龍門に登る   作:みーごれん

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最新話を読みに来てくださっている方が思ったより多くてビビってます。本当にありがとうございます!
新たに読みに来てくださっている方も結構いらして、凄く嬉しいです。語彙力ないですがめちゃくちゃに喜んでます。
今少しお付き合いいただければ幸いです!


第二十五話 戦乱のショウシャ

 集めた霊子を足元で固めて眼下に広がる濁流を眺めた咲秋は、ゆったりとした動作で後ろを振り返った。

 

「あの一瞬で彼らを切り捨てる判断を下すなんて……やっぱり君は変わったね、そーすけくん」

「…………我々が最優先に対処すべき任務はこの戦線を終わらせることです。隊長の救助じゃない」

「ふふ、それもそうだね。君一人で僕に勝てる?」

「勝てないと判断したら平子副隊長を抱えています」

 

 足元で水が轟々と音を立てる。その中でも不思議とこの静かな会話は成り立った。

 淡々と告げる惣右介に対し、何処か楽し気に咲秋が口元を歪ませる。

 

「そっかぁ、そーすけくんに僕はその程度に見えてるのか~。それはちょっと――」

 

 ――僕を嘗めすぎだよ♪

 

 消えるように響いた声を惣右介が追う。一度惣右介から距離を取った咲秋の姿はしかし、意識の外から突然惣右介の隣へと現れる。

 滅却師の高等歩法、飛簾脚だ。惣右介がそれを目の当たりにしたのは、今までで二回。宗弦と咲秋それぞれに初めて出会った時であり、いずれも本気で行われたものではない。故に当時、惣右介は彼らの動きを視認できていたし、故に今、彼の咲秋に対する反応は遅れてしまった。隠密機動さえ容易に補足する惣右介の霊圧知覚があれば、集中していれば咲秋の動きを捕捉できたかもしれない。だが油断してしまっていた。視えるのであれば躱す事は可能であり、ましてや遠距離からの弓矢はいなせると。黒崎邸までに闘った滅却師の力量差を鑑みても十二分であると。

 

 スローモーションになった惣右介の視界で咲秋が前のめりに懐へ潜り込む。咲秋が右手を振り上げる格好になっているのに気付いた惣右介は、先手を打たれて動揺した思考のまま防御するために斬魄刀を構えた。青い光が閃き、電撃が奔るような鋭い音と共に一つの影が――惣右介が吹き飛ばされた。

 咲秋が振り上げたのは、矢だ。本来は弓に番えて放つものだが、敢えて荒く、手の周りに霊子を収束させて矢を形成することで、相手の力を弾く簡易の防具のようにしたのだ。勢いよく飛ばされたことで惣右介の態勢は整い切っていない。斬魄刀の間合いとは程遠い位置にいる咲秋にとって、惣右介を狙い撃つなど訳無いだろう。

 当然、惣右介も黙ってやられるわけにはいかない。

 

「ッ――破道の三十三・蒼火墜!」

 

 轟音と共に二人の視界が遮られ、何処から生じたのか薄く土煙が舞う。

 

『へえ、やるのかい? ククッ、派手に行こうよ!』

 

「――――誘え、〈鏡花水月〉」

「ッ! 始解!」

 

 勝手に盛り上がる〈鏡花水月(斬魄刀)〉を無視して、惣右介は始解の能力を解放した。砂煙の間隙から互いの視線が交錯する。戦闘中に敵から目を離す愚行を咲秋がする筈もない。さればこそ、彼もまた“完全催眠”の虜だ。念の為瞬歩を用いて咲秋の背後に回り、自身の存在を彼の前方に錯覚させて隙を突く。長く戦う利点は無いと斬魄刀を一蹴し、タイミングを合わせて咲秋に斬りかかった。

 

 そう、確かに咲秋には、惣右介の姿など見えてはいない筈だった。

 

 けれど聞こえたのは肉と骨が断たれる音ではなく、金属音。

 懐刀と金属環によって斬魄刀を阻まれていたのだ。

 

「うんうん、大正解♪ でもねそーすけくん。()()()()()()()()()()()!」

 

 寒気がする笑みを浮かべて、咲秋は惣右介にそう告げた。

 

「なん……で……」

「“何で”? 簡単な事だよ~! ()()()()()()()()()()()()()()さ☆」

 

 思わず距離を取った惣右介を前に、咲秋は依然笑みを絶やさぬまま語りだした。それはまるで子供に対する親のように、気味悪い程丁寧な説明だった。

 

 死神の魂を映した刀――斬魄刀。その覚醒前後で鍔や柄に変化が現れることは、真央霊術院の学生でさえ知っている事実である。そして咲秋は、始解習得前の斬魄刀を佩いた惣右介と対面したことがある。従って咲秋は、惣右介が始解を習得したこと、そして特筆した能力を用いていないことから何らかの条件や制約のある能力持ちだということまでは考えていた。

 そして咲秋にとっては()()なことに、彼が認識できる範囲内にて惣右介が始解を解放した。

 惣右介の斬魄刀・〈鏡花水月〉

 鏡花水月の本来の意味は、“目に見えながらも手に取れぬモノや、感知できて言い表せぬモノ”

 名は体を表すとはよく言ったもので、個々の斬魄刀の名はその力を表すものも多い。従って咲秋は、惣右介の斬魄刀が幻術と言った知覚に関与するものであろうことには察しがついていた。斬魄刀の形状変化が無いことから、攻撃力が単純に増加する類のものではないという事も。

 

 発動条件は?

 対象は?

 解除法は?

 

 知るべきことは山ほどあったが、咲秋が真っ先にするべきと結論付けたのは唯一つ。

 

 ――そーすけくんの攻撃のタイミングを誘導しよう!

 

 情報元は言わなかったが、惣右介が入隊十数年ほどの新人であること、始解はこの戦い以前には修得していなかった事を咲秋は知っていた。

 そして経験の浅い惣右介を誘導した先に――先程の状況があったわけだ。

 

「何故……何故僕に〈鏡花水月〉を発動させたんですか。そこまで読めていたなら――」

「そうだね。始解を発動させる暇さえ与えずに攻撃し続けるって手もあったけど、追い詰めすぎた得物程怖いものは無いし。それにあの場で発動させれば、()()()()()()♪」

 

 理解が追いつかぬ惣右介に見せびらかすよう、咲秋が先程の金属環を軽く掲げた。

 

「これね、始解封じの術具なんだ!」

 

 咲秋が見せたのは、宗弦に渡されていた霊具だ。本来卍解対策として死神の霊圧を制限する為のモノであったが、その構造上始解をも制限できるだろうと咲秋は勘付いていた。

 特定の霊圧を巻き込んでその霊子の動きを阻害するならば、卍解でなくてもよいのだろうと。通常であれば、咲秋クラスの滅却師が中位席官クラスの死神の始解に後れを取ることはない。だが現在も展開中である寒鴉の卍解が滅却師側の本来の目的――混血滅却師を減らす事――に即していたこと、相手が惣右介であった事などから使用目的を始解封じに切り替えた。

 金属環の最も近くにある霊子を巻き込むという性質上、寒鴉の卍解下で惣右介の始解に於ける霊子を得るためには、()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ――咲秋にしてみれば大したことではないのだが――惣右介の〈鏡花水月〉発動時、危険を冒してその背後を惣右介に晒した。

 制限率が七割であるとはいえ、現実が七割も見えていれば咲秋には十二分だ。適度に説明を省きつつ、惣右介を煽るように咲秋は金属環を懐に仕舞った。

 

 対する惣右介は、唯々混乱していた。

 渾身の攻撃が全て相手の掌の中であったことから咲秋の懐へ消えた金属環まで、全てが彼の思考を攪拌する。

 

       ――どうすれば斬れる?

――裏をかかねばならない。

    ――あの金属を切ってしまえば。

  ――何故態々種を明かした?

            ――悔しい。

 ――一旦退くか?

 

 滔々と疑問や其の解が行き来する。

 だが確信を持って言えることは一つ。

 

 “黒崎咲秋(この人)は、危険だ”

 

 戦闘を長引かせてはならない。

 かといって考え無しに戦って適う相手ではない。

 正面に斬魄刀を構えたまま出方を窺っていた惣右介に、咲秋はふわりと笑った。

 

「まあそう焦らずに♪ 世間話でもしとこうよ~! そうだなあ……()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 沈黙を続ける惣右介を気にせず、咲秋が続ける。

 

「凄いなあ。大乱闘って奴? そーすけくんが仕組んだのかな。ふふ、君はいいね。とても良い! それでこそ、だよ!」

「僕の何を知ってるって言うんですか⁉」

 

 突然声を荒めた惣右介に、咲秋が笑みを苦笑へと変える。

 

「ごめんごめん、別にそーすけくんらしいとかいう意味で言ったわけじゃないんだ。君なら或いは、僕の願い其の二を叶えられるのかなって思っただけ」

「願い……ですか」

「うん。あー、そーすけくんは全然気にしなくて良いことだよ~! 結果的に叶うかもって程度の話だからさ!」

 

 そういい終わるや否や、咲秋へ惣右介が掌を向けた。詠唱破棄したうえで放たれたのは、金色に輝く六つの帯。

 

「縛道の六十一、六杖光牢!」

「! 成程成程。でもねえ、この程度の縛道なんて――」

 

 深々と咲秋に突き立てられた光の帯は、急速にその輝きを失った。そう思った次の瞬間には、薄氷の様な儚い音を立てて砕け散る。

 

「――霊子を奪いたい放題だよ?」

 

 滅却師は周囲の霊子を自身の霊力で形にして弓矢とする一族だ。自身に突き立てられた縛道は、彼らからすれば武器の材料でしかない。正確に言うならば、完成され、霊子の乱れが無い縛道や破道であれば霊子を奪うのは難しい。けれど詠唱済みなら兎も角、完成され切ったとは言えない詠唱破棄の六杖光牢で咲秋を長く繋ぎ止められる筈も無かった。

 委細を理解した惣右介は、動揺することなく次の一手に移行した。

 

「雷鳴の馬車 糸車の間――ッ!」

「甘いなあ。そんな事させると思う?」

 

 急速に接近した咲秋が、右手に大きな矢を形成しつつ振りかぶる。短槍が如き大きさの蒼光を斬魄刀で弾き、惣右介はくるりと体を回転させた後、反撃とばかりに斬り上げた。その先には、先程の矢と違い白をベースにした弓が構えられていた。滅却師の弓は、矢と同様の造りになっている。従って正面から刃を受けない限り、斬撃を受け流す盾にもなり得る。刀身に添うように弓を当てた咲秋は、体勢を崩された惣右介の方へ小さな何かを複数個放った。

 

「大気の戦陣を杯に受けよ――聖噬」

 

 細く長い三角柱の結界が真っ直ぐ惣右介の腹へと向かう。躱しきれず、諸に脇腹が抉られ――たかに見えた。

 僅かな殺気に咲秋が身を逸らすと、彼の頬に決して浅くはない傷が刻まれる。槍のような矢を番えた彼は、流れるような動作でそれを惣右介の方へ放った。極太であった矢が幾百にも分裂し、距離を取りながら躱す惣右介へ襲い掛かる。幾ヶ所か急所を射抜かれた惣右介の姿は、一瞬の揺らぎの後霧散した。残ったのは、中心に惣右介が来るように放った矢の群れの左寄りに、多くの切り傷を受けた惣右介の姿。見えている情報と手応えの差異から、咲秋は感心したように目を細めた。

 

「へえ……〈鏡花水月〉でほんの少しだけ自分の位置を誤認させてたのか。姿を隠してたのは、曲光……だったっけ? 鬼道っていうのは本当に便利だねえ! それでも君の傷は浅くはないよ?」

 

 惣右介は抉られた脇腹を押さえながら、心中で舌打ちする。焼けるような痛みだが、動けないことはない。出血も、見た目ほど酷くはない。そう確認を済ませた時だった。

 

『――――……無様だねぇ、我が主よ』

 

 

 

 

 

 

 クツクツと肩を揺らしながら、〈鏡花水月〉が姿を表す。上下を反転した状態で空中に浮かびながら、仮面の奥の視線を惣右介に向けている。普段なら嫌悪感しか沸かない一挙手一投足が、今は不思議と心を波立たせなかった。

 ふと自身が戦闘中であったことを思い出すが、咲秋の動きが止まっている。それどころか、眼下に広がる濁流さえも静止し、静謐が空間を満たしていた。

 

『何を懼れることがある? 何に気遣うことがある? あんたの力はそんなもんじゃあないだろう? 長きに渡る隠匿で、力の使い方を忘れてしまった? クク、だとしたら滑稽だねえ』

 

 大仰に両手を広げた〈鏡花水月〉が、流麗な仕草で惣右介の傷を突いた。生じるべき痛みに一瞬身構えたが、まるでそんなものはなかったかのように身体が軽い。其れもその筈。彼の斬魄刀は、始解を一度でも見た者全てを虜にするのだ。自身にも通じぬ道理は無い。

 

『ご覧よ、我が主! ここにはあんたと斬魄刀、そして敵しか居ないじゃあないか! 好きなだけ暴れて壊していいんだ! この自由を楽しめばいい!』

 

 そうだろう、とでも言いたげに首を傾げた斬魄刀は、答えを聞く前に再びクツクツと肩を揺らした。

 

『我が主ながら、つれないねえ。そういうとこも嫌いじゃないけどさ!』

 

 

 

 

 

 

 

「――――破道の六十三、雷哮砲」

 

 凛とした声が再び響く。金色の衝撃波が咲秋に飛来した。十席である惣右介の放つそれは、威力・範囲共に優に副隊長クラスを凌駕している。雪崩のように押し寄せる光の奔流を前に、咲秋の手には即座に高密度の矢をつがえられていた。疾ッ、と滅却師独特の掛け声で放たれた霊子矢は、雷哮砲と接触した瞬間に閃光を放つ。轟音――の響き終わる間もなく、爆炎の寸毫の揺らぎに向けて銀青色の輝きが空を割いた。反跳音がした先に、惣右介の姿が躍り出る。雷哮砲の光に紛れて接近していた彼に、咲秋の攻撃が飛来したのである。その距離五(メートル)――――未だ遠距離武器優勢の間合い。

 攻撃の構えを採ろうとした咲秋はしかし、違和感に眉を顰めた。ちらと自身の右腕に視線を向けると、肩から手首にかけてざっくりと切り傷が刻まれている。認識するや否や激痛が走るが、彼は冷静に状況を理解した。

 斬魄刀〈鏡花水月〉は、五感を掌握する斬魄刀だ。認識における感覚に於いて、視覚情報は8割を超える。戦闘中に自身の視覚を奪われる、それだけでも実力差など容易にひっくり返るほどの能力だ。そして現在咲秋が掌握されていたのは、戦場にて際立つ感覚の一つ、痛覚――延いては触覚である。触覚は通常であれば1%強程度の割合しかない。しかし戦闘による負傷という異常事態に於いて、脳はその不快感に膨大な容量を割かれることになる。

 負ったわけではない傷だと理解している。宗弦から渡された金属環によって〈鏡花水月〉の効力も制限されているため、痛みも本来のものからは程遠いのだろう。それでもなお、咲秋には大きな隙ができた。

 

「痛ッたた……もー、酷いよ、そーすけくん」

「――……闐嵐」

 

 破道の五十八、闐嵐。斬魄刀を回転させ、回転軸を中心として竜巻を発生させる鬼道である。極至近距離から発せられた猛風に咲秋が飲み込まれるのを確認しながら、惣右介はじっとその風を見つめる。不意に、鈍い輝きがその中に紛れているのが目に入り、彼は瞬歩でその付近に移動した。

 間違いない。咲秋が持っていた金属環である。惣右介の霊子を巻き込んで作動するという特性からか、闐嵐の中においても周囲の鬼道が揺らいでいる。鬼道で破壊するのは少々骨だろう。後の事を考えると、これはすぐにでも破壊、回収しておきたい。惣右介は斬魄刀を掲げると、迷いなく金属環へ振り下ろした。耳障りな金属音がして、割れた、と思った次の瞬間、惣右介は悪寒がして大きく後方へ飛びのいた。その判断が正解だったことは誰の目にも明らかである。

 金属環から、高密度の霊子が一気に解き放たれたからだ。先ほどの雷哮砲の比ではない熱量が、発破のように炸裂した。

 

「そーちゃんは抜かりない男でねえ」

 

 咲秋の声が闐嵐の風の中から聞こえたと思うや否や、鬼道が掻き消される。

 同時に彼が、足元に刺さった自身の霊矢に銀筒内の霊子を零すところが見えた。

 

「そーちゃんの“作品”が敵の手に渡ったらどうなるか、よーく分かっているからさ。もしもの時に備えて、その抹消機構も備わっているわけ。そーすけくんにはあげらないんだ。ごめんね!」

 

 霊子で構成した地面に、咲秋の霊矢が刺さったままになっている。その霊矢同士が、惣右介を中心として五角形に結ばれていく。仕舞いには中心に霊子が線を結び、滅却印(クインシーツァイヒェン)を描いた。

 惣右介が息を呑む。

 

「そろそろ、御終いにしよっか!」

 

 微笑んだ咲秋が手を一つ叩いた。同時に、五辺を膨大な霊子の壁が囲う。それは焦らす様に、しかし決して遅くはない速度で惣右介へと進行した。破芒陣(シュプレンガー)――霊矢で陣を描き、霊子を加えることで陣内に爆発を起こす術だ。戦闘の不得手を自称する咲秋だが、仮にも候補生の術式である。隊長格でも無事では済まない。

 内側から放つ鬼道は、恐らく逆効果だと惣右介は直感的に思った。斬魄刀で斬ってどうにかなる規模でもない。しかし不思議と、彼に焦りは無かった。

 

「死神の戦いは、霊圧の戦いだ」

 

 惣右介はゆっくりと瞬きをした。

 

「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き、眠りを妨げる」

 

 つい先日習得したばかりの鬼道だ。

 斬魄刀に乗せられたようで癪だが、全力を出すには丁度いい。

 

「爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形、結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」

 

 今まで押し隠してきた霊圧を、解き放つ。

 

「破道の九十――黒棺」

 

 惣右介を縛める光の五角柱をさらに囲う様に、黒色の筐体が出現した。

 重力と霊圧の奔流が、中にあるものを蹂躙する。それは名の如く、被術者の棺となるにふさわしい暴力の権化。

 時間にすればほんの数秒。崩れた黒棺の隙間からは、圧倒的な霊圧に圧し潰された破芒陣の残滓と、無傷の惣右介が現れる。こぼれ出た霊圧に――隊長格とすら比する事の出来ない力に、絶望的なまでの能力差に――対面した咲秋は()()()()()()()()()()()()()()

 

「嗚呼……すごい……凄いよ、そーすけくん! 君ならば! 或いは()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「誰の事です?」

「ふふふ、滅却師(ぼくら)の始祖だよ。解かってて訊いてるでしょう」

「可笑しなことを。忠誠ではなく叛意をお持ちで?」

「なら君は、山本元柳斎重國や、五大貴族や、霊王に忠誠を誓っているの?」

 

 惣右介の視線が咲秋に向かう。咲秋は、最早何の抵抗をするつもりもないらしかった。真実の笑顔を浮かべたまま、霊弓を降ろしている。

 

「六杖光牢」

 

 鬼道が咲秋を捕らえた。数瞬驚いたように眼を瞬かせた咲秋は、惣右介が霊圧を抑えたのを感じ取って再び笑みを浮かべる。

 

「そうだね。それがいい。能ある鷹は爪を隠すべきだ。ふふ、君にも信頼できる仲間ができると良いね!」

 

 咲秋は、(しずか)に黒い瞳を()()へと向ける。そして目を閉じ、囁くように一つの詠唱を謳った。

 

銀鞭下りて五手(ツィエルトクリーク・フォン・)石床に堕つ(キーツ・ハルト・フィエルト)――五架縛(グリッツ)

 

 生じるのは、寒鴉を捕らえたのと同じ五角形の拘束術。金属質な輝きの内に、咲秋が包まれていく。この状況を見れば、普通は自身を縛るなどというのは愚策に映るだろう。しかしそれを否定するかのように、咲秋の後方にあった部屋の扉が開いた。

 激戦の繰り広げられた此処は、卍解の胎の中。なおも膨張を続ける気分屋な屋敷の、濁流広がる一部屋である。

 

 上段の構えから袈裟懸けに斬魄刀を振り下ろす乱入者の名は――

 

「おらああああああぁぁあッ‼」

 

 ――五番隊隊長・志波寒鴉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 己を縛る縛道と五架縛が消えていく。

 灼ける様な背中の痛みに脂汗が止まらない。

 

「貴方の負けです、黒崎さん」

 

 彼の声だ。

 

「そー……すけくん……ふふ、完敗……だね……」

 

 片膝を突き、荒い息で彼を見上げると、苦々し気に彼は眉を寄せていた。

 

 志波寒鴉が五架縛を早々に解いた事は分かっていた。丁度()が始解の能力を解放したあたりか。寒鴉が副官を抱えて別の部屋へと移ったのを察知した時から、自身の結末は大方こうなるだろうと察しはついていた。斬撃から身を護る為に五架縛を使ったが、隊長格相手には強度が足りなかったらしい。大きな誤算と言えるのは予想よりこの部屋へ寒鴉達が来るのが遅かったことくらいか。だが都合が良かった。()()()()はこれで十分だろう。

 咲秋は息を整えると、いつもより幾分か皮肉めいた笑みを浮かべて立ち上がった。立っているのがやっとだと知れているからか、彼が斬魄刀を構え直す気配はない。

 

「ふふふ、楽しみだなあ!君は何処まで進めるのか。自分の目で見られないのが残念極まりないよ‼」

 

 そう叫んだ咲秋は、惣右介に手を伸ばした。此方に来いとでも言うように掌を操りながら、その身体がゆっくりと後方へ傾いていく。未だに勢いの留まらぬ下の濁流が舌を伸ばすように水を跳ねあがらせ――

 

 どぷん

 

 ――――咲秋の躰を呑み込んだ。

 

 




ほぼほぼ完成形はあったんですが、納得がいかず手直ししていたらずるずる来てました。加筆修正するかもですが一先ず満足です。

今回もお読みいただきありがとうございます。
本編が残り二話と、番外編を数話書こうかと思っています。
後少しだけお付き合いいただければ幸いです。
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