龍門に登る   作:みーごれん

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時間経過十年ほどです。
惣右介の見た目も十五歳くらい。

あっという間に卒業していただく予定です。


第五話 学び舎にノゾム

 SIDE・D

 

 

「駄目だよ兄さん、其処には――」

 

 上手い事竜太郎を誘導できた惣右介は、笑みを零しながら彼に急接近した。手にある木刀を再度握り直す。

 案の定、石に足をとられた竜太郎が体勢を崩した。

 

「――‼」

「石があるんだ!」

 

 態勢が整う前に勝負に出る。

 刀を振り下ろすと、竜太郎は器用に体を捻ってそれを躱した。躱されるとは思っていなかったせいで、惣右介の判断が一瞬鈍る。

 竜太郎はその隙に、そのまま右肩を地面に着けて両手で体を支えながら両足をめ一杯回転させた。

 振り下ろした直後だった木刀を持っていた惣右介の手が蹴り飛ばされる。

 

 カラン…………

 

 軽い音と共に木刀が転がる。

 木刀に手を伸ばそうとする間に起き上がった竜太郎が惣右介の首元に木刀を突き付けた。

 

「はい、勝負あり~!」

「今度こそ勝ったと思ったのに……」

 

 嘆息した惣右介は、ふと顔を上げた。

 そのすぐ近くには、二人の鍛錬を見守ってくれていたマソラが手ごろな岩に腰掛けている。見守ってくれてた、なんて言うと先生はふてくされてしまうから、口に出しはしないのだが……

 

「ソレの身体能力を嘗めたらいかんよ。マ、小僧なら身体能力以外は嘗めてるくらいがハンデになるかね?」

「酷い!」

 

 木刀を降ろした竜太郎が手に付いた砂を(はた)きながら尚もマソラに抗議している。

 

「鬼道だって勝ってますよ!」

「小僧は霊術院で初めて習うに等しいからね。教える側がポンコツだと生徒は可哀相だよ」

「そ、それは……」

「私が教えた回道の習得具合から見て、お前を抜くのに半月と掛からんよ」

「なん……だと……」

(おつむ)の具合もお前とは訳が違う。小僧がどこまでできるか楽しみだね」

「…………」

「マソラ先生、どうかもうその辺で……」

 

 褒められすぎて恥ずかしいのと落ち込んだ竜太郎が気の毒になったのとで、惣右介は何とも言えない表情で彼を止めた。

 真央霊術院――死神を目指す素養の有る者達を教育する学舎――に惣右介が通うことを許される通達が届いて今日で一週間。明日からは寮生活になり、これから暫くはそう簡単には家に帰って来られなくなる。

 必要なこととはいえ、寂しさで顔色が曇った。

 加えて……

 

「どうした? 顔色が悪いようだが……」

 

 竜太郎が心配そうに首を傾げた。気恥ずかしいながらも、やはり気になるので聞いてみる。

 

「……実は、少し悩んでいることがあって」

「悩み? ナンだね。言ってごらんよ」

 

 マソラ先生の方は面白そうに頬杖をついている。

 えっと、大したことじゃないんですが……

 

「………………みが」

「「みが?」」

 

 惣右介は、そっと目線を逸らしながら小声で言った。

 

「僕の髪が明るい色なのが、その、浮いてしまわないかと思って……」

「……ソレは私に喧嘩を売っているのかね?」

 

 息子にも遺伝された真っ青な髪のマソラはゴキゴキと拳を鳴らしながら首を傾けた。見慣れ過ぎて失念していただけなのだが、弁明をする前に惣右介の頭は彼女に叩かれた。

 

 ――惣右介は茶髪だ。焦げ茶に近いとはいえ、黒髪人口が大半を占めるこの辺りでは既に彼は目立っていた。見た目で変に悪目立ちして勉学に支障をきたしたくない、というのが彼の意図したところだったのだが、マソラにはそうは取られなかったらしい。

 現に、会ったことはないが彼の息子も青い髪で霊術院を出ているのだから、それほど心配はいらないのだろうが……

 

「まあまあ、センセ! 惣右介に悪気があったわけでも無いでしょうし、その辺にしておいてやってください!」

「フン、見た目など識別記号の一種でしかないのだから、気にスルマデモないだろう」

「いや、センセ、気にしてるから惣右介を叩いたんじゃ――」

 

 竜太郎の頭にも拳骨が落ちるのに秒と掛からなかった。

 思っても言わなくて良いことは山ほどあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 いつも通りの朝食を済ませ、竜太郎と惣右介は家を出た。

 竜太郎にとってはいつものことなのだろうが、惣右介は昔一度無断で飛び出したっきり瀞霊廷には近づいていない。

 

 しかしそれも今日まで。惣右介の懐に入っている薄い紙切れ一枚で、分厚い壁の向こう――瀞霊廷に入ることが出来る。

 惣右介に与えられたのは、“仮通行許可証”だ。

 死神となるための勉学に励むため、廷内にある真央霊術院に通うために発行されたもので、これを通せばいつぞやのように瀞霊壁が降りてくることも門番に斧を振り下ろされることもない。

 

 

「オウ、竜太郎! 今日も早いだなぁ! おっ、後ろのソイツはもしかして……」

「ああ! あの時のオレの弟だよ! 大きくなっただろ!」

「はっはっはぁ! オラから見ればどっつにしろ豆粒みてえだべ! ンども、もうそんなに時間が経ってたんだべなあ……」

 

 感慨深そうに目を細めた兕丹坊は、自分のことのように嬉しそうだ。今は、兄さんも”兄”よりかは”父親”の様な雰囲気で惣右介の頭を撫でた。

 

「だな! さ、惣右介、許可証見せて」

「はい! “仮”ですが、お願いします、兕丹坊さん!」

「さん付けなんてこっぱずかしいから要らねえよ! 兕丹坊で良いべ! ン、確かに許可証だ。通行を許可する‼」

「ありがとうございます!」

 

 あっさりと入った瀞霊廷は、やはりあの時外からのぞいたままだった。

 漆喰の壁、瓦造りの屋根がひたすら続いている。地面だって見渡す限り石畳になっていて、綺麗に舗装されていた。門や塀なんて立派なものを見るのなんて初めてで、興奮した。余程それが顔に出ていたのだろう。竜太郎はクスクス笑って、どこか懐かしそうに遠くを見た。

 

「凄いよな。オレも初めて入った時驚いたもんだ。でも、惣右介のホントの家もそうだったんじゃないのか?」

「どうかな……家を外から見た事なんて無かったから分からないよ」

「そっか。ま、気長に行こう。時間はたくさんあるんだからさ」

「…………うん」

 

 ワシワシッと竜太郎が惣右介の頭を撫でた。

 元々癖のある彼の髪が更に乱れたが、いつものことだったのでそう気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に霊術院前に着いた。

 既に沢山の生徒が集まっており、入学という行事の熱に浮かされたような雰囲気が漂っている。これからは、知り合いの居ない中で集団生活を送って行かねばならないのだ。好奇心で胸が高鳴るけど、不安だって同じくらいある。ここで竜太郎と別れるのは、ちょっと寂しかったり……

 それを知ってか知らずか、竜太郎は檄を入れるかのように惣右介の肩を叩いた。

 

「じゃあ、程々に頑張って来い!」

「ちゃんと頑張るよ。マソラ先生には一番を取ったら特別授業をしてもらえるって約束なんだ」

「うへぇ……勉強の先に勉強か……考えられん」

 

 苦い薬を嘗めた時の様な顔をした竜太郎を見て、惣右介が苦笑する。

 

「兄さんはもっと勉強しないと駄目だよ? 座学に限らず、あらゆることから学ぶべきことはあるんだから」

「分かってるって…………ああ、そうだ、忘れるところだった」

 

 そう言って竜太郎はごそごそと懐を漁って、小包を一つ惣右介に渡した。突然の小包に面食らう。

 

「何、これ」

「開けてみろ」

 

 桃と鸚緑という小洒落た色使いの和紙を開くと、黒塗りの木箱が現れた。本体をしっかり押さえつつ蓋を開くと、綿が敷かれているのがちらりと目に入った。その中に鎮座していたのは、黒縁の――

 

「……眼鏡?」

 

 首を傾げつつ竜太郎に視線を戻すと、彼は人差し指を天高く掲げて誇らしげに、

 

「そ。伊達だけどな。オレの独断と偏見により選んだ、“真面目書生眼鏡”だッ!」

 

 ――――と言い放った。

 

「……ええっと?」

 

 意味不明な言葉に惣右介が戸惑っていると、竜太郎が咳ばらいを一つしてもごもごと言った。

 

「ほら、昨日、髪で悪目立ちするかもって言ってただろ? ソレ掛けてれば髪より眼鏡に目が行くし、第一印象から真面目になる! 惣右介は元々まじめだから、それくらいやって大丈夫かなと…………思った、わけだ。にゅ、入学祝って事で、持っていってくれ。じゃあ、頑張れよ」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきたのか、僅かに顔を赤らめながら彼はそう言うと歩き出した。

 

「兄さん!」

「ン?」

 

 ちょっと歩いた先で竜太郎を呼び止める。

 彼は律儀に止まってこっちを向いてくれた。

 

「ありがとう! ちゃんと着けるよ、“真面目書生眼鏡”!」

「いや、その名前はやっぱ無しで頼む‼」

 

 顔を真っ赤にして掌で覆った彼は、もう一方の腕をブンブンと振った。

 余程恥ずかしかったらしく、その後すぐに去って行ってしまった。

 いい感じに緊張の解れた惣右介は、そっとその眼鏡を取り出して掛けた。

 

 初めて眼鏡を掛けたこの違和感は、入学のドタバタで忘れ去られた。

 その後竜太郎の目論見通り惣右介に真面目なイメージが着いたのを聞いて彼が喜んだのは、まだ先の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、では今日は初級中の初級、“破道の一、衝”から入るぞ! 威力は弱いが使い勝手がいい。力を抜いてやってみるんだ。今後、段々と込める霊圧を上げて行けばいい。では第一班、前へ!」

 

 鬼道の初めての授業だ。教本にある通り詠唱し、霊圧を形作る。

 回道と基本は同じだとマソラ先生は仰っていた。

 

 的から大分離れた位置に着く。

 

「これは感覚をまず掴んでもらうためのものだ。真っ直ぐ飛ばすことを第一目標にしろ。込める霊圧は一割ほどで良い。では、始めッ!」

 

 人差し指と中指を揃えて前に出す。

 込める霊圧は一割…………

 

「炎 水 地 空 陰陽引き合い 混沌と為し 静謐惑いて 牙の在処を見よ――破道の一、衝!」

 

 目の前に用意されていた的が吹き飛んだ。

 良い感じだ。今度はもう少し霊圧を込めてみても良いかもしれない。

 

「馬鹿者! 霊圧は一割で良いと言っただろう!」

 

 先生の怒声が響く。

 誰かが暴発でもさせたのだろうか?

 先生の方を向くと、その怒りは自分に向けられていた。

 

「藍染! 鬼道は暴発の危険が有るのだ! 指示に逆らうな」

「先生! 確かに僕は指示通りにやりました! 一割の霊圧でしょう?」

 

 他の面子の的を見る。

 そもそも的に当たっていない者が殆どだったが、当たっている者でも僅かに焦げ跡が分かるかどうかくらいのもので、的が吹き飛んだものなど彼くらいだった。

 惣右介が絶句したのを見て先生はヤレヤレと首を振ると、窘める様に惣右介の肩を二、三叩いた。

 

「――――張り切るのは分かるが、その位にしておけ。今日は初めてだから罰は与えんが、次同じことをやったら容赦せんぞ? 分かったな」

「……はい。申し訳ありません……」

 

 どういう事だろうか。

 確かに自分は一割ほど……いや、ほんの少しそれに上乗せして霊圧を込めたはずだ。

 そのほんの少しの差で、あそこまで威力が変わるものなのだろうか?

 

 ――多分違う。

 もしかしたら、僕の霊圧は……高いのかもしれない。それも、異常に。

 だとしたら、それを先生に話して分かって貰えるだろうか?

 

 …………あの様子だと、少なくとも今の先生には理解してもらえないだろう。

 だったら、取るべき行動は二つに一つだ。

 違う先生に相談するか、事実を隠して回りに合わせるか。

 取り敢えずは二つ目にしておこう。もし新たに相談した先生にも受け入れられなかったとき、今の先生と気まずくなるのは得策じゃない。

 

 そっと溜息を吐いて、惣右介は授業の列の最後尾に並んだ。

 

 

 

 

 

 その後の授業も、惣右介には退屈の二文字しかなかった。

 

 

 座学は、マソラのソレに遠く及ばない。

 ココの授業は点か、良くても線でしか教えてくれない。つまり、情報の関連性がない。内容に深みがない。

 彼女の授業は、一つの話題に対していくつも線が張り巡らされ、それが面となり、立体となり、重層的に教えてくれた。

 

『モノゴトの一点に捉われてはいけないよ。一つの情報から十なんてケチクサイこと言わず、百でも千でも考えうるだけ新たな情報を引き出すんだね』

 

 独学で学んだ方が余程効率的で深く学べるだろう。

 そう思えるほど、霊術院の授業は単調で面白味が無かった。

 

 それは白打や歩法の授業に関しても言えることだった。

 教官の動きは、竜太郎のソレと比べるべくもない。

 型にはまった単調で隙だらけの構え、定石ばかりの攻め口、効率の悪い体の動き……

 

 正直、つまらなかった。

 こんなにつまらないことのために髪のことや人間関係を考えて悩んでいたのが馬鹿らしいくらいだった。

 ……早く、終わったら良いのに。

 勿論そんな事、おくびにも出しはしないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、藍染君ってやっぱり凄いねえ!」

 

 初めての試験が終わった後、同じ一組の女生徒が興奮気味に言った。

 彼女は確か、次席だった――

 

「そんなこと無いよ。松方さんだって優秀じゃないか」

「ムム! 総合で三十以上差を付けられると皮肉にしか聞こえないよ……」

 

 全教科満点という霊術院始まって以来の点数を弾き出してから、ただでさえ浮いていた自分が一層異質なのだと理解した。

 先に優秀な先生に教えを乞うていたからかと思った時もあったが、上位貴族にも結構な人数でお抱えの家庭教師を雇っていた人も多くて惣右介は苦しんだ。端的に言えば、流魂街出身の下民に圧倒的な差を着けられたことを嫉まれた。

 

 正直、回りに合わせて手を抜くよりもこちらの相手をする方が余程面倒だった。物がよくなくなるようになったのが始まりで、終いには呼びだされて何人かにタコ殴りにされた。陰湿なことに、腹や胸といった外に傷が見えないようなところばかり。

 やっかむのは貴族ばかりだったからこちらから下手に手も出せなかった。

 

 その一方で、中位貴族以下の素直な生徒は惣右介に教えを請いに来るようになった。

 座学、体術双方に秀で、また指導も上手いということで、稀に上回生も足を運んだ。

 

 其処で惣右介は新しいことを学んだ。

 如何に相手を怒らせないようにあしらうか、如何に話したら物事を正確に伝えられるか、誰にも好意を持たれるにはどう接したらいいのか。

 学び舎とはよく言ったものだ。

 新たに学ぶことが出来たのは歓迎すべきことなのか、それは惣右介にもよく分からない。

 

 ただ、試験から一か月後に先生から飛び級の打診があった時は、割と素直に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 飛び級の試験はあっさりと通った。一回生からいきなり六回生へ飛び級と言われた時は拍子抜けさえした。

 

『こんなことは霊術院始まって以来じゃないか? 藍染、励めよ!』

『そうだなあ。飛び級の制度があの頃あったら、現浮竹隊長、京楽隊長もこれくらいの才覚だったと儂は思うな』

『期待してるぞ!』

 

「ありがとうございます。精進いたします」

 

 他の一回生より少々早いが、と斬魄刀“浅打”を渡された。

 

 

 ――つまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 六回生になってもそれは変わらなかった。

 誰も惣右介には敵わなかった。

 だが、伊達に一回生でやっかみを受けてはいない。

 程々に優秀で程々に上位に食い込む位置に成績を留めた。

 

 ただ、実習だけは飛び級しても何ともならなかったので一回生と同行させられた。

 

「あっ、藍染君! 久しぶり! 六回生はどう?」

「大変だよ。一回生と同じにはいかないね」

「やっぱりそうだよね。完璧超人の貴方でもそうだと聞いて安心したわ」

 

 そのようなことを口々に言われた。

 どうやら自分は嘘も上手くなっていたらしい。

 何だかいけないことをし続けている気持ちになって辛い。

 

『――だったら壊しちゃえばいい。アンタにはその力が有るだろう?』

 

 籠った声が脳内に響いた。

 気味の悪い声だ。

 それが出来たら苦労しないと惣右介は首を振った。

 

「一回生、集合!」

 

 魂葬の実習。

 一回生の後半から始まるコレは、六回生が複数の魂魄を守護する演習も兼ねている。結界が張られているから守護もなにも無いのだが、現世への渡航という未知に浮かれ気味な一回生を纏めるのは別の意味で大変そうだ。

 

「一人二名ずつ行え。霊が苦しむから力むなよ。では三人ずつ、前へ!」

 

 六回生のリーダー格がそういった時、通信機に異常が伝えられた。

 

『井岡! 三時の方向に巨大虚(ヒュージホロウ)が現れた! 一体だが、応援が来るまで時間が掛かるらしい。俺らが引きつけて時間を稼ぐから、警護が手薄になる』

「分かった。無理するなよ」

『応! 倒すつもりなんてねえから安心しな』

 

 順番が後の方の惣右介は霊圧知覚を最大限広げて三時の方向に集中した。

 虚に対応しているのは三人。

 二人は良い動きをしている。だが後の一人が足を引っ張っているのが分かる。虚に気を取られ過ぎて連携が取れていない。

 

 こういう緊急事態はその人物の実力が顕著に表れる。学校の成績の様な整った環境のモノではなく、本当の実力が。

 

 その内に応援の死神たちがやって来た。

 

 ――彼らの力は凄まじかった。あっという間に巨大虚を屠ってしまった。

 竜太郎を見ているような興奮を久しぶりに味わった。

 

 ”彼らの中に入れば、きっと自分は実力を抑えなくていい”

 

 その傲慢ともいえる思考を出来ることが、惣右介には嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――瀞霊廷・五番隊隊舎にて

 

「ほお、竜太郎、オマエの弟分が護廷隊に?」

「はい! 優秀ですよ~! 飛び級して一年で入隊できそうなんです‼」

「そら楽しみやな。ほんなら、“藍染”が二人いてややこしくなることはあらへんな」

「え、何でですか?」

「優秀ならオマエよりずっと(おお)う功績上げて、席官入りでもなんでもするやろ? 席次持ちの方とそうや無い方やったら、わかりやすいやんか」

「酷い! でも有り得る!」

 

 そう言いながらも、上司の言に満更でもなさそうに竜太郎は笑うのだった。

 そんな会話があったことを惣右介は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 或る晩、惣右介が目を開くと、其処はいつも母が自分を救おうとする記憶にある絶壁だった。

 いつもと違ったのは、其処に自分以外が居らず、自分の姿が現在の年齢であるという事だった。

 周りを見ても、ヒトの気配一つしない。

 

「……………………ここは? ……夢?」

 

『ん~、ま、そんなとこかな。いらっしゃ~い!』

 

 後ろから声がして振り返る。

 其処には、男とも女とも分からない人影がしゃがみながら惣右介の方を向いていた。性別が分からない、というより最早、顔自体が分からなかった。何故ならそのヒトが面を被っていたからだ。向かって右側に丸が一つと大きさの違う四角が三つ、片眼から涙を流すかのように縦に並んだ模様をしていた。着ているものは無地で紺の男物の浴衣なのに、帯は紅く美しい金糸を施された女物。雪駄を履いているのに、片手には扇子が握られている。緩く後ろに束ねられた長い黒髪が、風に揺られて踊っていた。

 

「誰だ、君は……いや、この声、先日の……?」

 

『初対面の相手に第一声がソレぇ? 躾がなってないなあ』

 

 仮面で響いて、性別が一層分からない。いや、性別どころか、相手の核の様なモノが伝わってこない。掴み処の無い、気味の悪い声だ。

 

「あ、ああ、済まない。僕は藍染惣右介というんだ。君の名前も教えてくれないか?」

 

『…………違う、ちがう、チガ~ウ! ぜーんぜん分かってないなあ。こんなんで私の主は大丈夫かねえ?』

 

 僕のことを“主”と言ったのか?

 …………ということはまさか、この仮面をかぶったのが――

 

「僕の、斬魄刀?」

 

『あ、一個正解ィ! うんうん、頭が回るのは良いことだよ。流石、一回目から私の姿が見えてるだけはある。でも後二つ、アンタは致命的に分かってな~い』

 

「分かってない? 何がだよ、はっきり教えてくれ」

 

 莫迦にしたような口調にムッとしながら言うと、仮面の下でヤツが笑った。

 

『クックック! その調子だよ! 私はアンタ、アンタは私。私の扱いはアンタが一番わかってるでしょ? 物事ははっきりさせたい性質(タチ)なんだよ。そんな腰の低い主人は要らないって事さ』

 

「……二つ目は?」

 

『アンタの、な・ま・え』

 

「――‼」

 

 思わぬ指摘に胃が縮む。言葉に詰まった惣右介を見て、目の前の仮面が愉快そうに揺れた。

 

『ククッ! ()()()()()。言っちゃダメなんだよね? でもさァ、アンタの魂の一部たる私にまで偽名を騙られ(そんなことされ)ちゃったら、イラっと来るって分かってくれるよねえェ? さ、今日はここまで。また遊びにおいでよ! 今度は()()()()名前でね』

 

 ぱちん

 

 ヤツが指を弾いたのが分かった。

 その直後、意識は学生寮の自室に戻された。

 

「―――アレが、僕の斬魄刀……」

 

 声を、姿を思い出して、そして思った。

 

 

 

 嫌いだ。

 

 

 それが初めから、今も続くアイツへの感想。

 

 




”破道の一、衝”の詠唱は適当です。
詠唱の分かっている一番低い破道が三十一というのは辛いです。
流石に鬼道初めての人には撃たせられないかなと……

ちなみに今回五番隊で竜太郎と話していたのは、一話の人物紹介の所で竜太郎に髪を切れと言ってたあのヒトです。金髪ロン毛の。出番少ないですが後で出てきます。

あと、惣右介の一人称が「私」から「僕」になりました。
マソラ先生に”流魂街のガキは「私」なんて無駄に品のいい呼び方しない”と言われたとかなんとか。話の中に書いても良かったですが、大したことじゃなかったので……

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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