龍門に登る   作:みーごれん

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第十五話 波及するドウヨウ

 SIDE・D

 

 

 その日公布された命に動じない者はいなかった。

 

 《滅却師との最後の交渉も失敗に終わった。之を以て護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國は、現世と尸魂界の平衡を崩す存在――()の滅却師を殲滅することを決定した。本日より二十日の後、滅却師の殲滅戦を開始する。詳細は各隊隊長に通達するものとする。以上――》

 

 八百年前の滅却師との戦い以降、人間を斬るという行為をしたことのある死神はいない。掟が有るわけではない。だが行うものが居なかったのは、そもそも人間を斬るという発想自体存在していなかったからに他ならない。死して肉体と決別した魂魄こそが死神が取り締まるべき対象であり、基本的に現世に生きるものとの接触は避けられ続けてきたのだ。

 

 それがこうも直接的な手段によって崩されたのだから、困惑が広がるのは当然と言えた。

 

 

 

「大変なことになっちゃったっスねえ」

「ふん、強情な奴らじゃ。そこまでして意地を貫いて何になる。人間は儂らより脆く、死にやすいんじゃなかったのかのう?」

「貫きたい思いってのは、他人には理解できないこともあるって事なんじゃないっスかね」

 

 

 

「やれやれ、物騒なことだ。山じいも重い腰を上げたって事かなぁ」

「元流斎先生……しかしこれは余りにも惨い。いくら世界のためとはいえ……」

「世の為人の為なんてものは所詮意味無いことさ。戦いが起きれば、人が死ねば、もうそれは関わった時点でどっちも間違ってる。難儀だねえ。どっちもが正しいと信じているからこそ戦いが起きるのにさ」

 

 

 

「総隊長…………やはり貴方は先の戦いを悔いておられるのですね。――彼を殺し損ねてしまったことを。……しかしこれはその埋め合わせにはなり得ない。まあ貴方のことですから、それも承知の上なのでしょうが。今度の私の仕事は癒すこと。それだけです」

 

 

 

「ハッ、結局は人殺しやないか。大層なこと言うたかて本質は変わらん。けったくそ悪いのォ」

「そう騒ぎなや。どうせ俺らは従うしかあらへん。殺らな殺られる、それはどうしようも有らへんことやろが」

「カッコつけとんちゃうぞ、ハ ゲ が ッ!」

「ガハァッ⁉」

 

 

 

「ほう……重国、お主はそう選択したわけじゃな」

「殲滅……! ――やれやれ、四十六室にまた小言を言われるぞ」

「なに、それも形式上のものよ。奴らも滅却師のことは目の上の瘤じゃという認識じゃからの」

「それもそうか。されど、尸魂界に見放された一族というのも”憐れ”の一言にすぎぬな」

「それを決めるのは当人たちじゃ。違うかの?」

 

 

 

 

 瀞霊廷中で物議が醸される。

 それはここ一番隊舎も同じことだった。

 バタバタと足音を立てて向かってくるのは、一人の五番隊員――

 

「――惣右介!」

「…………兄さん……」

 

 竜太郎が惣右介の部屋の戸を勢いよく開くと、中には顔色の悪い惣右介が居た。

 

「……やっぱり本当だったんだな。最後の協議に参加してきたんだって?」

「機密事項なのに何で知ってるの……?」

 

 隊長に教えて貰ったんだ、と竜太郎は俯きがちに言った。

 

「――辛かったな」

「本当に辛かったのは僕じゃないよ。…………ねえ、兄さん」

「何だ?」

「兄さんは……斬れる? 人間を、さ」

 

 十席になろうとも、まだまだ惣右介は青さが抜けてはいない。死神になった理由が家族を探す為だったこともあるが、何よりその実力が大き過ぎたことが理由だった。本人は半分無自覚だが、席官にもなって今まで自分の班の面子が死んだところを見たことが無いなど惣右介位なものだ。というのも、大概の虚は惣右介よりずっと格下であるが故に、班員全員が大した怪我もしないで倒せていたのである。

 だから彼は、”死”というモノに疎かった。疎いとはつまり知らぬという事。それは彼に、胸中に漠然と広がる不安となって押し寄せた。

 

 言ってしまえば今の彼は、”人間を”斬ることを憂いているのではない。漠然と”命を奪う行為”に怯えていた。

 

 そんな迷いを宿した惣右介の瞳を、竜太郎は真っ直ぐに見つめ返した。

 

「斬るさ。死神になりたての頃みたいに”全部護る”なんて大層なことは言えねえけど、”護る為に戦う”――それは変わらねえ」

「そっか。兄さんらしいよ。僕はまだ……分からないんだ…………」

「…………」

 

 

 二十日という時間は、覚悟を決めるにはあまりに短く、決まっていたモノには助長に過ぎた。

 されど時は変わることなく、唯静かに進み続ける――

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE・B

 

 

 大きな屋敷の居間に二人の男が胡坐をかいて座っている。

 一升瓶が開けられており、二人の猪口には少し濡れた跡があった。

 瓶の中身の具合から、まだ精々一、二杯しか飲んでいないことが分かる。

 しかし二人のうち一人はもうすっかり頬を真っ赤に染めていた。

 

乱鴉(らんあ)()ィ~、もォ~、参るよォ~……」

 

 フラフラと頭を揺らす彼の肩に、もう一人がそっと手を添えた。

 

「寒鴉、その話はもう五度目だぞ。お二人がいらっしゃる前にホラ、お水を飲んで」

「ン~……んん? 味がしなァ~い」

「水だからな。酔い過ぎだ」

「おんやァ? 今日ももお出来上がっちゃってるねえ、寒鴉クン!」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 新たな声に二人は顔を上げた。

 女物の羽織を隊首羽織の上から羽織り、風車の簪を二本差した色男――京楽春水。

 白い隊首羽織に掛かる、同じく白く長い髪を肩の下あたりで束ねた好青年――浮竹十四郎。

 

「京楽隊長、浮竹隊長、ようこそいらっしゃいました! 弟を止められずすみません」

 

 寒鴉(かんあ)――現在絶賛酔い潰れかけている五番隊隊長――に水を飲ませながら、もう一人の壮年の男性が申し訳なさそうに頭を下げた。

 彼の名は志波(しば)乱鴉(らんあ)――寒鴉の兄にあたる人物だ。その顔立ちは寒鴉を思わせるが、しっかりと剃られた髭、整った着物に彼の真面目さと気品が感じられる。

 

 恐縮している乱鴉に京楽と浮竹は苦笑しながら返した。

 

「いいよぉ! しかしまあ乱鴉クンも大変だねえ。手間のかかる弟を持ってさ」

「本人の前で言うのかい? まったく……俺たちのことは良いんだ。水、もう少し要るかい?」

 

 浮竹が懐から竹筒に入った水を差しだした。薬用らしいそれを、乱鴉が苦笑交じりに受け取る。

 

「少しいただきます。ありがとうございます」

「せんぱァい! 水は水でもォ、力水を飲みましょうよォ!」

 

 入っていない猪口を高らかと上げ、普段より一層大きな声で寒鴉が笑う。ふわふわと引き締まらぬ顔は、三人から怒る気力を根こそぎ失せさせた。寒鴉の隣に座りながら、京楽が小さい子供を宥める様な声で語り掛ける。

 

「駄ァー目ッ! 話くらいなら聞いてあげるからさァ! さっき乱鴉クンが言ってた”五度も話した話”ってのは何なんだい?」

「……う」

「う?」

「ううううっ……聴いてくれます? 〈ゆー〉が俺の言う事聞いてくんないんですよ~!」

 

 〈ゆー〉とは、寒鴉の斬魄刀の渾名だ。

 

「ナルホドねぇ。確かに、可愛い刀のためとはいえ振り回されるこちらは堪ったもんじゃないよねえ」

 

 寒鴉の斬魄刀の能力は、“指定した空間内を斬魄刀のその時の気分で支配する”というものだ。どのように支配されるかは、敵はおろか主たる寒鴉にすら発動前に知る由もない。

 この性質は京楽の斬魄刀〈花天狂骨〉に似ている。この能力は“子供の遊びを現実にすること”なのだが、発動時に使える遊びの種類もルールも斬魄刀の気分次第。

 

 二者に共通しているのは、使い方次第で自身が自身の能力によって一発ケーオーされる可能性が有るということだ。さればこそ日頃から斬魄刀との対話を心掛け、良好な関係を築いているのだが……

 

「そおでしょう⁉ この前なんて、急に周りの音が聞こえなくなったんですよ⁉ 絶ェッ対この前寄席で見た演目の、耳の聞こえない主人公に〈ゆー〉が感情移入したんですよォ……」

「”感情移入”か……寒鴉の斬魄刀は、斬魄刀に心があるって事の最たるものだな。大切な能力の一つだと俺は思うぞ」

「浮竹先輩は他人事だからそんな事言えるんですよォ……」

「それは仕方ないだろう……」

 

 苦笑した浮竹の隊長羽織の裾を引っ張るものがある。浮竹が視線をそちらに受けると、乱鴉によく似た小さな生き物がにっこりと笑い掛けた。

 

「浮竹おじさま! いらっしゃいませ!」

「お邪魔しているよ、海燕(かいえん)君! …………しかし、その“おじさま”っていうのはいい加減止めてくれないかな……“おにいさん”とか……」

 

 複雑そうに海燕の頭を撫でる浮竹を見て、乱鴉は慌て、寒鴉は爆笑した。

 

「海燕! 浮竹隊長に失礼だろう!」

「あはははは! そりゃそーだ! 海燕からすれば先輩、オッサンもいいとこですもんね~!」

「寒鴉! そこは海燕を怒るところだぞ⁉」

 

 二人が騒いでいるのを意に介さず、海燕がトテトテと京楽の方へ走った。

 

「京楽おじさまもいらっしゃいませ!」

「ウン、久しぶり海燕クン! いや~、可愛いねえ! 食べちゃいたいくらいだよ~」

 

 顔をだらしなく綻ばせた京楽の頬を海燕が両側からつねって引っ張った。

 

「ありゃりゃ、(いひゃ)いよ~」

「このくらいで痛がるようでは、僕がお腹の中で暴れたときおじさま泣いてしまいますよ!」

 

 パッと手を放して弾けんばかりに笑う彼の身体がひょいと持ち上げられた。ジタバタと動く海燕の後ろで、乱鴉が眉根を寄せている。

 

「海燕、いい加減にしろ! 失礼にも程がある!」

「いいよー、乱鴉クン! こりゃ大きな一寸法師だ♪ この子はまた君より寒鴉クンに似たねぇ。顔っていうか性格が」

 

 志波乱鴉、寒鴉の兄弟の内、乱鴉のみが婚姻していた。そして彼には息子が一人――名を志波海燕と言い、ご覧の通りの暴れん坊である。

 そして、命がもう一つ産まれようとしていた。

 

 乱鴉の妻の腹は、臨月を迎えつつある。

 

 海燕が動き回らぬよう胡坐の中に納めて、乱鴉が再び腰を据えた。

 

「性別とかはまだ分からないのかい?」

「はい。其ればかりは生まれてみなくては分かりません」

「名前は決まっているのか?」

 

 乱鴉に抱えられた海燕に菓子を渡しながら浮竹も会話に加わった。貰った菓子を口に含んで機嫌を更に良くした海燕が足をばたつかせる。その様子を見て乱鴉は目を細めると、その大きく柔らかな手で海燕の頭を撫でた。

 

「はい。“空鶴(くうかく)”と……”空を優雅に掛ける一羽の様に在れ”と弟がつけてくれました」

「“空鶴”! なんか仙人みたいな名前だねえ。でもとても綺麗な名だ」

「そうだな。しかしこの名は女子だった時には少々厳つくないかい? 寒鴉、其処の所は考えて――」

 

 “いるのか?”と浮竹が訊こうと振り返って脱力した。何故なら寒鴉はとうに酔いつぶれ、安らかに寝息を立てていたからだ。

 

 乱鴉の腕から解放された海燕が寒鴉の下へ駆け寄る。

 

「叔父さま! そんなことでは、ヒラコさまにまた“かいしょーなし”と言われてしまいますよ!」

「平子君は何て言葉をこんな子供に教えているんだ……」

 

 苦笑を通り過ぎて生暖かい笑みが寒鴉に注がれた時、地獄蝶がひらひらと三羽部屋に入ってきた。

 

「地獄蝶? 一体何の伝令だ?」

 

 浮竹がその白い腕に蝶を止まらせた。京楽もそれに続く。

 二人の目はその数秒後、大きく見開かれることになる。

 

「やれやれ、物騒なことだ。山じいも重い腰を上げたって事かなぁ」

「元流斎先生……しかしこれは余りにも惨い。いくら世界のためとはいえ……」

「世の為人の為なんてものは所詮意味無いことさ。戦いが起きれば、人が死ねば、もうそれは関わった時点でどっちも間違ってる。難儀だねえ。どっちもが正しいと信じているからこそ戦いが起きるのにさ」

 

 目付きの険しくなった二人の気に当てられて、海燕が乱鴉の足元に駆け寄り、しがみついた。乱鴉の顔色も影を帯びている。

 

「…………何があったのですか」

「大きな戦争が始まるみたいだ。悪いね、乱鴉クン。寒鴉クンを借りていくよ。きっとすぐに隊首会が招集される」

「危険な戦いなのですか」

「……御免よ、乱鴉クン。戦いなんてものは危険なものでないことなど無いんだ。それが戦いである限りは、ね」

 

 拳を握りしめた乱鴉は、寒鴉を背負った京楽と浮竹に深々と頭を下げた。

 

「こんなだらしのない弟ですが、どうかよろしくお願いします」

「そんなに心配しなさんな! 大丈夫、寒鴉クンは普段こんなんでも戦場では一騎当千! すっごいんだよォ~!」

「だらしないことは否定しないのか……まあでも、京楽の言うことも一理ある。寒鴉ならまたいつも通りにフラッと帰ってくるさ! 海燕君も心配しないで!」

 

 いつも通りの笑顔で乱鴉に返した二人は、門を出ると瞬歩を使ったのかその姿が掻き消えた。

 残された乱鴉と海燕は、言い知れぬ不安を抱えたまま立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 




人物紹介
・志波乱鴉
 寒鴉の兄。真面目な志波家当主。見た目は海燕殿を落ち着いた渋いオジサマにした感じのイメージ。
 真面目一直線過ぎるきらいがあり、弟の性格と足して二で割ったら一般人になる。あと何かとニブイ。
 奥さんとは貴族間の許嫁を娶った。子供が一人だが、もうすぐ二人になる。

・志波海燕
 今は六歳くらいの見た目のイメージ。やんちゃ。寒鴉と(精神年齢が一緒なので)よく遊んでいる。偶に遊びが行き過ぎて叔父共々乱鴉から拳骨を喰らったりもする。遊び相手といえば、夜一や喜助とも既に顔合わせが済んでいるが、二人とも忙しいのでそう何度も遊んでもらえてはいない。



本気で三章に手を付けないといけなくなってきましたが、遅々として進まないという悲しみ。いえ別に、今回の投稿が今までより遅かったのはそういうんじゃないです。ただ忙しかっただけです。はい。きっと。

因みに、瀞霊廷がガヤガヤしている描写で数人、今後出す予定の全くない人が混ざってました。といっても修正する余力が無いのでもうそのままにしますが。
こういう作者です。すみません……

なにはともあれ、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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