龍門に登る   作:みーごれん

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響く軍靴は激流のように
第十七話 騒乱のゼンジツ


 

()型穿界門、準備完了いたしました」

「ありがとさん。そんじゃあ皆――」

 

 女物の羽織が翻る。

 八の字を冠した隊長羽織に笠を被った死神――京楽春水が、後ろに待機していた隊士たちに振り返った。

 

「――ちょっくら行くとしますか」

 

 その言葉が言い終わるや、京楽の後ろの門が開く。

 通常の穿界門とは異なり何十人もの隊士が一気に入れる横幅を持ったそれが、まるで不気味な口のように彼らの前に広がった。

 

「壮観、ってヤツだねぇ。じゃ、浮竹、寒鴉クン、行くよ」

「ああ」「うっス!」

 

 三人が穿界門に飛び込んだのを皮切りに、千強の隊士たちがその門へと吸い込まれて行った――――

 

 

 

 

 

 

 三人の隊長と二人の副官が地図を覗き込む。

 それに補足する形で一人の隊士が話を終えた。

 

「そんじゃあ、この三つが敵の拠点って事かい?」

「はい、それでほぼ間違いありません。あちらは拠点も大将も隠す気が無いようです」

「ふむ、誘っているのかな?」

「その可能性もあります」

 

 二番隊の偵察報告を受けて、八番隊隊長・京楽春水が眉を寄せて唸った。それに五番隊隊長・志波寒鴉と十三番隊隊長・浮竹十四郎が返す。

 

「とはいっても、あちらさんの気が変わらないうちに相性のいい相手と戦うってのが最善でしょ」

「そうだな。大前田君、敵戦力の詳しい情報は有るかい?」

 

 浮竹に問われて大前田は頷くと、地図にある三地点のうちの1つを指さした。

 

「この中央地点を陣取っているのが佐伯禅治郎です。戦力単体で見るなら筆頭とみてまず間違いありません。死神との接触が多かったためデータはよくあるのですが、どれも彼が本気で闘っているモノではないため戦力は未知数です。……というより、大将となっている三名はいずれも力の底を見せていません。特に黒崎咲秋に関しては、我々は弓を構える姿すら捉えることは出来ませんでした」

「厄介だねえ、どうも。まあでも、相手の力量が分からないのはあっちも同じ。気張らず行くしかないね」

「そうだな……だが、黒崎咲秋という男は本当に大将なのかい? 戦わない者が大将だとは思えないが……」

 

 浮竹が不思議そうにそう言うと、大前田がはっきりとした口調で言った。

 

「それは、()()()()()()()

「何故?」

「滅却師は完全な実力至上主義です。一家の当主を名乗るだけでも相当な力を持っている証。加えて、彼と石田宗弦二人が共存派だったからこそ敵対派と対峙できていたのです」

 

 大前田曰く、石田宗弦の実力は一目瞭然である。その彼と並んで派閥を築けるということも黒崎咲秋の実力が高いことの証左だが、さればこそ圧倒的な数の利の有った佐伯派を牽制できていた。佐伯禅治郎に従う滅却師たちが下手に手出しできない程の実力と、それに伴う権力を持つ二人が佐伯と対立していたからこそ、危うげながらも二勢力が均衡し、睨みあっていたのだ。頭数だけが戦況を左右するなら、黒崎たちに勝ち目など無かった、と。

 

「成程ねぇ」

 

 頷いた京楽はヘラッと笑って寒鴉の方を向いた。その表情に寒鴉が嫌そうな顔をする。

 

「寒鴉クン!」

「絶ェッ対、イヤです!」

「まだ何も言ってないじゃないの」

「どうせ俺に黒崎と戦えってんでしょ? イ・ヤ・で・す! そういう面倒くさいのは京楽先輩が担当してくださいよ」

「先輩は労わっとくもんだよ? それに面倒くさい者同士気が合うかもしれないじゃない」

「それを言うなら貴方が一番適任ですよ! 後輩弄り、ダメ、ゼッタイ」

 

 目を細めた京楽を見て気まずそうに口を噤んだ寒鴉は、盤上から視線を逸らした。

 それを見ておずおずと京楽の副官、松方凛が京楽の袖を引く。

 

「京楽隊長、志波隊長があそこまで仰るなら、無理になさることはないのではありませんか? 隊士たちの戦意にも関わります」

「いいんだよ。寒鴉クンは何で僕がここまで言うのか分かってるだろうからね」

「申し訳ありません。浅薄な私にもわかる様に言っていただけますか」

「そんなにへりくだらなくても大丈夫だよ! なに、単純に黒崎クンの相手を出来るのが寒鴉クンしかいないってだけの話さ」

 

 目を丸くした凛に諭すような口調で京楽は続けた。

 

「凛クンは僕らの斬魄刀の能力を知ってるだろう? この三人はどうも決定打に欠ける。浮竹の能力は滅却師に関してはものすごく相性がいいから、確実に落とすなら石田クンに当てる。浮竹を佐伯クンに当てないのは、決定打に最も欠けるからだ。僕らの中で強いていうなら一番その手札のある僕が総大将である佐伯を討つ。となると最大の不確定要素を請け負えるのは寒鴉クンだけってことになる」

「そこまで言うてもろとんのやから、シャキッとして返事の一つもせんかい、このボケナス!」

「イタイ!」

 

 静かな室内に平子の声と寒鴉の悲鳴が響いた。後ろからの衝撃で寒鴉がよろめく。

 寒鴉の後ろに控えていた平子の片脚が空中でぴったりと止まっているのを見なくとも、彼が寒鴉に喝を入れたのだろうことは容易に想像できた。

 

「ごねたかて京楽隊長が意見曲げるタイプじゃないんは分かりきっとることやろが。それにこンヒトはアンタの実力信頼して任せてくれとるんやろ? しゃぁったら頭下げて礼の一つも言うんが大人の対応っちゅう奴や。反論あったら言うてみい!」

 

 仁王立ちした平子を、やや低くなった姿勢から見上げていた寒鴉は大きく溜め息をつく。

 

「はァ……無い。無いです」

「……で?」

「京楽先輩の案に従います。任せていただいた分、きっちり仕事します」

「で?」

「まあまあ真子クン、いいよ、ありがとう! 浮竹も良いかい?」

「ああ。其れで行こう」

 

 一同が頷いたのを確認すると、京楽はふわりと笑った。

 

「そんじゃあついでに、預かってる三隊の配分の話をしようか」

「ああ、一、二、四番隊ですか。それぞれ等分して受け持つんじゃないんですか?」

「いいや。一番隊の半分は本丸を攻める八番隊に同行してもらおうと思ってる。四番隊も同様だ。残りを浮竹と寒鴉クンが受け持ってもらう」

 

 凛の問いに京楽が答える。

 自隊の面子だけでも制圧には十分な人員だ。されど万一の為に連れて来た隊員達であるならば、激戦・乱戦が予想される位置を厚くするのは何もおかしな点の無い案だ。

 賛同した寒鴉と浮竹が無言で頷く。しかし浮竹が、はた、という風に首を傾げた。

 

「それは構わないが、二番隊はどうするんだ?」

「あそこは諜報が主だからね。自由にやってもらおうと思ってるんだけど……どうかな、大前田クン?」

「その方が良いと思います。斥候要員は今回少ないですから」

 

 今回、二番隊の指揮を執っているのは大前田ではないのだが、彼は指示を仰ぐことなく首肯した。恐らく彼は、今回の指揮官からその件を一任されてきたのだろう。

 大まかな話がまとまったところで、”では”、と凛が口を開いた。

 

「細かい配分はどうするんですか?」

「それはそれぞれの班長さんたちと要相談だねえ」

「ほんならオレが呼んできますわ。ちょお待っといてください」

「その必要はございません」

 

 新たな声の方に全員が向くと、初老の男性が軽く頭を下げて入ってきた。

 

「失礼いたします」

「これはこれは……沖牙さん⁉」

 

 入ってきたのは、一番隊第三席・沖牙源志郎だった。今回遠征してきた一番隊を纏めている人物だ。いつもはフラフラとした口調の京楽が敬語になっているのは、副隊長の佐々木部長次郎程ではないにしろ、彼もまた総隊長と共に護廷十三隊を作ってきた傑物だからだ。隊長である京楽と三席の沖牙で地位の差こそあれ、立場というものはそう簡単に揺るがない。彼はそういう、背筋の自然と伸びるような空気を纏った男だった。

 

「はい。僭越ながら、戦闘力などを考慮したうえで此度の面子を六つの分隊に分けさせていただきました。今のお話の通りになさるなら、その内の一つを半分に割ればよろしいかと」

「流石、仕事が早い。では沖牙さん、その采配はお任せします。各隊の拠点で合流しましょう」

「御意」

 

 きびきびとした歩調で去っていく沖牙を見ながら、はてさて四番隊はどうしようかと苦笑する京楽だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルの上に地図を広げ、三人の男がそれを見降ろしていた。

 話しているのは二人――咲秋と禅治郎が殆どで、宗弦は押し黙っていた。

 

「陣はどう敷くんですか」

「ン、戦力のメインは中央に置くのが王道でしょ。禅ちゃんが真ん中で、僕とそーちゃんが両側を締める。但し、それぞれのトップは屋敷に待機。前線に出ちゃダメだよ」

 

 主戦力、と咲秋に言われて気を良くしたのか、普段より禅治郎が落ち着いている。分かりやすい奴だ、と宗弦は横目で見ながら思った。

 スン、と鼻を鳴らして空気を取り込むと、乾いた大気が僅かに咽喉を焦がす。雨は降りそうにないなと窓の外を見、彼は再び視線を咲秋達に向けた。

 

「指揮系統はどうします?」

「僕ら三人は通信機で互いにやり取りするけど、後は現場指揮に任せるよ。臨機応変!」

「? ……貴方、どうかしたのですか」

「え、何で?」

 

 禅治郎が咲秋を怪訝そうに見る。

 

「行き当たりばったりとは、貴方らしくありません。揚げ足取りが十八番の貴方が」

「褒めてる? いや、まあこの際どっちでもいいけどさ……今回は仕方ないんだよ」

「何故?」

 

 禅治郎の問いに口を尖らせた咲秋は、眉を寄せて視線を下げた。駄々っ子のような表情だが、いい大人がやる事ではないなと宗弦は内心溜息を吐いた。

 

「――情報が足りなさすぎる。如何せん準備期間が短すぎた。作戦ってのは敵の情報から対策を練らないと立てようがないんだ。だから今回は、相手に僕らの情報を()()()()

「‼」「なっ⁉ そんな事をしては……」

 

 狼狽した二人を見て、ヘラヘラと笑って咲秋が片手を振った。

 

「まあまあ、取り敢えず聞いてよ。僕らと違って死神側はある程度の情報は持ってる筈だ。ま、僕らが現世に居る間だけの上っ面だけどね。とすれば、あちらさんにとって有利な組み合わせにしようとしてくるだろう。今回現世に来る隊長は五、八、十三番隊。可能な限り集めた情報で考えるなら、禅ちゃんには八番隊隊長・京楽春水、そーちゃんには十三番隊隊長・浮竹十四郎が来るだろうね。どっちも厄介な相手だ。だけど、来る相手が分かっていれば対処も出来る。下手にアドリブを入れるよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()方が余程有利に戦える」

 

 そう言うと、咲秋は薄い紙の束を取り出した。資料なのだろうが、その文字量に時間の無さが顕著に表れていた。

 

「――だから、今回は下手な小細工無しで行こう。大丈夫、禅ちゃんたちの地力があれば不利な組み合わせでも何とかなるよ。僕が保証する」

 

 そう発破をかけた咲秋は、その資料を見せながら対する隊長格のデータを説明した。――無いよりはマシ、という程度だったが……

 宗弦と禅治郎は共に黙って聞いていたが、咲秋は宗弦と目が合うと困ったように肩を竦めた。なんだその、”嘘じゃないよ! ホントだよ☆”みたいな反応は。別に疑ってなどいない。

 

「……いくつか、渡しておく」

 

 咲秋の話が終わったことを確認した宗弦は、重い口を開いた。懐から数枚の紙切れを取り出す。親指と人差し指の間に挟んだ其れを後の二人の前に差し出した。

 

「これは?」

「“現霊紙鏡”――ここに名を書いたものの霊圧の状態を再現するよう作った紙だ」

「えーっと、つまりどういう事?」

 

 咲秋がわざとらしく首を傾げる。()()()()()分かるように補足説明しろとでも言いたげだ。言われなくても分かっている。

 

「これに名を書いたものが死ねば、この紙もまた消失するよう作ってある」

「「!」……成程ね。確かにこれは有った方が良い」

 

 ”見えざる帝国”の滅却師にとって、霊圧とは()()()()()()()()()()()のものだ。これは何も、霊圧探知能力が低いとかそういう意味ではない。寧ろ、霊力に優れた者はその探知にも優れているのが普通だ。だが、”見えざる帝国”内とはつまり霊力を極端に制限した環境。滅却師同士の霊圧など、視界内でも探知できるか怪しいほど微かになっている。その中で長年過ごしてきた滅却師は、死神や虚といった異種の霊圧には反応できても同族には疎いのではないかと考えた。つまり、”同志の霊圧が消えた”事を”異常事態”と()()()()()()可能性があるのではないか、と。ただでさえ乱戦が予想されるのだ。だからそれを防ぐため、視覚的に異常事態を告げるものを作った。それがこの紙だ――そう説明すると、禅治郎がテーブルを荒々しく叩いた。

 

「黒崎! こいつは我々が死ぬやもしれぬと言っているのですよ⁉」

「“かもしれない”は“かもしれない”だよ。それに、大将の死亡を知るのが遅れると一団丸々壊滅なんて簡単に起こる。有るに越したことないと思わない?」

「しかしっ……」

 

 禅治郎が言葉に詰まったのを見計らって、咲秋が紙を受け取った。

 

「これに名前書けばいいんだよね?」

「ああ。この墨を使ってくれ」

「あいあいさー♪ こーゆー時の為に、ちゃァんと字は練習してるよ~!」

「いいからサッサと書け。禅治郎、これはお前の分だ。――そして、これは私の分の紙だ。もう名も書いてある。渡しておく」

 

 差し出された墨汁と三枚の紙を、渋々、と言った風に禅治郎が受け取った。

 

「縁起の悪い話です」

 

 零れ落ちた一言。

 禅治郎からしてみれば何の気なしに言った言葉なのだろうが、宗弦からしてみれば思わぬ言葉だった。

 

 自分のすぐ隣に”超”の付く現実主義の友が居るからだろうが、宗弦も大概な現実主義者だ。縁起というモノをあまり気にしていない彼は、屋敷の者が用意したあれこれを目の端に映してようやく、”嗚呼、今日はそんな日だったな”と思い出すくらいしかしてこなかった。妻と為った結が来てからはそれも幾分かマシになったが(というのも、妻との接し方に悩んだ末に、そういう形式的なものから入った方がやりやすいだろうという結局現実的な思考に至った末の行動ではあるのだが)、それでもそういった祭事事に興味の無い彼に結はこっそり頬を膨らませている。

 話が若干逸れたが、人とは突き詰めると主観でしか考えられない生き物だ。だから戦いに生きる禅治郎もまた自分と似た思考回路だろうと勝手に思い込んでいた宗弦は、先程の禅治郎と同じく思わず言葉を零した。

 

「……意外だな」

「何がですか」

「禅治郎が“縁起”などを担ぐとは思っていなかった。実力に物を言わせる性質(タチ)だとばかり思っていた」

「失敬な。節句は桃も欠かさず行いますし、(いくさ)前の儀式も忘れたことはありません。常識でしょう」

「……ふ」

 

 宗弦が不意に笑みを零すと、後の二人が驚いた。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。

 それ程驚くこともあるまい、と不思議に思っていると、禅治郎が露骨に眉を顰めた。

 

「急に何です、気味が悪い」

「気味が悪いとは、酷い言い草だな。いや、すまない。桃の節句を行うお前を想像したら愉快な画になったものだから」

 

 桃の節句とは即ち女子の健やかな成長を願う行事だ。俗に言う雛祭りというやつで、何段もの段差の上に婚礼の式を模した人形たちを飾る。娘どころか妻すらいない禅治郎がそれを行う必要があるのかは問うまいが、多くの人形を前に酒でも洒落込む若い男の姿は中々愉快な図である。

 

 クスクス宗弦が笑っていると、先程の言葉に同意するように咲秋が右手を軽く上げた。

 

「あ、それ分かる! 禅ちゃんがお雛さん並べてる画とか……ぶふ~ッ! 似合わないにも程があるんだけど‼」

「貴様らッ! 余程私を怒らせたいらしいですね……」

「「そうじゃない」よ~」

 

 宗弦と咲秋は互いを一瞬見た後、咲秋が苦笑しながら続けた。

 

「“禅ちゃんの意外な一面見た”って感じ! そーゆーの、お互い言ったり訊いたりしてなかったからさ」

「……なら黒崎、前々から訊きたいことがあったんですが」

 

 咲秋の弁明に暫く目を丸くしていた禅治郎は、バツが悪そうに一つ咳をして再度口を開いた。

 

「え、何、急に……」

「貴方、時々物凄く息を切らしている時がありましたよね。まるで何かに追われていたかのように……あれは結局何だったんです?」

 

 確かに、咲秋と待ち合わせなどをすると時たまそういうことがあった。普段は時間に正確な彼が遅れてくるときは、必ず十分以上の遅刻と息切れ、動悸がセットになっている。理由を訊いてもはぐらかされるから宗弦は訊くのを諦めていたが、あまり彼と話してこなかった禅治郎はこの機に訊いてしまおうとしたのだろう。

 

 咲秋は数瞬目を瞬かせると、吐き捨てる様に一言。

 

「ストーカー」

「「……は?」」

 

 よく意味が解らず二人が首を傾げていると、咲秋は渋々といった風に顔を僅かに顰めた。

 

「長生きしてるとモノ好きが引っ付いてくるんだよ。あ、犯人は分かってるから心配はいらないんだけどね」

「長生き……黒崎、貴方一体幾つなんです?」

「さあね~? そーゆーのってさ、謎な方が面白いでしょ?」

 

 咲秋はいつものようにヘラヘラ笑っているが、笑い方が僅かに先程と変化した。先程と違い、今は目の奥が冷めている。こういう笑い方をするときは、そのポーカーフェイスで隠せない程その場の何かを包み隠したいときらしい。咲秋と結構長い付き合いになるが、宗弦がそれを分かるようになったのは存外最近のことだ。それ程分かりにくい変化だった。

 

 ……咲秋は、自分を探られるのを嫌悪している。

 誰にでもその気は有るが、咲秋のは何か理由が有るような、そんな気がした。

 訊いても答えないだろうから、訊くことは出来ずにいる。

 

 猶も追求しようとした禅治郎の前に片手を出して制する。

 

「……禅治郎、その辺でいいだろう? 加えて、閣下からの命にあった通り出来得る限りの装身具を作っておいた。だが、各隊二十程しかない。人選をよく考えてくれ」

「おっけー! 具体的にどーゆー人選?」

「それは自分で使ってみて判断してくれ。二人には、専用のがある。そろそろ陣に届いている筈だ」

「分かった! ――――じゃあ、ここから先は各個敵を撃破! 殲滅したら禅ちゃんのとこに合流ってことで。いいかな?」

「分かった」「了解です」

 

 “これ以上用がないなら”と禅治郎はさっさとその場を去っていった。

 

 

 

「禅ちゃんせっかちだなァ……別にいいけど!」

 

 咲秋も部屋を出ようとして、振り返る。

 

「そーちゃんは出ないの?」

「……お前には、これを渡しておく」

 

 宗弦の手には、手のひらと同じ大きさで、銀色、円形の金属が乗っていた。中は空洞で、霊子に関する物質は含まれていない様だ。

 咲秋の浮かべる疑問符に答える様に、宗弦は渋々ながら口を開いた。

 

「……まだ試作品だが、それは死神の特定の波長の霊子を巻き込んで結合を阻害する。純血統の滅却師なら、詠唱は要らん。阻害したい術中に翳せば発動する」

「ふむふむ、つまり、“卍解対策”って事で良いのかな?」

 

 大した説明もしていないのにしっかり正解を弾き出す咲秋に内心肝を冷やしながら、宗弦は顔に出さぬよう深く息を吐いて視線を咲秋から逸らした。

 

 死神の主要な戦闘法の一つ――斬術。

 斬魄刀、と呼ばれる特殊な日本刀を用いるそれは、剣術を軸とした戦い方でありながら、その本質は純粋な剣術とは言い難い。己の魂を刀に映しこみ、己の魂の力を現実に引き出して各々の力で闘う――その媒介が斬魄刀だ。写し取られた力が反映された斬魄刀は、純粋に攻撃力の上がるモノ、刀以外の形状となるモノ、特殊な能力が付加されるモノ、又はその混合と多様。この多様過ぎる力を、全体の一部の数ではあるが死神たちは使ってくる。また宗弦の知る限り、斬魄刀というものは二段階変化するものがあるのだとか。一段階目の変化を”始解”、二段階目を”卍解”と呼び、解放されるほど使用者が振るう力は絶大となる。

 幸いなのはそもそも解放出来る者が少ないという事だが、一度解放されてしまうとその対処は面倒だ。加えて、最も警戒すべきは更にその上位の解放――卍解を扱える者、つまりは隊長という存在だった。始解した時点で所有者の霊圧が数倍になるというのに、卍解をすると更にその五倍から十倍へと跳ね上がる。正直に言えば勘弁してほしかった。始解に対処する程度なら候補生ならば訳無いだろうが、それ以上は実際に対面してみなければ分からない。

 

 だから彼は念の為、別件用に作っていた試作品をこっそり研究室から持ってきていた。実践を見越して作ってはいたが、まさかこんなに早く試行する事になるとは思っていなかったが……

 

 ”卍解対策”――咲秋の言う通りだ。

 死神の戦いとは、その内から生じる霊力を用いて行うもの。斬術の場合は自身の霊力を斬魄刀と共有することで生じさせている。だが一気に十倍などに霊力が増幅されれば、余剰分が漏れ出るのは道理だ。その霊子の動きを阻害すれば、斬魄刀との霊力共有が上手くいかずその威力を削げる。そして霊子の動きを掌握するのは、外部に漂う霊子を扱って戦う滅却師の十八番。機構さえ整えば、それを形にすることなど宗弦には造作も無かった。

 現在咲秋の掌に収まっている円環は、試作の二十三代目。七割という高い制限率と、翳すだけで卍解という巨大な霊力の流れを阻害できると言う利便性を兼ね備えた、現時点での最高傑作だ。

 

 ――という説明は全部省略して、宗弦は咲秋の言に対して首肯した。

 

「…………そうだ。制限できるのは最大でも七割程度だろうがな」

「何で僕だけに渡したの?」

「……」

「当ててあげよっか」

「要らん」

 

 不敵に笑った咲秋が余計なことを口走る前に無視を決め込もうと思っていた宗弦だったが、ペロッと言ってしまいそうな咲秋を宗弦は睨みつけた。だがその甲斐無く、相変わらずヘラヘラ笑って咲秋が口を開いた。

 

「閣下にこの存在を知られたくなかったんでしょ?」

「五月蠅いぞ」

「あ、図星? やったね!」

「黙れ」

「ねえねえ、これって“相手の霊子を巻き込んで阻害する”んだよねえ? ()()()()()()?」

 

 ブチィッ、という音と共に、咲秋の髪が一束宗弦に引き千切られた。

 あまりに唐突で無慈悲な出来事に咲秋は一瞬表情を凍らせると、すぐに仰向けにひっくり返った。

 

「GYAOOOOOAAAAA!!?」

 

 地獄の窯に入れられた亡者の様な声を出しながら患部を押さえて咲秋が転げまわっている。

 

 ――腹立たしいまでに図星だった。

 宗弦は我ながら子供のようだと思いつつ、それを誤魔化すために咲秋に当たらずはいられなかったのだ。

 

 手に残った髪の束をぞんざいに投げ捨てて、右に左に転がる咲秋を宗弦が足で止める。

 

「お前の予想通り、“だけ”ではない。このままいけば、な。今はまだ阻害のみだ」

「ううっ……そーちゃん酷いよー……痛い、いや、熱い? 毛根が死んじゃう……」

「毛根と共に死ね」

「やめて⁉ そんな死因絶対ヤダ‼」

 

 軽く咲秋を蹴った宗弦は、床に横たわる咲秋を放置してその場を離れた。

 

 

 

 

 宗弦が消えた方を見ながら咲秋が呟く。

 

「やっぱり君は甘いね。敵に情けなんか掛けるもんじゃないのにさ~」

 

 “()()()()阻害のみ”ということは、これから()()()()()()()が出来る可能性は大いにあるってことだ。具体的に言うなら、“卍解を阻害するのではなく奪い、それを用いることが出来る”、とかね。

 きっと君は、いずれ来る戦いに於いて、死神の戦意を挫いて降伏勧告をするためにこれを作ったんだろう。

 

 でも先日、閣下がどこまでも死神を蹂躙するつもりであることを知って、これの存在を報告するのを躊躇った。――卍解を失った死神たちが閣下たちから逃れて生き延びるビジョンが見えなくなっちゃったんだよね?

 

 ――皮肉、ってやつだね。

 君が作るものはいつだって誰かの為のモノで、それが使われるときはいつだって誰かが傷ついてしまうんだ。

 人を救うための()()が、人から奪う()()になってしまう。

 それでも手を止めない君は何処までも愚かでいじらしく、そして――美しい。

 

「そんな君だからこそ、僕は――託したいと思ったんだ」

 

 周りに誰も居ないと分かっているからこそ、彼はどこか祈るような口調で囁いた。ゆっくりと閉じた瞼の裏に映るのは、不機嫌そうな友の顔。

 

 勝手だと君は言うだろう。

 でも……でもね、僕には――

 

 焼き付いてしまいそうなその影を消すかのように、彼は再び瞼を開いた。その瞳には、いつものように冗談じみた笑みの欠片も在りはしない。起き上がり、窓の外へ目を向ける。

 

 ――もう、耐えられない。

 

 細めた目の先には、代わり映えしない、雲一つない青空が覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元をふと見降ろした寒鴉が足を止めた。

 と、京楽が思うや否や、寒鴉はしゃがみ込んで手元をごそごそしだした。

 

「寒鴉クン? どぉしたの?」

「あ、先輩! いえね、この花、お()()()が言ってたやつかなって思ったんですよ」

 

 寒鴉の手元には、彼の掌にそれそのものが収まってしまうほどの丈の植物が収まっていた。丸をベースにしたハート型の、青く、萼近くのみが黄色く薄い花弁。それが五枚付いた花が枝分かれした茎に咲いている。

 

「りょうちゃんが?」

「ええ。確かこんな感じの花を探していたんですよ」

 

 志波家の女中に、りょうという者が居る。

 決して若いわけではないが可憐で明るく、魅力ある女性だ。京楽は二言三言しか話したことはないが、それでもナンパ紛いのことをしかけたことがある。

 その時、思いの外きつい口調で寒鴉が咎めたのを昨日のことのように思い出した。

 

 そっと慈しむようにその花を手折った寒鴉の横顔を眺めながら、京楽は苦笑を禁じ得なかった。

 

 ――分かりやすいねえ……

 

 彼の表情は、()()()女中を思い出している顔ではない。一人の男の顔だった。

 

「近所には咲いてないのかい?」

「そうらしいんです。“なら、種を取り寄せればいい”と言ったんですが、“志波ほどの大家で取り寄せていただくような花ではございません”と断られてしまって。それくらいの事、気にする必要ないんですけどね」

 

 笑みを漏らした彼の顔は、兄や甥と居るときとはまた違う優しい顔をしていた。柔らかな笑みに、意地悪く京楽が口の端を上げる。

 

「その花、彼女にあげるのかい? きっと喜ぶよぉ!」

「んなッ! だっ、ダメですよそんなッ! 贔屓しては……」

 

 頬を染めて言葉を詰まらせまくった寒鴉に畳み掛ける様に京楽が続ける。

 

「いいじゃない、引っ付いちゃえば。お互い想い合ってるのバレバレなんだし。気付いてないのなんて乱鴉クンくらいなんじゃないの?」

 

 一層紅潮した寒鴉の頬は、京楽の最後の一言を聞いて静かに色味を戻していった。

 

「……おりょうがどう思っているかは兎も角、オレみたいにいつ死ぬか分からないような奴へ嫁ぐなんて勿体ないですよ。彼女なら嫁ぎ先は幾らでも有ります。それに先輩も聞いてらっしゃるでしょ。オレがそういう理由で貴族間の縁組から距離を置かれていること」

 

 確かに、そういう話は貴族間で広がっていた。狭い世界だ。婚姻やら何やらで家を盛り立てることしか頭にない連中は、そういう情報に飛びつきやすい。だが――――

 

「嘘は関心しないなぁ。()でしょ?」

 

 次男とはいえ、寒鴉は五大貴族の直系。本人がどんなに望もうと、下女との婚姻など結べるはずもない。

 死神だからとかそんなことは自分の気持ちを紛らわせるための言い訳だと、本人が一番よく分かっている筈だ。

 

 そして“想い人と叶わぬ位なら、いっそ誰とも添わぬ方が良い”――京楽の目の前に居るのは、そういう男なのだ。

 

 大胆で純粋なれど、不器用。

 

 だからこそ京楽は、そんな彼にもう少し自由に生きる道を示したかった。

 

 厳しい冬を耐え抜く彼の黒鳥(カラス)のように、少しでも後悔無く、力強く生きていける様に――――

 

「先輩には分かりませんよ」

 

 寒鴉の低い声が響く。

 

「無理を押し通したとして、彼女にどれだけの負担が掛かることか! 志波家での居場所だって無くなってしまうかもしれない。死神を辞めて護ろうにも、オレはたかが次男坊です! オレには彼女も、彼女の笑顔も護れる自信が無い……その程度の男なんです」

 

 寒鴉の手に力が籠る。握りしめられた花が、力なく折れてしまった。

 

「なにも、そこまで思いつめたことしなくても良いのさ」

 

 京楽は努めて軽い口調でそう言った。ポンポンと寒鴉の頭を叩くと、僅かに驚いた顔で彼が京楽を見上げた。どこからともなく吹いた風が、二人の羽織をひらひらと揺らす。

 

「君の覚悟をとやかく言うつもりは無いよ。でもね、もうちょっと肩の力を抜いていいんだ。それこそ花を贈るくらいの事、誰も咎めやしないよ」

 

 微笑んだ京楽の顔を、鳩が豆鉄砲喰らったような顔で寒鴉が見つめた。強張った顔が、少しずつ弛緩していく。

 

「そう、ですか……? ――じゃあ先輩!」

 

 京楽が首を傾げている隙に、寒鴉はテキパキとした手つきで、けれど丁寧にもう一つその花を懐から取り出した懐紙で挟んだ。どこから出したのか凧紐でその紙を結ぶと、それを京楽に差し出した。

 

「これ、持っててもらえませんか? 生花のままじゃ、おりょうに渡すまでに萎れちゃうんで押し花で!」

「どうせなら君が持ってなよ。これから戦いだよ?」

「本当はそうしたいですけど、〈ゆー〉が……ほら、どんな風に出るか分からないじゃないですか。水浸しになる系とか炎燃え盛りまくり系だったら痛んじゃうでしょう? そういう点では先輩の斬魄刀はまだいいですよね」

 

 いつものように笑った彼は、その手を引く気が無いらしかった。渋々京楽が受け取った瞬間、もう何度思い出したか知れない声が聞こえた気がした。

 

『あれに、今度こそ簪を渡してやってくれ……』

 

『家の外に頼れる人は、貴男しかいないの。だからお願い――』

 

 二人はそう言って、自分の大事な物を京楽に預けて逝ってしまった。

 兄貴のように死を覚悟した顔じゃない。

 彼女のように誰かを護ろうとする顔じゃない。

 だというのに、何故か寒鴉の所作全てが二人を想起させた。

 

 殆ど反射的に、京楽は渡された懐紙を寒鴉の方へ突き返した。

 

「寒鴉クン! やっぱりこれは、君が――」

「あ、男に二言は無いでしょ! それに先輩が焚きつけたんですから、責任取ってくださーい!」

 

 悪戯っぽく笑った寒鴉は京楽を残して瞬歩で逃げてしまった。

 彼の瞬歩によって舞った土煙が嫌に長く尾を引いている。

 

「勘弁してよ……」

 

 滲み出た手汗が懐紙に染みぬよう、京楽は已む無く懐にそれを仕舞った。

 沈んできた陽と共に風が冷たく吹き抜ける。

 

 どこかで、犬の遠吠えが聞こえていた――――

 

 

 

 




随分と久々に続きを投稿した気がします……
なんなら後五話経った後くらいは書けているんですが、完全な歯抜け状態をどうしたものか……

投稿がゆっくりになってしまいますが何卒ご容赦を!
今回ほどの長文は暫く無いかなと。こんなに書いていたら作者メンタルがすぐに尽きます(笑)

今回はいつにも増して独自設定や独自解釈が説明不足になっていますので、その解説をば……
・矩型穿界門
 要するに大きな穿界門です。消失篇で隊長格の面々が(あの人数に対して大き過ぎるだろうと当時は突っ込んだものですが)使っていたモノを想像していただければ。救出篇にて浦原さんが”穿界門は保って三分”というようなことを言っていたので、穿界門の開閉というのはそれなりに大変なのだろうと……一団丸々が細々と列を作って通りきるまで維持するのと、デカい穿界門を作ってちょっとの間保つののどちらが大変なのかは鬼道衆に訊いて下さい。作者(みーごれん)は知りません。
星章(メダリオン)(の原型)
 お気付きかと思いますが、宗弦氏が作っていた”試作品”とは千年血戦篇に於ける星章(卍解略奪時に使用する金属環)の原型です。設定は全て捏造です。実はちゃんとした設定があったらゴメンナサイ。一応補足しておくと、この器具を使って阻害できるのは死神の術のみです。原作で、霊圧の感触によって死神やら虚やらを区別できている描写がありましたので、同一の種族には共通した霊圧の要素があると仮定し、その中でも死神だけを選んで発動するみたいな設定です。こうしないと、うっかり破面の帰刀や滅却師の霊子兵装を奪えそうだなと思いまして。これだけ書いておきながら、今後うまいことこれを使えるかは微妙なところではあるのですが……
・貴族の婚姻
 ”えっ、じゃあ白哉兄様は?”って書いててなりました。うーん……昔は兄様の時よりもっと厳しかったんですよ。多分。この時はまだ志波家は凋落のちの字も無い時でしたので、五大貴族として振舞わねばなりませんでした。寒鴉のお兄さんはあまり融通が利くタイプでも無いですしね。
・京楽隊長のお兄さんの科白
 完全なる捏造。もしみーごれんが見つけ損ねてるだけなら教えて下さい。原作では、簪を京楽(子供時代)に渡して布団で汗を流している画だけしか無かったような気がするのですが……
 七緒ちゃんのお母さまに京楽(兄)が簪を渡している時に”一本で良いのか”的なことを宣っていたので、本当は両方渡す予定だったんだろうと想像。「お前が彼女の支えになってやれ」みたいな科白と迷いましたが、よくよく考えると弟に嫁を託すってどうなんだろうと思ったので止めました。

本編には全く関係の無い雑談ですが、京楽隊長のお兄さんの名前は”秋水”なんじゃないかとみーごれんは割と真剣に思っています。”春水”が春の雪解け水に対し、”秋水”は秋の透き通った水流や洪水に加え、切れ味の良い刀という意味もあるのだとか。お兄さんはいつもピリピリしててあまり家が好きじゃなかったと春水氏が言っていた雰囲気に合っていますし、何より対になる感じが好きです。言葉的に。
にしても刀を表すのに水を使う日本人の感性は本当に美しいなあと思った今日この頃でした。雑談終わり。

解説も取り敢えずこれくらいで……
分かりにくい点などがありましたら、この話以外でも受け付けていますので指摘していただければ幸いです。

長々と失礼しました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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