”
争いに於いて
”言葉”という手段が在りながらも
それが愚かだとか議論する気は無い
何故ならそれらは
見えようが見えまいが
痕跡が残るという事実しか
僕に語らないからだ
そして”
当たり前に在るモノほど
其れを表現する言葉は曖昧だ
例えば 青
例えば 島
例えば 桜
これらの言葉に対して、説明し尽くせる者など殆ど居ない
何故ならこれらは当たり前に存在し
周囲の人々に共有されているという意識が
血液に溶けて全身を巡っているからだ
だから争いに於いて
自らの”正義”が周囲に理解されておらず
あまりにも希薄であるという事実を
自白しているのである
僕が面白く思うのは
為政者という集団が
悉くこの摩訶不思議な洞窟を掘り進めるのが好きであるという事だ
幾度もその地図を書き直し
地形を確認し
己の位置を見て安心する
そうせずには夜も眠れない
彼らは
そうやって一所懸命に口を動かす彼らは
愛すべき愚昧さで
僕の嗜虐心を駆り立てるのだ
――――――――
僅かに時が触れ戻る。
死神・藍染が滅却師・石田との再会を果たした翌日。
又は、彼らの協議の数日前。
場所は――
SIDE・Q
「敬礼止め! 解散!」
壇上への
一切の無駄なく
「石田宗弦、黒崎咲秋。昨日の報告を」
神経質そうな顔立ちに丸い眼鏡、そして刈り上げた頭の男性が、二人――宗弦と咲秋の前に立ち、後ろで手を組んだ。
「はっ! 一番隊士が一名、石田家の”
宗弦の頬が
「そーちゃん‼」
「黙りなさい。そして黒崎咲秋、貴方は何故それに口を出さなかったのです?」
「死神は総隊長命令で動いていました。殺すのも申し出を拒否するのも得策ではありませんでした!」
今度は咲秋が叩かれたが、既に起き上がっていた宗弦にその身体を受け止められた。
その様子に一瞬顔を顰めた男は、不機嫌そうに首を傾げた。
「貴方方はいつ、そのようなことを独断で決定できるほど偉くなったのですか?
「申し訳ありません! しかし――」
「口答えは結構。相応の罰を「その位にしておけ、キルゲ・オピー」――団長‼」
「彼らへの罰は私が下す。下がれ」
暗がりから現れた人物はその長い金髪を揺らしながら颯爽と三人の方へ向かってくる。彼が二人の前に立ったのを見て、二人は急いで再び敬礼を意味する直立不動の構えを取った。
キルゲは尚も食い下がる。
「しかし団長! 貴方様の手を煩わせるようなことでは「聞こえなかったのか?」――!」
団長はその整った顔を僅かにキルゲの方へ向けると、目を細めた。
「私は“下がれ”と言ったんだ」
その威圧感に三人は背筋が凍るような感覚を覚えた。
キルゲの目に恐怖心が映る。
「も、申し訳ありません! 失礼いたしました」
そう言うとキルゲはそそくさと去って行った。
残された二人は胃が縮む思いで、
団長はキルゲが去ったのを見届けると、口を開いた。
「候補生同士で勝手な諍いが起きているそうだな」
「「⁉」」
二人は息を呑んだ。まさかそちらに話が飛ぶとは思ってもみなかったからだ。
「死神と友好関係を結ぶことに意味があるか? 石田宗弦、黒崎咲秋」
団長の視線が一層鋭くなる。
彼は八百年前、陛下が死神に敗北する様を直に見ているのだから、その嫌悪感は仕方のないことなのだろう。だが、と宗弦は口を開いた。
「お言葉ですが、我々は友好関係を結ぶという意図は有りません。あくまで現状維持すべきだと考えているのです」
「理由は?」
「いずれ互いに血を流す運命ならば、それまではこちらが消耗しないように行動すべきだからです。闇雲に死神に戦いを挑んでもこちらに利することは何一つありません」
「石田宗弦、君には間違いが二つある。まず一つ。来る戦いで血を流すのは死神だけだ。我々が行うのは戦いではなく蹂躙なのだから。そして二つ。今死神と争うことに利なら有る」
団長が口にしたその言葉に咲秋は珍しく顔を歪めた。
「――
今、滅却師の最高機関にして唯一の軍団・
滅却師が”
その利は大きかった。
死神は油断したままであるうえ、滅却師が力とする霊子が腐るほど存在する。
そしてこの立地は、彼らに不老のまま陛下――滅却師の始祖たるユーハバッハの復活を待つことを可能にした。
尸魂界の大多数の魂魄は不老だ。
そして不老でない者との差は何かというと、その身に霊力を宿すか否かということだ。
霊力が身体から湧き出続けるものは常にその身に霊力が通い続ける。そしてそれによって身体は成長し、老い、死を迎える。有り余る力が身体を良くも悪くも変化させるのだ。
それ即ち、霊力の発生を極端に制限すれば老いが生じていないかと錯覚するほどゆっくりとしか老いなくなるということだ。
そして滅却師は、限られた範囲内――この“見えざる帝国”内であれば霊力発生を極端に制限する術式を編み出すことに成功した。こんな事を実行できたのは、滅却師だったからだろう。死神と滅却師は、戦い方が決定的に違う。
死神は自らの内部霊圧によって戦う。従って、自身の霊力を抑えることは自身の無力化に直結する。
対して滅却師が用いるのは自身の周囲にある霊子だ。霊力がどれだけ低かろうと、霊子さえ存在していれば戦うことができる。勿論矢の威力や精度は大きく損なわれるが、その程度で戦闘不能になるものは”見えざる帝国”に存在しない。
とはいえ、この術式も完璧ではない。
第一に、範囲が限られている。
不老とは不死と必ずしも同義ではない。
致命傷を負えば死ぬし、怪我をすれば治すのに時が必要になる。
そしてそれは停滞であり、そのままであれば滅却師が増えるということは起こり得ない。では何故ハッシュヴァルトは“増え過ぎた”と言ったのか。
それは滅却師の戦略からだ。
“見えざる帝国”に居ることを許されるのは、選ばれたほんの一握りの滅却師だけ。残りの者達は、或る者は成長し帝国に入れるように力を高め、或る者は帝国に入れぬまま入れる見込みの有る者を育てる。
現世に点在するそう言った滅却師の現世における仮宿は“
禅治郎や宗弦、咲秋はそうやって引き抜かれた者の中でも“
何の候補か?
――それは“陛下から御力を受け得る実力を持った滅却師である”候補だ。
“見えざる帝国”内にいる滅却師のほんのわずかな者たちは、陛下から滅却師の基本的な力に加えて更に“
それに比べれば、候補生と呼ばれ敬われる石田たちも、ここ“見えざる帝国”では
「一族の繁栄に勝る喜びなど有りはしないと思いますが」
咲秋がそう言うと、ハッシュヴァルトの視線が刺さった。
「繁栄? 本当にそう思うか?」
ハッシュヴァルトの目が細められる。途端、視線に射竦められた咲秋は足の踏ん張りがきかなくなり片膝をついた。
「無力な雑兵がいくら増えたところで陛下のお力になりはしない。例え“
聖別――始祖ユーハバッハのみが行使できる、全ての滅却師の能力の回収及び再分配するチカラだ。滅却師であれば、全ての力は陛下によって循環し、彼の下へ還る。
そしてハッシュヴァルトが指摘した通り、現世の滅却師で最も増加しているのは混血滅却師と呼ばれる者達だ。彼らは元を辿れば純血統と普通の人間若しくは霊能力のある人間との間に生まれた者達で、滅却師としての能力は純血統に大きく劣る。混血統と純血統が態々子を為すことなど有り得なかったから、血の薄まった滅却師が増えてしまっていたのは事実ではあった。
「石田宗弦、例の兵器の計画は進んでいるか」
ハッシュヴァルトは視線だけを宗弦に向けた。
宗弦の姿勢が再び力む。
「はい。ただし、最終段階での弊害が未だに解消できていません。全力を尽くしておりますが」
「これ以上は無理か。構わない。迅速に量産しろ」
「⁉ お言葉ですが、あの装身具は個別の力の補佐を目的としたものです! 使い手の霊圧に合わせず量産などしては、暴発の危険が高まります!」
「構わないといっている。所詮使うのは不出来な者達だ」
「……若輩者の無礼をお許しください。御意にございます」
宗弦は滅却師としての才に恵まれていたが、候補生として推挙されたのはもう一つの理由が大きかった。それは術具の開発だ。頭の固そうな外見とは裏腹に独自の発想と持ち前の技術力で様々なものを作って来た。
今彼が開発中なのが、周囲の霊子を滅却師に集めやすくする装身具だ。元々は力の使い方が分かっていないがために本領を発揮できない滅却師にそのコツを教えるために作っていたのだが、霊力のブレが一定値以上になると暴発する危険性のあるものになってしまっていた。個々の霊圧に合わせてオーダーメイドすることでその率を大幅に下げることを計画していたが、そうも言っていられなくなったらしい。
この装身具は並の滅却師が着けるだけでも霊子を収束しやすくなり、大幅に戦闘力が上がるだろう。それを量産しろと言うのだ。
加えて、団長は先程“滅却師は増え過ぎた”と言った。
この二つから考えられることは――
宗弦は先程の咲秋の様に顔を歪めた。
「――貴様ら二人には罰を下すのだったな。では死神との協議に参加し、宣戦布告を行ってくること。それが罰だ。戦力には“寮”の者達を。この意味が分かるな?」
……口減らしだ。
宗弦と咲秋は半ば予想していたハッシュヴァルトの言葉に沈黙した。
幾ら数が多いとは言っても、“寮”の滅却師はその力が“見えざる帝国”の一般兵にも満たないとされているから現世に留まっているのだ。尸魂界を敵に回して勝てるはずもない。
加えて死神との関係の維持を謳っていた二人を戦線のトップに立たせることでその論を黙らせた。彼らが黙れば後は死神を疎ましく思っている派閥ばかりなのだから、現世の滅却師が戦争一色になるのは分かりきった事だった。更に言うなら、この戦争に負けることで二人は敗軍の将となる。派閥を作りこれまでの様に自由に行動することは難しくなるだろう。
そしてこの一手は恐らく、滅却師に対してだけ意味を持つものではない。
今回の戦いによって、
八百年前のような戦いは二度と起きないと――その芽はもう摘んだと死神に誤認させられる。
「「――御心のままに」」
「そう案じずとも、戦いが終わるまで二人の幼い子供と妻をここ“見えざる帝国”に退避させることを赦そう」
二人がその意を汲んだことを知ってか、ハッシュヴァルトは静かにそう言った。
普通ならその情けに涙を流して謝辞を述べるべきなのだろう。しかし二人にはそれが出来なかった。
「……たかだか候補生のためにそのようなことをしていただくわけにはいきません」
「そんな事はない。才有る子らだと聞いている。何か問題か?」
((嘘だ))
二人はそっと目を閉じた。
数千居る軍団を纏める長が、年端もいかぬ子供の才など気に掛けるわけがない。
そして、滅却師でも所詮は人間だ。家族の情に勝るモノなど無い。
恐らくこれは、二人が変な気を起こさないようにするための人質なのだろう。
そうと分かっていても、断る選択肢など――
「――有りません」
二人は深々と頭を下げた。
「「お心遣いに感謝いたします、軍団長閣下」」
集会所から二人が出ると、廊下に二人の人物が立っていた。
二人とも黒髪だが、一人は中華系、もう一人は日系の雰囲気を醸し出している。
「
宗弦が露骨に嫌そうな顔をしたのに対し、禅治郎は嘲笑を以て、蒼都は無表情のまま宗弦と咲秋を見た。
「二人揃って閣下のお怒りを買うとは。だからあそこで止めをさしておけばよかったのですよ」
「死神と戦うのは滅却師の運命だろう」
禅治郎たちに宗弦が答えようとした直後、咲秋がそれを制した。
宗弦は一瞬咲秋に何か言い掛けて、止めた。不機嫌そうな顔のままそっぽを向いた彼を見て咲秋が微笑む。
「ありがと、そーちゃん。ふふ、折角この四人で集まったんだから、喧嘩は無しにしようよ♡ ね、禅ちゃん、トウくん」
この四人、というのは、候補生の内アジア系の血を引いているのがこの四人しかいなかったからだ。四人はそれぞれが得意分野に関して突出していることで候補生内では有名だった。宗弦は前述の通り技工面で、蒼都は独自の体術で、禅治郎は術の使用に関する器用さで、そして咲秋はその類稀な頭脳で。
滅却師同士の人間関係というものは大体が冷めたもので、宗弦と咲秋の様によく一緒に居ることは珍しかった。特に禅治郎と宗弦は相性が良くないのか仲が悪く、しょっちゅう衝突していた。
佐伯禅治郎――彼は、現時点で最後に候補生と為った滅却師だ。
十年ほど前に佐伯家他幾つかの家の重鎮たちに担がれて当主と成った彼のことを、咲秋と宗弦は危惧してきた。
経験の無さ、そして若いが故の勢いが危うい青年――二人の予想は的中した。
今までギリギリのバランスを保ってきていた虚討伐を加速させ、死神との衝突を増やした。
『禅治郎、これ以上は死神も黙っていないぞ。下手に動き過ぎるべきじゃない』
『は! だから何だというのですか? あれ程処理すべき
『禅治郎、お前という奴はッ!』
『まーまー! 一度の量が問題なんだよ~。禅ちゃんは
『無能の集団に何もできはしませんよ』
元々彼を推挙した老害たちは彼のことを扱いやすい駒くらいに思っていたのだろうが、若い連中も禅治郎の思想に賛同する者が後を絶たず、歯止めがかからなくなった。それがこの始末である。
『何故閣下は禅治郎をお止めにならんのだ! 態々危険を冒す意味はないだろう⁉』
『……うん』
『咲秋? ――何か思い当ることでもあるのか』
『ん~……いや、杞憂かなぁ』
虚狩りが激しくなってきたころ、咲秋が思索する素振りを見せていたのを思い出す。あれはもしかしたら、今回の閣下の意図を読んでいたのかもしれない。
兎も角、宗弦と禅治郎の衝突をいつもうまい具合にいなしてきたのが咲秋だった。
彼は禅治郎たちにも笑顔を向けると、照れたかのように片手を後頭部の方へ持っていって擦った。
「確かにお叱りは受けちゃったけど、悪い事ばかりでもなかったよォ。一軍を任されちゃった☆」
「何ですって⁉」「‼」
禅治郎だけでなく蒼都も目を見開いて驚いた。宗弦が大して動じていないのを見てそれが嘘ではないと分かった彼らは再び驚き、禅治郎が咲秋に掴みかかった。
「何故貴様らなどにっ! どういうことですか⁉」
「落ち着いてよ、禅ちゃん。これは閣下の決定なんだよ? 何でもクソもないよ~」
「ッ!」
ギラギラと怒りに目を燃やす禅治郎が、咲秋の胸倉を掴む手に込める力を強めた。ギリリ、と制服の繊維が擦れる。
「あははははは! 禅ちゃんなら喜んでくれると思ったんだけどな~! ――近々、死神との戦争が始まるよ♪」
「「⁉」」
傍観を貫いていた蒼都が禅治郎の手を咲秋の胸倉から外した。
「詳しく話せ」
「ン。今度死神側と協議することになってね。そこで宣戦布告することになったんだ。現世の滅却師でそれに当たれってさ」
蒼都が何か言い掛けたが、それは禅治郎の声にかき消された。
「貴様らなどより私の方が上手くやれるというのに、何故ッ……」
「僕もそ~思う~☆」
オチャラけたポーズをした咲秋に禅治郎が再び掴みかかろうとしたその時、咲秋のいつもより少し低い声が響いた。
「だからさぁ」
彼の首が少し傾く。
「禅ちゃんも死神と戦えるようにしてあげよっか?」
「! ――どういうことです」
「今度の協議で”禅ちゃんが大将だよ~”って死神側に言おうかって話。僕らじゃ正直、正面切って戦うの大変だしィ、禅ちゃんだってここ暫く溜まってる鬱憤晴らしたくない?」
「…………それは、まあ……しかしっ……閣下の命に背くことになります」
口ではそう言いつつ、顔は正直だ。禅治郎の頬が紅潮し、口元が力んでいる。”参加したい!”と全身から発する様な彼の態度を見て、咲秋がクスリと笑みを零した。
「何でさ? 禅ちゃんには悪いけど一応の主導権はこっちにあるんだよ?」
「宣戦布告が私からになってしまいます」
「あははっ! なにも
幾分か機嫌を直したらしい禅治郎はそれを他の三人に見られまいとそっぽを向いた。
「分かりきったことです」
「だ~め! これは一種の契約だよ? ちゃんとどっちか言ってよ」
「…………
そう言うと禅治郎はサッサと向こうへ行ってしまった。
「……本当に大丈夫なのか?」
暫くしてから蒼都が口を開いた。
咲秋が首を傾げる。
「何が?」
「佐伯が参戦することのお許しはいただいているのか」
「要らないでしょ、そんなの」
「何故」
「だって団長の命は“現世戦力を以て”戦う事。そして年中現世行きの
「…………」
沈黙した蒼都が訝し気に咲秋を睨んだ。
困ったように咲秋が笑う。
「何? 僕、睨まれるの嫌だなあ」
「……君が理詰めで何かを言うときは大抵何か企んでいるから、それは何だろうと思ってた」
「ヒドッ! トウくんいつも僕の事そんな風に見てたの⁉」
「……悪い奴ではない…………とは……一応……………………思っている」
「ホントに⁉ ねえそれトウくん本当にそう思ってる⁉」
咲秋が必死に訴えるのを黙って見ていた宗弦はため息を一つ着くと、禅治郎とは反対方向に歩き出した。慌てて咲秋がそれを追う。
「あっ、そーちゃん待って~! またね、トウくん!」
「ああ。あまり騒ぐとまた怒られるぞ」
「ン! ありがと~!」
ブンブン腕を振る咲秋を見て蒼都は苦笑した。
食えないが、悪い奴ではないのだ。
…………………………多分。
蒼都が見えなくなってから、隣にいる咲秋にだけ聞こえる様に宗弦は呟いた。
「やはりお前は恐ろしい奴だ、咲秋」
「……ふふ、一応何でか訊いていい?」
ニコニコ笑う咲秋に宗弦は溜息を吐いた。
「さっき、わざと禅治郎を煽って今度の戦いに引き摺り込んだだろう。あのような言い方をすれば禅治郎が首を突っ込んでくると分かっていたはずだ。奴がお前にあれ程怒っているのを見たのは初めてだった。らしくなかったな」
「さっすがそーちゃん! 禅ちゃんには黙っててね」
悪びれる様子もない咲秋を怪訝そうに睨んだ宗弦の瞳が警戒を孕む。
「一体何を企んでる? 奴は恐らく場を荒らすぞ。少なくとも私には御しきれん」
「そーちゃんまで酷いなぁ……いーんだよ、御す必要なんて無い。存分に暴れてもらうさ~」
咲秋の笑みが腹黒いものへと一変する。
「事態がどう転ぶか、楽しみだなァ♪」
「……奴は死神を甘く見ている。警告に行かなければ下手をすると死ぬぞ」
「その時はその時だよ~」
その言葉に宗弦は立ち止まった。
ゆっくりと咲秋が振り返る。さも当然の事を言って、気になどしていない、という風に。あまりに自然過ぎるその反応は、静かな衝撃と共に一つの――宗弦には認めがたい事実を如実に示していた。
「ど~したの、そーちゃん?」
「奴も――禅治郎も閣下、延いては陛下のものだ。損なうようなことがあってはならない。違うか?」
「ンー、禅ちゃんはいいんじゃないかな」
「“いい”、だと? どういう「だからさ~」……何だ?」
咲秋が無表情のまま首を傾げた。
「陛下の未来に禅ちゃんは
宗弦の背筋は凍っていた。
それはハッシュヴァルトに睨まれた時とはまた別種の恐ろしさによるものだ。
「今回彼が生き延びたとして、戦いから何かを学べていれば良し。そうでなかったら……どうしようかな。ま、今考えても仕方ないか~。そういう意味だよ」
宗弦は気付くと咲秋の胸倉に掴みかかっていた。高く持ち上げているせいで彼の両足は空中をだらしなく漂っている。
「今日はよく胸倉を掴まれる日だなァ……痛いよそーちゃん。放してよォー」
飄々とした咲秋の方を見ることなく、僅かに震える声で絞り出すように口に出す。
「……私は、死んでいい人間など一人もいないと思っている。例えそれが死神だろうとな」
咲秋……
お前にとって、禅治郎は、私は、滅却師は――
一体、
「あははッ! 死神は人間じゃないよ?」
「そうだな」
宗弦はそっと咲秋を降ろした。
「どちらにせよ、死していいモノなどいない。そう思うんだ」
「綺麗事だよ。これから戦争をおっ
「その通りだ。人が死ねば全ての言論に意味は無い。これは甘えだ。……私も未来には必要ないか?」
真っ直ぐに投げ掛けた視線の先には、同じように見つめ返す深く黒い眼が在った。逸らすことなく、誤魔化すことなく、咲秋が微笑む。
「そーちゃんは必要さ。――
嘘偽りの無い言葉――少なくとも宗弦にはそう感じた。
”僕ら”が何を指しているのかを問うても返ってこないことも。
「……
そう言って苦笑した宗弦はまた歩き出した。
咲秋はその後ろ姿を見ながら、
「ありがと、そーちゃん。…………ごめんね」
と彼に聞こえない声で呟いた。
時は戻って協議の直後。
藍染の姿が見えなくなってすぐ――
「ちょ、ちょっと待ってよそーちゃん! 歩くの速いってば! ねえッ!」
「五月蠅い」
「ひゃあッ!」
裏拳を放った宗弦の手を咲秋が寸でのところで避けた。
「あ、あっぶないなあ! 何、そーちゃんもしかして機嫌悪い?」
「…………まさか“協議”と名の付くものに全て虚構の事実を語る羽目になるとは思ってもみなかったのでな。――茶番だ」
「まーまー、そう言わず。双方にとって、これは必要な過程だったんだからさ。それに、上手く事を運ぶにはしょうがなかったんだってば~」
正直に話せることなど無いと理解してはいても、問題しかない会談だった。
ヘラッと咲秋が笑ったのを知ってか知らずか、宗弦は振り返ると咲秋を睨みつけた。
「それだけじゃない。山本重国が指摘していた”噂”――お前が流したな?」
「何でそんなこと訊くの? ちが~うよ~!」
「今後に関わる話だ。誤魔化すな」
宗弦の言葉で一瞬咲秋の目から感情が抜け落ちた。だがそれも瞬きの間のことで、すぐに彼は笑顔になった。
「――だったら何?」
「肯定、と取って良いのか」
「さあ?
試すような視線を咲秋が投げ掛ける。
「……お前の口から肯定されるまでは何もしない。
「わお、コワーイ!」
おどけながらも全く悪びれる様子の無い咲秋に、宗弦は畳み掛けた。
「”禅治郎が宣戦布告しようとしている”? ”滅却師の始祖が復活しつつある”? こんな噂が滅却師にとってリスクが高すぎることくらい、お前には先刻承知の筈だろう⁉ いつから……一体何処までがお前の掌の上なんだ?」
「だーかーらー、僕じゃないってばァ~」
ひらひらと手を振りながらも笑みを崩さない咲秋を無視して宗弦が続ける。
「腑に落ちん事はまだ在る。協議であそこまで嘘を吐いておきながら、何故藍染には警告したんだ? 奴はこれからも強くなる。それこそ陛下の道の妨げになるやもしれんほどにな。それはお前だって分かっていただろう」
「……ふふ、それが分かった上で協力してくれたんだ。良かったの?」
「質問しているのはこちらだぞ。咲秋、お前一体何がしたいんだ?」
咲秋は目を細めると、いつもより低い声を出した。
「僕は……叶えたいんだ」
「何を」
「とってもと~ってもささやかな、僕の一つの願いを」
追求しようとした宗弦に、咲秋は再びいつもの調子になった。
「――今のそーちゃんに言えるのはここまででーす☆」
そう言って今度は咲秋の方が先んじて歩き出した。
こういう調子になった彼は意地でも話さないので、宗弦は渋々追及を諦めて彼に続いた。
やっとできるちゃんとした人物紹介
・石田宗弦
候補生での地位は中の上くらい。技術面でかなりの貢献度があり、それなりに周知されている。
妻が一人と子が一人。妻の名前は七話の通り”結”。夫婦仲はまずまず。
殺生を好まず、好戦的な禅治郎とはしょっちゅう衝突している。咲秋が居なかったときは戦闘行為に発展しかけたことも。かといって彼自身は決して敵を作りやすいタイプではなく、可もなく不可もなく適度に他との関係を保っている。咲秋(仲が良い)と禅治郎(険悪)は例外。強いていうなら蒼都とも若干仲間意識が強め。
咲秋のことは、友人としても先達としても尊敬してはいる。ただ、誰かが見ていないと何をしでかすか分からないため気に掛けている。
・黒崎咲秋
候補生での地位は中の下くらい。頭脳派なので軽視されがち。実際、戦闘力は(候補生内では)それほど高くないが、実戦での戦績はずば抜けて良い。
妻は娘の真咲を産んで一年前に他界した。そのせいか凄い親バカ。話始めると長いので、宗弦などは彼の娘談義が始まると聞き流している。また、妹の結が宗弦に嫁いだため、宗弦は彼の義弟に当たる。
何だかんだ宗弦より年上。滅却師内でも彼に関しては謎が多く、また本人も自分のことを探られるのを毛嫌いしている節があるため、色んな噂が立ったり立たなかったりしている。
髪をすくのが面倒になって、一度短髪にしようとしたことがある。――が、”そーちゃんとお揃いにしよっかな♪”と言った所、宗弦に丸刈りにされかけたのでそれ以降長いまま。長いと真咲が髪を玩具にしてくれるので、切る気は完全に無くなった。
・佐伯禅治郎
候補生内で最年少。地位的には上の中くらい。お
婚姻は未経験。する気無さげ過ぎて佐伯家的には不安だったりする。本人は全く興味なし。
性格上、一人でいることが多い。
・蒼都
候補生内での地位は上の中くらい。この頃からフラットシューズを愛用。現時点ではまだ聖文字を得てはいない。
やっとこっち側が出せました……
独自設定、独自解釈過多ですね。というか文字数が既に多いという……
めげずに解説を追加します!
見えざる帝国内の”結界”については、「千年前から山じいは老けてるのにハッシュヴァルト氏老けてないな~、何でかな~?」という疑問から考えました。陛下が老けちゃったのは、復活の時にパワー使っちゃったからです。きっと。
あ、でも何で卯の花さんは――
「女性の年を言及するのは、恥と心得なさい? (にこっ)」
――そして作者は、考えるのを止めた。
霊力出ないと戦い辛いことは辛いので、戦闘行為は結界内ではあまり好ましくありません。というか星十字騎士団内での私闘は処刑されちゃうので普通はやりません。
あと、宗弦氏や惣右介氏は死神と滅却師の大戦を”八百年前”と言っていますが、正確には七百六十から五十年前くらいです。四捨五入です。
最後に、今回出てきた”装身具”はアニオリの道具(バウント篇で雨竜氏が使っていたやつ)のイメージです。ハイリスクハイリターンですが今後の登場予定は無いという悲しい武器。戦闘シーンを作者が頑張って書けば出てくる希望はあります笑
滅却師関係は全然情報が無いので、想像ばかりです。何か御意見など有りましたらいただけると嬉しいです!
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!