 扉が閉まると同時に胸を撫で下ろす。

 どうやら総隊長は…………

 

 

 

 ―――滅却師を良く思っていないらしい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸が閉まると同時に、一番隊副隊長・佐々木部長次郎が青い顔をしてこちらに駆け寄って来た。

 

「ノ字斎殿……」

「安心せい、長次郎。お主に対しても怒っとらんよ。儂が考えておったのは先日の報告の件じゃ」

 

 その一言で長次郎の顔色が変わった。

 

「――合点が行き申した。しかし……」

 

 長次郎が今度は悔しそうに顔を歪めた。何に悔しがっているのかなどすぐにわかる。

 

「そう気を落とすな。儂が心中穏やかでなかったのは気付かない方が普通じゃよ。現にお主でさえ気付いておらなんだからな。恐らく藍染は儂の霊圧の僅かな乱れを感じたんじゃろう。お主でも気づかん程小さなのう」

「それ程の霊圧知覚をあの者が持っていると仰るのですか⁉」

「応。あ奴は飛びぬけて才覚のある死神じゃからの。長次郎もうかうかしておれぬやもしれぬぞ?」

「うかうかなどしておりません!」

 

 

 ムキになってそう言った長次郎がその後どれほど熱弁したかは割愛させていただく。

 

 

 長次郎の主張があらかた終わった後、再び執務室の戸が開いた。

 ……それはそれは勢いよく。

 

「重国ィ! 邪魔するぞォ!」「ちょ、千暁(チアキ)さん! ノックくらいしないと!」

 

 荒々しく戸が開き、二人の人物が入ってきた。

 褐色の肌に黒髪の壮年の男性と、白い肌に薄い色素の髪の女性だ。

 

「千暁に(アイ)か。久しいのう」

「ン。老けたの、重国」「お久しぶりです、元柳斎殿」

 

 尚も横柄ともとれる態度をしているのが、戸を開けた男性――四楓院(しほういん)千暁(ちあき)だ。正一位の五大貴族の一角にして、霊王からある役目を負った一族だ。

 もう一人は、浦原(うらはら)(あい)。その役目に関わるもう一つの一族の長である。

 

「話は聞いておる。霊王宮へ発つのはいつじゃ?」

「ここからとんぼ返りじゃよ。志波を待たせとる。ったく、祭事の度に呼びだされるこっちの身にもなれっちゅうんじゃ」

「まあまあ千暁さん、祭事が多いということはそれだけ尸魂界(ソウル・ソサエティ)が平和だという事じゃありませんか。子供たちの世がそうであるのは何よりですよ」

「チッ……」

 

 四楓院家が負う役目とは、“天賜兵装番”――天から授かりし宝具とされる特殊な道具の管理、封印――だ。その祭事の裏方を務めてきたのが浦原家――護廷十三隊に例えて言う所の鬼道衆に当たる役割――になる。

 因みに志波というのは五大貴族の一角で、異次元にある霊王宮へ専用の輸送機を打ち上げる役割を担っている。

 

 千暁の娘と哀の息子は護廷十三隊に入隊しており、二人とも二番隊に務めていたはずだ。既に二人とも席官ではなかっただろうか。

 

「わざわざすまんのう。じゃが、時間が詰まっていてもここに寄ったということは、何か用が有ったんじゃろう?」

「応。夜一と喜助を連れて行くぞ」

「霊王宮にか?」

「はい。彼らは我々の後継者です故、霊王様と王族特務の面々に顔合わせを同時に行う所存です。二人は今どちらに?」

 

 千暁が要件を述べてから書類を繰っていた長次郎が、哀の問いに答える様におずおずと言った。

 

「四楓院夜一四席は現在、遠征中です。浦原喜助七席は特に命が出ている様子は無いのですが……」

「何じゃと⁉ あ奴の方が必要じゃろうが! ほんに猫みたいなやつじゃ! 居らんでよいときばかり目に入りおって……」

「千暁さん、今回ばかりは事前に申し出ていなかった我々の落ち度ですよ。仕方がありません、喜助だけでも連れて行きましょう」

 

 声を荒めた千暁の背を、哀がそっと撫でた。ヘラッと笑う彼女を、千暁が腹立たし気に睨む。

 

「哀! お主さては、こうなると薄々勘付いておったな⁉」

「まあ、貴方のことですから、連絡はしていらっしゃらないだろうとは思っていました」

「哀、貴様あああ‼」

「顎が痛い‼」

 

 哀が千暁の突きで吹っ飛ばされたのを見て、まだまだ代替わりは早そうだと重国は思った。

 

 因みに、二人はこの日結局自分の子供に会うことは出来なかった。

 隠密機動あるある――――任務内容の漏洩を防ぐための偽装だ。

 密命を下した当の本人(千暁)が忘れていたのだから、どうしようもない。

 彼にとっては取るに足らぬ、注意すら裂かぬほどの些事だったのだが、それはほんの少し後に書くことである。

 

 

 

 

 

 

 

(この本もだ……滅却師に関する記述のある本自体少ないのに、その内容も似たり寄ったり。彼らの詳しい力や上下関係、歴史や組織構成が知りたいのに……)

 

 惣右介は隊舎にある資料室に来ていた。

 現世に出立する前準備ということもあるが、何より総隊長の態度が気になった。

 

・滅却師は退魔の眷属で人間の希少種。周囲にある霊子を取り込み、矢として放つ能力を持つ。

・約八百年前に尸魂界に侵攻し敗北した。

・始祖及び敵の大将の名は”ユーハバッハ”。深手を負うも逃走。しかし霊圧はその後消失が確認されている。

 

 このくらいのことしか出てこない。

 八百年前と言うと、丁度護廷十三隊が設置されたころだ。総隊長が滅却師を嫌っていた理由はそこにあるのかもしれない。だが、それにしては怒りの鋭さが尋常ではなかった。

 

(滅却師、か。あの時の戦闘で得られる情報もあるかな……)

 

 目を閉じて集中し、記憶を呼び起こす。

 そういえばあの時、技の威力のわりに霊圧を感じづらかった。

 あれがもしもっと激しい戦闘中だったら、気付けただろうか?

 

 チリッ

 

 言いようのない感覚が惣右介の全身を包んだ。

 何か思い出せそうなものが思い出せない不快感がする。

 

(何だ? …………そういえば、石田さんと佐伯の霊圧の感じ……どこかで知っていたような……?)

 

 気持ち悪い。

 あと一歩何かが足りない。

 思い出せ、あの感じ……

 

「ばあ」

「!!!!?」

「ぉぷッ」

 

 集中しすぎて見えていなかった現実にいきなり引き戻され、顔の真横に来ていた何かを惣右介は咄嗟に殴った。

 スローモーションで地面と抱き合ったのは――

 

「兄さん⁉」

おう(ほう)惣右介(ふぉーふへ)ひさしぶり(ひはひふい)……」

 

 力なく腕を持ち上げた竜太郎は、殴られた頬を派手に腫らして首を擡げた。しかし程なく、力尽きてがっくりと脱力した。

 

「ごめん、兄さん! しっかりしてくれ~‼」

 

 竜太郎の顔は顔の腫れに反して驚くほど安らかだったと惣右介は後に語った。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……一体どれ程強く殴ったらこんなに腫れるんですか⁉」

「面目ない。本当に面目ない……」

 

 四番隊に竜太郎を担ぎこんだ惣右介は、有無を言わさず怒られた。当たり前だ。竜太郎の顔はパンパンだった。

 

「はいこれ、替えの氷と水、あと布巾です。優しく触ってあげて下さいね。一応治療は終わりましたけど、まだ痛い筈ですから」

「ハイ」

 

 しょんぼりと俯いた惣右介に、対応してくれた四番隊員が言い過ぎたと思ったのかやや語気を柔らめて言った。

 

「ま、まあ、十一番隊に比べればこの程度の怪我は大したことありませんよ。下級救護班の私でも治療できるくらいですから」

「下級……? そうなんですか? これ程手際も精度も良いのにですか?」

「! ……そう言っていただけると、治療した甲斐があります」

「いえ、あの、お世辞とかではなく本当に! 僕に回道のあれこれを教えて下さった方が治したみたいに綺麗に治ってます! きっと相当鍛錬なさっているのでしょう?」

 

 惣右介が尋ねると、彼は俯きがちに言った。

 

「幾ら鍛錬したって、実戦で処置できなければ意味が無いんです。私はいつも一歩踏み出せない。卯の花隊長にも言われたんです。もっと自信を持て、と……」

 

 卯の花、という名に惣右介はピクリと反応した。

 確かその人はずっと前、竜太郎が惣右介のせいで大怪我を負った時に助けてくれたヒトだ。だが、何故か惣右介はあのヒトが苦手だった。何か、殺伐とした嫌な感じがしたのを覚えている。

 

 思考が飛んだのはほんの一瞬のことで、惣右介はすぐに口を開いた。

 

「一歩踏み出せないのは、きっと何かを失うのが怖いから……じゃないでしょうか。それが今まで築いてきた自信だったり、もしかしたら自他の命だったり様々でしょうが、その恐怖の根源を特定することが出来たら――それを失わないようにどうすればいいのかが分る筈です。どうすればいいのかが分れば、それを実行することは今よりずっと楽になると僕は思います」

 

 その隊員が、俯いていた顔を上げた。

 惣右介は構わず続ける。

 

「自信を持つことは大事です。でも、皆が皆最初からそれを持てるわけじゃない。失敗して、乗り越えてを繰り返してやっと得られるものです。それでもなお、恐怖が完全に消えることはないと思います。だって失敗することは、成功することよりずっと経験を育みますが、同時に何かを僕らから奪ってしまうことが多いですから。でもそれって逆に言えば、恐怖しているってことは何か失うものがまだ在るって事で、つまりそれはとても幸福なことなんじゃないでしょうか? 僕からすれば、自信しか無くて、恐怖が無いなんてヒトが居たら……そのヒトはきっと寂しいヒトなんだって思うと思います。多分そのヒトには――何も無い」

 

 そこまで一気に言ってから、目の前の青年が呆然としているのに気が付いた。

 業務を止めさせてまでするような話ではなかったと、頭が真っ白になる。

 

「あっ! すみません、偉そうに長々と話してしまって……まだ業務中ですよね、本当に、あの、スミマセン!」

「…………いいえ」

 

 彼は唇をキュッと引き締めると惣右介に頭を下げた。

 

「勇気が出ました。確かに私は、ただ漠然と恐怖してたんだと思います」

 

 彼は頭を上げ、惣右介を真っ直ぐに見据えた。

 

「私は四番隊無席、山田清之介といいます。貴方の名を伺っても宜しいでしょうか」

「一番隊十席、藍染惣右介です」

「藍染殿、本当にありがとうございます! もう少し頑張ってみようと思います」

「いえ、こちらこそ兄さんの治療を本当にありがとうございます!」

 

「山田さァん! こっちの治療まだですかァ?」

 

 二人が頭を下げた直後、看護師が部屋に入ってきた。

 清之介は勢いよく顔を上げると顔を青褪める。

 

「すっ、すみません! すぐ向かいます! 藍染殿、それではこれで私は失礼します」

「こちらこそ呼び止めてしまい申し訳ありません」

 

 互いに苦笑交じりに挨拶を交わし、清之介は慌しく部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 綜合救護詰め所は込み合っていて、四番隊員たちが右往左往している。その理由は――先日の神崎たちと同じで、現世任務中に大怪我を負うものが後を絶たないからだ。虚との戦闘中に死神が滅却師に襲われる事件が多発しており、日を追うごとに嫌な空気が護廷隊全体を重く覆っていくのを惣右介は感じていた。

 

 さっきの山田という青年だって、そんな状態に憔悴していたのだろう。竜太郎のような馬鹿みたいな怪我をして担ぎ込まれた者に情けを掛ける余裕が無かったのも頷ける。申し訳なく思いながら先程受け取った氷嚢に触ると、ドプンという低い音が聞こえた。氷なら、ガラガラともう少し高い音が鳴る筈だ。

 

「ああ、氷が殆ど溶けてしまってる……替えを貰わないと」

「惣右介」

 

 惣右介も部屋を出ようとして呼び止められた。

 その声に駆け寄る。

 

「兄さん! 目が覚めたんだ! ごめんね、本当に……」

「いいっていいって。あ、溶けかけでいいからその氷くれるか?」

「うん。まだまだ冷たいから、一応布も当てた方が良いと思う」

「ン。ありがと。……なあ、惣右介」

 

 殆ど水になってしまった氷嚢を頬に当てると、竜太郎は惣右介に視線を投げかけた。その眼は優しく、温かかった。

 

「お前はちゃんと、怖いか?」

「‼ ……起きてたなら言ってくれればよかったのに……」

 

 どうやら先程清之介に言っていた話を竜太郎に聞かれていたらしい。偉そうなことを言ってしまったと自己嫌悪で顔が紅くなる。

 

「いや、機を逸したって感じだったからさ。で、どうよ? 俺はお前の言う事、確かにそうだなって思う」

 

 誤魔化しの無い、真っ直ぐな瞳。

 嗚呼、これはちゃんと答えなきゃいけないやつだ。

 下手糞でも、ゆっくりでも、言葉にしたい。

 

「…………怖いよ。両親の記憶とか、護廷十三隊(ココ)でできた仲間とか――あとは、その、兄さんやマソラ先生を失うのは……どうしようもなく怖い」

「あははっ! 素直にそう言ってもらえると嬉しいな~! ンじゃあ寝るのはこの辺にして、行くか!」

「行くって、何処に? ああ、マソラ先生の所?」

「あ~、そっちもそろそろ顔出した方が良いと思うけど、今日は違う」

 

 竜太郎は起き上がると、ニッカリと笑った。

 

とーちゃんとかーちゃん(お前の一番大事なもん)探しに行くぞ!」

 

 

 

 

 

 四番隊を出た惣右介と竜太郎は、思い出したように溜息を吐いた。

 

 惣右介が一番隊に入隊してから、一年目は忙殺されて唯々時が過ぎた。余裕のできてきた二年目以降からは、二人は何度も瀞霊廷を見て回っていた。惣右介は自分の屋敷を外から見たことが無かったから、知った顔は無いか、見た記憶のあるものは無いか、ゆっくりゆっくり巡るしかなかったのだ。だがとうとう前回で一周が終わってしまった。

 

「って言っても瀞霊廷も広いからな~……今日から二周目、張り切って行こう!」

 

 呑気に伸びをした竜太郎に、申し訳なさそうに惣右介が呟いた。

 

「ごめん、兄さん」

「ン? 何が?」

「こんなに時間取ってもらってるのに、全然進捗が無くて……入隊してから殆ど家に帰れてないし……」

 

 その言葉に豆鉄砲を喰らったような顔をした竜太郎は、すぐに意地の悪い顔になって惣右介の頭に火花を散らした。

 

「~~~~ッ!」

 

 涙目になった惣右介の蟀谷(こめかみ)に竜太郎が追い打ちを掛けてグリグリと拳骨をめり込ませる。

 

「おーおー、席官ともなると忙しいな~? 憎いねコノヤロー! 予定揃わなさすぎんぞー」

「いたたたた! ご、ごめ」

 

 竜太郎が拳骨を放してそっと惣右介の頭を撫でた。

 

「ン、これで俺とセンセの鬱憤は晴れた! お前を拾ってからだって分からないことだらけだったんだ。もうこりゃあオレの日課みたいなもんだ! 家のことだって、死神になってから暫く忙しいのは分かってたことさ。どっちも気にすることじゃねえよ」

 

 ニカッと笑った彼の顔は、それだけで心が落ち着く。

 

「――それにオレらはお前が心配してるようなことに怒ったり苛ついたりなんてしてない。どっちかって言うと慣れない環境で体調崩したりしてないかとかそういう心配してた感じだな~! センセは素直じゃないから言わないと思うけど、あのヒトが一番心配そうだったからまた顔出してくれよな」

「”慣れない環境”って……もう十年だよ?」

「センセはああ見えて心配性なんだよ」

「”ああ見えて”は余計だよ、兄さん」

 

 苦笑交じりの笑顔で惣右介も返した。

 

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷を練り歩いていると、“そう言えば”と竜太郎が口火を切った。

 

「聞いたか? 現世で滅却師と死神が接触して怪我させられる事件が多発してんだってな。最近現世任務行ったんだろ? どうだった?」

「え、ああ……確かに接触してきたよ。撒き餌とやらで虚を呼び寄せて戦っているらしくて、自然死神も居合わせてしまうみたいだ」

「……怪我、してないか? 結構酷い目にあった奴を知ってるから……」

 

 眉を顰めて心配する竜太郎に、惣右介は笑い掛けた。

 

「うん。大丈夫だったよ」

 

 軽く俯いた惣右介の頬を竜太郎が掴むや否や、両側へ引っ張った。

 

「うああああ⁉ 痛いよ(いひゃいよ)兄さん(にいひゃん)⁉」

「馬鹿。嘘吐かれる方が心配することだってあんだよ。あんま無茶すんな」

 

 そう言うと彼は惣右介の頬から手を放してそっぽを向いた。かと思うとスタスタ歩いてゆく。

 

「…………ごめん。でももう本当に大丈夫だから」

 

 惣右介がそう言うと、竜太郎は勢いよく振り返って惣右介の頭に拳骨を落とした。

 

「ッ⁉」

「やっぱりか! ったく……“結果良ければ全て良し”なんてのは結果が良かったから言えることなんだぞ⁉ それに()()良くなんかねえ! あ~~、くそっ、何て言やあいいんだ、こういう時……」

 

 右手で自身の顔を覆った竜太郎は長いため息を吐くと、そっとその手を放して惣右介の肩に置いた。

 

「無事で、良かった…………」

 

 俯きながら言ったその声は震えていて、惣右介は初めて竜太郎に誤魔化したことを悔いた。

 

 恐らくもうとっくに本当の両親と過ごしていたより長い時間を竜太郎とマソラと共に過ごしてきて、二人の存在が惣右介の中でずっとずっと大切になって、心配を掛けまいと無理をして……

 でもそれは竜太郎たちにも同じ事だったのだ。

 

「――先生に会いに行こう」

 

 考えるより先に、言葉が出ていた。耳から入り直した情報が、惣右介の頬を綻ばせる。

 

「……いいのか? 瀞霊廷を見て回る機会なのに」

「うん。僕がそうしたいんだ」

 

 惣右介の言葉に竜太郎が泣き笑いみたいな顔になった。

 だが彼はそれをあまり見せようとはせず、さっきより足早に、今度は門の方へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 饗庭の町に入ってから半刻ほど歩いた所にその家はある。足繁く人が通うほどマソラはヤブではないため、人の出入りは少ないが、その為人に慣れてしまえば気軽に入れる。そんな場所だった。

 

 それが今は、何故かピリピリとした空気を孕んでいる。どうやら竜太郎も同じことを思ったようで、血相を変えて硬直していた。

 斜向かいの家の影からマソラの家の中の霊圧を探ると、四人ほどがうろついている。しかし幸か不幸かマソラの姿は無いらしいことに一先ず胸を撫で下ろした。

 

「先生は外出中みたいだ」

「ってことは強盗か? あの家に取るモンなんて無えと思うけどなあ」

「いや、それにしては様子がおかしい気がする。多分中に入っているのは強盗とかそんな生易しいモノじゃ――」

「一番隊第十席・藍染惣右介殿でいらっしゃいますか」

 

 突然聞こえた低い声に振り返る。

 マソラの家の方に集中しすぎて背後を取られたことに気付かなかった。

 

「「ッ! …………」」

 

 沈黙した二人を前に、黒ずくめでガタイのいいその男は片膝をついた。

 

「突然失礼いたしました。私は隠密機動第三分隊檻理隊副部隊長、兼、護廷十三隊二番隊第五席・大前田希ノ進と申します。今回の案件の責任者が藍染十席との面会を求めております。御同行願えますか」

 

 その言葉が終わるや否や、蒼白になった顔の竜太郎が惣右介の手を引こうと手を伸ばす。

 

「惣右介ッ! ここから離れ「まぁまぁ、落ち着いて下さい♪」――⁉」

「兄さん!」

 

 瞬歩で現れた新たな黒装束が竜太郎の口と鼻を白い布で覆った。

 次の瞬間、力の抜けた竜太郎が虚ろな目になってその男に抱えられた。

 

「何も取って食おうってんじゃないんですから、お静かに。ハジメマシテ、藍染サ~ン! ボクは二番隊第七席・浦原喜助っス。この状況じゃ動揺するなって方が難しいでしょうが落ち着いて、どうか抵抗せずボクらに付いて来ちゃあくれませんか? 手荒な真似はしたくないんス」

 

 二人の黒装束が惣右介の抵抗に備えて身構える。

 

 ――二人、か……

 

 惣右介が竜太郎をそっと見ると、銀色に小さく光るものが目に入った。

 それが何かを理解した彼は、数瞬の後、抵抗する選択肢を捨てた。

 

「分かりました。僕を連れて行ってください」

 

 両手を無造作に降ろし、身体の力を抜く。そんな彼を見て二人は一先ずと言った風に一息つくと、足早に歩きだした。

 

 

「ご協力感謝します。此方です」

 

 

 

 

 風に乗って、遠くから、赤ん坊の泣き声が聞こえていた。

 

 

 

 

 




人物紹介
・四楓院千暁
 現・四楓院家当主兼隠密機動総司令官。
 夜一さんをおじさまにした感じ。見た目は七十代くらいだが、矍鑠としており未だ頑健。家同士の付き合いが長いため、志波寒鴉やその兄と交流が深く実の息子のように可愛がっている。

・浦原哀
 現・浦原家当主。
 いつもにこやかに千暁に付き従っている女性。
 奔放な主人に振り回されるでもなく振り回すでもなく、なんやかんや事を進めるのが上手い。時々しくじって今回みたいに痛い目を見るが、それも含めて楽しんでいる。

・四楓院夜一
 二番隊第四席。隠密機動第一分隊・刑軍副団長も兼任している。護廷十三隊所属なのは四十六室の指示。
 この頃から既に並々ならぬ才を発揮しており、千暁から女性として初めての次期当主に指名された。

・浦原喜助
 悪戯好きは親譲り。
 哀は別に二番隊に入らなくても(というか死神にならなくても)良いと思っていたが、人生経験と称して千暁に放り込まれた。何だかんだ上手い事やっている。

・大前田希ノ進
 隠密機動第三分隊檻理隊副部隊長兼二番隊第五席。噛みそう。
 原作大前田のお父さん。この頃はまだ息子よりスリムなイメージ。仕事人で公私は分けるタイプ(のイメージ)。後の二番隊副隊長。

・山田清之介
 四番隊無席。
 花太郎のお兄さん。後に副隊長にまでなる凄いヒト。
 今後登場シーンがあるかは未定。ただ出してみたかっただけ感が否めない。


浦原家の設定は勝手にやってみました。
霊王のことについて人並み以上に知ってたりとか、夜一さんと小さいころから知り合いだったとか、理由としてこうゆうのもアリじゃないかと。今後深入りは全くする予定が無いので、流してくださって結構です。


そして余談ですが、最近、BLEACHの小説版を二冊入手しまして、読み切りました!
からの、胃痛。
「えっ、うそ、そんな設定⁉ あっ、ここ作者(みーごれん)違うこと二次小説で書いちゃってるよ……うわぁ、やっちゃった」
ってなりました。
面白かったです。本当に面白かったんですけどね……
出来る限りのフォローはしますが、他の小説を全部読む勇気と機会はないので、一話あとがきで書いた通り基本は本編だけからの推察で書かせていただきます!
温かい眼差しで見守っていただけると嬉しいです。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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