龍門に登る   作:みーごれん

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前回のあらすじ
戦いの幕が切って落とされた!
初戦は小競り合い程度のぶつかり合い。その夜、五番隊の天幕に滅却師の奇襲が掛かる。
寒鴉の機転で事無きを得たが――

あまりにも間が空いてしまって申し訳ありません……
こんな感じでした……


第十九話 長いヨル・後編

 天幕張りを中止させられ、惣右介たちは山の麓で待機させられていた。

 滅却師の霊子光を探知できるよう、灯も燈さず集まっているが、ざわざわと不気味に木の葉が揺れる音は彼らをひたすらに不安にさせていた。

 

「待機って……一体いつまでなんだろうな?」

 

 隣に座りこんでいた竜太郎が、堪え切れなくなったのか呟いた。

 

「夜襲に備えてるんだと思うよ。此方は地に疎いからね。あんなに野営地に向いた土地は警戒してしかるべき、というのが隊長の御判断なんだよ」

 

 そう惣右介が答えた直後、地面が大きく揺れた。自然発生の地震かと間違うほどのものだ。周りの樹は太いせいか折れそうなものは無かったとはいえ、ギシギシと悲鳴のように低く軋んで一層辺りの不気味さを煽る。

 

「地震……⁉」

「いや、こりゃあ隊長の術だな。何だっけ、せっぱほう? とかってやつ」

 

 四大貴族には、長い歴史で培ってきた秘術や秘儀というものがあるのだと聞いていた。四楓院家が隠密歩法四楓ノ型、志波家が石波法という術といった風に。石波法とは、簡単に言えばあらゆるものを砂状に変える術で、使いどころが難しい分嵌れば凄まじい力を発揮するらしい。

 大規模に展開されただろうその術に沈む滅却師を想像して、惣右介は顔を顰めた。

 

「また、死んでしまった……」

「戦なのです。当然のことではありませんか」

 

 窘める様な口調で、後ろに控えていた同じ班の神崎が言った。他のメンバーを振り合えると、各々賛否両論という面持ちだ。

 

「とはいっても、やはり人間を手に掛けるのはいただけんだろう」

「“人間”と大別するのがいかんのだ。奴らは虚を消し去ってしまう異能者だろう?」

「こちらにも酷い怪我を負わされた者が何人もいるわけですしねえ。当然の報いかと」

「死神に手を出したのは確かに許し難いが、彼らとて自衛のための手段を取りだたされては堪らんかったのだろう。同情の余地は大いにある。――――十席はどう思われますか?」

 

 班員の視線が惣右介に集まる。

 

 正直に言えば、惣右介の腹は決まってなど居なかった。

 僅か二十日で始まってしまったこの戦いにすぐ割り切れるほど、彼は()()にはなれなかった。

 

 同胞を殺す虚を狩る滅却師を止める権利など、死神には無い。

 虚を滅却(ころ)し、世界の均衡を破る権利など滅却師には無い。

 

 されど死神が滅却師を止めねば世界は壊れる。

 虚を滅却さなければ滅却師は仲間を護れない。

 

 この世界のシステムは、こうも火種を孕んでいる。

 

 誰も、傷つきたくない筈なのに。

 傷つけたくない筈なのに。

 死にたくなど無い筈なのに――――

 

 彼は息を一つ吐くと、微笑んだ。

 

「班長、そして席官という立場上、僕はこの件について安易に意見できないんだ。すまない。されど、どんな意見があれ一度降った命は完遂する。それが僕らが此処に居る理由だ。皆もそれぞれ思う所が有るだろうけれど、今は任務に集中しよう」

 

 “応‼”と皆の声が揃った。

 声が大きいと叱られ、五番隊の席官に叱られてしまったのは御愛嬌である。

 

 

 

 

 

 

 

「隊長! スンマセン、お怪我は⁉」

「あー、火傷くらい? 真子こそ大丈夫か?」

 

 翻って五番隊野営地跡。

 

 先程の矢を払った手を振りながら寒鴉が笑った。

 パッと見ただけでも、結構酷い怪我なのが分かる。相当な熱量を宿した鏃が抉り、焼いたのであろう寒鴉の掌は、血が滴ってこそいないものの紅く、黒く染まっていた。いっそ怒ってくれた方が気が楽だなどと柄でもないことを考えて伏し目がちに真子は頭を下げていたが、そう間も無く勢い良く顔を上げて他の隊員達が身を潜めている方へ身を向けた。

 

「すぐ四番隊のモンを呼んできます。待っとってください」

「ありがとな。でも気を付けろよ? さっきの滅却師、ここらの霊子を結構がっつり使ったらしい。足場の霊子が足りねえかもしれねえ」

「ああ、やからさっき俺は……」

 

 言われてみれば、確かに霊子が薄くなっている気がする。自身の観察不足のせいで足場を作り損ね、挙句隊長に怪我をさせたことを自覚して、真子は再び歯を食いしばった。

 

「術も解いとかねえとな。うっかり誰かが落ちたらシャレになんねえ」

 

 笑いながら寒鴉は、無事な方の拳を軽く真子の頭に当てた。

 

「反省も後悔も、ゆっくりしっかりやりゃあいい。自分で四番隊んとこ行ってくるから、落ち着いてから合流しろ。偶には隊長っぽく指揮しておくぜ」

「……スンマセン」

「いいってことよ!」

「まァ、本来はそれが在るべき姿なんやけどな」

「ン? 何か言ったか~? キコエネエナ~」

 

 おどけながら瞬歩で消えた隊長の気配が遠退いたのを確認すると、真子は自身の頬を思いっきり叩いた。真っ赤に染まった紅葉が頬を占める。

 

「取り返すでェ!」

 

 張り上げた声は夜闇に溶けてゆき、やがて静寂が彼の周りを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「淡ちゃんたちは?」

「まだ帰還しておりません……」

「……そっか。分かった。帰れない方向で練り直さなきゃね」

「不甲斐無い甥で申し訳もございません、咲様」

 

 拳を握りしめて頭を下げる男性に、咲秋が微笑んだ。

 

「そんな事無いよ。彼らは十分役目を果たしてくれた。連くんも休んでおいで」

「渾名で呼び合い、部下の不始末に処罰もしない……馴れ合いがお好きなようですねェ」

 

 戸の方から二人の方を横目に見ている男が立っていた。口元に浮かんだ歪んだ笑みは、二人をあざけるような含みを持って言葉を放った。

 それを聞くや否や、反論しようとした咲秋に跪いていた男――連くんこと連蔵――が殺気を放ちながら立ち上がりかける。咲秋が片手を挙げて制止しなければ、殴りかかっていたことだろう。制止を余儀無くされた連蔵が手を握りしめた。

 

「咲様……」

「連くん、甥っ子がいなくなって辛いだろう。部屋に戻っていいよ」

「しかしっ!」

「うん、分かってるさ」

 

 微笑んだままの咲秋が、戸の男の方へ視線をやった。

 

「ココの主は僕だ。文句があるならはっきり言ってくれるかな」

「此処がどうだろうが知ったことはないですよ。我らの主は佐伯禅治郎様唯御一人。あなたに従う気はありませんという事をお伝えしておきます」

「それは、禅ちゃん側に付いてた子たち皆かな?」

「勿論。初日から失敗を犯す足手纏いに従っていては、命が幾らあっても足りませんからねェ?」

「言わせておけばッ! 咲様は――」

「ふふっ!」

 

 思わず、といった風に笑みを零した咲秋に、二人の視線が集まる。薄く開かれた彼の瞳を見た連蔵が顔を伏せた。その頬に冷や汗が伝っているのに気付かないもう一方の男は、咲秋への挑発的な姿勢を崩さない。

 それを意に介さず、笑みを隠すかのように口元に手を添えた咲秋が、ゆっくりと首を傾げた。

 

「“失敗”? ――まさか。そんなことだから禅ちゃんの所はいつまで経っても進歩が無いんだよ♪」

「貴様っ」

「目先の勝利にばかり拘って、先が見えてないんだ。()()()()()()()君たちは、生きるために戦わざるを得ない獣より劣る」

「我らを侮辱するか⁉」

 

 怒りに任せて部屋に踏み込んだ男の()()()咲秋の手が添えられる。

 彼の動きを目で捉えられなかった男がゴクリと喉を鳴らした。その喉仏(のどぼとけ)を、咲秋は焦らすように、煽るように、或いは愛でるように指でなぞった。一見すると弓を引けるのかと疑問に思うような細く長い指は、その(たお)やかな見た目にそぐわず確かな引力を以て男の姿勢を縫い付ける。

 

「ソレ、態々確認すること~? ふふ、あと一つ言っておくとォ――」

 

 咲秋の手に力が籠る。取り込む空気の減少を、男の心臓が訴えている。だが男は一歩も動くことが出来なかった。咲秋の視線に射竦められた彼の身体は、一切の行動の自由が小刻みな震えによって奪われてしまっていたのだ。

 一方の咲秋はというと、先程から全く崩さぬ笑みを張り付けたまま、その顔を男の耳へ寄せた。

 

「自分が怒るくらいなら、()()にそんなことしちゃダメだよ♪ 罵られて喜ぶような変態はここには居ないからさ☆ あっ、でもでも、他人の性癖に口を出すのはあまり良くないね。うん、僕の庭で目障りなことしないでってちゃんと言わなきゃだったね~。ごめんね? 此処の主人(ルール)は僕なんだ。他に文句があるなら、此処での決め事を教えてあげる! ――もう無い? ならまず、連くんに謝ろっか♪」

 

 一気にそう捲し立てた咲秋が男を軽く突きながら放した。尻餅をついた男が荒く息をしている。

 

「もっ、もうし、わけッ、あり……ません」

 

 それを見降ろした咲秋は、脂汗を流して瞳に恐怖を宿したその男に、微笑みを一層深めて言った。

 

「分かってくれて嬉しーよ! ああ、あと、さっき君が言ってたことだけど、別にいーよ?」

「……?」

「禅ちゃん所の軍は、預かってるけど好きに動いてくれていい。僕は君らに()()()()()()

 

 優し気な笑みを浮かべる口元から発せられた言葉に、男の背筋が凍りついた。

 つい先程”仲間”などとほざいた(カオ)のまま、咲秋はその瞳に、男の事を”兵”としての価値すら見出していない――冷たさすら感じさせない無を荒涼と湛えていた。

 

 ――“黒崎咲秋(この男)に見捨てられてはならない”

 

 ある種本能的にそれを悟った彼は、咲秋に跪いて頭を垂れた。

 

「ご、御冗談を。我々は貴方に対する認識を誤っておりました。それが分かった今、反発する理由は在りませんっ! 我らは貴方の指示に従います!」

「そ。じゃあ十五分後に広間で作戦会議するから来てね~。遅れちゃダメだよ?」

 

 

 

 

 

 逃げる様に部屋から出た男を呆然と見ながら、連蔵が嘆息した。

 

「彼にあそこまで言わせるとは……流石です、咲様」

「禅ちゃんとこは実力行使が一番早いんだよねぇ~。勝手に動かれると内部崩壊するくらいの勢力だって自覚が無いから困っちゃうよ。まー、そこが扱いやすい所ではあるんだけどさ」

 

 二つの派閥を合わせ、三つに割いても咲秋と宗弦の手勢の半数以上が元々禅治郎に賛同していた者達となっていた。彼らは二人のことを“死神に対して日和っていた腰抜け”と下に見ているものが多く、扱いに困っていたのだ。

 

(それが服従を宣言した。ああいう手合いは、一度言った言葉を絶対に撤回しない。本当に、()()()()()()()()()()()()()よ)

 

 平伏している目の前の男の甥のことを思い出して、咲秋は微笑んだ。

 

 今回死神の野営地を襲撃する指揮を執った淡ちゃんこと淡一たちが失敗すれば、彼らは必ずそれを指摘しに来る。淡一たちが生存して戻らなければ、猶更だ。そこを締めれば、彼らは咲秋の手足も同然となる。

 そして、強襲隊がこれほど早く倒されたとなると、こちらへ向かっている部隊は相当な手練れのようだ。それが分かったのも収穫といえる。いくら閣下(ハッシュヴァルト)の勅命とはいえ、一方的にやられる事態にはしない方が良いだろう。もうちょっと()()()()作戦を考えないといけない。

 

 ――さてさて、どうしたもんかなぁ。ああ、そういえば、僕からの()()()はちゃんと届いたのかな?

 

 作戦案のいくつかを頭の中で思い返しながら、咲秋は自室へと足を延ばす。その道中、通信機の呼び鈴が鳴った。相手が誰かを確認することなく、耳元にそれを添える。

 

「もしもーし! ……うん、ホントにありがと~! 急にゴメンね。でも助かった! ……うん。それは明日ね。はいはーい」

 

 通信機を耳から離した咲秋は、深いため息を吐いて再び歩き始めた。

 

 新月近い夜。

 闇深い静かな廊下は、彼の思惑も疲労も何もかもを塗りつぶしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、それ何です? 花?」

 

 寒鴉の懐から花が一房覗いていた。それを何とも言えない顔で真子が見ている。

 

「隊長が花て……似合わんなァ」

「なにおう! でも何だ? こんなの入れてねえぞ」

 

 その花を抜き出して、寒鴉は血相を変えた。

 

「隊長?」

「この、花は……」

 

 志波家の女中に、りょうという女性がいるのは前述のとおりである。

 彼女は花言葉というものが気に入っていて、日ノ本に自生するモノから海外のものまで、気に入った意味のものをよく覚えていた。

 寒鴉は花自体に興味は無かったが、りょうがあまりに面白そうに話すものだからよく聞いて、幾つかは覚えていた。懐の花もその一つだ。

 

『寒鴉様、寒鴉様! 御覧下さいまし! これは“じにあ”と申しまして、花言葉は“不在の友を想う”というのだそうでございます。とても素敵な花言葉でしょう? しかし、もう一つの意味は――“注意を怠るな”。なんだか、浮気に敏感な新妻が付けたような意味ですねえ』

 

 彼女はそう不敵に笑って、その花を幾つか庭に植えていた。今手元に在るモノと同じ――見紛う筈もない。確かこれは、その辺に自生しているような花ではない。態々入手し、リスクを冒しながら敢えて寒鴉の懐にこれを潜り込ませた……そうとしか考えられない。

 茎を握りしめてそう伝えた寒鴉の手元を覗き込んで、真子が首を捻った。

 

「なんや意味深な花やなあ。嫌がらせのつもりやろうけど、えらい分かりにくゥしてきて……普通知らんやろ」

「ああ。ホント性格悪い相手だぜ……俺が花言葉を知ってるって相手側は知ってるってことだ。気持ちワリいな」

 

 顔を顰めた寒鴉の顔を真子は見つめ直した。言われてみれば、そのような情報を得ているという可能性は大いにある。そして、そんな――言ってしまえば些細な――事実を握られているという事は、それ以外の情報もかなり知られていると考えるべきだろう。

 

「御忠告、有難く受け取っておくぜ。――ったく、やり難いな……」

 

 野営地候補を潰されて森の中で野宿せねばならぬ今、このメッセージは、ハッタリだろうがそうでなかろうが寒鴉達に確実に圧を与えていた。今までで一番長い夜だったと後に真子は語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと其処は、思わず声が出そうになるほど懐かしい場所だった。

 

「先生の……家……」

 

 何年も通い詰めた木造の家が目の前に佇んでいる。周りを見渡すと、マソラの家だけではない。ご近所も、通りも、道の脇の木まで――何もかもが思い出のまま其処に在った。違和感といえば、誰の気配も感じないこと。生き物の居ない道を、風も音も無い静謐さが揺蕩っている。

 

『そのとーり! クク、懐かしい? 帰りたい?』

 

 静けさを引き裂いて、彼の後ろからくぐもった声が通る。

 咄嗟に振り返り、そして落胆した。

 

 ――帰ってきたわけではなかった……

 

 相も変わらずアベコベな服を着ている惣右介の斬魄刀が、向かいの家の窓からこちらを覗いていた。クスクスと癇に障る笑い声で妖しく肩を揺らす。いつも通りの挑発的なその姿勢には触れず、惣右介は再び目の前の木造建築へ向き直った。

 

「……ここは?」

 

『寂しいアンタの気休めになればと思って、アンタの世界を弄ってみたのさ。そうトゲトゲしないでおくれよ』

 

「僕が苛立っているのは君がいるからだ。僕の魂の一部なら、どういう事が苛々するのか分かるだろ」

 

『それは買い被りってものだよ! 現にアンタだって私の気持ち分からないでしょ? お相子さ』

 

 そう言って再度笑った斬魄刀を無視して、先生の家の戸を開く。

 懐かしい匂い、懐かしい配置、懐かしい――

 

 一歩家に入ろうとして、床が抜けた。

 いや、正確に言うなら床は動いていない。

 ただ、地面などまるで無いかのように、脚がそこに吸い込まれていく。

 

「うぁッ、あああぁぁああぁぁああ⁉」

 

 突然の浮遊感に全身が警鐘を鳴らす。

 目の端に映った何かに咄嗟に手を伸ばすと、落下は止まった。

 

『クックック、絶叫とは余裕だね。面白かったかい?』

 

 伸ばした手の先には斬魄刀が、同じく手を伸ばして惣右介の手を掴んでいた。そっと足元を見ると、いつもの絶壁の()()()()()()に自分がいる。

 “落ちる”と思った途端、自分の身体が重力に引かれ、斬魄刀の腕が下に下がった。

 

『っと、危ない危ない。駄目だよ、我が主。此処での主導権はアンタと私で半々なんだ。アンタが落ちると思ったら落ちるし、落ちないと思ったら落ちない。そういう場所なんだ』

 

 そう言いながら斬魄刀は片手で惣右介を持ち上げると、()()()()()へ放り投げた。

 強かに腰を打って悶絶していると、斬魄刀は馬乗りになって惣右介の顎を片手で無理やり仮面の方へ向ける。

 

『全く……苛々してるのがアンタだけだと思う? 前、言ったよねぇ? “急ぎなよ”ってさ。なのにアンタはチンタラして……』

 

 僅かに力の籠ったその手を顎で払い、惣右介は睨みつけた。

 

「“だから悪戯してやった”、か? 度が過ぎている。危うく死ぬところだ」

 

『……ックッ、ハハハハハッ! “精神世界で死ぬ”⁉ ククッ、愉快な事を言うねえ。ケッサクだよ!』

 

 言われてみれば、精神世界に入ったまま死んでしまったものなど聞いたことが無い。

 卍解の錬磨中に命を落とすという事も(そもそも具象化まで行けるものが少ないという事もあるが)ほんの僅かな例しかないのだ。それも、現実世界にて負った傷が元なのだから、夢現の状態でどうやったら死ねるのかという斬魄刀の問いは当たらずと言えど遠からずだった。

 意識の集合体であるここでの体が完全に喪失してしまえば、精神の死が訪れるのだろうが、惣右介の世界で惣右介が死ぬという事は殆どありえないのだろうと斬魄刀の反応を見て惣右介は思った。

 

 ……頬を真っ赤に染めながら。

 

「~~ッ」

 

『ククッ、もう時間だ。やれやれ、アンタは資格不足だから気が急いていけない。ヒントはあげたよ。じゃ、“急いで”ね』

 

 パチン

 

 掻き消えた惣右介の姿があった場所を見つめながら、斬魄刀が独り言ちる。

 

『嗚呼、しまったなァ……こんなに愉快だったことは初めてだ。――いけない。いけないよ。私に()()()()()()()()ってのに。なァ、そうだろう? 我が主よ――――』

 

 惣右介に乗っていた状態から座り込むような姿勢になっていた斬魄刀は、両腕を抱えて俯いた。

 

『此処は、独りで居るは広すぎる。愉楽の後には猶の事。嗚呼、やはり呼ばねば良かった。お節介など焼かねば良かった……』

 

 そう言いながらも、本心は半分も入ってはいないとソレは自覚している。主を呼んで後悔しているのは本当だ。けれど、お節介を焼かずにはいられなかったのも事実。才も霊力も在りながら自分を使うことなく戦いに身を投じる彼の姿は、形容しがたい感情をソレに起こさせた。

 

 ――結局、私の覚悟もまだ定まりきっていない……ということか。全く、斬魄刀とその主は、残念なくらいに似てしまう……

 

 自嘲気味に唇の端を釣り上げたソレは、一転して空を仰ぎ見た。

 二十日以上続く曇天が視界を覆う。日を追うごとに重く暗い色合いになる雲は、今にもこちらへ落ちてきそうだ。

 精神世界における天候とは即ちその世界の主人の深層心理。主人たる惣右介が憂い、迷い、絶望していけば、悪化していくのは自明の理だ。その事実を知っていたソレは、聞こえもしないのに諭す様な口調で言う。

 

『私は曇天が嫌いじゃないよ。そうやって女々しく悩むところも、アンタの長所さ。だけど……嫌な予感がするんだ。この雲がうっかり雨を孕みやしないかと気が気じゃない。アンタは、違う……?』

 

 応えは無い。

 当然の事ではあったが、胸に宿った微かな痛みを紛らわせるよう着物の胸のあたりを握りしめた。

 

 地面に付いてしまった長い髪の端が躍る様に持ち上がる。

 何処から吹いたのか、肌寒い風がソレを通り過ぎていった――――

 

 

 

 

 

 




絶対、藍染氏と鏡花水月は仲悪かったと思うんです。
じゃないと、”崩玉が私に斬魄刀は不要と判断したのだ!”とか宣わないですよ。もし一護が逆の立場だったら、”ざっ、斬月のおっさァァァん⁉”みたいになる。多分。

それはそうと、最近性懲りもなく小説版を読みました。”Spirits Are Forever With You”の第一巻。
――ドン・観音寺がカッコいい……だと……⁉
あの人凄いですよ……根っからのヒーローでしたよ……
二巻を置いてる書店が近くに無くて泣きそうです。

明日は有るといいな~……

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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