龍門に登る   作:みーごれん

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第三話 穏やかなヒビ

 SIDE・D

 

 

 ビッ

 

 風切り音で惣右介は目を覚ました。

 与えられた寝台の側にある窓からのぞくと、着物を上半身脱いで刀を振るっている竜太郎がいた。

 暫くすると竜太郎も惣右介に気付いてそれを止めると、スマンスマンと部屋に戻って来た。彼は笑うと目元が下がる。黙っていると厳つい印象だが、笑顔はとても柔らかい。ヒトを見掛けで判断してはいけないのだ。

 

「起こしちゃったか? ごめんな」

「いいえ! そんな事ありません!」

「アハハ! 敬語とか要らないぞ? オレはお前の兄貴分になったんだからな。井戸の場所とかいろいろ教えてやる。付いておいで」

 

 小さな家だったからあっという間に回り終えると、朝食を出してもらった。

 白米、豆腐の味噌汁、焼き魚。

 質素だが、小さな惣右介には十分な量だった。

 それに、彼にとって暖かいものを食べるのは初めてのことで新鮮だった。

 以前は毒見などで直ぐには食べさせてもらえなかったから……

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。美味そうに食ってくれるとこっちも嬉しいよ。あんまちゃんとした食事出せね~けど我慢してな?」

「ちゃんとしてないなんてことないです! 美味しかったです!」

「アハハ! ありがと、惣右介」

 

 竜太郎が大きな手で惣右介の頭をごしごしと撫でる。

 父さまはもう少し手が小さくて、撫でるときはこんなに力が強くなかった。

 けれど、竜太郎の撫で方は嫌じゃなかった。彼のもまた、優しく惣右介の心に染み入ったから……

 

「さてと、何から始めるのが良いのかなあ……」

 

 竜太郎が首を捻る。

 惣右介に戦闘を教える件について、彼はあまり深く考えていなかったらしい。

 

「よし、まァ、まずはどの程度どんなことが出来るのかを見せてもらうとするかな。惣右介、腕立て伏せやってみてくれ」

「腕立て伏せ?」

 

 なんだろう、それ? 腕を伸ばして寝ころべばいいのかな。それで何か分かるんだろうか?

 今度は惣右介が首を捻ると、竜太郎の目が見開かれた。

 

「腕立て伏せを知らない、だと……⁉ なんてことだ……」

 

 余りの反応に惣右介は不安になった。

 何か不味い事を言ってしまっただろうか? 驚くような事を言ってしまったのか?

 

「ご、ごめんなさい……」

「いや、大丈夫だ。そうだった、お前は貴族出身だったな。知らないのは当たり前だ。腕立て伏せってのはこうやる鍛錬のことだ」

 

 両手を地面について、肘を曲げることを繰り返す。

 それだけのことだが、身体を真っ直ぐに保ったり、上手く腕の筋肉を使うというのは難しい。

 惣右介はすぐにへばってしまった。

 だが、竜太郎は満足げだ。

 

「凄いぞ、惣右介! お前くらいの年頃でそこまで出来る奴はいないんじゃないか? やっぱり基本的な体の強度が違うのかな」

 

 何度も頷く彼を見て、惣右介は照れた。こんなに真っ直ぐ自分の目を見て、素直に話をしてくれるのは両親くらいなものだったから、不慣れなソレに心が躍る。

 

 その後もいくつか体力試しを行った。

 どれも竜太郎に褒められたから、本当はお世辞なんじゃないかとも思ったが、どうやら違ったらしい。竜太郎がそんなことを言えるほど器用な性格じゃないのも何となくわかっていたことであるし。

 

「最初の内は体力づくりが主になるだろうが、割と早いうちに剣術や白打も教えられるかもしれないな」

 

 そう言って彼は笑った。

 マソラの家までの地図を惣右介に握らせると、程なく彼は出仕して行った。

 

 

 

 

 

 

 惣右介がマソラの家に着くと、彼女は大きく溜め息をついた。

 

「ココは託児所じゃ無いんだけどね……」

 

 邪魔をしないなら、とマソラは惣右介を置いてくれた。

 惣右介の方を見ることなく何やら手に持った瓶を振ったり、中に何かを入れたりして弄っている。黙ってそれを見ていたら、マソラの方が沈黙に耐えかねたのか手はそのままで口だけを惣右介の為に動かしてくれた。

 

「ヤツは何て言ってたんだね?」

「ええと、他の同い年の子供より膂力が有ると言われました」

「ホウ……アノ運動バカが言うのなら間違いないだろうね。大したモノだよ」

「う、運動バカって…………」

 

 オロオロする惣右介を無視してマソラは続けた。

 

「体力ナンテあるに越したことはないよ。アレはあり過ぎて喧しいがね。私には無くて困ったモノだよ」

 

 そう言いながらマソラがその場に崩れ落ちる様に倒れた。華奢な体が、思っていたよりも軽い音を立てて地面に向かった。

 ――なんて冷静に分析できるほど、惣右介は冷めていない。

 

「…………え? マソラさん⁉」

「――――」

「え、何ですか! どうしたんですか⁉」

 

 駆け寄ると、悔しそうにマソラが眉を顰めた。

 

「小僧、棚の上の瓶は割れていないね?」

「割れてませんけど……」

「ナラ、いい…………」

 

 がっくりと彼女の力が抜けた。

 

「マソラさん、マソラさん‼」

「…………ぐう」

「…………へ?」

 

 途端にマソラが大きくいびきを書き始めた。目の下に大きなクマが有るのが分かる。どうやら寝不足だっただけらしいと分かって惣右介は胸を撫で下ろした。

 マソラに近くにあった毛布を掛け、一層暇になってそっと部屋を見回した。初めて来たときよりも、今の方がずっと色々なものが置いてあるのが分かる。自覚している以上にあの時は呆っとしていたらしい。

 

 元の位置から動かさないように見て回っていると、奥の方に刀で斬られたような形で壊れた木箱が置いてあった。見た事の無い箱であるはずなのに、何処か懐かしい感じがした。

 そっと近づいてみると、惣右介が惹かれたのはそれが発する何かだと分かった。涙が出そうになるほど懐かしいこの感じは、紛れもなく――

 

「勝手に歩きマワルんじゃないよ」

「‼」

 

 振り返ると、重そうな眼を不機嫌そうに開いたマソラが立っていた。

 

「危険な薬品などもアルんだから、許可ナク触らないことだね」

 

 貴重なものがあるからとかいう理由よりも惣右介を心配して出てきたその言葉に、怒られているのに彼は少し嬉しかった。紅くなった頬を見られぬように僅かに顔を伏せて、惣右介はその木箱を指差した。

 

「すみません……あの、この箱は触っても良いものですか?」

「…………何でだね?」

「とても懐かしい雰囲気がするんです。――母さまといるときの様な感じがするんです」

「ホウ、小僧にはそれほど微弱な霊圧が誰のモノか分かるのかね」

 

 興味深そうにマソラが腕を組んだ。聞き慣れない言葉に惣右介も反応した。

 

「”れいあつ”って何ですか?」

「霊圧とは、私や小僧のヨウに霊的濃度の高い魂魄が発する圧のことだね。ここらに住む魂魄より私の方が存在感の様なモノが大きいだろう? それが霊圧と言うヤツだよ」

「成程! だから私たちはご飯を食べなければならないのですね」

「ソウイウコトだね。霊圧も、ソレに準ずる力たる霊力も無尽蔵じゃない。面倒ではあるが、食事も休養もとらねばナランわけだよ」

「あはは! マソラさん、分かっていらっしゃるのに寝不足だったんですか? きちんと休んでくださいね」

「ウルサいよ」

 

 ぎろりと惣右介を睨む瞳に力が籠る。だがそれに微かに笑みが含まれているらしかったのを感じた惣右介は微笑んだ。

 その様子を見てマソラはため息を吐くと、

 

「付いておいで、小僧。今日の座学はソウいう基本中の基本からだよ」

 

 と言ってサッサと引っ込んでいった。置いていかれまいと惣右介も小走りにその部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 小僧、もとい惣右介が躊躇うことなく自分の方に付いてきたのを感じてマソラはホッと一息ついた。

 あの木箱から上手い事注意を逸らせたらしい。

 

 アレはまだ彼には言わない方が良いだろう。

 アノ中に自分がいたという事実に彼がどう思うか分からない。

 加えて木箱自体もどういうものかまだ分かっていないのだ。下手に接触させる利点はない。

 

(マ、ソレももうじき分かることだがね。霊圧の痕跡を分析をするだけで数日かかるとは思わなかったよ)

 

 調べ甲斐のある対象がある喜びにマソラが口の端を歪める様に笑ったのは、惣右介の位置からは見えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 マソラの家の戸が荒々しく開く。

 戸を開いた竜太郎は息を切らしており、仕事が終わるなり大急ぎで帰ってきたことが見て取れた。見ては取れたが、マソラの眉は跳ね上がる。

 

「センセ、惣右介をお迎えに上がりま、した……あれ?」

(バカ、静かにしたまえよ! さっき眠ったところなんだからね)

(す、すみません…………)

 

 長椅子に横になって安らかに寝息を立てている惣右介には毛布が掛けられていた。それを見て竜太郎がくすりと笑う。やはりセンセは優しい。

 竜太郎の様子を見てセンセは彼を睨んできたが、気にしない。

 

「ソレデ、ドウだったね」

「……言われた通り、直近ではなく二十年前、更にはそれ以前の資料を三十年分ほど遡りました。流石にそれ以上は時間的にきつくてまだなんですけど……しかし貴族に関する未解決の失踪事件どころか“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「フム、成程」

 

 センセはゆっくりとした足取りで奥にある小瓶を取ってくると、それを竜太郎に見せた。

 

「お前、コレが何色に見えるかね?」

「青……いえ、藍色です」

「コレの原液は赤色なのだよ」

「そうなんですか。綺麗な色ですね」

 

 竜太郎が小瓶を覗き込みながら言うと、センセはわざとらしく顔を顰めた。

 

「…………ソウだった。お前は頭が足りないんだったね。小僧と話した後だとイライラするよ」

「酷い!」

 

 ……ん?

 センセ今、暗に惣右介を褒めた?

 

 意地っ張りで素直じゃないセンセは他人の事を褒めない。自分のことだって、自嘲することもないが評価しているところも見たことが無いのだ。だから遠回しではあるが、竜太郎を貶しただけに聞こえるその言葉……あれで反対に惣右介の頭が切れるとセンセが評価していることが分かった。そういえば、会ってすぐにも褒めてたような気がする。意外な事実に驚いていると、センセは面倒くさそうに口を動かした。

 

「コレは試薬ナノだよ。霊圧の質によって色が変化する時間が変わる。質ってのはコノ場合、濃度やら量やらじゃないよ。元の霊圧からドレダケ変質したか、つまり霊圧の劣化に反応するんだね」

「はあ……?」

「そして今回、この試薬と小僧の封じられていた木箱の欠片を反応させた」

「‼」

 

 竜太郎が興奮して地面を踏みしめ直した直後、惣右介が寝返りを打った。思わず二人は硬直する。当の惣右介はというと、何事もなかったかのように再び寝息を立て始めた。二人はホッと息を吐くと、身体を弛緩させる。同時にセンセが声を抑えつつ睨み殺しそうな勢いで竜太郎を見た。

 

「…………フウ、小僧が起きたらどうするんだね! 静かにしていたまえよ!」

「スミマセン!」

「マッタク……それで、今回の反応速度だが――異常に遅いのだよ」

 

 深刻そうな顔のマソラとは対照的に、竜太郎は呑気なままだった。

 だってよく分かんないんだもん。

 

「この薬は、反応した霊圧が過去のモノであればあるほど反応速度が遅い。ツマリ、バカでも分かる様に言えば、この木箱に術が施されたのは予想以上に前だったということだよ」

「具体的にはどのくらいですか?」

「そうだね……実はコレはまだ反応過程なのだよ。ココから更に黒くなることを考えれば、()()()()()()()()だろうね」

「………………は?」

「尤もな反応だね。私も試薬の方がオカシクなったのかと思ったよ。仮説は二つ。千年以上前の術の掛かった木箱に小僧が取り込まれる形で封印に掛かった、つまり小僧はそれ以降の人物である。もしくは、小僧は千年以上前の人物で、直接封じられた。どちらにせよ興味深いね」

 

 顎に手を当てて人差し指で頬を叩くマソラのクセが出ている。何か考え事をしている時のものだ。愉快そうに彼女は笑っているが、竜太郎にはもう一杯一杯だった。頭が破裂しそうだ。

 

 せんねん?

 専念、先年――え、千年?

 いやいやいやいや……

 

「そしてさらに興味深いことにね」

 

 マソラの視線が惣右介に流れた。

 

「アノ木箱からは小僧の母親の霊圧を感じたそうだよ」

「――それって……」

「ああ。アレに小僧を封じたのは、十中八九その母親だよ」

「‼」

 

 千年以上も続く術を掛けられるほどの腕を持った者などそうそう居ない。それこそ、鬼道やそれに付随する術のスペシャリストたちが集う鬼道衆の長、大鬼道長であっても出来るかどうか……いや、詳しいことは知らないが。

 

「…………小僧は目を覚ました時、姓を名乗らナカッタのだったね」

「はい。惣右介だと、それだけでした」

「フム。口止めでもされてイタのかね? 少なくとも、一介の死神や貴族でスラ出来るような規模と精度の術じゃない。ソレナリの姓を持っていてもおかしくない家の出のハズなのだがね」

 

 ――だが二人とも、直接それを惣右介に訊こうとは思わなかった。何があったのか分からない今、それを聞くことが彼を傷つけるかもしれないからだ。この聡明な少年は、尋ねればもしかしたら話してくれるかもしれない。だが、その心に傷をつけてまで急ぐことではなかった。

 

「時間はアル。急いては事を仕損じるトモ言うし、焦らず行くしかないね」

 

 そっと言った彼女に、竜太郎は首肯した。

 

 

 




ほのぼの。


なんだか作者の文章って読み辛いんですよね……
会話文が多すぎるのでしょうか?
何かこうした方が良いよ、というアドバイスなどがありましたら頂けると非常に嬉しいです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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