”行動する”と謂うことは
他に成し得たあらゆる選択肢との決別である
例えば今 此処で筆を執るとき
それは
運動で健康を得ること
睡眠で休養を摂ること
読書で知を深めること
他全ての可能性の放棄である
”己の行動に責を負う”とは
選択した世界と
それによって喪われてしまった
夥しい数の世界とが
等価であるという耐えがたい事実を
”責任”という形へと押し固めている事に
他ならないのだ
耳障りな泣き声がする。
よくよく聞くと、それは自身の声。
自身の生誕を周りに喚き散らす声。
「無事、産まれました!
自分を引きずり出した小さく、されど力強い手から新たな手へと引き継がれる。
大きな手に自分の身体が持ち上げられた。
「これまた珠のように可愛い子じゃのう! 名はもう決まっておるのか?」
その手の先には、どこかで見た男が大層嬉しそうに僕を抱えて笑った。
視線の先には滝のように汗を流し、汗に交じって涙を流す女性が横たわっていた。
彼女の顔は、懐かしい――母のものだ。
「はい。“惣右介”、と名付けました」
「いい名じゃ! 大切にのう!」
彼の隣に立ったもう一人の男性――惣右介の父――もまた母と同じく涙を流していた。
父が泣いている記憶はこれが最初で最後だ。
「惣右介、産まれてきてくれてありがとう。ああ、初めて何と言おうかあれ程考えていたのに……いざとなると出てこぬものですね」
そう言って父は惣右介の頭を撫でた。
竜太郎より小さく、けれど優しい手。
あたたかい
『謁見の間、開門‼』
重厚な戸が開いていく。
その様を両親と共に惣右介は見ていた。
二人はひどく興奮しているらしい。
「ああ、惣右介はなんて幸運なのでしょうね、貴方。ここで生を受けるのみならず、
「ここで生命が生まれるのは初めてなのだそうだよ。当然のことだ!」
二人が惣右介を抱えて嬉しそうに話す。
戸が開くまでは眠たかった惣右介は、部屋の中から感じる気配で再度覚醒した。
なんて大きな……
いや、問題はそこじゃない。
この霊圧は――
霊王とやらの前に来た。
その姿を前に、惣右介は――
気が付くと、自分の様子が大分変っている。
「あら、惣右介。どうかしたの?」
さっきまでは赤子だった。
声はおろか、手足の動きまでおぼつかない生き物だった。
それが今は――
「なんでもありません、母さま!」
動ける。
話せる。
恐らくこれは記憶だ。
赤子の時からこの時まで、記憶が無いわけじゃない。思い出そうとすれば昨日の事のように頭を過った。今までの惣右介からは想像できない程明瞭な過去に戸惑いながらも、懸命に思考を巡らせる。
この姿になったということは、そろそろずっと前から見ていた夢に繋がっていくのだろうか。
顔を上げると、不思議そうに母がこちらを見て首を傾げていた。
「そう? 何かあったら言いなさいね。特に今日は大事な日なのだから」
「だいじな日、ですか? 何かあるのですか?」
「
「和尚様!」
母が驚いている方へ向くと、赤子のころに自分を抱えた男がニカッと笑って惣右介の頭を撫でた。
「お久しぶりです! えっと、おしょうさま!」
頭を下げると、彼は嬉しそうに驚いた。
「何じゃ、お主、儂のことを覚えておるのか⁉」
不思議に思って母の方を見ると、彼女もまた目を見開いている。
「お主に最後に会ったのはお主が生まれた時じゃ! そんなころの記憶があるとはのう。これは将来が楽しみじゃわい!」
「ありがとうございます! それで、その……“せんぼく”とは何なのですか?」
「占卜とは、要するに占いのことじゃ。ここ霊王宮は本来、霊王様を守護するために選ばれた魂魄が至る場所。その選定には厳正な基準と審査が為される。じゃがお主はちと特別じゃ。何故か分かるか?」
以前父が言っていた。
“ここで生命が誕生するのは初めてのことだ”と。
「わたしがここで生まれたからですか?」
「応! 聡い子じゃのう、惣右介! お主はここで初めて、選定無しに存在するモノなのじゃ。其の性を今日見るのじゃよ。なに、気負うことはない。こ奴らの子じゃというだけで殆ど結果は分かっとるようなもんじゃ!」
豪快に笑う彼を見て、母もまたクスクス笑った。
「寧ろ儂らは、どんな魂消た結果が出るか心せんとのう!」
カラカラと笑っていたその顔が一変したのはその数刻後だった。
『詔、降りてまいりましてございます。
“彼の子、この世に災いを為す物哉。然る後に輪廻の輪へ戻し、魂を清めよ”
とのこと。従って五日の後、彼の魂を還します』
母の白く美しい肌が蒼白になる。
いつもなら仄かに紅みをさして艶やかな頬は、その血色を完全に悪くした。
震える母を父が必死に支えている。
「何かの間違いです! 惣右介が、そんな……」
「諦めよ。これは掟なのじゃ」
「しかし、和尚!」
「
再び惣右介を見た彼の瞳は、背筋の冷えるほど冷徹なものだった。
惣右介のことを厳正に処理されるべき案件としか見ていない目だった。
それを見ても、惣右介は泣かなかった。
存外怖くなかったし、変に騒いでこの心優しい両親を一層悲しませるようなことをしたくはなかった。
そんな彼の心を知ってか、二人は惣右介を見て一瞬とても悲しそうな顔をした後優しく笑った。
「何も怖いことなど無いよ。私たちがずっと傍にいるのだから」
そしてその日はやって来た。
今までで一番高価な服を纏い、動きにくさにちょっと苛立つ。
母が健気に涙をこらえている。
父もちょっと危ない。
だが何故か、その理由が惣右介が死んでしまうからではないような気がした。
「惣右介、ちょっとここで待っていなさい」
そう告げて、両親は足早に惣右介を一人残して部屋を出た。
僅かな物音がした後、二人は同じように戻って来た。
父が惣右介の両腕を強く掴んだ。
今まで見た事の無いほど激しい動きとその剣幕に気圧される。
「父さま? なにかあったのですか?」
「惣右介、急いでここから逃げるんだ! 私は遅れてちゃんと合流する。母様と一緒に走りなさい」
「父さま?」
「男子なら、泣き言を言わず母様を護れるな? ちゃんと逃げるんだぞ」
そう言って彼はきつく惣右介を抱きしめた。
嗚呼、彼は死ぬつもりなのだ。
ここで惣右介たちのために足止めをするつもりなのだ。
それが分かったからと言って、今取れる選択肢は一つしかない。
ほんの少しそのままの姿勢を続けた後、母に手を引かれて惣右介は建物を出た。
父は、笑っていた。
「惣右介、いいですか、これから行く先で名を名乗るよう言われたら、下の名前だけを答えるのです。決して姓を名乗ってはいけませんよ」
「なぜですか?」
「なんでもです。姓はここに捨てていきます」
今ならわかる。
追手に名を知られてはならない。
全く違う名を名乗るよう言わなかったのは、母の不心得のせいなのか、幼い惣右介にそんな器用なことが出来ないと思ったのか、はたまた父との記憶を僅かでも形にして残しておきたかったせいなのかは、今となってはもう分からない。
たった二人の逃亡者を見つけられぬ神兵ではなかった。
あと少しで霊王宮から出るという所で、和尚に見つかった。
いや、出口がここしかないのだから、当然と言えば当然だ。
しかし圧倒的な戦力を前にしても母は気丈だった。
「破道の九十、黒――」
「それはいかんのう」
「ッ~~⁉」
霊力を乗せた一言を紡ぐ前に和尚の手が母の口を塞いだ。
「忘れておらんぞ。お主は鬼道の達人。いや、そんな言い方は失礼かのう。“
ぐいと彼は母の身柄を後ろの神兵に引き渡した。
乱暴に押さえつけられても怯む素振りも見せず、唯々惣右介へ叫ぶ。
「惣右介ッ! 走るのです! 速く!」
「母さま!」
「させんぞ」
刀が振り上げられる。
夢の通りだ。
惣右介が斬られると同時に母が自身を捕らえた手を振り切って駆けてくる。
「惣右介ッ‼ しっかりなさい‼」
「諦めんか。可哀相にのう、しかしこれも掟じゃ」
「嫌です! 惣右介、あなたは生きるのです‼」
母の手に力が籠った。
ポソポソと何かを呟く声がする。
よく聞こえないが、何かの詠唱の様にも聞こえる。
それが終わると、彼女は惣右介の顔を正面から見て泣きながら笑顔を作った。
「必ず、生き延びるのですよ。生きていてくれれば、それだけで私たちの喜びなのだから」
「まさか、お主……止めんか! それは禁術! そんな事をすればお主まで手に掛けねばならんようになる‼」
「構うものですか。――〈時間停止〉」
ここで、いつものように記憶は途切れた。
瞬きの後、場面は変わらないままにそこには現在の惣右介と彼の斬魄刀――〈鏡花水月〉の本体が立っていた。一歩も無い間合いに立つソレは、態々屈んで様子を窺うようにこちらを見上げている。
『父の愛、母の愛、感動的だねえ!』
「…………この後はどうなったんだ」
『アンタが覚えてないんじゃあ分からないよ。でもまあ、両親は殺されてるだろうね』
〈鏡花水月〉の胸倉を掴む。
その仮面の奥がヘラヘラ笑っているのが分かった。
『何だよ? 言ったでしょ? 私の思考はアンタのモンと繋がってる。ふふ、我が主は冷静だ。こんなに沢山受け入れがたい事実が有っても大して動揺してないね。いいねェ、いいよォ! そうでなくては‼』
そう言うと、彼だか彼女だかは胸倉を掴まれたまま大きく腕を広げた。
『記憶などなくとも想像はつく。でしょう? きっとこうさ!』
その場所に、さっきの記憶に居た自分以外の面々が現れた。
母の腕の中には小さな人影もある。
それは一瞬間の後、木箱の中に入った。
「生きて」
母はその木箱を外へ放り投げた。
霊王宮の外への通路は、両親が通るために開いていたはずだ。
恐らくそこに投げ込まれた。
鬼道の先駆けを作ったヒトだというのが本当なら、空間転移当たりの術を使ったのかもしれない。
兎も角それは一瞬の出来事。
木箱の行く先を和尚が見下ろす。
「落ちた先は――流魂街かのう? ならば最早何もできまい。せめて、上手く長らえろよ」
「ちょっと無理が有るだろう。流魂街に落ちたって、瀞霊廷に入る術はある」
現に惣右介は流魂街から霊術院に入り、死神となって瀞霊廷に入った。
――――霊術院?
『……わかってくれたみたいだね。頭の回転が速くて嬉しいよ! その通り! それは
マソラは言っていた。
惣右介は二千年以上前に傷を負った者であると。
そしてその時には霊術院は存在しない。
惣右介の事件があった後に出来たのが死神統学院――現在の真央霊術院だ。
それができる前の尸魂界は絶対的な格差社会。
貴族でなければ死神になることも、ましてや瀞霊廷に入ることも許されない社会だった。
『統学院ができたての頃は和尚ってヒトも確認してただろうさ。でもまさか、アンタの母さんの術がこれ程の規模のモノだったとは考えが及ばなかった。今更アンタが戻ってくるなんて想像すらつかなかったんじゃないかな』
胸倉の手を放す。
「想像に、過ぎないだろう」
『勿論! でも、アンタ自身の記憶まで疑うかい?』
自分が霊王宮の出自であったこと。
掟とやらに殺されかけたこと。
両親が命懸けで自分を護ってくれたこと。
そして、霊王に会ったことがあること。
「疑いたくもなるよ……すぐに信じられる訳ないじゃないか」
『嘘つき。アンタの心の中が私に分からないわけないだろ? アンタの中にあるのは疑念じゃあない。得心いったと落ち着いているくせに。いい加減認めなよ。きっと楽になる‼』
何故自分がこれほどまでに高い霊力を有していたのか。
何故両親は自分を探してくれていなかったのか。
何故瀞霊廷中を探しても家が見つからなかったのか。
何故石田や佐伯の霊圧に既視感があったのか。
「――霊王とは、何なんだ? 虚や死神の様な霊圧も混じっていたが……ベースは滅却師……なのか」
『アンタが感じたままに言うなら、そういう事になるね。ビックリだよねえ! 千年前に死神が殺し合った一族を王と担いで誰もそれに疑問を呈さないなんて』
「問題は過去に死神と敵対していたことじゃない。あんな一族を――いや、
同族に何の情も抱かない。
自分達の誇りの為なら何をしてもいいと思っている。
そんな一族。
それだけじゃない。
両親が、いや、あの場に居た惣右介以外の者は皆、水晶のようなモノに封じられた、両手両足の無い
”王”とはそういうものなのか?
そんな筈はない。
王とは、民衆に崇められるだけの偶像であってはならない。
崇拝とは結果であり、世界を滞りなく回してこそ得られるものではないのか。
こんな世界が正しいとでもいうのか。
決まっていたことだからか?
保守によって得られた仮初の平穏が生んだ怨嗟に目を瞑るのか?
掟によって自身を縛って世界を回し続けている死神もまた、なんと愚昧なことか。
これではだめだ。
こんなの間違っている。
狂っている。
人間に力はない
滅却師に思考はない
虚に理性はない
死神に自由はない
なら、一体何がこの世を治めればいい?
―― 何 が …… ?
ふっ
自分でも辛うじて聞こえるほど小さな音で惣右介は自嘲した。
嗚呼、本当に死神には自由がない。
何故その何れかからしか選べないのか。
こんな世界はいらない。
新たな世界を統べるのは、新たな存在であるべきだ。
ナニモノをも超越したものであるべきだ。
僕は、滅却師の様に他の誕生を待ちはしない。
死神のように停滞したりしない。
僕が――いや、私が――この世界を正さなければ。
皮肉なものだな。
占卜によって災いをもたらすと言われた少年は、それそのものによって災いをもたらすモノになるのだ。
新たな世界には
――――私が天に立つ
「
全員の視線が惣右介の斬魄刀に集まる。
全員見た。
次の瞬間、混乱状態に陥りながら同士討ちを始めた滅却師を見て自分の班の隊員が声を上げる。
「藍染十席、これは一体……」
「僕の斬魄刀の能力だよ。流水系の斬魄刀で、霧と水流の乱反射により敵を撹乱させ同士討ちにさせる能力を持つんだ。戦闘中の土壇場で始解に成功してね」
「へええ~! そんな事が……」
「さあ、五番隊と合流しよう」
舞う血飛沫を片手で払い、彼はにこやかにそう言った。
海燕殿お誕生日おめでとう!
最近全く海燕殿出てないけど!
影すらないけど!
当日祝い損ねたけど!
おめでとうございます‼
さて、この”龍門に登る”は今回の話を思いついて書き始めました。
ここまで来れたと感慨に耽っております。
突っ込みどころ満載だと思いますが、まあいいじゃないですか。それも二次創作の醍醐味です。(自分で言うな)
BLEACH界の、何なら一番の悪役・藍染惣右介。
その過去が明かされておらず、暗躍した理由もふわっとした記述されていない……
こんなに想像の余地があるというのは非常に面白いことだと思います。お陰様でみーごれんもやりたい放題です笑。
今暫くお話は続きますが、一先ずここまでお読みいただきありがとうございました!
叶うなら後少し、この戦いの行く末と、その先にお付き合いいただければと思います。