龍門に登る   作:みーごれん

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第二十話 錯綜するオモワク

「以上が八番隊、及び十三番隊の被害報告となります」

「はいよ。ご苦労さん」

 

 一礼して去っていった隠密機動を見送ると、寒鴉は溜息を吐きながら振り返って面々を見渡した。

 

「どこもかしこも、って奴だな……」

 

 顔を顰めた寒鴉は、報告を思い出して再度溜息を吐いた。

 

 昨晩、襲撃が有ったのは寒鴉率いる五番隊だけではなかった。ほぼ同時多発的に、全隊の野営地が襲撃されたのだ。

 特に八番隊には、佐伯禅治郎が直々に乗り込んできて、荒らすだけ荒らして退いたらしい。お蔭で食料や医療物資がかなり駄目になってしまったのだとか。

 

『いやね、夜襲があるカモとは思ってたんだけど、まさか大将が乗り込んでくるとは思わなくてねえ……一本取られちゃったよ。ボクが出た時には(やっこ)さん退いてたしね。手際の良さに拍子抜けしたくらいさ。もしかしたら、彼は結構ヤリ手なのかもしれないねえ』

『うちは五番隊同様、少人数が襲撃してきただけだった。一般隊員には少々きついが、席官レベルなら対処可能な戦力だったぞ』

 

 京楽と浮竹の言を思い出しながら、寒鴉は腹の底に重く暗い不安が沈殿していくような、気色悪い感覚に包まれていた。

 

 ――大前田君の報告では、佐伯って奴の性格はもっと短絡的、直情的な印象だったんだが……

 

 “短期決戦”――――それが京楽の決定だった。

 総隊長からの伝令も理由の一つではあるだろうが、持久戦を避けたのは寒鴉と同じく嫌な感じが他二人もしていたからだろう。

 珍しく難しい顔のまま、寒鴉は周りにも見えるよう地図を覗き込んだ。

 

「隠密機動からの報告によると、敵の本丸が此処。俺らから本丸を護る壁になる様に五つほどの拠点があるらしい。はてさて、どうすっかなあ……」

「半数をその拠点に引き付けて、残りで本丸叩くんが定石ちゃいますか? 兵数的にこっちの優位は変わらへんのやし」

 

 真子の意見に他の班長達が頷く。だが、一人が片手を挙げた。

 

「……いえ、拠点を先に押さえるのがよろしいかと」

 

 優男でまだ若そうな面差しの青年が控えめにそう言った。

 一番隊から預かった二班を纏める藍染惣右介だ。

 

「兵数差が在ろうとも、全軍を包囲されると我々の勝率は確実に落ちます。惹きつけていた拠点が万が一こちらの兵を破った場合、囲まれれば全滅も有り得ます」

「しゃーけど京楽隊長の決定は短期決戦やろ? 拠点潰してからやったらえらい時間かかるかもしれんで。それに言うたやろ、兵数差から見てもこっちの優位は変わらん」

「持久戦と比べればどちらも似たようなものです。それに、“万が一”を避けるためとも申し上げました。念には念を入れておくに越したことはありません」

 

 “そこまでする必要があるか?”とか“いやしかし、藍染十席の言う事にも一理ある”とか議論が巻き起こる。

 黙って聞いていた寒鴉の脳裏には、黄色い花弁が一枚ちらと過った。

 

 “注意を怠るな”――――

 

 誘導されている感はビシビシする。

 だが、注意しておくに越したことはないだろう。

 

「おーし、分かった。作戦はこうだ!」

 

 寒鴉が説明すると、“そんな雑な……”みたいな目で一番隊士勢が寒鴉をジト見した。だが詳しく説明して理解してもらえたらしい。

 準備に散って行った班長達の瞳は、闘志に満ち満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、禅ちゃん。何か僕らに言う事有るよねぇ?』

 

 通信機から咲秋の笑みとも怒りともとれる声が聞こえる。理由に大方の予想がついていた宗弦は、通信機に拾われぬよう小さく息を吐いた。

 

『……成果は上げましたし指示通り退きました。文句がおありですか』

『僕が一番最初に出してた指示は何だったかな、そーちゃん?』

 

 幾つかあるが、求められているものは一つだろう。

 

「“大将は持ち場に待機”だ」

『そのとーり! そして禅ちゃん、君は今日の子の刻、何処に居たかな?』

『……狩りです』

『ワイルドだねぇ、自由だねぇ! ――それで?』

 

 通信機越しに、二人の苛立ちが伝わって来るかのようだ。

 

 

 昨晩遅く、突然咲秋から一報が入った。

 曰く、“死神の陣に夜襲を仕掛ける面子を揃えられたし。されど五、六人で構わない”というもの。

 相手の精神的圧を増す嫌がらせをゲリラ的に行うのかと面子を揃えたあたりで、もう一報入った。

 

 “十分後に出陣されたし”

 

 ――そこで、大体どういう感じの事になっているのかは察しがついた。

 

 元々、咲秋は夜襲を仕掛けるつもりではいたんだろう。

 だが、大将首がそんな中に入るなんてことは普通有り得ない。軍を搔き集めた時点で兵数差があるのだから、夜襲を実行する人員がどれだけハイリスクかなど馬鹿でも分かる。

 

 そして大将首には()()鹿()()が混じっていた。

 

 禅治郎が飛び出したのだと分かった。

 死神の最も大きな本陣に突っ込んだのだろう、と。

 彼は猪突猛進タイプだから、引き際など考えていない。そして、咲秋達が説得するのにも時間が要るのは容易に想像できる。

 

 だから取り敢えず死神同士の情報を撹乱するために、禅治郎と同じタイミングで敵陣に強襲を掛けた。付け焼刃の時間稼ぎ。されど戦略上、この時点で禅治郎が死ぬことで総大将でないとバレるのは百害あって一利なしというものだ。何としてでもそれだけは防がねばならなかった。

 

 ……という事を理解してほしい咲秋と、本能と直感で動く禅治郎。

 よくもまあ今まで問題が出なかったものだと宗弦は苦笑を禁じ得なかった。

 

 

『禅ちゃんさぁ、もちっと色々考えて動いた方がいーよ? 禅ちゃんが戦う事になる“京楽春水”は、いつも君が戦ってる虚なんかと比べるのも恥ずかしいくらいの死神なんだからね?』

『…………分かっていますよ。留意しています』

『はあ…………これだから戦闘経験の浅い奴(クソガキ)は嫌なんだよ……』

 

 思わず漏らしたのだろう咲秋の本音に禅治郎が反応するよりも早く、咲秋は続けた。

 

『死ぬのは勝手だけど、それは今じゃない。どうせなら大舞台で――明日起きる大将同士の死合いで散ってよね』

『なッ‼ 黒崎、貴様――」

「明日? 随分と事を急ぐんだな」

 

 終わらない議論が始まりそうだったので宗弦は話を捩変えた。

 

『うん♪ 禅ちゃんのせいで死神側の損害が結構出たからね~。向こうは補給し放題だけど、あまり手間取るのを是とはしないだろうから』

「我々にも、か」

『そう考えるべきだね~☆』

 

 “じゃ、決戦は明日って事でヨロシク♡”と言って咲秋は唐突に回線を切った。続いて何も言わずに禅治郎が。部下に当たっていないと良いが……

 

 宗弦は深呼吸して、再び咲秋に回線を繋いだ。

 

「…………咲秋」

『ヤッホー、そーちゃん♪ 掛けてくると思ってたよ! な~に?』

「……禅治郎にあそこまで言う必要は無かったろう」

 

 僅かに笑う吐息が聞こえる。

 

『あれでいーんだよ! あそこまで虚仮にされれば、禅ちゃんは意地でも京楽春水を叩き潰しにかかるだろう。それでこそ()()()()になるってものさ。敵は敵で、禅ちゃんを見極めるために多少ギアを上げながら戦うはず。丁度いいでしょ』

「京楽がそうやって戦うという情報は、事前の資料には無かった筈だが」

『あれ、そーだっけ? ()()()()してたな~! 安心して! そーちゃんの敵は()()()あれしか情報が無いんだ。なにせ病弱で殆ど出撃しないらしくって』

 

 暗に色々と含ませながら咲秋が話すのを聞きながら、宗弦は苦し気に顔を伏せた。

 

 ――やはり、お前は……

 

 咲秋は、”そういう所”のある奴だ。

 剽軽に振舞い、部下に分け隔てなく接するが、自分に不要と判断すればあっさり捨てる。禅治郎がいい例だ。この戦いで奴が生き残ろうが、恐らく咲秋は奴を殺すだろう。最早彼は使い捨ての駒に認定されてしまった。

 それはもういい。どうせ自分が何を言った所で咲秋に心変わりなどさせられはしない。

 悔しいのは、矢張り自分は何処まで行っても“使える駒”でしかないのだと痛感してしまう事だ。捨てられるのが怖いだなんて言うつもりはない。戦場に於いて取捨選択を行うのは当然の事。自分が死ぬことで百も千も救えるのなら、喜んで捨て駒にもなろう。だが、そうやって切り落とし続ける先に咲秋が何を見るのか――それが不安でたまらない。崖の上で綱渡りをするような幻視をしてしまう咲秋が、もしふらついた時に支えになるものが手元にあるのか……欲を言えば、自分がその杖になってやりたかった。切れすぎる頭で、幾度彼は絶望したのだろうか。考え過ぎる頭で、幾度彼は悲しんだのだろうか。他人の気持ちを完全に理解することなどできはしない。けれど少しでも軽く、そして反対の正の気持ちを少しでも増やしてやることくらいは出来る。

 

 “僕は、叶えたいんだ――とってもとってもささやかな、僕の一つの願いを”

 

 あの時――死神の宣戦布告を受けた後、奴はそう言った。

 “今のそーちゃんには、ここまで”、とも。

 

 私はいつまで待てばいい?

 

 分からない。

 分からないんだ。

 

 それを問わず、お前に流されるまま漂った先で、真にお前の救いは有るのか?

 

『――そーちゃん? 聞いてる~? おーい』

 

 呆っとしていた宗弦は、咲秋の声で意識を浮上させると顔を上げた。

 

「……ああ。なあ、咲秋。お前は――何のために戦っている?」

『え~? 唐突だねぇ。うーん、何のために、ねえ……』

 

 数瞬の後、やけに明るい声が通信機から零れた。

 

『未来の為、かな』

「……未来」

『え、あ、うん。ナニコレ超恥ずかしい……何? 何でそんな事訊くのさ? そういうそーちゃんは? …………ねえねえ、聞いてる~? そーちゃーん!』

 

 そうか……

 ちゃんと未来(さき)の事を見ているんだな。

 

「なら、いい」

 

 それさえ知れれば、今はいい。

 

『ふえ? いや、質問の答えになってないんだけど』

 

 何を見ているかは知れないが、目指すべき何かが咲秋に見えているのならそれでいい。キレ過ぎる刃が宛ても無く彷徨うこと程危ういものはない。

 もしそうだったなら、周りにあるものを切り刻み、傷つけて、虚しいだけの結果しか残らない。

 

「早々に決着を付けよう。こんな無意味な戦い、続ける必要は無い。だろう?」

『おお⁉ お~。何かよく分かんないけど、善処するよ♪』

 

 いつもと同じ、何処まで本気なのか分からない答え。

 それでもどこか、いつもより穏やかに宗弦は聞き流した。

 

 

 

 




メインもメイン、そーすけくんが空気になっている現状。
だ……大丈夫ですよ! そろそろちゃんと話が動きますから!

二日目が睨み合いの探り合いになっただけですから‼

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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